不思議な御縁
これは運が悪いとしか言い様がなかった。秦縁は田穂を認めて、すぐに問謀だと見抜いた。始めは魏の間者だと感じたらしいが、それは田穂が未だ徐州訛りをその言葉尻に残していたからだった。
それに商人と侮る無かれ。彼に言わせれば、商人こそ比較的自由に往来出来る身分であるから、情報を得やすく、間謀向きなのである。
但し、本当の間謀と違う所はズブの素人だという事であり、その姿勢もけして恣意的で無く、噂の類として気楽に聞くからこそのものなのであった。
「(´°ᗜ°)✧ 復興を手伝ってくれるのかい?」
「⁽⁽ღ(`ー´*)へい!」
「ꉂꉂ(°ᗜ°´*)そいつは有り難い♪給金は然程やれんが、三食付きで寝床も用意してやれる。自由時間は好きにしていい。それでいいかね?」
「⁽⁽(`ー´*)へい♪十分でさあ♡」
ここまでは上手く運んだ。後は身許確認だけだろう。
「(´°ᗜ°)✧ ところで名は何というかね?」
「⁽⁽ღ(`ー´*)へい!田穂と申します…」
彼はそう答えた瞬間に勝利を確信した。
読者諸君はここであれ?と想った事だろう。なぜ本名を名乗ってしまうのかと…そしてこう想った方も居るのではないか?それがなぜ勝利の確信に繋がるのかと?
それではここで一気に種明しと行く。
田穂を始めとする元魏国・満寵率いる諜報員は皆、表向きは死人なのである。つまり彼らの故郷では少くとも死んだ事になっているのだ。
但し、彼らが半永久的に諜報活動を続ける事になるとも限らないから、その気になれば身分を回復出来る様には考えられていた。その為の保証を考えてくれる辺りは、満寵も根っから非情の人でも無いのだ。
それが胸許深くに縫い込まれた彼らの本当の身分証だったのである。これは自分の意志で使える自由を与えられていた。
相手を欺く為の一時的な使用、間諜を辞めた時の身分回復、そして殉職した際の身許保証である。
満寵の手の込んだ策にはもう一手捻りが施されており、彼らは徐州出身では在るが、江東に流れて行った一派の身寄りという事に為っていたので、表向きは歴とした呉の民なのであった。
だから身分を明かせば呉の民・田穂の出来上がりという事に為るのだ。けれども戸籍を明確に調べられれば、そこには恐らく田穂の名は無い。要は見せ掛けの身許保証書であり、だからこそ表裏一体の切り札なのである。
しかしながら、その身許保証人は徐州の名家・張昭その人に為っているので、恐れ多くも確認行為などする者は無かったのである。そしてその筆跡も刻印も張昭の物であったのだから。
恐らく張昭本人が確認しても、それは自分の筆跡だと認めるだろう。そしてその刻印もである。但し記憶には無いに違い在るまい。何故なら確実に偽造された物だからである。
満寵という人は様々な能力を持つ食客を招いては大事にしていたので、その手の偽造に長けた人達が居たとしても不思議は無かったのだ。
更に言えば、黄巾の乱以降、戸籍はかなりあやふやな代物と化していた。三國とも住民の把握が完全に出来て居た訳でも無かったのである。
そして張昭は孫権にも尊傅と慕われる呉の重鎮であるが、依る年波には勝てず、過去に自分が為した事を確実に記憶している訳でも無かろうから、喩え確認行為が行われようとも確実に処断するには至らぬだろうとの満寵なりの判断なのであった。
故に戸籍も保証人の確認もすり抜ける自信が田穂にも在ったのだと言えよう。
ところが秦縁はアッサリとこう述べたのである。
「田穂殿か…✧(❛ ᗜ ❛ ๑)へぇ~それは奇遇だな♪そして面白い!管邈殿や満寵殿はお元気かね?」
これには今度は田穂がたまげる番で在った。彼の勝利の方程式は、完全に崩れさってしまったのである。
「⁽⁽ღ(`ー´*)へい!元気です…否、否…あんた何を言っとるので?⁽⁽(ღ`ー´٥)あっしはそんな人知りませんが…」
まさに馬脚を露すとはこの事である。さすがの田穂も勝利を確信する余り、得意気に為り過ぎ、ついつい本音が出てしまった。秦縁の然り気無い聞き方も功を奏したのだろう。
即座にやんわりと否定したものの、面と向かってのやり取りだから、最早、後の祭りであり取り返しはつかない。さらに言えば彼の表情が咄嗟の事で歪み捲り、本音をさらけ出してしまっていた。
「ꉂꉂ(°ᗜ°´*)アッハッハ♡正直で宜しい♪お前さん面白過ぎるな!でも俺はあんたみたいな人、嫌いでは無いよ♪素直が一番だ♪判った!その正直さに免じて雇おう♪但し、給金を支払うんだから、その分はきちんと働いて貰うからね!宜しく♡」
秦縁はそう告げると、帳面に田穂の名を記して「合格!」と言った。田穂を見つめるその瞳には涼しげな光を宿していた。緑陽石の煌めきである。
片やの田穂はキョトンとした表情で、如何にも不思議そうな戸惑いを見せる。当然で在ろう…正体がバレたのだ!
