天下万民の恒久平和
秦縁の言葉を聞いた二人は心做しかドキリとした様に見えた。勿論、田穂にはそれが何を意味する事なのかは分からない。
しかしながら、秦縁はハッキリとこう告げたので在る。
『(ღ ❛ ᗜ ❛ ๑)否、然程の事も無い。私は人として当然の事をしたまでです。私の唯一の望みを知る貴殿方ならばそれはお判りでしょう♪』
『私の唯一の望み』これが鍵で在る事はどうやら間違いの無いところで在ろう。では彼の望みとはいったい何なので在ろうか。田穂はここが正念場と耳を澄ませた。
「ꉂꉂ(・ิᗜ・ิ ٥)あぁ…しかと胸に刻んで在る。貴方の望みはこの"中華の恒久平和"でしたな!しかし秦縁殿もそれは御理解下されたで御座ろう?漢帝国の長きに渡る統治が廃れ、黄巾の乱を皮切りに始まったこの戦国の世はなかなか収まる事が出来なかった…」
「…それをようやくこの三國を中心とした態勢まで集約したのです。こうなってはいずれ雌雄を決する他に道は御座らん。だからこそ我々も日々力を蓄え、隙あらばと努力して来たのですぞ♪」
「(ღ ❛ ᗜ ❛ ٥)それは分かっております♪ですが、その黄巾の乱で多くの漢民族は亡くなりました。勿論、戦だけでは御座らん。血を流し合い、死体の山が放置された結果として、疫病が蔓延し、多くの者が病に倒れた…」
「…さらには大地が荒れたお陰で畑が作れず、食料が口に届かずに餓死した者さえたくさん居る始末です。黄帝の御世から続いて来た漢民族の将来はどうお考えなのですかな?…」
「…これ以上殺し合いを続ければ、早晩漢民族は死に絶えます。天下を平定したとしても、民の居なくなった天下統一など虚しいものでは在りませんか?裸の王様に為っても全く意味は無いのですぞ!」
曹操の魏を始めとする孫権の呉・劉備の蜀の三國鼎立はこの戦国期を乗り切る上での苦肉の策であった。
まさに董卓が漢を牛耳っていた時に、その非道に結束して立ち向かった筈の諸侯連合も、その後は結局のところ、それぞれが自分を中心とした天下統一を目指した事で分裂して、互いに相争う事に為った事を鑑みれば、皆が納得した形での天下統一と恒久平和など絵に描いた餅であった。
鯔のつまりは、人間の欲望とは際限が無く、上を観れば切りが無いのである。
秦縁の望む恒久平和とは、何と果てしない…先の見えない産物なので在ろうか。けれども人が産まれて、この世に誕生した以上は、その誰で在ろうとも幸せに生きたいと願う権利はある筈なのだ。
戦争の繰り返す先に幸せなど無いし、その希望すら見出だせないだろう。である為らば、今この世に生きる者達が知恵を絞り、どうすれば多くの血を流さないで済むのかをしっかりと考える責任が在るのだと彼は想っているのだった。
そしてその為には、各国を束ねる責任ある地位の者が、その姿勢を正し、平和的に話し合う事が必要である。そしてその正しい方向に皆を導く責任が在るのだと秦縁は考えていたのである。
だからこそ彼は交易という名の親善大使として、各国の窮状の際には進んで協力してやり、その代わりとして口憚る事無く、耳の痛い意見を訴えて来たのである。
彼にも結局のところ、人と言うのは圧倒的な力を誇示して、強制的に従わせないと平和な世の中を造らせる事など出来ないのだ…そう言う諦めの気持ちも正直にあった。
けれどもそれと同時に一欠片の良心もそこには存在するのだという希望も捨てていなかったのである。だからこそ、彼は無駄に想える地味な活動を続けて来たのであるが、人の持つ業とは、なかなか変わる物でも無かったのだ。
「ꉂꉂ(・ิᗜ・ิ ٥)正に貴方の仰有る通りだ!それは今までも認めておる。私はそれを理解するくらいの寛大さは持ち合わせているつもりだ。それは貴方も認めるでしょう?ですがこればかりは相手在っての事だ…」
