4 宣告
翌朝、ボスがミツルのところにやって来た。重要な話があるという。
ボスは単刀直入に用件を切り出した。
「ミツル。お前は「渡り」には参加できない。この湖に置いて行く」
「……」
「もう、自分のこと、分かっているよな」
「ボス。どういう事です。分かりません。あんまりじゃないですか。確かに私は少しばかり飛ぶのが遅れています。しかし…」
「お前は空を飛ぶことは出来ない」
「出来ます」
「いや、出来ない」
「頑張ります。これからも毎日一生懸命練習します。出発日までには必ず飛んでみせます。命懸けで努力します。この言葉に嘘はありません。死ぬ気でやります。やり遂げてみせます」
ボスは慈愛に満ちた目でミツルを見つめ、ふっと一息つくと、意を決したように次の言葉を言って聞かせた。
「ミツル。お前はアヒルなんだ。白鳥ではないんだ。分かるか、アヒルなんだ」
「え、…」
「お前はアヒルだ。だから空を飛ぶことは出来ない。どんなに頑張っても」
「…」
「どんなに努力しても、アヒルは白鳥にはなれない。アヒルは空を飛べない。まして長距離の「渡り」など出来ない」
「私は、白鳥ではないのですか?」
「そうだ。お前はアヒルだ」
「オレは、アヒル、アヒル…」
「それが現実だ。辛いだろうが、現実を受け入れるしかあるまい」
目の前が真っ暗になった、とは、使い古された表現だが、この時のミツルの気持ちを最も的確に表す言葉といえよう。
自分がアヒルのような下劣な鳥だなんて、信じられるわけはない。しかし、そう言われてみると、確かにそうでなければ辻褄が合わないこともあった。なぜ自分だけ弟妹より先に産まれたのか。なぜ体が小さかったのか。なぜ黄色い毛のヒナだったのか。
ミツルは薄々感づいていたのかもしれない。しかしそれを認めるのが怖くて、意識に蓋をしていたのかもしれない。鳥が異種の卵を育ててしまうことは稀にある。カッコウがよく知られている。
ミツルは運命を呪った。神を呪った。産み落としたアヒルの親鳥を呪った。
小さいころ馬鹿にしていた弟妹たちが、今は自分を馬鹿にしていることに耐えがたい屈辱を感じている。「あいつ、アヒルなんだぜ」って、そう思われていたのである。それであの蔑んだ目で見ていたのだ。彼らの冷たい視線がミツルの脳裏に焼き付いて離れない。
それでもミツルは生きていかねばならない。生まれた以上は生き続けなければならない。たとえアヒルであっても生きていかねばならない。
やがて暑い夏がやってくる。その前に群は全員でこの湖を去ってしまう。一羽残された自分は、いったいどうやって生きていけばいいというのだろうか。
「殺してやる。群の全員を殺してやる。ボスも、弟も、妹も」
ミツルは無意識に叫んでいた。
しかしそれが不可能であることも、無意味であることも、ミツルには分かっていた。
これからの生涯をアヒルとして生きていく。
それしかあるまい。逃れられない運命であろう。自分はアヒルなんだから。
ミツルは白樺の幹に自らの頭を打ち据えた。何度も何度も頭を叩きつけた。額から血が流れ落ちたが、それでも叩き続けた。ミツルの涙と血とよだれが、白樺の幹にへばりついた。