本来で在ればすぐにでも逃げ出さなければという事態なのに、対面している男の余りにも真逆の反応に驚き、不覚にも呆けてしまったのである。まさに一生の不覚であった。
「(ღ`ー´٥)??…あっしを捕えないので?なぜ合格何です…訳が判りませんが?」
「ꉂꉂ(❛ ᗜ ❛ ๑)言ったろう♪正直者は捕えぬし、突き出さぬよ♡それどころか真面目に働けば、給金は弾むし、お前さんを守ってやろう♪どうだい?悪い話しじゃ無かろう♪」
秦縁はさらりとそう宣うが、その表情は至って真面目に見える。嘘では無さそうだ。田穂はようやく立ち直って「⁽⁽ღ(`ー´٥)それはどうも…」と言った。
「⁽⁽ღ(❛ ᗜ ❛ ๑)どうだい?やるかね♡」
秦縁は気楽に聞いて来るが、田穂にとっては身許を抑えられて居るから、ある意味最後通牒の様なものである。嫌とは言えない。
「(ღ`ー´٥)そらぁやりますよ…それしか選択肢は在りませんからね!参ったな…青天の霹靂とはこの事だ!否、最早、蛇に睨まれた蛙ですかな!」
田穂は想わず溜め息を漏らす。すると秦縁は手を蟀谷に軽く充てて、吹き出す。
「ꉂꉂ(°ᗜ°*)アッハッハ…やっぱりお前さん面白いな♪面白過ぎだね♡否、すまん。確かにこの状況じゃあ普通はそれしか選択肢は無いよな!でも別にいいぜ、やらなくても♪解放してあげるから…勿論、通報もしない!」
「Σ(`ー´٥)ハッ?ちょっと待ってくれ!そこまで判っていてあっしを解き放つので?あんたいったいどういう了見なんです!」
田穂は訳が分からない。否、彼で無くともそうで在ろう。ところが秦縁は相も変わらず涼しげな瞳で彼を見ている。
「✧(❛ ᗜ ❛ ๑)あぁ…それね!俺は別にお前さんには悪意を感じていない。一言で言えばそんなところだな♪少し補足をすればだ、俺はこの江東の主の部下では無いし、義理もそう感じていない。商いとは需要と供給の一致だから相互に利益で結ばれた間柄なんだ♪…」
「…そう考えればお前さんの処遇の是非を握っているのは、如何にもこの俺だって事になる。生殺与奪権て事かな?でもその俺が好きにしろって言ってるんだぜ!これ程、確かな事は無いだろう…違うかね?」
秦縁は理路整然とそう述べた。これで是非を決めるのは、田穂の意志次第という事になった。ある意味、『お前が決めろ!』と言われた事になる。
彼は端と考え込む。
『こいつは何なんだ…(ღ`ー´٥)訳が判らん!今までの常識がまるで通じん。蛇に睨まれた蛙と言うよりは、じゃれて来た猫に戸惑う鼠の心境だ。さてどうする?』
元々はちょっとした好奇心から始まった接触であった。まぁ、単なる好奇心に生死を賭ける田穂も変わっていると言えるのかも知れない。
けれども、虎穴に入ってみたら虎児を得る所か、悟りの化け物に手の平の上で揉みくちゃにされて、からかわれる始末である。
この言い様のない憤懣をぶつける先の無い田穂は、完全に煮詰まってしまった。すると、ここで秦縁が助け舟を出す。
「ꉂꉂ(❛ ᗜ ❛ ๑)お前さん、間謀としてはかなり優秀なのだろうな…だとしたら考え過ぎたとしても仕方無い。それに今までの相手は皆、敵国の将兵かせいぜい民だったのだろう。中には商人も居たかも知れんが、大商人と言われる人間とは絡んだ事は無かろう…」
「…我ら商売人は商いをする傍ら、色んな連中に必然的に接触するのだ。その中にはわざわざ酒席に誘ってくれる者も居たりする。無論、俺も暇じゃないから、その全てに参じる事は無いが、時には付き合う事もあるのさ!…」
「…俺が満寵殿を知っているのは、奴が曹仁殿の軍師だからだ。俺はあいつとは馬が合うのだ。腹に一物の無い、堂々たる漢だからな♪まぁぶっちゃけた話し、知ってたんだよ…」
「…誤解無き様に説明するとだ、別に聞いた訳じゃないが、小耳に挟んだのだ。そういった意味では、商人とは偶然を装い問者となる事が出来る稀有な立場と言えよう♪…」
「…つまりな、その気にさえなればお前たちプロの間者が危険を冒し、苦労して手に入れるくらいの情報収集なら、安全に可能だって事だ。否、むしろそれ以上かな?…」
「…時と場合にも依るが、我らは仕事でその国の君主にさえ、堂々と接近する事が可能だからね!情報は我ら商人にとっても重要だ。知ると知らないとじゃ、儲けが違ってくるからな!判ったかね?」
