始まり
淡い太陽の光で千秋は目を覚ました。今日は少し寒い冬の日だった。
千秋には家がなく、人気の少ない山奥にある小屋で過ごすほかなかった。
誰が作ったのかも、誰が住んでいたのかも知らない。
だが、小汚いベッドがあるだけで、千秋にとっては家だった。
白息吹を吐きながら、千秋は木製のドアを開く。
澄んだひんやりとした空気が体を吹き抜け、小屋の中へと吹き込んだ。
木々はまだ目覚めていないように、暗い緑の葉っぱを揺らしている。
早朝の雰囲気だった。
千秋は近くの小川まで行き、体を洗った。
風呂もなければ洗濯機もない。だからといって異臭には耐えられなかった。
千秋は、衣服ごと川へ飛び込んだ。
大きい水飛沫が出たと思うと、すぐに千秋の体は泡に包まれた。
誰もいないので、水の中で散々暴れ回ってから、陸まであがり小屋へ走って帰った。
小屋は早朝の寒い風を遮ってくれる。風邪をひくのだけは避けたかった。
そして、日が昇るのを待ちながら、千秋はまた眠りについた。
*
淡い空ははっきりとした暖色に変わり、気温も少し暖かくなった。
千秋は青黒く光った剣を鞘に収め、麓へと降りていった。
1000年も昔は、都会?と言われていたこの場所も、今では案の定、人の気配は無い。
錆び付いたビル街は、千秋を見下ろすかのように聳え立っている。
未だに古血の匂いが染み付いたこの場所は、立っているだけでも目眩がする程だった。
後ろから声が聞こえたのは、街に着いてから10分ほどたった時だった。
「おい、そこの黒髪。お前人間か?」
千秋は素早く振り返る。そこには、ガスマスクをつけたパサついた髪の男がいた。
「そうだ」
できるだけ短い言葉で返す。
この世界ではいつ死ぬか分からない。個人情報を伝える時も油断はできないのだ。
「生き残りがいることは非常に素晴らしい。どうか俺に着いてきて欲しい」
男からの言葉に、千秋は疑いの目を向ける。
男は焦って言葉を繕う。
「俺の言葉が信用出来ないのも無理はねぇ。でもお前みたいな若い衆が1人で歩いてたらほっとけなくてよ。どうせ身よりもないなら着いてきてくれねぇか」
「...」
千秋は口ごもる。確かに千秋には身よりはない。でも、この世界の人間はすぐに信用してはならない。でも、千秋自身も人恋しいかった。ずっとひとりで生きるくらいなら、この男に騙された気分でついて行くのも悪くないかもしれない、と千秋は感じた。
「わかった。ついて行こう」
「そうか。決してハグれないようにな。長旅では無いが色々とめんどくさくなる」
男は背を向けて歩き出した。
千秋は、少し距離をとって男の背中を追った。
男は軽口をたたいていたが、千秋はだんまりとしていた。
10分ほど歩みを進めると、廃病院のような場所が見えた。
いかにも、昔の人達なら好みそうな場所だった。
「俺らの拠点はここだ。そこそこ人はいるぞ」
男は呟きながら入口をくぐる。
そして、一室の扉を開けた。
「へへへへへ!私の勝ちー!」
「はぁ!?イカサマだろ!」
「そう声を張るな。隊長が帰ってきているのに気づかないのか」
知的な人間の声に、2人の人間は、はっとし、すぐに隊長の方へ向き直った。
「隊長!すみません。ババ抜きが楽しすぎたもんで」
猫のような耳が生えた少女が言い訳をする。
隊長は苦笑いしながら返した。
「ああそうか。でも周りにはもっと気を配ろうな」
少女は「ひゃい!」と舌足らずな返事をした。
少女以外の3人は、隊長よりも、後ろの千秋に興味を抱いていた。
「後ろの少年は?」
メガネをかけた男が隊長に尋ねた。
「近くの都会にいた人間だ。名前は...?」
「千秋です」
「へぇー千秋くんかぁ。よろしく」
橙色で染められた髪をした男はゆるく答える。
「千秋くんも知らないこと多いだろうから自己紹介からしよう」
「ありがとうございます。あと千秋でいいですよ」
隊長は短く返事を返すと、自己紹介を始めた。
「俺はフレン。この集まりの隊長をはっている。よろしく頼む」
フレンは、胸を張って言う。
「私はエフィリス。猫耳が生えてるのは生まれつき!よろしくね!」
エフィリスは桃色の耳をぴくぴくさせる。
「あー次は俺ね。俺はマイリス。ゆるくやってまーす」
マイリスは橙色の髪をいじりながら、どうでもよさそうに言う。
「俺はダクター。以上だ」
ダクターは冷酷な雰囲気を醸し出した。
「ところでところで、君の自己紹介は!?」
エフィリスは迫り寄って質問する。
「あ...ああ、俺の名前は千秋。AIを殺すために生きてます」
「いいねー君みたいな人好きだよ俺」
マイリスはにやにやと笑いながら言った。
明るい空気で包まれた空間は、フレンの真剣な声色によって切り裂れた。
「この集まりについて説明しよう。俺らは寄せ集め、で集まったメンバーだ。AIを殺す活動と、人間を保護する活動をしている」
「そうなのか。最終目標とかはあるのか?」
「ああ。渋谷のAI占領を解くのが1番だな。だが、そんなに簡単じゃない。だから、ここで実力をつけているんだ」
フレンの言葉に千秋は頷く。
「そういえば俺だけ源氏名だよな。皆はどうして横文字の名前なんだ」
「あだ名みたいなもんだよ。俺だって本名はフレンじゃないさ」
「私もエフィリスってみんなに決めてもらったんだー!」
「俺は自分で決めたなー」
「同じくだ。人から付けられた名前なんてごめんだ」
フレンは少し時間を置いて、千秋に話しかけた。
「千秋にもあだ名を与えよう。何がいい?」
一番最初に声を上げたのはエフィリスだった。
「秋...だから『フォール』とかどう?」
マイリスはいじるように意見を出す。
「いやいや千のほうでしょ。『サウザンド』だって」
「ならまとめて『フォード』でいいじゃないか」
ダクターの言葉を千秋は渋々承諾した。
「じゃあ改めて『フォード』!よろしく!」
エフィリスは、満面の笑みでそう言った。