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鶏肋

第二の事情とは楊脩(ようしゅう)の失脚である、とは言え、曹操が漢中奪還に動いた時、彼は都の守りを固めておくために、曹丕を許昌の留守居に置いた。


これを"自分の代わりに都を守れ"というシグナルと捉えるならば、もう曹丕の太子就任は既定路線と言えるのかも知れない。


けれども曹操という人物の可笑しな所は、左遷した筈の曹植をわざわざ呼びつけ、楊脩共々自分の幕僚としての待遇で、一緒に漢中奪還に同行させた事にある。


これではどちらが次期後継者なのか?理解に苦しむというものである。気を揉む配下の文武両官とも判断がつかない。


そして司馬懿に至っては、楊脩とその智を競わせる様に、これも幕僚として一緒に漢中奪還に同行させたのである。


こうなってくると、双方ともこれが、最終決戦と想い込んでも仕方ない。曹操とは戦いにおいても、常に配下を競わせて 最上の策を選択するという事を好んだ。


だから他意は無かったのかも知れないが、そう追い込まれたと想った当事者達は別である。そりゃあ想い込めば、必死になる。


特に追い込まれた楊脩にとっては、そういう気持ちが強かっただっただろう。ところが司馬懿はやる気が無いくらいに引き籠り、ろくに献策らしい事もせず、のんびり構えている。


彼はもうどうやら、太子は曹丕様で決まりとほぼ確信に近いものを感じていた様だ。後は焦せる楊脩が、慌てて下手を打てばラッキーくらいに想っていた。だから、曹操に呼びつけられた時には、ビビッた。


曹操にそのやる気の無さと怠惰を指摘された司馬懿は、お得意の馬鹿を装う作戦が成功しなかった為に、結局、終始無言を貫きながらも、何度も叩頭(こうとう)を繰り返す羽目になる。


この人は曹操の手段を選ばぬ、強引さが嫌いだったらしく、仮病を使って何度もバックレたのに、しつこく仕官を求め、最後には何処で家族が事故に在っても後悔するな…くらいの脅迫をしたとかしないとか、仕方なく仕官には応じたものの、決してこの男の為には献策しないと心に誓ったとか。


けれどもこのしつこさに業を煮やした彼は、「⁽⁽(੭ꐦ •̀ 艸 •́ )੭*⁾⁾こんな所で漢中などと言う旨味の無い痩せた土地を、劉備と争っている暇があったら、孫権陣営との関係改善に努力したら如何?」と宣ったらしい。


すると曹操は、我が意を得たりと、「(ꐦ°᷄д°᷅)お前が交渉して来い!」と意趣返しを早速したのだった。


「(; •̀ 艸 •́ )੭੭ご冗談でしょう?」


「(ꐦ๑°⌓°๑)だぼぉ(ド阿呆)…何が冗談か?まじだ!」


二人がそんな言い合いをしていると、夏侯惇が慌てて入って来て、ご注進に及んだ。


「( ´•ω⊂ )おい!撤退するというのは真か?急にどうしたんだ?」


「Σ(๑°⌓°ꐦ๑)何!どこの阿呆がそんな事を言っておる?」


「( ´•ω⊂ ;)楊脩だ!皆、その言葉に納得して、荷物をまとめとるぞ!」


「(ꐦ๑°⌓°๑)なっ…またあいつか!今度は許さぬ!!」


『(; •̀ 艸 •́ )……』


これにはさすがの司馬懿も絶句した。


曹操の怒りが遂に頂点に達してしまったのである。()に乗りおって!奴を捕らえよ!直ぐにその命令は実行に移され、楊脩は有無を言わせず捕らえられたのであった。




事は少し遡る。丁度、司馬懿が曹操に呼びつけられた時分の事である。曹操が陣中御触れとして『鶏肋(けいろく)』という言葉を発した。皆、何かの指示で在ろうと気を揉むが、誰ひとりとして判らないのであった。


否、正確に言うと楊脩と司馬懿には直ぐにその意味が判った。司馬懿は懸命な男で在るから、その意味が判ると共に、これは漢中を取り戻せず業を煮やした魏王の戯れだと解釈した。だから黙っていた。


