友との語らい
一方の劉巴である。彼はつい先程までは日の当たらない地味な人物として、この蜀の地で細々と息長らえている存在で在った。
ところが丞相・諸葛亮からいきなり『逢いたい』と乞われて参内したところ、想わぬ提案を受けたのである。それでも最初は乗り気だった訳では無かった。
しかしながら凡庸だと評判の太子が、今は荊州に赴き、皆に慕われながら魏や呉を相手どって策を練り、バリバリと職務をこなしていると言うではないか。
しかも丞相の見立てでは、身を挺して仲間を庇い、何事も先頭に立って率先して行う行動力の持ち主であり、素直さがあるという。
そして何よりも気に入ったのは、若さに似合わず聞く耳を持つ度量があるという所であった。
『✧(o'д'٥o)ふ~ん…我が君とはちと毛色が違うかも知れん!それにこの戦時にそんな馬鹿げた事をやろうという根性が気に入った♪それに何より面白い!!』
彼は憤懣やる方無い想いを抱えて過ごして来たその身を振り返り、この機会を逃せばもうやり直しは効かぬと想い至った。
人生の転機を捉える最後のチャンスかも知れぬと想ったのである。だから引き受けた。それだけの事である。後はその彼の判断に、友の許靖が同意してくれるかが問題であった。
『(o'д'٥o)さてどう説得するかだが…まぁ考えても始まらん!ここは正攻法で正面からぶつかってみるまでだ♪』
劉巴はそう決意を固めると、許靖の館に向かったのだった。
許靖は久し振りに弟分の劉巴が逢いに来てくれたというので、その顔には嬉しさが込み上げていた。劉備がこの成都を治めはじめてからというもの、然したる事も為していない。
ただひたすらに名ばかりの官職を与えられて、活躍するでも無く、地味な存在に成り下がっていた。彼ももう若くは無いから、血気に逸る事は無いにしろ、余りにもときめきを感じる事の出来ない日々に鬱々として居たのである。
元々許靖は、汝南の出身だから、彼の曹操とは同郷であるし、親しい間柄の連中も華歆や王朗など、後漢に仕える者が多かった。
彼も将来を嘱望された者のひとりであったが、董卓が権勢を誇った時代に、推薦した者の中で叛乱を起こす者が居たため、災難を避けて命からがら逃げ出す羽目に為った。
彼が決して悪い訳では無いのだろうが、一度着いた悪運はなかなか消える物では無いらしく、彼は行く所、行く所で不運に見舞われ、何度も逃げ出した揚げ句の果てに、最南端の交州に辿り着く。
只、幸いな事にはここを治めていた士燮という方は出来た人物で、彼を温かく迎えてくれて、好遇してくれたのであった。
彼は遠く都から離れて辺境に身を置く自分を憂いていたが、在る時に人材大好き曹操から誘いが掛かった。所が不運な事には、彼を招聘にやって来た使者が礼節を重んじる事無く、強引に事を進めようとした為、彼は腹立ち紛れに断ってしまった。
それ以来、曹操から声を掛けられる事は二度と無く、彼はこのまま交州で骨を埋めるのかと想われたが、そんな矢先に逃げる様に流れて来たのが劉巴であった。
彼らは親子程も離れた年令であったが、互いに気が合ったらしく意気投合した。同じ不運に見舞われた者同士で引き合ったのか、それとも単に性格が合ったのかそれは本人達にしか判らない。
けれども気を落としていた劉巴を励ましたのが誰あろう許靖だったのである。彼らはその後、益州の劉璋に招聘された為、交州を去ったのであるが、そんな彼らを待ち受けていたのは、劉備に依る益州攻略であった。
許靖は劉備からは信用されなかった。それは彼が劉璋を見捨てていの一番に、成都を脱出しようとしたからである。ここまでの説明でお分かりの通り、彼の生きざまは只ひたすらに逃げ出す人生だったのだ。
発覚し捕えられた許靖を劉璋は咎め無かった。本来で在れば敵前逃亡で処刑されても仕方無かった彼を劉璋は赦したのである。きっと彼の才能を惜しんだのだろう。
しかしながら劉備はそんな男を認めようとはしなかったのである。彼は許靖を嫌い決して任用しようとはしなかった。
