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技術敵特異点  作者: F!rsted
1章 〜始発点〜
5/6

死なないこと

千秋は早朝に目を覚ました。淡い光が、窓越しに布団へ差している。

ゆっくりと起き上がり、隣のベッドで寝ているマナの方へ目を移した。

マナは凛とした、綺麗な寝顔で眠っている。

今日はやけに冷え込んでいるからだろうか、マナは深く布団を被っていた。

外の様子を確認すべく、千秋がカーテンをあけると、外で雪がしんしんと降っているのがわかった。

生まれてこの方、雪を見た事がなかった千秋は、外の銀世界に魅了された。

興奮して、窓の外を眺める。その姿は、クリスマスのサンタを楽しみに待つ子供を彷彿とさせた。

千秋は、マナを起こさないよう階段をおりた。


階段を降りると、すぐに玄関だ。

千秋と、マナの靴が綺麗に揃えられている。

几帳面なマナらしい玄関だった。

千秋が、玄関を開けると、直後、凍えるような空気が飛び込んできた。

やはり、今日は一段と冷え込んでいるようだ。

寒さに震えながら、周りに目をやる。

外は、靴が埋もれてしまうくらい積もった雪で、銀世界だった。

地面は、白く輝いていた。太陽から発せられた淡い光が、雪に反射しているのだろう。

眩しく、目が眩む。しかし、苛立ちを感じることは無かった。むしろ心地よかったのだ。


「きれいだな...」と千秋は言葉を零れ落とした。

寒さで震える手、寒さを我慢するために噛んでいる唇、服に積もる雪、そんなものは全て二の次だった。

少なくとも、この白銀の世界を脳裏に焼きつけている時間の中では。

こんな感覚は両親が生きていた頃に味わって以来だった。千秋はふと過去を思い出した。


両親とみたあの日の夕焼け。AIによって失われた娯楽がない中、楽しみなのは茜色に彩られていく空を眺めることだけだった。

砂浜に座り、ずんずんと海に吸い込まれていく太陽を眺めるのが唯一の団欒だった。

千秋の目から、一筋の涙が零れた。

───あぁ、やっぱりダメだな。

感動なのか、寂しさなのか分からない涙だった。

昔のことは思い出すもんじゃない。千秋は涙を拭ってそう感じた。

そんな時、後ろからドアが開く音がした。


「朝から何してるんですか?」


マナが半開きのドアから顔だけ出して言う。


「雪だよ。雪を見に来たんだ」


マナは物珍しそうな顔をしながら、「早く戻ってきてください」と呟いた。


「わかった。戻るよ」


千秋が応対するも、マナは返事をせずにドアを閉めてしまった。

千秋は急いで戻り、リビングの椅子に腰かけると、器を洗っていたマナが訊いた。


「雪見るの初めてだったんですか?」


「うん、初めて」


マナは器に視線を落としたまま言う。


「珍しいですね。あまりいませんよ、雪を見た事ないなんて」


「そうなのか?」と千秋が訊くと、マナは「はい。かなり珍しいです」と応えた。

マナは、器を洗い終えタオルで手を拭くと、ようやく千秋へ目線を移した。


「今日のご飯はどうしましょう?お作りしましょうか」


「うん、お願い」


千秋の言葉に、マナは「分かりました」と応えた。

しかし、承諾の言葉とは真逆に、マナは億劫な表情だった。

千秋は、それに気づいていたが、何も知らないように振舞った。

マナは冷蔵庫から卵を取り出すと、フライパンに油を敷いて卵を焼き始めた。


「今日も卵焼き?」


「飽きられましたか」


マナは冷酷な声で呟いた。


「いやそうじゃない」千秋はすぐに否定した。


「あらそう。私卵焼きしか作れないので」


マナは自虐をした。表情に綻びはなかった。

千秋は、申し訳ないと思いながらも、謝罪を口にすることは無かった。

おそらく、今ここで謝っても彼女が何も返事をしてくれないことは分かっていたからだ。

卵の焼ける音が聞こえる。その音を聞くだけで、唾液が溢れて来るのがわかった。

「パブロフの犬」というやつだった。

卵がやける音を聞くと、食欲がそそられるっといったものだ。

どうやら、マナの料理に千秋は魅了されているらしかった。

しばらくし、マナは料理を皿に盛り付けると、千秋へ言った。


「変わらなくても印象が変わるものってあると思うんです」


「え?」


いきなりのマナの言葉に千秋は戸惑った。

「それはどういう──」と千秋が訊く前に、マナは言った。


「宝石だってそうです。加工すると美しい。この世にそんなものって結構あると思うんです」


「急に何の話をしているんだ」


千秋はようやく困惑を言葉にした。


「私は卵焼きしか作れません───ですが...」


マナは料理が盛り付けられた皿を机に置いた。


「"目玉焼き"」


彼女の発言に驚いた様子で、千秋は料理を見つめた。

真っ白な卵白に、膨らんだ黄身が乗っている。周辺はパリパリと焼け焦げ、千秋の食欲を刺激する。

紛れもない目玉焼きだった。


「さっきの言葉の意味、わかりましたか?」


マナが真剣そうな顔をしているのが、面白くて、千秋は失笑してしまった。

「な、私は本気ですのに」千秋は頬を膨らませて言う。でもそれも可愛くて、今にも頭に手が出そうだった。


「食べていいのか?」


「はい、貴方のためにつくりましたからね」


「その言葉、今まででいちばん嬉しい」


マナは平静を装った。しかし、耳が真っ赤なので照れ隠しには失敗していた。

───感情がよめないのに分かりやすいな。

千秋はそう思いながら、目玉焼きにかぶりついた。







朝食をそうそうに平らげ、千秋はマナに言った。


「マナ、今日から特訓するって言ってたよな」


「そうですね。あなたを鍛える特訓をね」


マナは意地悪く笑った。


「そろそろ行かないか」


「いえ、準備が必要なのでね」


マナは赤十字が刻まれたバッグや、絆創膏など、医療セットを持っていっていた。


「俺が死んでもいいようにってか?」


「はい。いざというときです」


「別にいいぜそんなの」


千秋はおどけて言う。しかし、マナは真剣な目で、


「そういう訳にもいきません。貴方だって使命があるんでしょう?