「…幾ら我々がそう覚悟を決めたとしても、他の二国に裏を掻かれないという保証は無いのです。だとしたら、我らは今まで通りやるしか道は無いと心得る。あなたの気持ちは尊いし、良く分かる…」
「…しかしながら私はこの江東を父や兄から受け継いだ身です。そしてたくさんの民の命を預かっている以上は他国に遅れを取る事は出来ないのだ。それ即ち国を失う事に為るかも知れんのです…」
「…ですから私はこの江東を平和で豊かな国にする事を念頭に置く他無いのです。貴方は日頃からとても広い視野をお持ちだ。この中華と漢民族の事を貴方ほど気にかけておられる方を私は知らない…」
「…私でさえこの中華万民の民の事を考え行動出来るかはその時に為ってみないと正直分からない。けれどもこの江東の民の行く末を考える器量は恐らく持ち合わせているつもりだ…」
「…今はそれしか言えぬ!申し訳ないがそれが私の現在地なのだろう。また政務を担いながら考えてみるが、今はっきりと言えるのはここまでだろうな!」
孫権はそう述べると言葉を切って面を上げた。決して逃げている訳では無い。これが今の私なのだ…その表情がそう物語っていた。
その表情を涼しげな瞳で眺めながら、秦縁は珍しく真面目な顔でそれに応えた。
「(ღ ❛ ᗜ ❛ *)貴方は正直な人だな♪それに良く考えておられる。現在地と申されたな?今の貴方の限界はまぁ確かにそんなところだろう。それはこの私にも分かっておりました!ですが貴方もまだ諦めてはいないようだ…」
「…だから私も少しは安心しております♪しかしながらそんな貴方にひとつ私から申し上げるとするならば、貴方がその時に分かると申された天下万民の事をもっと真剣に考えると宜しい…」
「…なぜならば天下制覇を目指す如何に拘わらず、天下万民の事を念頭に置けない人物がこの中華の主として天下を治める事が出来るとはとても想えないからです…」
「…そこんところを今一度良くお考えに為ると宜しい。私が貴方に今言える事はそれだけです。時は在る様で無きに等しい情勢です。良くお考えになり、また次に会う時にその答えを聞くと致しましょう♪」
秦縁も今この時に言わねば為らない事は言い切ったと言えるだろう。彼もこの乱世がそう簡単には収まらぬで在ろう事は身に沁みて分かっていたから、彼らが現実を依り掘り下げて理解し、出来得る為らば平和的な解決を計る事を望む他無かった。
孫権は真剣な眼差しで秦縁の言葉を一言一句逃さぬ様に、聞き入っていたがその言葉が終わると同時に大きな溜め息を洩らした。
「(ღ・ิᗜ・ิ ٥)そうだな…私も諦めては居らぬよ!貴方の申し出は我欲が無い。だからこそ我らもそれに向き合う気持ちになるのだ。そして貴方の言葉は、いつも心に突き刺さる…」
「…それは貴方の言葉に嘘が無いからだ!判った、私も今一度真剣に考えてみる事にしよう♪私がもう少し利発で天下万民の事を考えられる程の寛容さに恵まれて居れば、もっと早くに平和な世の中を切り拓けたのかも知れぬな。肝に命じようぞ!」
「否…(ღ ❛ ᗜ ❛ ٥)貴方はきっと理解出来る器だと私は想って居ります。けれども、出来得る為らば時間切れと成る前に行動を起こされん事を切に望みますな♪私も今これ以上は申しません。また是非、お逢いすると致しましょう♡」
これで宴はお開きと為った。孫権は呂蒙と共に再び屋敷の前まで見送りに出て来た。そして名残惜しい表情を隠す事が無かった。
秦縁も拝礼を行うと、馬の手綱を受け取った。
「ꉂꉂ( ❛ ᗜ ❛ *)我らは明日の朝には引き上げますゆえ、これ以上の見送りは御遠慮致します♪お気に為さいませぬ様に!」
「ꉂꉂ(・ิᗜ・ิ )この後はどちらに廻られるのかな?」
「あぁ…⁽⁽ღ( ❛ ᗜ ❛ *)これから少し荊州を見聞しようと想っていますよ♪そしてその後は益州かな?まだ劉備殿にはお会いした事が無いのでね!」
秦縁はそう答えると、「⁽⁽ღ(❛ ᗜ ❛ )ではまた♪」と言って、それ以上は踏み留まる事なく踵を返すと、とっとと歩き始めた。
