旅は道連れ世は情け
こうして劉禅こと北斗ちゃんは旅に出る事に成りました。宦官や下女にはキツく口止めが為されます。董允の一喝はそれだけの影響を与える事が出来たのでした。
つまりこの時点で諸葛亮と董允は北斗ちゃんと運命共同体と成ったのでした。自然の成り行きとはいえ、やむを得ず太子に加担したのですから責任は果たさねば成りません。
諸葛亮と董允は二人で相談した結果、太子は今まで通り阿呆なままとする事に成りました。そして陛下にもこの荊州への道行きについては無言を貫く事にしたのです。
次に太子に付ける陣容ですが、さすがに数名で行かせる訳にも行きません。但し、余りにも多くの兵力を動かす場合には、陛下の兵符が必要となりますし、また敵対勢力を刺激する訳にも参りませんから、最低限の陣容とする他、在りませんでした。
そしてその帯同者であり、従者となる者も選ばねば成りません。まず最初に従者に決まったのは、あの可哀想な宦官でした。事の成り行き上、彼をそのまま宮中に置く依りも、太子に帯同させた方が無難と考えられたのです。
何しろ彼は真実を知る数少ない関係者なのですから、太子の傍に置くには適当と考えられたのでした。彼は始め嫌がりました。それはそうでしょう。こんなに安らかな宮中で過ごせる方が良いに決まっています。
何が悲しゅうて、わざわざ冒険の旅に出ねば成らないのか訳が判りませんでした。彼の感情はとても当たり前の反応を示しただけなのですから、仕方が在りませんが、そこは董允にキツく言い含められたので、選択肢は無かったのです。
『(-ω-;)ひでぇじゃん!こんな事なら、あの時太子様の言葉に答えてまかり越さねば良かった…ついて無い…』
彼は今さらながらに、そう悔やみましたが最早、後の祭りでした。
次に太子をお守りする将の配置です。これも二人にとっては悩みの種でした。事、有事の折りには将は絶対的に必要なので、理由無き移動はさすがの諸葛亮でも出来なかったのです。
そこでここは一旦、頭を切り換えて、別の選択肢を考える事にしました。関羽将軍へ丞相からの文を届けるお役目と同時に、この際陛下の許可を得て正式に荊州の守りに対しての厚みを作る増員部隊を派遣するという形を取る事にしたのです。
これなら兵符に依る正式な軍隊を動員出来ますし、さらには将も配置出来ます。そこに後付けで、太子一行を紛れ込ませる事にしたのでした。
無論、太子が正式に随員に加わっている事は明かせませんので、将と一部の者だけがその秘密を保持するという奇妙な具合に相成りました。
「費観!頼んだぞ…お前ならばこの秘密を保持し、我々の期待に応えられるだろう♪」
「えぇ…(^。^;)まぁ、丞相のたっての御依頼を断わる訳にも参りませんので上手くやりまする…太子様の事はご心配無き様に!」
さすがは諸葛亮が見込んだだけはあり、費観は胆が太かった。これならば問題は無いだろう。
最後に太子に付ける先生…つまり師で在るが、これも二人の総意で白羽の矢が立つ。費禕である。
「はぁ…そういう事でしたら承りましょう♪」
「頼む…太子は今までの凡庸な御方では無いから、お前のその叡智を思う存分に叩き込んでやって欲しい…」
「承知しております!お任せ下さい♪」
費禕はそう請け負うと胸を叩いた。頼りになる男である。これで諸葛亮も董允も安心して太子を送り出せる運びとなったのである。
