表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

4 宣告

 翌朝、ボスがミツルのところにやって来た。重要な話があるという。

 ボスは単刀直入に用件を切り出した。

「ミツル。お前は「渡り」には参加できない。この湖に置いて行く」

「……」

「もう、自分のこと、分かっているよな」

「ボス。どういう事です。分かりません。あんまりじゃないですか。確かに私は少しばかり飛ぶのが遅れています。しかし…」

「お前は空を飛ぶことは出来ない」

「出来ます」

「いや、出来ない」

「頑張ります。これからも毎日一生懸命練習します。出発日までには必ず飛んでみせます。命懸けで努力します。この言葉に嘘はありません。死ぬ気でやります。やり遂げてみせます」

 ボスは慈愛に満ちた目でミツルを見つめ、ふっと一息つくと、意を決したように次の言葉を言って聞かせた。

「ミツル。お前はアヒルなんだ。白鳥ではないんだ。分かるか、アヒルなんだ」

「え、…」

「お前はアヒルだ。だから空を飛ぶことは出来ない。どんなに頑張っても」

「…」

「どんなに努力しても、アヒルは白鳥にはなれない。アヒルは空を飛べない。まして長距離の「渡り」など出来ない」

「私は、白鳥ではないのですか?」

「そうだ。お前はアヒルだ」

「オレは、アヒル、アヒル…」

「それが現実だ。辛いだろうが、現実を受け入れるしかあるまい」

 目の前が真っ暗になった、とは、使い古された表現だが、この時のミツルの気持ちを最も的確に表す言葉といえよう。

 自分がアヒルのような下劣な鳥だなんて、信じられるわけはない。しかし、そう言われてみると、確かにそうでなければ辻褄が合わないこともあった。なぜ自分だけ弟妹より先に産まれたのか。なぜ体が小さかったのか。なぜ黄色い毛のヒナだったのか。

 ミツルは薄々感づいていたのかもしれない。しかしそれを認めるのが怖くて、意識に蓋をしていたのかもしれない。鳥が異種の卵を育ててしまうことは稀にある。カッコウがよく知られている。

 ミツルは運命を呪った。神を呪った。産み落としたアヒルの親鳥を呪った。

 小さいころ馬鹿にしていた弟妹たちが、今は自分を馬鹿にしていることに耐えがたい屈辱を感じている。「あいつ、アヒルなんだぜ」って、そう思われていたのである。それであの蔑んだ目で見ていたのだ。彼らの冷たい視線がミツルの脳裏に焼き付いて離れない。

 それでもミツルは生きていかねばならない。生まれた以上は生き続けなければならない。たとえアヒルであっても生きていかねばならない。

 やがて暑い夏がやってくる。その前に群は全員でこの湖を去ってしまう。一羽残された自分は、いったいどうやって生きていけばいいというのだろうか。

「殺してやる。群の全員を殺してやる。ボスも、弟も、妹も」

 ミツルは無意識に叫んでいた。

 しかしそれが不可能であることも、無意味であることも、ミツルには分かっていた。

 これからの生涯をアヒルとして生きていく。

 それしかあるまい。逃れられない運命であろう。自分はアヒルなんだから。

 ミツルは白樺の幹に自らの頭を打ち据えた。何度も何度も頭を叩きつけた。額から血が流れ落ちたが、それでも叩き続けた。ミツルの涙と血とよだれが、白樺の幹にへばりついた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