ところが楊脩はこんな時にも、頭の良さをひけらかす。黙って居れば良いものを、その才知がもたげて口に出さずには居られなかったのである。


だからその意味を夏侯惇に問われた楊脩は、止せば良いのに、自慢気にこう宣う。


「(´°ᗜ°)✧簡単ですよ♪魏王は撤退するつもりなのです!だから皆さんも早く荷物をまとめた方がいいですよ♡」


「Σ( ´•ω⊂ ;)なっ!それは真か?なぜそうだと判る??」


「ꉂꉂ(°ᗜ°*)アハッ♪鶏肋(けいろく)て何です?鶏のあばら骨ですよね?皆さんも陣中で(あつもの)にしてその汁を旨そうに食べていますが、出汁(だし)としては舌嬪(ぜっぴん)の部位でも、食べるには物足りない。肉が余り付いていないからです…」


「…つまりですな!魏王はその鶏肋をこの漢中に喩えたのですよ♪鶏のあばら骨は捨てるには惜しいが、食べるには物足りない。漢中も失うには惜しいが、無駄に時間と人材を投入して是が非でも取り返さねば成らない程でも無いとね…」


「…だから魏王は早晩、正式に撤退命令を出すでしょう。だから軍事司令官の貴方には先に知って於いて貰いたかったんだと思いますね♪ゆえに荷物をまとめて撤退する準備をした方が宜しい!かく言う私も準備を進めていますよ♡」


『Σ( ´•ω⊂ ;)そいつは大変だ!だが待てよ?魏王はスタンドプレーを嫌う…ここは慎重に確認した方が良いな!』


夏侯惇はその足で魏王の所に慌てて確認に来たのであるが、楊脩の見解に踊らされた者達は、その道中にも片付けを始めている始末であった。


この件は明らかな軍令違反に抵触した。そして皆を惑わし、煽動した罪にも問われたのである。こうなると軍務規定違反だから、その罪は重い。


楊脩の運命はこうして決定づけられる事に為ってしまったのである。曹操も遂に我慢の限界に達したと言うべきかも知れない。


実際、楊脩が曹操の逆鱗に触れたのはこれが始めてでは無い。それは先に記した。彼は曹操の心の内を読み解く事で、その才を認められた様なもので在ったから、奥ゆかしささえ持ち合わせていれば、可愛いがられた事で在ろう。


彼の読み解く才能はそれほど周りを唸らせたのである。だから曹操も彼の言葉が琴線に触れる事を初めの内は愉しみにしていたのであるが、やがてその横柄な物言いが癇に障る様に為って行く。


こんな事があった。ある時、曹操が新しく造らせた庭園の入口の門に『活』という字を書き記した。皆、これを眺めて居て何が言いたいのか判らなかった。それを横目で見ながら、曹操はほくそ笑んでいた。


曹操自身も人を試す様な事をしてその心を(もてあそ)ぶ気質が在った。それは如何なものかとは想うが、彼は誰に(そし)りも受けない身分であったから周りの者は何も言えない筈であった。


しかしながら、楊脩だけは止せばいいのに、その才が頭をもたげてその利発さをひけらかした。彼には自分の頭の良さを曹操に知って貰いたいという稚拙な心が在ったのだろう。


彼はそれで曹操の心が逆撫でされるとは想ってもみなかったのかも知れない。そこら辺が、慎重な司馬懿と決定的に違う点なのだろう。


楊脩は庭園の采配をした者に問われて、然も得意気に読み解いてやったという。


「ꉂꉂ(°ᗜ°*)アハッ♪簡単な事です!門に活と書いて在るのでしょう?それは闊の事です。闊は広いと言う意味に為りますから、曹操様はこの庭園が大き過ぎると言っているのです♪」


そう断言した。実際、曹操の心の内もその事を表していたのだが、この助言で小さくなった庭園を観た時に、曹操自身は驚いてしまった。そこでその原因を問うた所、楊脩が口を挟んだ事が明らかとなった。


