千尋の谷に突き落とす
劉禅こと北斗ちゃんは、答えが出ぬままに腕を組んで考えました。素直が彼の美徳では在りましたが、自己の目覚めは彼に少しばかり利己的な精神を宿していたのかも知れません。
『なんかつまらん!もう少しばかり捻りが効いていると面白いんだけどなぁ( -_・)?』
余計な事は考えないで、そのまま答えれば良いものを、彼は恐らくは大正解な回答を拒否して考え込んでいます。既に答えは出ているのですから、素直にそのまま答えれないものでしょうかね?
彼は新たな小気味の利いた文言を産み出すためだけに無駄な時間を使います。その間も頭の中ではカタカタと色んな答えを弾き出しては、リセットして、新たな答えを書き出していました。
こんなつまらん事に彼は既に一時間以上を費やしていました。親の劉備も利己的な面が多々在りますが、その親にしてこの子在り…とでも申しましょうか、血は争えないと申しましょうか、彼は丞相・諸葛亮の貴重な時間を無駄に費やしていたのでした。
さすがの諸葛亮も内心、そろそろ時間が気になっております。しかしながら、『今ここで』と自ら言い出した以上、付き合わない訳にも参りませんでした。始めの内は期待しながら応援していた董允も少しばかり疲れて来た様です。
諸葛亮は遂に痺れを切らして問い掛けました。
「若君!そろそろ答えを聞きたいものですな…幾ら考えても、無駄な時も在ります。ここはひとつ男らしく、決断を致しませんか?戦場では時に瞬時の判断が問われる事が在りまする。答えが出ないので在れば、潔く全面撤退を計るべきです!」
「( -_・)?何々…この僕が何故に撤退せねば成らんのかね??丞相、悪いが君の考えそうな事は答えとしてもう既に持っている。でもさ!(o^ O^)シ彡☆もっと気の効いた答えが無いかと考えていた次第だ♪だから撤退はしないよ!考えてみた舞え♪圧倒的な勝利をより圧倒的な勝利にする事の美徳を♪なかなか常人では出来ない事だよ、君!」
自分に酔うという点でも父親と良い勝負である。
「答えが判っている?ほぅ~そらぁ驚きましたな!私の考えそうな事は読めている?それは御大層な物言いですな…まぁ良いでしょう(-公- ;)ではその答えとやらを聞きましょうか?若君!時は金也と申します…」
「…それに誤解無きように!圧倒的に勝てる時には、その機を逃さぬものです♪依り圧倒的に勝ちたいからと言って勝機を逃しては、本末転倒ですからな…」
「…真の賢者という者は、程度を知っているものです。欲を掻いては相手に裏を掛かれるでしょう。その時間を親切にも与えてやっている様なものです!さぁ、判っているならお答え下さい♪私も暇な立場では在りません!(´~`)全く…」
「…遊びが過ぎますぞ!本当に改心されたのでしょうな?ひとつ貴方の機知をお見せ下さい!さぁ!さぁ!さぁ!」
諸葛亮は想わず前屈みとなって太子にその是非を問う。その余りの気迫に劉禅も想わず溜め息を漏らす。董允もいよいよ答えが判ると思い、身を乗り出した。
『おやぁ~( -_・)?何だ…あれは?』
その刹那、彼は諸葛亮の胸許からはみ出している代物に気づく。それは絹で包装された書簡の様だった。
『( -_・)はは~ん…丞相の奴、悩んでいるとか言っていたが、あれは真では無いな!さてはこの私を試すための方便か…全く!大人は狡っちいな!まぁいいや…お陰で面白い事を思いついた…今回はこんな所で妥協しますか!』
劉禅はそう考えが決まると念を押す様にこう言った。
「答えよう…しかしながら今一度、念を押すが…私が正解したら、この件はこの私に全面的に任せるのでしたよね?あれは守って頂けるのでしょうな?」
「無論です!この諸葛亮、約束は必ず守ります…」
「二言無いな( -_・)?」
「御座いません(^∀^;)」
