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技術敵特異点  作者: F!rsted
1章 〜始発点〜
6/6

冒険の始まり

訓練が始まって2ヶ月、季節の変わり目に差し掛かった。

枯れ果てていた木々は、息を吹き返し艶のいい緑を取り戻し、雪が降り積もって元の色も忘れていた地面は、自然がめぶき、豊かな色を見せ始めた。外はすっかり、春の匂いに包まれていた。

千秋は、深呼吸し、春の暖かい空気を内側から感じた。

心と体にも春が宿り、肩の力が抜けるのがわかった。じわじわと湧き出る暖かさに、千秋は安堵の感情を見せた。

すると、背後から土を蹴る音が聞こえた。千秋が振り向くと、マナがこっちに迫ってきているのがわかった。

マナも、春を感じているのか、柔らかい頬笑みを浮かべている。

千秋の隣で足を止めると、マナは言った。


「あら、今日はなんだか穏やかですね」


「そう?結構俺はこんな感じだよ」


マナは「そうですか」というように千秋から正面へ目線を逸らし、ゆっくり歩き始めた。

千秋もマナと並行になるように歩を進めた。


「ここから渋谷までってどれぐらいかかるの?」


「───ここは秋田県秋田市なので、関東までは少々時間を要します」


千秋の問いに、マナは少し時間を要してから返した。

さらに、マナは「なので、体力を温存しながら行きましょう。奇襲も有り得ますから」と付け足した。

マナの言葉を注意深く聞きながら、千秋は落ち着かない素振りで歩みを進めた。


「足元が落ち着きませんね」


マナは嘲笑を混ぜた遠回しの悪態をついた。


「うるさいなぁ」


千秋はムスッてした顔でじたんだを踏んだ。

マナはその様子にさらに口角を上げ、静かに笑った。


「あ、そういえば」


しばらく歩き山道が下りになってきた時、マナが思い出したように注意した。


「山道を歩く時は歩幅を狭くしないといけませんよ。体の負担を抑えるためにできるだけ重心を動かさないでください」


「わかった。それにしてもマナって知識を蓄えてるよな」


「そうですか?でも知識があることは悪いことではありませんよ」


マナは焦らず言い表した。


「それは謙遜なの?それとも貶してる?」


「さぁ?捉え方次第です。貴方が好きなように受け取ってください」


曖昧な返事に千秋は、困惑を残しながらも、地面を蹴った。

少しの時間がたち、山道の下りを抜け、酸素が濃くなってきたのか息が吸いやすくなった。

ここまで来ると、周りの景色に目がやれるほど余裕はあったが、代わり映えのしない景色を見ようとは思えなかった。

それより、面白いのはいつでも意外な反応を見せてくれるのはマナ、彼女だった。

皮肉屋な彼女だが、不愉快という訳でもなく、むしろ一緒にいて退屈しない良いパートナーだった。

彼女こそ、この旅で1番必要なものかもしれない。千秋にとってそれほど彼女が重要な存在になっていた。


───マナ、そういえば


いつも通り。本当になにげない一言だったのだ。

だが、千秋の何気ない言葉は、マナに一瞬の油断をうんでしまった。

マナが顔を逸らした瞬間、響いたのは銃声。すぐあとにマナが唸り声を上げた。

無情にも、その金属の塊は、マナの体をえぐったようだった。


「大丈夫かマナ!?」


千秋は焦りながら、かがんでマナと目線を合わせた。


「なんとか、でも今は私より相手ですよ」


その言葉に、千秋は前方を向く。すると、10m程先に、ゆっくりと近づいてくる男の姿が見えた。

右手に握られた銃からは煙がたなびていた。


「あらァ?AIと人間が2人で歩くなんて妙ですねぇ。」


そこには、白い雲に筆で様々な色をぶちまけたような服を着た男がたっていた。

髪は青と白で、独特に巻き上げられた髪は、昔のユニークなお菓子を連想させる。

千秋は咄嗟に、マナに背中を向け庇った。それを見た男は手のひらで口を抑え、薄ら笑いをうかべる。


「あらァ?AIを守るなんて変なコですねぇ...私ゃ人間を殺すつもりは無いんですけどねぇ」


男は物珍しそうな目付きでこちらを見つめた。

声色には、若干の嘲笑も混じっていた。


「誰だ...お前は」


千秋は、吹き出る激しい怒りをなんとか理性で抑えながら問いを投げた。

男は銃を腰にしまうと、すぐに剣を抜いた。


「名乗る必要はありません。そのAIを私ぃによこせば殺しはしませんから」


男は素早く踏み込む。一閃の光が千秋に迫る。


「くそっ!───なら俺もいかせてもらうぞ!」


千秋は不安の感情を押し殺し、力で剣を押し返すと、素早く一文字に切り裂く。

男は糸で引かれたように後ろへ飛び、千秋の斬撃を躱す。

それすら逃がすまいと千秋は、もう一度踏み込み、男を攻撃圏内へと入れる。


「うおらぁぁぁぁぁ!」


千秋の真向切りは男を捉える。しかし、男は剣で千秋の攻撃を受けた。

甲高い金属音を合図に、そのまま(つば)迫り合いになる。両者は火花を散らし、我慢比べを始めた。