田穂も二人に拝礼するとその後に続いた。秦縁はもはや一度も振り返る事は無かった。
二人の去り行く背中を見送った孫権は、再び溜め息を漏らした。そんな主に呂蒙はおもむろに声を掛けた。
「(٥ •'ᗜ'•)੭ ੈ宜しかったのですか?」
「( ・ิ ᗜ・ิ)✧ん?あぁ…尚香の事か?気にするな!あの男の言葉を聞いていたろう?」
「(٥ •'ᗜ'•)⁾⁾ はい!」
「(ღ・ิᗜ・ิ ٥)あんな事を言われては、私の考えが浅い事がお前にも分かっただろう。私は少しでもこの江東が有利となる様に、あの男に尚香を嫁がせようと画策したのだ!ところがあの男は、尚香の琴の音を聞いただけでそれに気づいた…」
「…後はお前も聞いた通りだ。あの男はこの私に、もう少し地に足を付けてしっかりせよと釘を刺したのだ。今の私にあれ以上、何が言えたであろうか?」
孫権はそう吐き捨てると首を横に振った。
「(٥ •'ᗜ'•)੭ ੈ仕方有りませんよ!あの男は嘘偽り無く、この中華の恒久平和を模索しています。ですが、それは必ずしも我ら江東中心の天下安寧ではありませぬ!無論、今の所は我が君に寄せる期待は大きいのでしょう…」
「…だからこそ、今の内にあの男をこちらの陣営に引き込んでしまおうと、我が君も考えられたのでしょう。しかしながら、あの男に対してはそれが裏目に出た様ですな!浅知恵を弄した拙者の失策です。誠に申し訳御座いません…」
「否…✧(・ิᗜ ・ิ*)お前は私の意思を体現したに過ぎん!お前に非は無い。それよりも尚香の事は私に任せよ♪お前はあの方が無事に荊州に入れる様に手配するのだ。決して邪魔立てしては成らない!良いな?」
「(٥ •'ᗜ'•)✧それはあの田穂という男も当て填まるのでしょうか?」
「(#・ิ ᗜ・ิ)当たり前だ!あの方は客人と申していたで在ろう?しかもこの江東の復興に手を貸してくれた恩もある。これ以上この私に恥を掻かせる事はするな!良いな?」
「(٥ •'ᗜ'•)⁾⁾ はい!承知致しました♪」
孫権は確固たる姿勢を示すと、そのまま屋敷に引き上げてしまった。
只一人取り残された呂蒙が、今度は溜め息を漏らす番だった。こうして今宵の作戦は物の見事に崩壊した。最早取り返しはつかなかった。
すると、突如として背後の茂みの中からガサガサっという音と共に一人の男が姿を現わす。それは陸遜であった。
「(ꐦ•"ᗜ•٥)੭ ੈ殿!このままあいつを逃がすのですか?」
「(ღ •'ᗜ'•٥)仕方無い!それが我が君のご威光だからな!」
「(ꐦ•"ᗜ•٥)੭ ੈですが奴は魏の間謀ですぞ!殿も始終見張られてお困りでしたでしょうに!こんな事ならもっと早く片づけておくんだったな!」
「(٥ •'ᗜ'•)੭ ੈ馬鹿な…あの方は暗殺などという手段を一番嫌う。だからこそこの私も我慢したのだ!これ以上お前の出番は無い。少なくとも当面の間はな!良いか?これはあくまで我が君の命令である。手出しは為らぬぞ!判ったな?」
「えぇ…⁽⁽ღ(•"ᗜ•٥ꐦ)判っておりますとも♪では私はこれで!」
「あぁ…(ღ •'ᗜ'•٥)御苦労だった!」
陸遜はやる瀬無さそうに引き下がった。
呂蒙はまた一人取り残される事となった。彼は再び溜め息を漏らすと、おもむろに歩き始めた。
『(ღ •'ᗜ'•٥)=3…確かにあの方はこの江東の恩人だ。一番困っている時に、何も言わずそっと手を差し伸べてくれる者などそうそう居るまい。その恩人を我々は詐術にかけた事になる。何とも恐れ多い事だな!』
彼はそう呟くと帰宅の途に着いた。後味の悪い事をしたと思っている分、彼はまだまともだったと言えるのでは無いか。
しかしながら、彼らが咽喉から手が出る程に必要としている物を、この商人が持ち合わせているのだから、仕方が無いと言えるのかも知れなかった。