彼は表面上は楊脩を讃えて喜んだものの、その感情は複雑であった。琴線に触れる処か癇に障る奴だと想い始めたのである。


こんな事も在った。楊脩は曹植の教育係であったから、彼が有利に成る様に、問答集を作ってやった。これを『答教』と言う。


曹操は息子への教育の一環として、曹丕や曹植を呼び出しては、その受け答えを試す様な事をしていたのだが、曹丕が答えられずに押し黙っている中で、曹植はいつも的確な解答を述べて、曹操を喜ばせた。


ところが毎回毎回、余りにもちゃんと見事な解答をするし、曹操が気に入る様な気が利いた答えなのに不審を抱き調べさせると、裏で楊脩が作った問答集の通りに答えていた事が判明した。


実の親からしてみれば、子と話していたと想っていた言葉が、他人に作られた物であったのだから、心穏やかでは無い。


こんなやり過ぎた行為が、段々と募って行くと、さすがの曹操でも堪忍袋の緒が切れても仕方無いと言えよう。


楊脩という人は悟りの化け物の如く、相手の心の内を推し量る事が出来た稀代の天才と言えるかも知れないが、その結果どうなるかを推し量る事が出来なかったのは、残念な事である。




結果として楊脩は軍中に於ける煽動を理由に挙げられて、処刑された。曹植の懇願も今回ばかりは叶わなかった。彼は司馬懿も見守る中で処刑人に首をはねられたのだった。


司馬懿は複雑な気持ちだった。そして依り一層、慎重に振る舞う様に為ったのである。彼はライバルの死に様をどんな気持ちで眺めていたのだろうか。


曹操は楊脩の言葉が正しく無い事を証明する為に、わざわざ再び漢中攻略を続けたが、やはり上手くいかなかった。それはそうだろう。彼自身も撤退する気でいたのだから、その判断は誤っていなかったのだ。


曹操は撤退を決めて都に帰るや、楊脩を手厚く葬ってやったと言う。そして司馬懿にだけは、その死を惜しむ様な言葉を口にしたと言う事である。


曹操の継承問題は、こうした複雑な経緯を経て、曹丕の太子就任と決まった。後継ぎ問題とは魏国にとってはこのように口を憚る様な事柄であったのだ。




曹仁は少々苦笑いをした後に、太子・劉禅君を気遣う様に口を開いた。


「ꉂꉂ(ー̀дー́*)フッ…お気に為さるな!これはあくまで我が国の問題。貴方が気に為さる事では在りませぬ!曹植様は聡明な方では在りますが、それはあくまでも学に秀でた御方であるだけ…政治を司るには人としての器が無かったのです…」


「…そして楊脩は自らの才に溺れました。惜しい事ですが、人とは余りにもひとつの事に突出し過ぎると、他の事がなおざりに成る様です。それに引き換え、曹丕様は堅実な御方…」


「…魏王の血脈を依り強く引いており、将来が期待出来ます。貴方は劉皇叔の血をちゃんと受け継がれたのですな…否、儂の見立てでは、貴方様の方が器が大きそうだ♪我々も今後は注目せざるを得ぬでしょうな?」


曹仁はそう述べると、その口許に微笑みを浮かべた。


「ꉂꉂ(°ᗜ°٥)僕だってそんな御大層な者じゃあ、在りませんよ♪まだまだ未熟者…皆の支えがあってこその身の上です!貴方がそう言って下さって、僕の失言も救われた気がします。今後は気をつける事に致しましょう…」


北斗ちゃんもそう言葉を添えた。


「ꉂꉂ(ー̀дー́*)ハハハッ♪儂も他国の事にどうこう言う筋合いは在りませんでしたな?余計な事を申しました。余計ついでにひとつだけ♡それで宜しいのですよ!貴方は奥ゆかしさをお持ちだ♪曹植様や楊脩とは人間の出来が違う…こりゃあ我らも手強い相手が出来てしまったものだな…」


