ヤンデレクラッシャーな彼女
明るいポップなコメディを書くつもりでした。
ジャンルがすべての答えです。
帰宅後、お風呂から出てまったりしているとインターフォンがなった。宅配便だろうとカメラを見ると知らないスーツ姿の男が写っている。こんな時間にセールス? よっぽど営業状況が悪いのだろうか。
「はーい」
「こんばんは、遅くにごめんね。ケーキ買ってきたから一緒に食べよう」
男性はニコニコと笑いながら親しそうな雰囲気でそう言った。あまりにも自然なので一瞬ドアを開けそうになったが、再度カメラの画面を見てもやはり見覚えはない。そもそも私に親密な相手はいない。つまりこんなふうにサプライズでやってくる相手などいないのだ。
「えーと、お部屋間違えてませんか?」
私は隣人などと間違えたのだろうと思った。
「ん? 僕だよ早く開けてほしいな」
小首を傾げて可愛らしい仕草をする推定成人男性。画質のさほど良くないカメラでも彼の顔が整っているのがわかるとはいえ、そう言う感じはどうなんだろう。率直に言えば私の好みではない。
そのうえどうやら言葉もあまり通じてないようだ。質問の答えが返ってこない。酔っ払いだったりするのだろうか。
「私は知らない方にドアを開ける不用心さは持ち合わせていません」
「ええ、僕は君の恋人じゃないか」
「私には残念ながら恋人はいません」
「だからそれが僕だってば」
「失礼ですが、酔っておられるのですか?」
「素面なんだけど」
「それならば、警察をお呼びしますね」
「えっ、待ってよ!」
「頭の病院のほうがよろしいですか? 知り合いのつてがありますのでご紹介しましょうか」
「それってオトコ?」
「いいえ、女性ですが、それがなんの関係があって?」
「ふぅん、それならいいんだけど」
「ああ、じゃあ今すぐ紹介しますので少しお待ちください」
そう言って私はインターフォンを切るとスマホ取りにリビングに戻った。そして迷うことなく110番をダイヤルする。ピンポーンとまたチャイムが鳴るけれど、一旦それを無視して繋がった先で事情を説明した。
見知らぬ男性がいること、恐らくまともな言葉は通じないこと、私の恋人であると名乗るであろうこと、私が嘘をついていると向こうは言うだろうこと、そして私は自分の職業を説明した。
通報に対応した男性は私の理路整然とした話し方に逆に気圧されていたようだったけれど、すぐに持ち直してその旨を現場の警官にきちんと伝えると言ってくれた。念の為電話はそのままにしておくようにとも。
私はDVシェルターで働くカウンセラーだった。DVから逃げてきた女性たちのフォロー、そこにやってくる男性たちの相手もしている。男性たちは一様に理性的で表面的には話が通じる素振りをするけれど、彼らの目的と私たちの目的は決して交わることは無い。
私は職業がら、そういった「話の通じない男性」との関わりが多かったのだ。
私の玄関には外から見えない内鍵が二つほど着いている。もしそれが開けられたとしても寝室の奥に簡易シェルターがある。
実は私自身もDV被害者の一人だったりする。若かりし頃、好きになった男がそういう男だった。そいつが居なくなってからも私の周りには何故だか厄介な男が寄ってくるのだ。
あまりにも数が多いので私が悪いのかとも思ったが、彼らには私がどんな人間であろうと、関係ないということに気づいてしまった。
究極的に言えば、私のことなどどうでもいいのだ。自分の欲求を満たすのに私が必要なのであってそれは必ずしも私である必要は無いのだ。それを言うと彼らは必ず否定するのだが、私が大事で私を愛しているなら、何故私の言葉が通じないのか。
結局はそれが答えなのだと私は思っている。だから彼らと私の道が交わることもまたないのだ。
ああ、パトカーのサイレンが聞こえる。インターフォンが鳴る音はまだしているけれど、そのうち消えるだろう。
願わくば、こんなことがもう起きませんようにと思いながらまだ繋がったままのスマホに顔を寄せる。
「警官の方が来てくれたようです」
「そうですか、念の為まだ外には出ないようにしてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「いえいえ。これも仕事ですから」
――貴女を守ることが出来て光栄です。
あーあ、その一言がなければ完璧だったのになぁ。私は黙って通報を切った。
オチの意味がわからなかったらごめんなさい。
彼女にはやばい男を見抜く勘と経験があるということです。
次はちゃんと明るくポップにヤンデレクラッシャーしたい。(願望)