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青柳動く

田穂が戻って来ると客人が待っていた。


「(´°ᗜ°)✧やあ、田穂殿♪もう報告は終わったのかね?」


客人は樽の上に腰掛けており、如何にものんびりと落ち着き払っている。その悪戯っ子の様な瞳に宿る輝きは緑陽石(サファイア)の如くである。


長髪を瓜実顔(うりざねがお)棚引(たなび)かせ、その髪の間から時折り覗く品の良い耳許には、黄金色に輝く髪飾りが見え隠れする。そして風の悪戯で時折りシャランシャランと髪飾りの(こす)れる音が心地好かった。


それだけでも変わっていると驚くなかれ…この御仁の(もっと)も風変わりな点はそこでは無く、その髪の色にあった。彼はその髪が青く、そしてさらに良く見ると、所々に緑色(コバルトグリーン)白金色(プラチナ)の筋が入っているのである。


本人 (いわ)く、これは染料により染め上げているという事であった。彼は北方の生まれだという事だから、その地方に伝わる民族的な伝統なのかと想いきや、決してそうでは無いらしい。


それが証拠に彼に着き従っている者共は、誰一人としてそんな装飾には縁が無い様であった。けれども、皆一様に青く染め上げた衣を(まと)っているのは、彼らの身分に由来する。


彼らはこの中華では名の知れた大商団・青柳(せいりゅう)商団の面々であったのだ。但し、この髪の青い客人だけは白い装いである。本人曰く、俺は(あるじ)であり、上から下まで青くては気持ちが悪いのだそうだ。


そんな如何にもキザな男が、足を組んで樽の上に座っているのだから、笑ってしまう。本人は恰好をつけているつもりでも、所詮、樽の上である。


けれども、その気に成りさえすれば、実際はこれが()えるのであった。要は肝心なのは、その気構えなのである。恥ずかしがらずに堂々と佇む事なのだ。


『✧(❛ ᗜ ❛ ๑)これが俺だ♪文句あるか?』と平然と構える事で、相手はその気概に()まれる。そして変に堅苦しく構える事なく飄々としているので、その威風に慣れさえすれば、この上なく話し掛け易いのだった。


彼自身もさすが商人と言うべきか、ざっくばらんな物言いをする。但し、彼は丁寧な言葉遣いというのでは無く、友に語り掛ける様な親しみを込めた話し方を貫いていた。


だから誤解からか、相手に一方的に恨みを持たれて、過去に何度か襲われた事すらあるが、その凶刃が彼に届いた事は一度も無い。そんな事をすれば、彼の長い足で額を割られるか、その長い腕で後頭部を叩かれ、意識を失うかのどちらかなのであった。


青柳(せいりゅう)商団が一目置かれているのは、魏の曹操や呉の孫権も認める大商団だからである。彼らはだから、中華の中を自由に行き来しながら、自由に商いに精を出す。益こそあれ、害は無しと認められた集団なのであった。


そんな集団の頭領と田穂がいったいどんな繋がりがあるのだろうか。田穂は彼に目を留めると、途端に溜め息を漏らす。


「ε- (`ー´٥)あんた!なぜそこに居るんです?」


そう尋ねられた男は「( -ᗜ・)" ん?」と首を(かし)げる。別に"あんた"呼ばわりされたからではない。彼自身が(かしこ)まった態度を嫌い、ざっくばらんな物言いを好むのだから、人に必用に礼を強要したりはしない。


彼としてはその物腰が友好な姿勢であれば、多少言葉が乱暴だろうが気にしない。要はその言葉の中に(さげす)みや敵意が無ければそれで良いのである。嫌味や(トゲ)のある言葉は、彼にとっては許容の範疇(はんちゅう)なのであった。


「あぁ…ꉂꉂ(°ᗜ°*)そうだったな!お前さんには夕刻頃になるって言ったっけ?じゃあ、また出直すわ♪」


彼はそう返答すると、「よっ!」と後手に両手で樽に手を着くと、その勢いで立ち上がった。そして「⁽⁽ღ(・ᗜ・*)じゃあな…」と右手を振ると、そのままスタスタと帰り始める。


