肥溜めの運気
【参考資料】
劉禅
幼名は阿斗(北斗ちゃん)。
三國志の英雄・劉備玄徳の嫡男。
凡庸で、宦官に惑わされた挙げ句の果てに、国を傾けた斜陽の二世皇帝。魏に攻め込まれて、降伏する。史実ではそう語られている。
崖っ縁の男が紡ぐ逆転人生コメディ!
ー蜀漢の都・成都ー
ここに一人の気の毒な男が居る。彼の名前は劉禅。その幼名を阿斗という。名の由来は勇ましい。彼がまだ母親のお腹の中にいる時にその母が北斗七星を飲んだ夢を見たので、阿斗と名付けたのだ。
因みに阿は(~ちゃん)という飾り言葉なので、北斗ちゃんくらいの意味合いで宜しかろう。この逸話を聞いて「あれ?」と思った方、貴方正解です!呉下の阿蒙なんて人も居ましたな。
さて、北斗ちゃんは劉備玄徳の嫡男ですが、その側室・甘夫人の産んだ子です。そう北斗七星を飲んだ夢は甘夫人が見たのです。彼は劉備がまだ地盤を持たず、荊州閥の劉表の許に身を寄せている時に生まれた子で、御年ニ歳の時に曹操が荊州攻略のため南下した事で災難に会いました。
その頃の劉備はまだまとまった兵力も無く、曹操を恐れていましたので、婦人や息子を置き去りにしてとっとと逃げました。
北斗ちゃんは荊州の新野から江夏に逃げる際に、正室・縻婦人に抱かれていましたが、曹軍に囲まれ、逃げ場を無くし、彼を庇った婦人は足手まといになる事を恐れて、救援に来た趙雲に彼を託すと井戸に身を投げて亡くなります。
赤子を自分の胸に縛り抱えて曹軍の包囲を単騎で突破した趙電の逸話が光るところですが、実はこれが北斗ちゃんにとっての災難でした。
せっかく趙雲が命懸けで守った北斗ちゃんを、劉備は事も在ろうにぞんざいに地面に叩きつけたのでした。趙雲の様な他に代えがたい大切な部将が、我が子のせいで命を落とす所だったという只それだけの理由なのです。
『と、殿~あんた、死んじゃうから…(^。^;)物じゃないんだから!やり過ぎだってばぁ~』
とか何とか趙雲は許より周りの皆も思った事でしょうが、熱火子に払うくらいの意識が彼にはその瞬間に在ったかも知れず、彼はお構い無しに『要らん!』くらいの熱量で趙雲の身だけを一心に心配していました。
本来、熱火子に払うというのは、火に焼かれそうな時は、最愛のわが子の方へ火を払ってでも逃れようとする意味であり、危急の際には極端な利己心が現れる喩えなのですが、そこいらが劉備という人の感覚が常人と異なる所だったのかも知れません。
つまりそれだけ、私は趙雲を大事に思っているという、部下想いな逸話なのですが、それにしたって二歳の赤子を地面に叩きつける親ってねえ…絶句ですな!