因みに費禕も費観も同族である。当時裨将軍であった費観と劉禅の舎人であった費禕を付けたのである。費観は先の益州牧である劉璋の娘を妻としていたので、諸葛亮も一目置いていた。
費禕は彼と同族であり、当時からその才幹を諸葛亮に認められていたので、互いに連携調和が取れると踏んだのかも知れない。また舎人の費禕は董允の直属だから一時的に異動させるには都合が良かったのだろう。
何れにしてもこうして陣容は固まった。その兵力は1万に満たないが、蜀としても漢中をこの年、陥落させたばかりであったので、大掛かりな兵の移動は出来なかったのである。
「丞相!悪いけど僕は太子の印綬を持って行くよ♪心配しないでいい。無茶はしないさ!但し、今荊州はかなり不穏な空気が漂っているから、場合に依ってはその力を行使せねば成らぬかも知れない。まぁ父上の顔を潰す様な事はしないから安心していいよ♪」
諸葛亮はそれを聞いて少々不安になった。阿呆な内は良かったが、下手に知恵が付いたものだから何か強硬される可能性も出て来るだろう。但し、太子が関羽将軍を時として抑え込めるのならば都合が良いかも知れないとも思っていた。
劉禅君は関羽から可愛がられていたので、彼のいう事で在れば聞く耳を持つかも知れない。諸葛亮は関羽将軍に陛下が与えた荊州総督の地位に予てから少し不安を抱いていた。
陛下の代理で荊州を預かる内は良かったが、総督に為れば、その意思のまま兵を動かせるから、無茶をしないか心配では在ったのだ。こうなると諸葛亮の心中でも太子様がその歯止めとなるのならば、内心歓迎では在ったのだった。
「宜しゅう御座います!認めましょう♪何か在ればこの諸葛亮が間に入り、陛下をお諫め致します。只、途方も無い無茶をしない限りはです!あんまりお痛たをされませぬ様に!」
「判ってるさ( -_・)♪猪突猛進は僕の趣味じゃない!関羽殿を抑えればお前の心の内憂も晴れるのだろう?今さらだがそれは心得ているから!」
「なっ!何でそれを( ゜Å゜;)!!貴方って人は末恐ろしいですな…判りました。貴方に任せる事にします!」
「(^。^*)有り難う♪丞相ならそう言ってくれると想った!では良しなにな♪」
こうして劉禅こと北斗ちゃん御一行様は、東へと向かったのでした。彼の胸許には丞相から取り上げた関羽将軍宛の文が温められて、その時を待っていたのです。
「は~い♪(o^ O^)シ彡☆皆集合!」
劉禅こと北斗ちゃんはウキウキしながら点呼を掛ける。
「弎坐!」
「(-ω-;)ふぁ~い!」
弎坐とはあの巻き込まれた宦官である。彼はこの冒険の旅を無事にやり通せたら、抜擢してやるという甘い餌をチラつかせられて、ようやく翻意したのであるが、それでも気は進まない様である。
「費観!」
「ハハッ!」
「費禕!」
「ここに居ります!」
「趙雲!」
「若!ここに!」
「( -_・)間に合った様だな♪」
趙雲で在った。彼はあの荊州逃避行で太子を単騎で救ったこの時代屈指の英雄である。
「「「何ぃぃぃ~!!!」」」
皆驚き、目を皿の様にして趙雲を見ている…それはそうだろう。聞いて無いし、尚且つこんな大物を勝手に動かしていい訳が無い。それこそ何か危急の事が突然に持ち上がったらどうするのだ!
