6 鳥インフルエンザ
白鳥の群は順調に北上している。ボスは経験豊富で統率力にも長けている。気配りも出来る。群のメンバーはみなボスを信頼しきっていた。
そんなボスに異変が起こったのは出発から三日後の朝だった。目が赤く爛れて腫れ上がり、咳が止まらない。体が重くひどい倦怠感がある。
鳥インフルエンザであった。長距離の飛翔に耐えられないのは誰の目にも明白だった。
「ついて来られない者は置いていく。一羽のために全体の日程を変更することはない」
それが群の方針であったはずだ。
しかし群のメンバーはボスに頼り切っていた。ボスを置き去りにして旅を続ける自信がなかった。今のボスがあまりに優れていたため、代わりを務められる者が育っていなかった。しかもボス以外にも発症した者が多く、それも経験豊富な者に多かった。
ボスの高熱は下がらない。側近たちは旅の今後について判断を仰ぐことを遠慮した。かといって自分たちで判断する能力もなかった。
「とりあえず、ボスの熱が下がるまで一日か二日様子を見よう」
側近たちは、この地に留まるようメンバーに指示を出した。
四日ほど過ぎた。
まだボスの熱は下がらない。群の誰もが漠然とした不安を抱える中、西の空に真っ黒な不気味な雲が現れた。黒雲はみるみる巨大になり、湿った気持ち悪い風が吹き始めた。
やがて爆弾低気圧がこの地を襲った。大雨が激しく海面を叩き、強風が吹き荒れ、五羽の若者が消息を絶った。
ミツルの末弟は強風を避けるため木陰で体を休めていた。疲労と飢えが体力と気力と注意力を奪っていた。
針葉樹の枝が強風に揺れているのを呆然と眺めながら、天候の回復と、上層部から指示があるの待っていた。
と、その時だった。
首に激痛を感じた時には、全てが手遅れだった。
秘かに近づいていたキツネが大きく跳躍し、牙を突き刺したのだった。白い羽がみるみる鮮血で赤く染まっていく。徐々に意識が薄れ、力が抜けていく。
キツネの親子は、腹を裂いて胃袋と腸を引きずり出し、咀嚼しはじめた。
「美味い。久しぶりにご馳走にありつけた」
キツネの親子は血を滴らせて顎を上下させている。親キツネは、子キツネたちが白鳥を貪り食う姿を見て満面の笑みを浮かべた。
一部始終を目撃した妹は、人間が建てた電柱の陰で涙を流していた。その背後にイタチが迫っていることに妹は気がつかない。イタチの強烈な顎の力が、妹の涙を止める前に心臓の動きを止めた。
弟妹だけではなかった。病と嵐で体力と気力を奪われた多くのメンバーたちが、普段なら逃げられる陸上動物の襲撃にあえなく命を落としていった。