北斗ちゃんは恐らくこの時、死にはしなかったものの、脳に決定的なダメージを受けたと想われ、物覚えの悪い凡庸な若者に育ちます。彼なりに最初のうちは懸命に学びますが、覚えても覚えても、後からどんどん忘れるので、当然つまらない。
そらそうですわな…実に成らない事をやるのはつまらない物だし、やり甲斐にも支障を来します。彼は自分なりに努力しているのに、先生には褒めて貰える所か、叱られてばかり。
そんな事の繰り返しが重なって来ると、ますますやる気の無さに拍車が掛かりました。そして次第に勉強にも身が入らなくなってしまいます。
そうなって来ると必然的に勉強その物すら投げ出してしまう様に成り、結果として遊び呆ける。自分で勝手に判断して、先生をクビにする。自分に阿る宦官や下女を侍らせ、好き勝手に怠ける様になってしまいました。
親の劉備もその頃は、連戦連戦で、蜀の国を得た後にも、漢中の張魯の地盤を狙うなど、躍起になっていました。そして漢中を得た後には、漢中王に推挙されると、ますます多忙を極めます。
富国強兵に明け暮れ、とても息子を構ってやる暇など無いのでした。さらに言えば、赤子の時に彼を地面に叩きつけた負い目も在りましたから、例え良からぬ噂を聴いても、そのうち翻意するだろうとたかを括り、なるべく干渉すらして来なかったのです。
こうなると、干渉する者や諫言する者が居ないのですから、勝手気儘に食っちゃあ、寝、運動すらしないので肥え太る。彼は頭の中を脳内メーカーで見てみたいくらいにスカスカのまま、昼日中から夢遊病者の如くそこいらをフラフラさ迷う。
そして暇を見つけちゃあまた食べ、酒を呑むので、女官や宦官達は彼の行動に振り回され、右往左往する始末でした。そんな彼を見守ってくれる母親も、もう居ないのです。
劉備の正室だった糜婦人が井戸に身を投げた話は前述しましたが、その後、程なくして生母の甘夫人も亡くなっていました。そして、劉備が荊州の江夏に拠点を移していた頃、呉の孫権と同盟を結んだ際に正室にした、その妹・孫婦人も、もういません。
彼に心血愛情を注ぎ、優しく導く者が居なかった事も、そんな不幸に拍車をかけたのでした。
そんなある日の事、彼は酔っ払ったままいい気分で厠に行き、暢気に鼻唄を歌いながら、用足しをしていた時に、酔いの勢いから足を捕られてそのまま姿を消してしまいます。
奇妙な振る舞いをしていても、まだ五体満足なうちは良いのですが、さすがに行方不明は洒落に成りません。特にお側近くに仕える者にはかなり不味い状況でした。
だから上は官から下は下女まで大騒ぎになってしまいました。ところが幾ら探してもその姿は見つからなかったのです。こうなってしまうと、もはや放置しておく訳にもいきません。
宦官頭は大傅の董允に報告し、董允は丞相の諸葛亮に報告を上げます。諸葛亮は事の重大性を重んじて、陛下に報告すると、自ら大捜索隊を組織して、辺りを隈無く探したのです。
すると、運が良かったというべきか、彼らが厠を捜索した時に、「母上…母上…」という声が地の底から聞こえて来ました。声は聞こえども姿は見えないという妙な具合でした。
始めは皆、何事かと怖れる者も居ましたが、『劉禅様だ!』という諸葛亮の言葉に励まされ、念のために厠の中を覗き視ると、肥溜めの上にスヤスヤ寝ている彼が発見されたのでした…。
翌朝、彼は目覚めると無意識に自分の顔に手をやった。ぷにっという感触に彼は驚き、想わず両の手を見た。肉付きの良い指を見てさらに驚き、辺りを見渡すと、銅鏡で自分の顔を眺めた。
すると頬にも顎にも脂肪がたっぷり乗ってしまって、見るからに頂けない。愕然とした彼は反射的に腹をまさぐり、眺めた。これ以上無いほどそれは見事な太鼓腹だったのである。
「何じゃこりゃあ!!」
余りの肥え太った状態に彼は想わず現実逃避したくなる程、ぶったまげた!