「あら、我慢比べは...良くないですよ...」


「...はぁ...お前こそ...早く引けよ!」


千秋の刀に一瞬力がこもる。男は目を見開き、負けじと力を強めた。


「うらぁぁぁぁぁぁ!!!」


男の刀が弾かれる。千秋の方が1枚上手だったのだ。


「ぐふっ!」


男は吹き飛び、地面を転がる。


「はぁ...はぁ...くそ。まだやるっていうのかよ」


千秋は息を切らしながら男へ訊いた。

男は座ったまま肩で息をした。千秋は続ける。


「お前だって...人間を殺したくないんだろ...?ここで戦うのはあまり...いい判断じゃない。そうだろ?」


千秋の胸は高鳴り、緊張を誤魔化すように唾を飲み込んだ。

すると、男はぐったりとうなだれ、左手で白旗を振るジェスチャーをした。

「まいったな」という顔で額の汗を拭い、応えた。


「そうですね。ここで戦うのはあまりいい判断では無い...」


男は立ち上がる素振りを見せず、話を切り出した。


「ですが、彼女を...あのままにしておくというのも、ダメなんじゃないですか?」


男は動けないでいるマナを指さして言った。


「確かにそうだが...俺には最寄りもないし」


すると、男が怪しげに笑った。


「実は私ぃ、人間の保護活動をしてるんです。是非来ませんか?彼女の修...治療も少しクラいならしてあげますよ」


「にわかには信じ難いが...その話、本当だな?」


男は首を縦に振る。

千秋はマナの方へ目を向けた。打たれたであろう二の腕を抑え、顔をひきつらせていた。

千秋には、マナが重要だった。そして、「マナを守る」という使命もあった。

ここでついて行った方が、マナの生存率は上がる。千秋はそう考え、決断した。

「わかった、ついて行こう」千秋は言った。

男はゆっくりと立ち上がると、来た道をもどり始めた。


「少し待ってくれ。マナが来られるかどうか...」


「おそらく大丈夫ですよ。ほら彼女のところに行ってあげなさい」


千秋はマナへ駆け寄った。


「治療して貰えるって。もう安心していいぞ」


「ええ..」


マナは千秋の手をとり、立ち上がった。


「あ...あの...」


「なんだ?」


マナは恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。


「あ...ありがとう...ございます?」


その時、やっと安心したのだ。マナの笑顔を守れたんだ、と。







彼の保護施設は歩いて10分ほどにあった。

千秋は、白くて、滑らかなビジュアルを期待していたが、実際の保護施設の見た目は木製のただの家みたいだった。

千秋は、肩を落としてため息をついた。あまりにも期待はずれだった。


「着きましたよ。どうぞ中ヘ」


男が玄関付近に行き、ドアを開けようとした。

だが、男が開ける前に、中にいた何者かが先にドアを開けた。


「あら、クラウズ。どうしたんです?」


「あぁいや。ただ外の光を浴びようと...うん?」


クラウズは、男の後ろにいる2人に気づいたようだ。


「お二方は、どちら様で」


うやうやしい態度の彼女は、可愛げに首を傾げた。

肩ほどまで伸びた青色の髪は少し傾き、ぱっちりとした目は千秋たちをしっかりと捉えていた。

そして、特徴的な猫耳。髪の色と同じ、青色の猫耳だった。

千秋はふと、エフィリスを思い出した。


「私はマナです」


「俺は千秋。よろしく頼みます」


マナがクラウズと握手をしようと近寄ると、クラウズは鼻をヒクつかせ、マナを睨んだ。


「...アナタ...人間じゃないのね」


マナはドキッっとして目を見開いた。そしてすぐ観念したように、「はい...」と俯いた。

千秋の血の気が引いていくのがわかった。マナも家族を殺したAIと同族など信じたくもなかった。


「マナはAIじゃない。こいつは感情だってあるし、人を襲ったりしない」


千秋はフォローを入れるが、クラウズは一歩下がり、千秋から距離を置いた。


「AIであることは変わらないじゃないですか。私はAIが嫌いです。話しかけないでください」


クラウズはさっきの愛らしい顔とは打って変わって、ゴミを見るような目で言葉を吐き捨て、家へ戻ってしまった。


「あああ...あのコは難しくてね...なかよく...は多分無理だね」


男は気を使って言った。

マナは俯いて「いいんです。私が人間じゃないことは、受け入れられないって知ってますから」と悲しげに呟いた。

千秋は、クラウズに苛立ちを感じながらも、家の中へと足を踏み入れた。

保護施設という割に、外見と同じく内装も普通の家だった。

少し違うとすれば、床にコードやなにかの部品がバラバラと散らばっているくらいだった。

男は家の奥にある鉄のドアを開けた。関係者以外立ち入り禁止、と言いたげな雰囲気をまとっていた。


「何をするんだ」


「マナさんの修理です。さっきの銃弾はAIには刺さる玉でしてね...放っておくとパーツを付け替える時にめんどくさくなりますカラ」