これもけして()ねたのでも、ましてや怒ったのでもない。彼は相手を気遣い、遠慮しただけなので他意は無かった。


予定通り事を運びたい人にとっては、話しが早く有難い。何しろそのまま素直に引き上げてくれるし、約束の時間にはまた向こうから出向いてくれるので申し分無い。


「ღ(`ー´٥)まあ、待って下さい!あんただけならどうとでも為るでしょうが、商団の皆さんはどうするのです?」


すると、彼はクルリと振り向くととても嬉しそうな表情を見せた。


「ღ(^ᗜ^*)お前さん、やっぱりいい奴だな♡その心根には礼を申し上げよう!只、気にせんでくれ♪」


「ღ(`ー´٥)しかし…」


「フフッ…⁽⁽ღ(^ᗜ^*)あいつらならね、心配は要らん♪自分らで適当にやるだろうよ?それに商団の雑多な事は喬児(きょうじ)趙蓮(ちょうれん)に任せてある…」


「…そもそも大抵の場合、(パオ)を張れば済む事。お前さんもその快適さは江東で堪能したろう?どうやらお前さんは我々を招待したつもりの様だが、私は自分の意志でここに来たのだ…」


「…だから、気兼ねはしなくて結構!適当にやるからさ♪恩に報いたいと想うなら、ホラッ!話してくれた御仁に繋いでくれればいいよ…」


「…お前もその方が気が楽で良かろう?気持ちだけ貰っとく。それにお前は疲労が激しいだろうから、少し寝て休んだ方が良いぞ!話しはそれだけだ♪じゃあまた後でな…」


彼はそう告げると、今度こそ行ってしまった。田穂はやれやれと、呆れた様にその背中を見送っていたが、(はた)と気づいた。


「何だ(ღ`ー´٥)?(はな)からそれをわざわざ言いに来たのか♪いったいどちらが気を遣っているんだか…」


田穂はそう感じたのである。彼はふと、そもそも当初は仮眠しに戻って来た自分を想い出して苦笑いする。


「わざわざ御忠告頂かなくてもそのつもりだったが、ここは有り難くお説に従うかな?こんな機会そう無いからね…(ღ`ー´٥)=3」


彼は頬に笑みを称えながらそのまま扉の奥に消えた。そしてその流れのまま寝台に身を投げ出すと、いつの間にか寝てしまっていた。




ここで彼らの出逢いについて少し触れておきたいと想う。田穂に会いに来た男の名は秦縁(しんえん)と言う。彼らが出逢ったのは江東である。


田穂の目的は、敵状視察であった。彼は若君に心服した後は、管邈(かんばく)に代わって呉の内情をさぐる間謀部隊を率いている。


そして万一を気遣った若君の計らいで、周倉を付けて貰って潜入していたのだが、呉の侵攻を受けて単騎報告に戻って来ていた。


ところが、突如の未曾有(みぞう)の大雨で土砂災害に見舞われた建業と、長江の水量が増した結果で引き起こされた漢江の氾監とで、撤退を余儀無くされた呉軍は粛々と引いた。


こうなって来ると、心配なのは潜入中の仲間の動向である。田穂は呉軍の後を追う様に江東にそのまま向かい、仲間を全員撤退させると、自分がその後を引き継いだのだった。


田穂が建業に只一人潜服していたのはそんな訳があったのである。


一方の秦縁(しんえん)の方は、災害発生時には海上に居た。ところが怪しい雲行きに大事を取って、途中入江に逃れた。


その後、呉に到着し土砂災害と浸水という惨事を知って、復興に尽力する事にしたのである。


彼はすぐに港を発すると、大キャラバン隊を編成して建業に向かった。彼は大型商船を五隻所有する船主だから、それなりの水夫も抱えている。


当然、船が破損や座礁した際に修理する船大工も乗船しているので、彼らが大いに役に立った。彼は船に乗せて来た食糧や医薬品も惜しみなく提供して、孫権は元より呉の民も手放しで喜ばす結果を引き出したのである。


これには各地を慰撫(いぶ)して廻っていた呉の将兵達も感謝の意を示した。彼らが懸念していた食糧・医薬品の不足と、復興に当たって必要な資材を提供してくれるというのだから、それこそーから始めるよりも随分と初動が早く済み、順調に進んだのである。


孫権はすぐに秦縁を迎えに行き、その手を取って篤く感謝を示すと共に、拠点となる邸宅の供出を申し出て、采配一切の権限を与えたのであった。


ところが彼はその申し出をやんわりと遠慮したのである。


「✧(❛ ᗜ ❛ ๑)陛下のお気持ちだけは頂いておきましょう。それだけで十分です。ですが、我々は現場近くに居る方が都合が良い。それに我々は旅暮しに馴れております…」