曹仁はそう言うとガッハッハと大袈裟に笑った。これで話は済んだ。目的地に到着したのである。いよいよ魏の民たちを北側の河畔に降ろす。


波止場が在れば良かったのだが、氾濫した河中に沈んでしまっているため、傅士仁は錨を降ろす。他の船も次々に同様に錨を降ろし船を固定して行く。


甲板に集まっていた民から順に降ろして行く。宛城からは既に迎えが到着しており、陸地側では盛大な炊飯の煙が上がっている。食べ物や飲み物を供出したらしい。


『(٥°ᗜ°)✧へぇ~先に到着したばかりか食事の用意まで…かなり行き届いた対応だね♪宛城の城主は相当優秀な人のようだ!』


北斗ちゃんは感心して眺めていた。魏の民は皆、そんな間にも次々と甲板から陸地へと降りて行く。そして皆一様に北斗ちゃんや蜀の将兵に御礼を述べたり、頭をぺこりと下げたりしながら、安堵の表情をしていた。


そんな民達の嬉しそうな顔を眺めていると、来て良かったと素直に想う。心が洗われた気がしていた。


粗方(あらかた)、民が陸に降りてしまうと、今度は兵が続く。そして将の番だ。曹仁は降りる段になると、龐徳に声を掛けた。


「ꉂꉂ(ー̀дー́*)儂が行きたい所だが、そなたは仁義の判る男だ♪ゆえにそなたに安心して任せて置く。襄陽の民を必ずここに連れて来てくれ!頼むぞ♪儂はそれまでここで待っておるからな!」


「(°ㅂ°٥҂)御意!任せて下さい♪必ずや果たしますぞ♡」


龐徳の言葉に曹仁は笑顔で応えて、その両肩をポンポンと軽く叩く。そしておもむろに北斗ちゃんの方を向くと、手を差し出した。


北斗ちゃんもその手を両手で包み込む様に握る。曹仁はもう片方の手をその上から添えて、二人は強く手を握り締めたまま握手を交わした。


「(*ー̀дー́)✧若き太子よ♪この度は世話に為った。またお会いする日を愉しみにしておるぞ♪まぁ…その時は敵同士かも知れんがな!安心してくれ!必ず約束は守る。そちらが約束を守ってくれる事にも期待している!ではいつの日にか…またな♡」


「(❛ᴗ❛ و)ええ…勿論!約束は果たしますよ♪魏にも貴方の様な仁徳の在る方が居てくれて、安心致しました。魏の民の方々が無事に新しい生活を始められる事をお祈りしております!そして曹仁殿…否、都亭侯♡貴方の今後の活躍にも期待しております。お元気で!」


「(*ー̀дー́)フフッ…有り難う♪貴方もな!太子様♡そうだ!ついでに教えておこう♪あそこを観たまえ!」


北斗ちゃんは曹仁が指差した先に視線を向ける。そこには陸地側でテキパキと慌ただしく指示を出しながら、うごめく男がいた。観るからに機転が効いており、指示の出し方が的確そのものだ。


「( ๑•▽•)…あれは?」


「ꉂꉂ(ー̀дー́*)おう♪あれが司馬懿よ!字を仲達と言う。太子・曹丕様の懐刀だ!良く観て覚えておくと良い。あやつは必ず近い内に中華にその名が轟く事で在ろうよ♪」


曹仁はそれだけ言い残すと、甲板を降りて行った。そして陸に上がると、いの一番に司馬懿に歩み寄り、握手を交わす。そしてこちらを振り返ると、北斗ちゃんの方に指を差して何か言い含めていた。


司馬懿はおもむろに上を見上げると、こちらを観ている。そしてやや畏まる様に頭を下げた。その顔は優しい表情をしていた。しかしながら、その瞳には決して侮れない(ほむら)(かがや)いていた。


北斗ちゃんもぺこりと頭を下げた。そして改めて曹仁にも頭を下げる。船はこれから襄陽城に向かう。錨を上げて船が出帆すると、北斗ちゃんは改めて岸辺を眺めた。


曹仁と司馬懿は二人で手を振りながら、船が消え行くまでその手を振り続けてくれていたのだった。

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