勿論、情報が重要なのは判る。そして恐らくはその商売上の観点から、信用も同様に重要であるのだろう。その事について彼は敢えて触れなかったが、その認識が無い者がここまでの大商団を構える事など出来まい。
彼にとっては、そんな事は当たり前の事であって、言うに及ばないと言う事なのだろう。それをわざわざ墾切丁寧に語ってくれたのは、気にせず選べ!という事なのだろう。
田穂はますますこの男に興味を抱いた。この男の言葉を借りれば、『面白い!面白過ぎる♪』という事になるだろう。
彼はようやく振っ切れた様に結論を下した。
「⁽⁽ღ(`ー´*)では、お世話になります♪しばらくご厄介をお掛けしますが、宜しく!勿論、やるからにはこの恩義に必ず報いますよ♪損はさせません。但し、私には既に主人がいますから、目処が着いたら勝手に抜けますがね…それで良ければ!」
田穂は冷静さをようやく取り戻す事が出来た。そしてまるでその解答を予想していた様に、秦縁も頷く。
「あぁ…⁽⁽ღ(❛ ᗜ ❛ ๑)それで結構!別にお前さんを拘束する言われは無いからな♪こちらは人手が足りなくて困ってるんだから、諸手を上げて歓迎するよ!まぁせいぜいこの機会を逃がさん事だな?」
秦縁はそう言い放つと、配下に声を掛けてとっとと行ってしまった。この切り換えの早さに田穂は呆然としている。
『(ღ`ー´٥)…今のはいったいどういう意味だ?この機会を何だって?』
それはこれを隠れ簑にして、せいぜい情報収集に励めという事なのか、はたまた田穂の興味を読まれていて、せいぜいこの俺の牙城に迫ってみろという事なのか、どちらとも取れた。
けれども田穂の目に宿る光を見れば、その解釈は一目瞭然であった。彼は秦縁の言葉を、ある意味挑発と受け留めていた。だから俄然燃えていた。
『(ღ`⌓´٥)☆ この野郎♪面白えじゃね~か?絶対、目に者を見せたる!」
彼はそう想いながらも、少々自嘲気味であった。一難去って、正直な所は『危なかったぁ~(ღ´⌓`٥)๑』と心の片隅で感じていたのである。彼にとってそれはとても新鮮な感覚であった。
満寵の下に着いていた頃には考えもしなかった事である。あの時の彼には、管邈の命を守るという事しか念頭に無かった。
けれども今は違う。太子様と出会ってからの彼は、真険に自分の将来について考える様になっていたし、何より若君がいったいどんな国造りをして行くのか愉しみで仕方が無かったのである。
彼が秦縁の提案に逡巡していたのも、その影響かも知れなかった。
『(ღ`ㅂ´*)生きてさえ居れば、その先に面白い出来事が待っている…』
彼はそう感じていたのである。
それからは毎日の様に昼は復興に尽力し、夜は秦縁のお供である。彼は毎晩の様に、色んな男達に酒席に誘われていた。復興の救世主という事なのだろう。皆、秦縁に感謝を捧げたのである。
秦縁はこういった場合、今まで為らば、必ず趙蓮を連れて行くらしいのだが、ここんとこは毎日の様に好き好んで田穂を連れ廻わす。趙蓮はとても生真面目な男らしく、その都度田穂に釘を刺すのである。
「(๑•̀ •́)و✧何かあったら只じゃ置かぬ!宜しいな?」
まさに単刀直入な脅しである。しかもけして冗談では無いから困りものだった。
「(´°ᗜ°)✧ おい♪趙蓮!お前まさかこの俺が遅れを取るなんて想っておらんだろ?」
「えぇ…✧و(•̀ •́๑)采配は百度殺しても死なんでしょうからな!」
「ꉂꉂ(°ᗜ°٥)お前それが判っていて何でこいつを脅す様な真似を?ハハ~ン…✧(°ᗜ°´)判ったぞ!お前、焼いてるだろ?」
図星だった。
彼はいつも主人を影ながら守って来たのに、ここ最近は留守居を任されてばかりで辟易していたのだ。
「⁽⁽ღ(`ー´٥)あのぅ~何でしたら今日は趙蓮殿を連れて行かれては?」
田穂がそう譲歩の姿勢を見せると、何と趙蓮自身が「✧و(•̀ •́๑)否、結構!」と言って「しっかり勤めを果たして来い!ꉂꉂو(•̀ •́๑)」とだけ口にした。
田穂からすれば、気を使ったつもりだったのだろうが、本人は拒絶する。とても可笑しな状況である。しかも趙蓮は既に拗ねた様な素振りも見せない。その理由が次の瞬間に判ったのだ。
「✧(❛ ᗜ ❛ ๑)…今日は陛下と呂蒙将軍に招かれた席だ!粗相の無い様にな!もしかしたらお前の意向に沿うかも知れん♪」
秦縁はそう告げると、緑陽石の如く輝く瞳で目配せした。