「よし!ではつまらんが、最初の5分で考え出した答えを言う。なんならその思考の根拠も説明しても良いぞ!何か永らく頭を使って無かったせいか、体力成らぬ、考える力が有り余ってるんだよね♪」
劉禅はこの際、奇を衒う事を捨てて、常道の考えを素直に現す事にした。鯔のつまりは、つまらんと一度棄てた考えを拾う事にしたのである。
何故なら…もっと面白い事を思いついたのだから、その布石となるなら、つまらん考え上等!大いに結構という訳である。
「では丞相の俠気を信じて答える事にする…」
彼は一呼吸そこで置くと、話し始めた。
「まず、関羽殿は矜持の高いお人でしたな…あの方は自分の武に絶対的な自信をお持ちの方です。ですから、その様なお申し出をされたのでしょう♪全く!つまらん物言いに付き合わされる丞相のお気持ち、お察し致します…」
「…貴方もこんな下らない事まで手掛けねば成らんとは、時間が幾ら在っても足りない筈ですな…それでは心が休まらぬでしょう?こんな事は他の誰かにやらせて置けば宜しいでしょうに、相手が関羽殿のような大物だとそうもいかないのでしょうな…」
「…さて、ここは考え所です!まずは関羽殿の矜持を傷つけずに済ます事!彼は今、そんな事をさせて良い立場では在りません。馬超殿に意識を向ける暇が在ったら、魏や呉に付け入る隙を見せぬ様にさせねば成りません!まずはそれが第一でしょう…」
「…ゆえにここは穏便に、しかも手間を掛けぬ方が宜しい!そこで貴方は関羽殿に一通の文を書く手間だけで上手く事を収めようと考えられた。恐らく先程までそれを考えていたからこそ、こんな質問に成ったと考えるべきでしょうな…」
「…違いますかな?さて、長々と貴方自身の考えの構築を辿ってきましたが、いよいよその答えです!まぁ、ここまで聞いたんですから、もはや答えは知る所でしょう?ズバリ、貴方は関羽殿を持ち上げた。しかもそうですな…」
「…馬超殿はこの事実を知らないのですから、貶めるに吝かではありません。ついでに貴方が事の重要性を重んじて、よりその姿勢を明確にし、関羽殿の武の凄みを強調するべく、義弟の張飛殿の名前さえ利用したとしても、僕はさして驚きません…」
「…貴方は文にこう書いたのではありませんか?馬超殿は張飛殿の相手くらいが丁度良く、とても関羽殿の足許にも及ばないと!恐らくそれで関羽殿はこう反応いたしましょう…さすがは丞相!この儂を良く知っておると!如何です?僕も隅に置けないでしょう?永らく頭を休めていた賜物ですかね?」
劉禅はそう語り終えると、満足そうに丞相を見つめた。
諸葛亮は正直、驚いていた。彼は太子が時間稼ぎの無駄な抵抗をしている位に思っていたので、一から十まで正確に自分の思考を詳らかにされて度肝を抜かれた。
『何という事だ!この思考回路は尋常では無いぞ!あの呆けていた若君のどこにこんな機知が眠っていたのか…これではお父上の陛下よりも聡明ではないか?否、元々陛下は義侠心に熱いだけの御方!いったい誰の血を受け継いだものか…』
酷い言われようで在る。これでは劉備の立つ瀬が無い。しかしながら、それだけ諸葛亮は感心していたのだ。否、感動していたというべきかも知れなかった。ここで高らかな拍手が巻き起こる。
「「パチ!バチ!パチ!パチ!」」
董允であった。彼はそれは見事な若君の答えように感激していた。鼻水を垂らして、その瞼には大粒の涙を溜めて咽び泣いている。
「おいおい!ちと大袈裟だぞ!爺!否、董允!言ったろう?永らく頭を使って無かった賜物だって♪」
劉禅は少し照れ気味に頭に手をやり、ポリポリ掻いている。そして董允にノシノシと寄り切って、否、寄り添って、その背中を擦ってやっていた。董允も喜びの余り、想わずそのへちゃ剥れな肉付きの良い頬に顔を埋める様に抱きついていた。
彼はやれやれと言った様子で困り気味である。こんなに懐かれるとは想ってもみなかったのである。あのガミガミ親父がこんなに無垢な爺やに成るとは想像だにしていなかったのだから。