「( -_・)あぁ…気にするな!ちと声を掛けたら是非着いて来たいとの将軍たっての願いを聞いたまでだ♪僕は大丈夫だと言ったんだけどな、私が助けた命ですぞ!などと凄まれたら、連れて行かない訳にもいくまい!」
「当然( ̄^ ̄)ですな♪特に若がまともに成られたと聞いたら同行しない訳には参りますまい!」
「しかし…勝手に来てしまって宜しいのですか?」
と費観。
「大丈夫だ( ̄^ ̄)!陛下には急な病だと伝えてある!息子の趙統も一人立ちさせなければ成らんのでな、有事の際は奴に任せる。なぁに、軍は動かして居らんから心配するな…それに費観!お前の邪魔もせぬよ♪」
「「「仮病かい!!」」」
ここで皆また驚く。真面目な趙雲が仮病を使ってまで着いて来るのだから、その思い入れの強さが感じられた事もあったのである。
「それにだ( ̄^ ̄)!予め董允殿には伝えてあるから大丈夫!出発後に丞相にも伝わる手筈だからな、ワッハハハ!私は董允殿から借りた五千の私兵を訓練しながら後からゆるゆる着いて行くから後は良しなに!ではな!」
趙雲は言う事だけ言い切ると、太子に拝礼してからとっとと行ってしまった!彼は後程、丞相から無理矢理捻出されるで在ろう残り五千の兵と合流を果たさなければ成らず同行は出来ない。
また兵力を分散させておかないと、周辺地域を下手に刺激してもつまらない。彼は恐らく合計1万に昇る兵を訓練がてら、背後から守勢としての役目を果たすつもりなのだ♪
それにけして遊んでいる訳では無く、その軍を運用出来る強き軍にしておけば、事と次第に依っては、幾らでも救援が出来るのだから、悪くは無かった。
「驚きましたな…」
費禕は第一声を挙げた。
「ああ…僕もまさか趙雲が付いて来るとは思いもしなかった。でも彼の存在は、皆にとっても心強いだろう!まだお前達は僕の才幹を見ていないから、心配だろうが、いずれ判る時が来る。それまでの保険と思ってくれてもいいよ♪」
「いえ…それは信じます。あの董允様と丞相がお認めになるなど普通では在りませぬ!それだけでも我らにとっては驚きそのものですからな…」
「費禕、お前さんは正直者だな!おっと、これからは師であったな。宜しく頼みます、お師匠様!」
劉禅は拝礼を行った。費禕は少し照れたものの、「承りました!」とだけ答えた。
「それにしても、殿!少しは趙雲様が付いて来るだろうと踏んでいたのでしょう?」
費観は苦笑いしながら、声を掛けて来た。
「( -_・)ん?ああ…確かにね!お前さんもなかなか鋭いね!費観、こうなったら素直に言ってしまうと、趙雲を来させたのは、僕に対しての保険では無いんだ!関羽将軍に対しての保険なのさ!」
「しかし…若君はあの御方に可愛がられておいでなのでしょう?」
弎坐が遠慮気味に口を挟む。これはチーム北斗ちゃんの決め事である。彼は今は宦官であっても、正式な従者なので、その時々に連携せねば成らず、この旅の期間限定として太子本人が認めたのだ。
そのため、堂々と意見を言って構わないのだが、彼は根が心配性で怖がりなので、まだそれに慣れていなかった。本来、宦官が本営で口を出すなどタブーである。
「弎坐、僕はね、関羽将軍の慈悲の心に期待はしていない。勿論、可愛がってはくれるだろうが、彼は自分の力に絶対の自信を持っている人でね、今回の事だって、単なる馬超に対する牽制なのだ…」
「…彼は武では誰にも負ける気は無い。しかしながら、噂という物はひとり歩きをする物なんでね、彼は機先を制したかっただけさ!本気でやる気なんて、端から無いんだ!!」
「(-ω-;)成る程…」
弎坐は太子様が本当に変わられた事を理解した。費観将軍と費禕も、『ホホゥ…』と感心している。
「皆、聞いてくれ!この旅の道中だけは皆、私の仲間として扱う…つまりは無礼講とする。その証しとして、僕の事を"北斗ちゃん"と呼ぶように!いいね( -_・)?…」
「…但し、現地に着いたら、さすがに将軍の前で"北斗ちゃん"は不味いだろうから、若君でも、太子様でも、良い!只、費観!殿だけは止めておけ!彼らにとって、殿とは関羽殿を指すだろうし、父上に対して使用される場合もあるからね!」
「かしこまりました!」
費観は素直にそう応じた。
「では出発!」
北斗ちゃんの掛け声で、一行は荊州に向かい、その第一歩を踏み出したのである。