表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/63

宵の明星、あるいは一番星①

『──こんな、星の降る夜には──……』

「魔法のような、出来事がある。……でしょ?」


 ママの言葉を引き取って、わたしは続きを口にした。

 電話口のママが、ちょっと笑っているのが聞こえた。

 言いたいことの先手を取られ、苦笑しているのかも知れない。

 別にママをやり込めたいわけじゃないけど……流星群の夜のたび何度も聞いた言葉だもの。

 いい加減、覚えてしまった。


『もう。こんなスーパーな夜なのに、月花(つきは)はロマンがわからないわね』

「そんなことないよ。今も、星空は見ているんだし。……あ、また落ちたよ。これで三つ目」

 ベランダの手すり壁に寄りかかり、夜空を見つめていたわたしは、ケータイ越しに観測出来た流れ星の数を報告する。


 こっちは都心から少し離れた住宅街にある、一軒家。

 その二階のベランダから肉眼で見える数なんて、ママがいる天文研究所の、望遠鏡で観測出来る数とは比べものにならないと思うのに。

 しかも今夜は満月。

 月の光が強すぎて、何個か見落としてしまっているかも知れないし。


 ついさっきもそう言ったけど、ママが言うには、別に正確な数が知りたいわけじゃない、とのことだった。

 研究所では別の研究者さんがデータを取っているし、いまは休憩時間なので、仕事とは関係なしに、家にいるわたしと流星群の光景を共有したいそうだ。 


 それは嬉しいけど……あんまり、ママのジャマをするわけにもいかない。 

 ママは期間契約の嘱託職員(しょくたくしょくいん)とかいう立場の研究者だから、年中、研究所にいられるわけじゃないんだし。


「ところでママ。そろそろ、休憩も終わりじゃないの? もうすぐ十時になるよ」

 少しケータイを遠ざけ、画面に表示されている時間を確認してから伝えると、ママも慌てたように答えた。


『あ、そうね。それじゃあ月花、あったかくして寝るのよ? ……今夜は明くんもいないし、……心配だわ』

「しょうがないよ。風景写真家のパパが流星群を撮らないなんてなんて、そんなもったいないことしちゃダメだって言って、わたしが送り出したんだから」


『それは聞いたけど……。ごめんね、月花。十一才の子に、一人で留守番をさせるなんて……親、失格かな』

「そんなわけないよ。パパもママもお仕事を頑張ってるだけで、そんな二人のことを、わたしはすごいなって思ってる。それにあとは寝るだけだし、琥珀(こはく)もいるんだから大丈夫だってば」 


 わたしは電気を消した部屋を振り返り、月明りでかすかに見える琥珀の姿を確認した。

 灯りのない部屋の中にいる、真っ黒い毛の持ち主の琥珀はよく見えない。

 かろうじてわかるのは、琥珀の体の下の丸いベッドと月明りに反射する青い首輪くらいだ。


 そして、その首輪を付けた体は規則正しく、上下に揺れている。

 どうやら眠っているみたいだ。

 琥珀は体も大きく、毛の色も黒一色だから、犬好きの人からも怖がられたりもする。

 だけどまだ、一才の男の子。夜ふかしは苦手だ。 


 わたしだって得意なわけじゃないけど、今夜は特別。

 魔法なんてのは、さすがに信じてないけど……こんな夜は確かに、何かが起こりそうな気がする。

 待夜(まちや)さん、とママを呼ぶ声が、ケータイの向こうから聞こえた。

 ママを呼びに来たらしい。休憩時間は終わりみたいだ。


『交代の人が来ちゃった。……それじゃ、月花。また』

「うん。おやすみなさい。お仕事、がんばってね」

 そう言って電話を切ろうとしたとき、月花、と呼び止められた。

『……その。くれぐれも、気をつけてね。ごめんなさい』

 もう一度謝ってから、ママはおやすみなさい、と言って電話を切った。


「……ごめんなさい、か」 

 ママの言葉を、わたしは繰り返した。謝る必要なんてないのに。

 わたしは、わがままなんて言ったりしない。

 ママとパパは、いつも頑張っているのを知っているもの。

 そんな二人のことが大好きなんだもの。だから……寂しくなくて、ない。


 通話を終えて、ケータイをパジャマのポケットにしまうと……辺りにはしんとした、静かで冷たい、冬の空気がやってきた。

 はぁ、と両手に白い息を吹きかけ、温める。寒い。

 電話中は、気にならなかったのに。


 夜空を見上げながら、パジャマの上から羽織った赤いポンチョを胸元でかき合わせる。

 すると胸元にやった左手首が月明かりを受け、きらりと光った。

 わたしは光のほうへ、視線を向ける。手首で光るのは、ママからもらったブレスレットだった。

 ううん、違う。光ったのはブレスレットじゃなく、そのブレスレットに一つだけ付いている、透明の丸い石だ。


「……くしゅん!」

 夜風がわたしの体を吹き抜け、洗い上がりでまだちゃんと乾いてない、肩まで伸びた髪をなびかせた。

 冷えた毛先が顔に当たり、その冷たさで、ますます体が冷えてゆく。


 ──そろそろ、寝ようかな。流れ星の数も、もうわかんなくなっちゃったし。

 

 星は好きだけど……魔法のようなことなんて、ホントは起こるわけがない。

 確かに流星群の夜はどこか特別な気がして、迎えるたび、何かが起こりそうな予感に胸がどきどきしていた。

 だけど一度として、魔法なんて、起こったことはない。

 ……ちょっとだけ不思議なことは、何度かあったけど。


「ね? 琥珀」

 部屋を振り返り、琥珀に話しかけた。すると大きな黒い体がむくりと動き、ふぁ、と大きなあくびをして……再び、丸くなってしまった。


 ……うん。琥珀を見習って、わたしももう寝よう。

 今夜、十二月十四日はふたご座流星群のピークで、時間的にも十時ぐらいが極大だって、ママとパパから聞いてはいるけど……星を見ていたせいで、カゼなんかひいたら何にもならない。

 自分たちがいなかったせいで、なんて、思って欲しくないし。

 

 二人ともお仕事が大好きで、その仕事に誇りをもってるんだから、娘のわたしが仕事のジャマをするわけにはいかない。

 それに、パパは肉眼で見るよりきれいな写真を撮ってきてくれるはずだし、ママも観測結果を、(くわ)しく教えてくれるはずだ。


 まあ、二人の話は専門的すぎて、わたしなんかにはよくわからないことが多いんだけど。


 そんなことを考えながら星空に背を向け、そっと部屋に入った。

 眠っている琥珀を起こさないよう、静かにベランダの窓を閉め、カギを掛けた。

 それからポンチョを脱いで掛布団の上にかけてから、ベッドに入る。

 

 掛布団もシーツも、ひんやりと冷たい。

 けれどそれ以上に、体や乾ききっていない髪は、芯から冷え切っていた。

 そのせいか、なかなか寝付けない。


 なのでベッドで丸くなりながら、色んなことを考える。

 といっても、一人きりのときに考えるのは、大抵パパとママのことだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