けれども法正から、『虚名とはいえ許靖の名は天下に知れ渡っています。彼を礼遇しないの為らば、万民は劉公が君子を軽んじていると思うでしょう』と説いたお陰で、左将軍長史という役職に納まり、今に至るのである。
許靖は一度付いたその逃げ癖ゆえに、才能が在りながら、この蜀では細々と生きる屍と化していた。にも拘わらず、劉巴はそんな彼を決して見捨てずに今も尊父と仰いでくれる。
互いを敬い、固い絆で結ばれていた彼らの友情は些細な事では崩れる事は無かったのである。
だから久し振りに訪ねて来た友を、彼は喜び勇んで迎えたのだった。
「(*˶ˆ꒳ˆ˵ )⁾⁾子初や♡…良く来た。逢えて嬉しいぞ♪お変わり無いか?」
「ꉂꉂ⁽⁽(o'д'٥o)文休殿♪御無沙汰しとりました。申し訳御座らん…お陰様でこの通り!元気ですよ。貴方も今日はお顔色が良さそうだ♪」
劉巴は両手を広げて変わり無い事を告げる。彼にしては大袈裟な身振り手振りだが、心中の高揚が抑え切れていないのだから仕方無かった。
許靖はすぐにその劉巴の変化に気がついた。長きに渡り生活を共にし、同じ釜の飯を食い、死線を越えて来た間柄なのだ。判らない訳が無かった。
「| 'ע )✧ 子初や♡…珍しくご機嫌だな♪さては何か良い事が在ったな?」
「Σ(o'д'٥o*)やっぱり判ります?敵わないなぁ…文休殿には隠し事は出来ませんな♪」
「| 'ע )⁾⁾ 当たり前じゃ♪弟分の事なら何でも見通せねばな!それよりも早く聞かせるのじゃ♪何が在った?」
「ꉂꉂ⁽⁽(o'д'٥o)ハハハ…実はその事について御相談に上がったのですよ♪」
劉巴は『( o'д'o)♡さすが文休殿!』とその目に曇りが無い事を目の当たりにして少し安心していた。さらには、彼が水を向けてくれたお陰で話しもしやすい。
彼はここが正念場と丹田に力を込めると話し始めた。許靖は冒頭、急に丞相が声をかけて来た下りで、既に事はそこから始まっていたのだと感じていた。
海を持たない蜀の国の高官が何の前触れも無く、海洋交易の話しを聞きたいなどと唐突過ぎる。そして突然過ぎる呼び出しである。
彼は最初のアプローチで海洋交易の情報を入手すると同時に、丞相は劉巴が眼鏡に適う男かどうかを確認したのだと思った。
そして次にいきなり呼び出された時点で、既に眼鏡には適ったのだと理解していた。彼がやる気であれば、任せるつもりだったのだ。
許靖は劉巴の才気を知る、ここでは数少ない人物である。それは大なり小なり劉巴も悪い。彼は元々劉備とは反りが逢わないので、やる気が無かった。
許靖はまだ若い劉巴が惜しいと思い、事在る毎に諭したものである。そんな彼がやる気を前面に推し出して、舌鋒を展開している事が嬉しかった。
『(*˶ˆ꒳ˆ˵ )良かったな…』
それが正直な気持ちだった。彼のこんな姿にお目に掛かれる日が来るとは、細々とでも付き合って来た甲斐があったというものである。ところが話しが佳境に差し掛かると雲行きが怪しくなって来た。
『| 'ע )✧ 待てよ?』
彼は次の瞬間、想い至ったのだ。
『こいつ…(٥ 'ע )✧ 私を巻き込むつもりなんじゃ…』
許靖は端と考え込んでしまった。交州太守の士燮とは確かに自分の方が仲が良い。年齢も近く、互いの人と形も判っている。
話しも持って行き易いだろう。彼はもう十年若ければ話しに乗る気もあったが、最近、頓に体力が落ちていたため不安があった。
『申し訳ないが断わろう…(٥ 'ע )』
そう彼が想い始めていたところ、劉巴はとんでも無い事を打ち明けたのである。
「文休殿…ꉂꉂ(o'д'٥o)実は今話して来た事は、そもそも太子様の御意向なのです!」
「(٥ 'ע )✧ 太子様だと!あの凡庸な御方が?馬鹿な…」
「✧(o'д'٥o)否、それが本当なのですよ!太子様は凡庸では無かったそうなのです!実際、現在荊州に居られ、関羽総督以下皆をその手腕で束ねておいでです♪私もそれを聞いて、実はワクワクして来ましてね…」