「こりゃあ、遺憾!!」
彼は直ぐに人を呼んだ。さすがは太子の一言で在る。外の廊下で控えていた宦官が飛んで来た。
「若君、御用ですか?」
「あぁ…これはいったいどういう訳だ!こんなに肥えていてはものの役に立たんではないか?」
「(-ω-;)いやそれは…ですな…」
宦官は『あんたがパクパク喰らうから…』と言いたい所だが、単刀直入には言い難い。
「まぁ良い!私の大傅か小傅は誰か?」
「(-ω-;)☆☆??」
『いったい何を今さら…』と彼は言いたいのだが、ふと異変に気がついて「大変だぁ!」と一言叫ぶと、劉禅を残して、慌てて飛んで行ってしまった。
「(^。^;)?何だあいつは?私の顔を見て驚くとは失礼な…まぁこんなにブクブクでは仕方無いがな…」
劉禅はそう嘆息すると、腰を回そうとして想わず目から火花が飛び散る。☆ ̄(>。☆)「あ、痛たたた…」それは長年の不摂生に依る腰痛であった。彼にはどう観ても、括れは無い。
するとそこに先程の宦官に伴われた大傅の董允がやって来る。董允は若君に対しても毅然とした姿勢で臨んだ。その目は爛々としており懐疑的だ。
「若君!いったいどれだけ周りに迷惑を掛けたら気が済むのです!他の者は甘やかしても、私は堪忍しませんぞ!」
大傅の董允は気骨のある人物として名が通っていた。もうかなりの年輩では在るが、その目力は応対する者の度肝を抜く。
ところが劉禅は、全く意に返さず真顔でこう答えた。
「ちょっと待て!あんた誰だ、いきなり初対面の相手に失礼な物言いだな…私を劉禅と知っての狼藉か?」
「(-ω-;)ね?私の言う通りでしょう…」
「うむ…確かに。これは不味いな!お前済まぬが、丞相を呼んで参れ!」
「(-ω-;)ははぁ♪」
宦官は再び飛ぶ様に去って行く。董允はしげしげと彼を観察している様だ。
「さて、董允…あんた私がまともな太子の方が良いか、頭がぶっ飛んだままの方が良いか、どちらがいいかな?」
「そらぁ…まともな方が宜しいですな!とするとやっぱり!!」
「あぁ…(^。^;)そうらしいね♪糞まみれの肥溜めに落ちた時に頭を強く打ったらしい!起きたらこの様さ!しかしこの体型最悪だね…この太鼓腹からまず何とかしたいな…」
「…まだ愛らしいくらいの太り方なら我慢も出来ようが、これでは最悪だからね!手伝って貰えると助かる♪後、不思議なくらい頭がスッキリしていてね、あれだけ覚えたのに忘れてしまっていた習い事が、今なら手に取る様に判るんだ…」
「…だから判らんいきでも今まで覚えて来た知識は、全て身に付いてる様だから、続きを明日からでも直ぐに再開したい。あいにく前の先生はクビにしてしまったから、確かな師を付けてくれると助かる…」
「…それに長らくサボっていたから、太子の職務もしなければな♪どんどん実務的な仕事を回して貰おうか?下らぬ事をやっている時間は終わった。これからは知識欲と実践だ!おっと…その前に、まずはダイエットだな。その方面に詳しい者もお願い出来ると助かるな!」
劉禅は考えようとすると必ず頭痛に見舞われた過去の苦々しさを素直に董允に告白した。そして頭を再び打った事が幸いして、今は頭の回転が目まぐるしく改善された事、気分がとても良く、すっきりしていて、雲の切れ間から朝日が差し込んだ様な清々しさである事を伝えた。
「太子様!よくぞ翻意下されました♪この董允、この日が来る事をどれだけ願っていた事か!糞にまみれた事が幸いするとは驚きましたが、まさに運が付いたのですな♪有難い事です!」
「いやぁ~(^。^;)お前も上手い事言うね♪でも糞まみれは余り嬉しくはないがね…何か今でもプンプン臭うからなぁ!」
劉禅はそう言うと鼻を摘まんだ。意識すればする程、酷く臭う気がしていた。
それでも董允は嬉しかったのだ。彼は太子がこれほどマトモな会話をするのを聞いた事がなかったからである。
『あの陛下の御子様なのだ…本来的に馬鹿な訳が無かった。そうか、過去に酷く頭を打たれたのかも知れぬ…それが今回の事で偶然にも直ったのだとしたら、運が向いて来たのかも知れん…』
肥溜めに落ちたのが、良かったのかどうかは別にして、確実にうんちは付いたのだ…もとい運気は付いたのだった。
【加筆訂正】
『義賊的』は意味合いが可笑しいため、『熱火子に払う』に意味合いを変えました。