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「今日は仙堂大学農学部教授の伊達先生にお越しいただきました。先生、今年は飛来する白鳥の群が少ないですね。いったい何が影響しているのでしょうか」
「これは今の状況よりも、昨年の影響が大きいと私は見ています」
「昨年、といいますと?」
「鳥インフルエンザが流行りましたね」
「はい」
「その時の変異株は感染力が強く、重症化率も高かった。私の調査では壊滅的な打撃を受けた群も多数あります」
「そうなんですか。かわいそうですね…」
「それに加えて、春先に爆弾低気圧が来ましたよね。地球温暖化が大きく影響しているんですが、ちょうど日本からカムチャッカへ渡り鳥が移動する時期に、その進路と重なってしまいました。ですから、来ない、というより、行く時に壊滅状態になってしまった、という状況なのです」
「天然記念物の白鳥が死ぬのは、とっても悲しいことですね。伊達先生、ありがとうございました」
ローカルテレビ局の女性キャスターは、渋面から一転して笑顔に切り換えた。
「さて次は、街角情報のコーナーです。県内のほのぼのする話題をお伝えします。戦国時代の名城として名高い仙堂城の内濠に、アヒルの家族が住み着いていて、地元の商店街で人気者になっています。お濠のまわりを毎日散歩するのですが、その愛らしい姿をカメラに納めようと、多くの人が集まってきます」
「親鳥の後ろにヒナが一列になって歩く姿が、もう、かわいくて、かわいくて」
「これ、さっきSNSに投稿したんですけど、もうフォローされてるんですよ」
「以上、仙堂市からのレポートでした」
ミツルとミナが三羽のヒナを連れて歩道を歩くと、スマホやデジカメを持った人間たちが近づいて来る。いつものことだ。
今、ミツルは我が子の成長を見るのが一番の楽しみだ。この子たちには幸せになって欲しい。今のミツルにとって願いはそれだけだ。
白鳥の群にいた日々は、すでに遠い過去となっていた。思い出すことは、ほとんどない。
末の子がよろけた。だが、すぐに体勢を整えた。その姿を目にすると、ミツルとミナは見つめ合って笑った。同じものを見て同時に笑える、そんな夫婦は人間でもそう多くはいないかもしれない。
ミツルとミナは目を合わせて、もう一度同時に微笑んだ。
澄み切った初冬の日差しが、小さな古い城下町の路地を照らしていた。
(了)
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