「…太子様は民を大事にするとても素直で優しい御方なのだそうですよ!それに配下の進言にもキチンと耳を傾けてくれるのだとか。その御方が河川を南海まで延ばし、海洋交易をすると言うのです…」
「…これが面白く無い訳がありませんでしょう?だから文休殿のところに御相談に上がったのです!私と一緒に荊州に行きましょうよ?ネッ!如何です?俄然行きたくなったでしょう♪」
劉巴は笑みを湛えながら話し終えた。冒頭から単刀直入に話しを進めながらも、仕掛け人が誰なのかは上手に伏せて来た。
どうせ年齢を理由として断られるのは目に見えていたから、最後に自分自身が一番感銘を受けた事実を持って来て、一気呵成に捲し立てたのである。そして、『✧(o'д'٥o)これでどうだ!』と許靖を見つめた。
劉巴は元々時間を掛けての説得は、無駄であると理解していた。許靖は竹を割った様な性格だから、一度首を横に振れば二度とその話しを持ち出す事は出来なかったのである。
年輩者である事も無論その理由の一つだった。だから彼は自分の想いをその最終盤に持って来て、勝負を賭けたのであった。そしてこれで駄目ならスッパリと諦めるつもりでいた。
劉巴の腹づもりの中では、今回の計画にどうしても許靖の存在は不可決だった。士燮は物判りの良い人柄ではあるが、一度 拗らすと面倒な御仁でもあった。許靖の名士としての威厳と数多くの危機を残り込えて来た叡知が必要だったのである。
許靖は何かあったら逃げ出す輩と大きな誤解を受けて来た人物である。他の者は虚名を信じ込んでいるが、劉巴は違う。彼がその都度逃げ出したのは、それが一番良い判断だったからであり、臆病風に吹かれて闇雲に逃げ出したのとは訳が違ったのである。
彼はその事を理解出来るのは、華歆や王朗の他には自分しか居ないと想っていた。けれども、諸葛亮はちゃんと理解していた。だから本人が承諾すれば構わないと言ってくれたのである。そして、話しに聞いた太子・劉禅君は、人を噂で判断しないと言う。
『(´⸝⸝• •⸝⸝)੭⁾⁾ 面と向かって腹を割って話し合わなければ、その人の本質は判らないものだ♪』
それが口癖なのだそうだ。だとすれば、そんな人に逢える機会は今を置いて他に無かった。この機会を上手く活かす事が出来れば、文休殿にもうひと花咲かせる事が可能で在ろう。
劉巴の必死さの裏にはそう言う真心もあったのだ。但し、やはり最後に決めるのは許靖本人である。年輩なのは勿論の事、やっと落ち着ける場所を得られた親友を、自分の想いだけでどうこうする事は出来ない。
本人の悔いの無い道を進ませてやりたい。それが劉巴の本心であった。そしてその想いは許靖にもちゃんと伝っていたのである。只、彼にとっても、これは今後の人生を左右する大きな決断だった。
下手をすれば道半ばで倒れる事に成るかも知れないのである。彼は戸惑う様に逡巡していたが、突如フッと笑みを浮かべた。そして、劉巴の顔をまじまじと見つめた。
『(٥ 'ע )✧ この男がこれ程の熱量で話した事など、今まで在っただろうか?否、無かろうな!こいつにとっても私にとってもこれが最期のチャンスか…(٥ ˶ˆ꒳ˆ˵ )⁾⁾ 仕方ない!』
彼はそこまで考えた時に、あっさりと決論を出した。
「(*˶ˆ꒳ˆ˵ )⁾⁾ 判った!やろう…但し、お前が大将だからな!しっかりキバレ♪どうせやるなら、結果を出さねばらんからな!大丈夫、お前さんなら十分果たせるさ♪ここできっちり成果を上げて笑顔で太子様に拝謁しようではないか?」
許靖の目は既にしっかりと先を見据えていた。劉巴は堂々とそれに応える。
「あぁ…ꉂ⁽⁽(o'д'٥o)やろう♪」
二人の目には気持ちが溢れていた。
そしてこれから立ち向かう試練がどんなに厳しく苦しい道程であったとしても、我ら二人であれば乗り込えられる。
互いにそう心に誓ったのである。