諸葛亮は立ち直ると、ゴホンと咳払いして姿勢を正した。そして董允を構ってやっている太子を見つめると、おもむろに語り始めた。
「これは驚きましたな!正解です♪しかも構築させた考え方すら一言一句間違っておりません…これは相応しき贈り物ですな♪貴方はこの蜀漢が得た代え難き宝です!これでこの国は永らく安泰と言っても過言では在りますまい!私の敗けです♪何でも言って下さい!必ずや約束は果たしますぞ!」
「( -_・)そうか…判った!有り難う♪丞相の俠気に敬意を表する。実はね、僕とても良い事を思いついちゃったんだ!ほら…今の、君の胸許から出ている書簡だけどね、それを僕に寄越し賜え!」
「なっ!いつの間に!」
諸葛亮は胸許から頭を出していた書簡に今さらながらに気がつき、驚いている。しかもそれに気づき、巧く説明にそれを乗せてきた太子の注意深さにも改めて驚いていた。
「それは…構いませぬが、これをいったいどうするおつもりなのです?」
「( -_・)?決まってんじゃん!書簡は荊州に送らねば成らんのだろう?当たり前の事を聞くな!それ僕が関羽将軍に渡すから!」
「「「えええ~!!!」」」
諸葛亮のみ成らず、これには董允も驚いて顔を挙げた。お陰で彼はその頭に酷く三重顎を頭突かれて、目から火花が飛び散る。彼は危うく仰け反りそうになったが、ここは踏ん張った。
またひっくり返って、頭を打てばまた阿呆に逆戻りするやも知れない。咄嗟の判断で分厚い手の平で机の端を掴んで離さなかったのが功を奏したのだろう、今回は事なきを得たのである。
彼が頭の回転が良くなってから始めに危機を感じていたのが、再び頭を強く打つ事であったのだ。また阿呆に逆戻りするのだけは避けねば成らなかった。
それというのも、彼は無駄に遊び呆ける依りも、頭を回転させて悪戯心を満たす方が愉しい事に気がついてしまっていたからだった。こんなに愉しい事は他に在るまい。
少々、目的意識は邪道に過ぎるが、この際お互いにとって利益である事には違い在るまい。
「丞相、聞いて欲しい!僕は道中、歩きながら、或いは馬に跨がりながら、荊州まで行って来る。そもそもこの僕が蜀に居ようと居まいと、今までならば何の影響も無かった筈だ!阿呆が居ても物の役には立たないからね…」
「…だったらここに居ても、荊州に居ても変わりは無い筈だ!だったら僕はこの際、自分を追い込んでみようと思う。可愛い子には旅をさせよさ!虎は我が子を千尋の谷に突き落とすともいう…」
「…どうやら僕は既に父上から地面に突き落とされたらしいけどね…まぁその格言を既に地で行っていると考えて置くとするよ!父上も地面に叩きつける依りは、我が子に旅をさせる方が心も痛まないだろうからね!これは一石二鳥にも成る…」
「…ダイエットの一環にも成るだろうし、道中、先生にも同行して貰うよ!荊州までの長い道程だ、さぞ勉強に成る事だろう。そして当然、護衛も着けて貰うから、剣技の上達にも繋がろう♪帰って来る頃には、また一皮剥けた逞しい男に成っている事だろうよ♪」
劉禅こと北斗ちゃんはそう述べると、ノシノシと丞相に近寄って、その胸許から書簡を抜いた。
「( -_・)ね?いいアイデアだろう?」
「はぁ…まぁお約束しましたからな…宜しいでしょう。しかし…困りましたな。父君を何て説得致しましょうか?」
「(^。^;)なぁに気にするな…果報(阿呆)は寝て待てさ(;-ω-)ノ♪父上には僕が目覚めた事は今しばらく黙っておいてくれ!呆けているだけなら今まで通り、さして状況は変わらない…」
「…しかも良い事もあるぞ!宦官達や下女達には迷惑は掛からないし、みっともなく徘徊もしないから、国の品位も下がるまい!まぁ良しなにやってくれ賜え!」
北斗ちゃんの心は既に荊州に飛んでいた。遥か彼方に夢を馳せ、冒険が巻き起こす贈り物にワクワクしていた。