その部屋の中に入った途端、ボワっとホコリが舞ってきた。

天井には蜘蛛が住み着いているのか、蜘蛛の巣が至るところから垂れ下がっていた。

息をする度、ホコリを吸いこんでむせてしまう。まさに廃墟のような、ゴミ屋敷のような部屋だった。


「息苦しいでしょうが我慢してください。おそらく5分ぐらいで終わります」


男はマナを椅子に座らせ、腰のあたりにコードを繋いだ。


「...これはなんのコードですか」


マナは男に訊いた。


「麻酔みたいなものです。あなたにはどうも痛覚が実装されているらしいので」


男は棚から工具を取り出し、誇りを被った箱からいくつかのパーツを取り出した。


「直せそうなのか?」


千秋が男に訊いた。


「楽勝ですよ。私ぃにお任せ下さい。確か二の腕あたりを打ったはずだから...二の腕見せてくれる?」


男の言葉を聞き、マナは服をまくり二の腕をあらわにした。

人間の肌のようなすべすべとした白い肌だった。しかし、撃ち抜かれたであろう箇所からは、機械じみた赤と白の配線が飛び出していた。


「この程度なら早く終わりそうですね。この配線を繋いだらおしまいです」


男は慣れた手つきでちぎれた配線を新しいものに変えた。


「随分手だれているんですね。なんだか怪しいです」


マナは目を細めて呟いた。


「あはは、どうやらアナタもクラウズと同じくらいムズカシイ人間のようだ」


「それこそ皮肉に聞こえますね」


マナはイタズラっぽく笑いながら答えた。

男は最後にマナの傷をよく分からない透明なもので塞いだ。


「これで大丈夫デス。もう痛くないはずです」


男は腰のコードを抜きながら言った。


「そうですね、もう痛くないです」


「良かったぁ...」


不安そうに見つめていた千秋もやっと安堵の表情を見せた。

男は工具を乱雑にしまうと、直ぐに立ち上がって部屋を出た。

千秋とマナも急いで部屋を後にした。







この家での調理担当はクラウズらしく、晩御飯も彼女が作るようだ。

千秋は不安で押しつぶされそうだった。AIに不満を持つ彼女が晩御飯を作ってくれるだろうか。

マナも同じなのか、緊張して唇に力が入っている。膝に乗っている手もぷるぷると震えていた。

しかし、そんな心配は実現することなく、クラウズは晩御飯を作ってくれた。

クラウズは手際よく食事の準備を済ませ、マナに言った。


「...あなたは食べる必要ないでしょう?どこかへ行ってください」


「え...ですが...」


「AI、なんでしょ。食べなくたって生きていけることは知ってるんだから」


クラウズは"AI"を嫌味ったらしく強調して言った。

マナの目には涙が溜まり、少しこづくと溢れてしまいそうだった。

千秋はマナの様子を見て、憎悪の感情をクラウズにぶつけた。


「そこまで言う必要はないだろ。マナはお前になにかしたわけじゃないだろう?」


クラウズは、耳をピクっと反応させ、苛立った口調で反論した。


「はぁ..."マナだから"とか、うるさいんですよ。それは貴方のエゴです。勝手に私に押し付けないでください」


「だからってあの言い方はあまりにも可哀想じゃないか」


反論する千秋に、クラウズは痺れを切らしたように怒鳴った。


「そもそも貴方達、勝手に上がり込んできてなんなんですか?オマケにあんなAIも連れてきて。鬱陶しいんですよ。それに──」


「クラウズ、元はと言えば私が悪いんだ。彼らは悪くない」


続けようとしたクラウズの言葉を、低い声で男が遮った。

クラウズは男の言葉に、目をぱちぱちとさせた。


「な...そんなわけ...」


声色に焦りが滲んでいた。先程の威勢は既に消えており、焦りで顔が引きつっていた。


「私が早とちりして銃で打ったのがいけなかったんだ。それに少年にも斬りかかって...本当に申し訳なかった。」


男は座ったまま頭を下げ、謝罪をした。


「そ...それでもAIであることは変わらないでしょう?」


クラウズは狼狽しながらも何とか言葉を繋いだ。


「クラウズ、いい加減にしてくれ。あまりに幼稚だ」


男も、少し怒りの感情を込めて言った。

すると、クラウズは立ち上がり、手に持っていたグラスを床に叩きつけた。

すぐに割れる音が部屋に響く。ガラスの数切れはクラウズに刺さってしまって、血が溢れている。


「もう知らないよ!出てくから!」


クラウズはそう叫ぶと、走って出ていってしまった。

千秋が唖然としていた動けないなか、真っ先に動いたのはマナだった。


「私...探してきます」


「マナ、俺も行くよ」


千秋がそういうと、マナは「こないで」というように、手のひらを千秋に向けて突き出した。

千秋は、何も言えずに、マナを見送ることしか出来なかった。


「お願いだから、無事に戻ってきてくれ...」


千秋は夜の満月に願った。

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