「…(パオ)で暮らす方が気楽なのですよ♪この機会に、陛下にも(パオ)を一式提供致しますゆえ、避暑にでもお使いになると宜しい。夏は涼しく冬は暖かい。使い始めると癖になりますぞ♪」


「おお…(* ・ิᗜ・ิ)✧ そんなに良いのか?では落ち着いたら試してみよう♪」


孫権はそう述べるに留めた。まるっ切り知らない間柄でも無い。単刀直入に過ぎる男が遠廻しに断っているのだ。


『(ღ・ิᗜ・ิ ٥ )却って気を使わせてしまったな…』


孫権は、今までの(よしみ)で助けてくれているこの男の気概に惚れ込んでいたので、それ以上は何も言わなかった。そして素直に頭を下げた。


彼の様な大商人になると、この江東でもその地位は高い傾向にある。亡き魯粛がその良い例であろう。秦縁はこの呉でも有力者として、一定の身分を保証されていたのだった。


自分の配下に下れば身内となるが、例えそう成らなかったとしても、名士として友好的である以上は、礼を尽すのが中華の慣習である。孫権とは名土に礼を尽せる人だったのだと言えるのでは為かろうか。


そんな訳で全くの偶然の産物として、この同じ時期に江東に滞在する結果となった秦縁と田穂であった。では彼らがどう相見(あいまみ)える事になったのか、話しを先に進めるとしよう。


まず最初に接触を試みたのは田穂の方であった。江東内の秦縁という人物に対する評価は、それ程大きなものだったのである。


しかも聞いた噂によると、呉の人では無くて、中華を又に掛けた大商人であるという。(さら)にはこの呉のみならず、魏でも名士としての扱いを受ける大人物なのであった。


そんな事を耳にすれば、誰だって興味を持つに違い在るまい。そしてその噂には尾鰭(おひれ)が付いていて、外洋を航行可能な大型商船を五隻も保有しているとの事であった。


ますます興味をそそらせた田穂は、探りを入れるべく接近を試みたのである。幸いな事に、彼らは復興の為の人材を募集しており、その窓口を御人好しにも一手に引き受けていたから、事は簡単であった。


普通に民を装い、窓口に申し込みに行けば良いのだ。無論、多少復興のお手伝いをせねば為らなくなるから、日中は時間を取られるが、環境の悪い中、ただひたすらに暗所でじっと身を屈めて隠れているよりも彼にとっては都合が良かった。


身体を動かす事は運動の替わりになるし、何より三食付くのだから、食い物や飲み水には困らなくなる。しかも夜間帯は自由行動だし、挺の良い日銭稼ぎにもなる。


何より日中から街中を堂々と歩けるし、その気に為りさえすれば、酒を飲みがてら探りも入れ易いのだ。ところがどっこい良い事ばかりでも無い。彼は間謀だから、当たり前だが身許の保証はどこにも無い。


「身分証を見せてみろ!」と言われれば、甚だ都合が悪い。そして何より面が割れてしまう。しかも突如、そんな人物が降って涌く筈も無いから、当然疑いを持たれる。


そこをどう乗り越えるかであった。勿論、窓口に行くからにはそれなりの精算があっての事だが、目効きに懸かれば見破られる可能性が無いとは言い切れない。


胸許深くには、彼だって身分証くらいは持っている。けれどもそれは彼にとっては最後の切り札と言うべき物なのだ。それ由縁に今までも可能な限りは使用しないで来た。


それは表裏一体とも言うべき切り札であったのである。では敢えてその切り札をここで切り、この状況を乗り切る方法とは何であろう?


彼らは徐州から流れて来た流民のうち、なるべく親族が亡くなって既に居ないか、はたまたその逆で死んだ人そのものに身許を偽る事が出来たのである。これはそもそも魏の満寵が考え出した策であり、彼の独自プランでは無かった。


しかしながら、過去に何度も成功した実績が有り、それが一番確実な方法だと認識されていたから、試す気になったと言うべきだろう。それに相手は呉の将兵では無く、高々商人である。


しかも標的である秦縁本人が確認する訳でも或るまい。田穂はそのくらいの軽い気持ちであった。それに都市部からは少し離れた効外に、(パオ)なるテントを張った場所なのだ。


相手は素人だから、仮にバレても(はし)っこい彼の事だ、逃げ切る自信すらあった。


ところがいざ申し出るため足を運んでみると、勝手が違った。否、勝手が違う所の騒ぎではなかった。何と募集窓口に陣取って居たのが、在ろう事か秦縁その人だったのである。

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