と言い放った。

ここでようやく、千秋はマナの真剣さを思い知った。

同時に、どれほど過酷な試練が試練が待っているのだろうと、千秋は分かりやすく息を飲んだ。


「あら、怯えてらっしゃるの?AIを倒すんでしょう」


「───そうだな」


千秋は、受け入れとも、諦めとも取れる返事をした。

その発言に、マナはさらに厳しく語勢を強めた。


「しっかりしてくださいよ。私を守れるくらいに強くなってもらわないと困るんですから」


「それ、どういう意味?」


「一緒に冒険するとなると、いずれどちらかに"死の救済"が訪れるはずです。その時、あなたが私を"生の地獄"に引き戻してくれたらいいんです」


「まるで死にたがりだな」


「否定はできませんね。でも、少しだけあなたに協力したいなって思い始めてから、ちょっとは生きたいって思えたんです」


「なら良かった。俺もマナが死んでもらったら困るからな」


マナは医療品をリュックに詰めると、外へ向かった。


「早く行きますよ。時間は待ってくれませんからね」


千秋も、刀を持ち、外へ向かった。







少し太陽が登り、雪はしだいに弱まっていった。

千秋は、少し震えながら、マナに尋ねる。


「何するんだよ。こんな寒いのに」


「鬼ごっこです」


「うぇ?」


千秋は耳を疑って変な声を出した。


「鬼ごっこ?なんか特別なルールがあったりするのか?」


千秋は、子供じみた提案に少し嘲笑を混ぜ言った。

しかし、マナは至って真剣に、


「普通の鬼ごっこと変わりません。少し違う点と言えば、武器を腰に収めた状態でするくらいです」


と応える。

彼女は、リュックを地面に置いて、千秋へ言った。


「早速始めますよ。準備体操がいるなら勝手にしておいて下さい」


マナは、千秋に背を向けると、鞘から木刀を抜き、素振りを始めてしまった。

彼女の力強い素振りは、時空さえ切込みを入れれそうだった。

千秋は、じっと素振りを見ていた。


「何を見てるんです?準備体操が要らないならもう始めますよ」


しばらくして、千秋の目線に耐えられなくなったのか、マナは言った。


「あぁ、来い!」


「私が鬼ですか...まぁいいですけど」


マナは気まずそうに呟いた。


「じゃあ始めるので、10mくらい離れてください」


「ハンデか」千秋がそういうと、マナはこくっと頷いた。


「私が踏み込んだらスタートです」


千秋は、走る姿勢を作りながら、マナへ視界を集中させた。

そして、ザザっと地面が蹴られた音が耳へ聞こえた。

千秋は、鎖から外されたように走り出した。


以外に高低差があり、くぼみに足を取られては転びかける。

体制を崩しながらも、息を荒くし、足をとめなかった。

だが、最初は遠いところで鳴っていた足音も、次第に大きくなってきた。

千秋は、バッと振り向き、マナの方へ目線を移した。

千秋はもう、足の速さでは適わないと判断したのだ。


───しかし、それは一瞬の出来事だった。

振り向いた時、既にマナは居なかった。

狼狽する千秋を、マナは後ろから抱くように拘束した。

千秋は抵抗するが、マナは、腕を離さなかった。


「ふふっ、捕まえましたよ」


後ろから囁かれ、千秋は、ビクッと体が反応する。

「あはは」とマナは乾いた笑いをすると、やっと拘束していた腕を離した。


「あなた...どうしてこんな訓練をするか分かりますか?」


千秋は首を横に振る。マナは続けた。


「鬼ごっこは、いわば"殺し合い"に似ています。どうすればあなたを殺せるか、どうすればあなたが気づかない方法で殺せるかを考えるゲームです。他にも、基礎体力をつけたり、空間認識能力をつけたり、俊敏性、判断力を高めるなど様々な要素が鍛えられます」


「へぇ、鬼ごっこって結構深いゲームなんだな」


「殺し合いに負けない方法はなんだと思いますか?」


「えー...やっぱり攻撃力とかでしょ」


マナは呆れてため息をついた。


「それは、『勝つ方法』です。私が聞いているのは『負けない方法』です。答えは、『死なないこと』。どれだけ強い武器を持って、どれだけ強い能力を持っていても、死んだらそこまでです。じゃあ死なないためにはどうすればいいですか?」


千秋は少し悩んでから答えた。


「生にしがみつく頑固さ、どれだけズタボロにされようとも諦めない図太さ、とかか」


マナは千秋の頭を撫でた。


「大正解です。勝つことより負けないこと。生きることより死なないことを意識しましょう」


マナの言葉は、深く、千秋に刻まれた。


「さぁ、もう一回です。次こそはしっかりしてくださいよ」


「全力は尽くすぜ、『死なないように』な」

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