死との狭間の中で
その時に戸口が開く音がして、中からは劉闡が顔を出した。
「董斗星殿!許可が出ましたので、どうかお越し下さい♪」
「( -_・)…あぁ♪」
北斗ちゃんはその言葉に答える様に戸口に向かって歩みを進めた。
劉闡に案内されて戸口を潜った北斗ちゃんは寝台に半身だけ起こして、頭を壁に付ける老人の姿を認めた。彼は既に髪は白く、所々に黒髪だった頃の面影を留める。
その髪は暫く手入れもされていない様で、寝乱れた髪はそのまま耳を覆い隠す。眼の縁にはすっかり隈が出来ており、少し紫掛かっている。
『( -_・)…暗がりだからか?瞳が大きく開き過ぎてる様な…』
「父上…董允様のご子息の董斗星殿です!」
劉闡は父・劉璋の耳元に口唇を近づけると、声を掛けた。
それに辛うじて反応した感のある劉璋は、とてもか細い声で息子にブツブツと呟いている様だが、少し離れて立っている北斗ちゃんの耳にはとても聞き取れない。
「はい!仰せの通りに、あの男にはクビを言い渡しました!もう二度と顔を拝む事は御座いません…え?はい!もう帰らせました。心配要りません!」
すると劉璋はこちらをチラッと観て、おもむろに、首を垂れる様にした。どうやら挨拶をしているつもりの様で在った。
「董斗星殿!父は身体が麻痺しており、上手く動かせませぬ。どうか枕元までお寄り下さい。そこでは些か遠く話に成らぬでしょう!」
「(^。^;)えぇ…承知しました!」
北斗ちゃんはゆっくりと歩を進めて、枕元近くまで辿り着く。すると劉璋は息子にこう呟いた。
「私は暫し、この方と話があるから二人にしてくれ!お前は下がって戸口の外に立ち、誰も立ち入らせない様に!」
「(^o^;)…判りました!お任せを!」
どうやら親子の間で、この筋書きは既に話し合われていたらしい。劉闡は特に反意を唱える事無く、静かに引き下がった。
「(^o^;)…董斗星殿!後はよしなに。」
劉闡はそう声を掛けただけで大人しく戸口を出ると、その戸を閉めた。
バタンという戸が閉まる音がした後は、部屋の中には劉璋と北斗ちゃん只二人という状況となる。
すると麻痺して動かし難い筈の目蓋を、さらにカッと見開いて、劉璋は彼を見つめた。その眼には訴え掛ける執念が窺えた。
「(=д= )あんた何者だね?董允には息子はおらん…早世した筈だ!孫の董宏が居るだけの筈だが?」
傅士仁やあの医者・仲翔の言が正しければ、この老人は最早、棺桶に片足を突っ込むぐらい弱り果てている筈だ。にも拘わらず、その声の響きにはまだ勢いが在った。
こんな弱り切った様子で、どこにそんな力がまだ残っていたのかと、それは思わせるぐらいの迫力である。命の火が消える前には、一度身体に力が戻ってくる事があるらしい。
仮にそんな事が本当にあるとするならば、これは劉璋にとっての最期の足掻きに違いなかった。
今にも死にそうな病人相手に、欺きを続けられる程、北斗ちゃんもあざとくは無い。彼は覚悟を決めて劉璋を見つめた。これは彼との謂わば直向きな対峙であるのだから。
「( ・∀・)えぇ…仰せの通りです♪僕は劉禅です!貴方がさぞ恨んだであろう劉備の息子ですよ…」
「(=д= )…やはりそうで御座ったか?あの頃よりは格段に痩せられてはいるが、面影がある。貴方が劉禅君ならば、話が早い。ひとつ私の遺言を聴いて貰えますかな?」
『(^。^;)…何とも妙な展開に成ったが仕方ない。文句のひとつも垂れたいだろうにな!その気力もないのだから、せめてここは病人の言う通りに…』
彼はそう想い、頭を振った。
「( -_・)…ええ!お訊きしましょう♪何なりとお申し付けを!然るべく対処いたす所存です♪」
「(=д= )ではお言葉に甘えて…。私は特に恨みは無いと!陛下に伝えて下され!こうなったのも謂わば自業自得!むしろそんな私に最期の花道と、太守の座をお示し下された陛下の御恩情に報いておきたい…」
「…これから申し上げる事はその恩返しに必ず成る筈です!一度しか言える気力が無いゆえ、しっかりと聞いて下され!宜しいですな?」
「( -_・)…慎んで承る。申されよ!」
「(=д= )では参る!まず、私がこうなったのは、許を質せば川魚で御座る…あれを生で食べたためらしい。高熱と下痢を繰り返し、やむ無く高名な医者を探す羽目に!何人か招聘したが、治せる者が居なかった…」
「…そこで助けてくれたのが、あの仲翔です!あの御仁は大量の海水をこの私に飲ませて、何度も胃の中の物を吐かせたのです!あの者が申すには、川魚は焼いて食わねば、悪さをする虫が死なず、身体を蝕むと…」
「…海水を一度に大量に飲ませる事で、胃の腑についた虫を洗い流し、吐かせてくれたのです!一度は命を救ってくれた恩人ですからな…それで私はあの者を完全に信用してしまった!今想えば、それは彼が私に近づくための魂胆だった様です…」
「…私は彼の言葉を信じて、受け入れた。つまりは彼を担当医にして、傍近くに仕えさせたのです!それから一月もしない内に私は身体の変調を訴えた。けれども、彼が処方する薬で直ぐにそれは是正された…」
「…どうやら、彼は毒と薬を交互に使用していた様です!薬4に毒6くらいの割合でね!だから私は一時的には回復するが、判らない程度にどんどん身体は蝕んで行く。私は錯乱状態に成った事も在るし、幻覚を見た事さえ在ります…」
「…急に興奮状態になって在らぬ事を口走った事もね!士仁殿には悪い事をした…。彼を追い込む真似をするなんて。ごく最近までそんな事さえ、自覚が無かったのです…」
「…でもある時、私が意識を失っている間に席を外した彼の問診書が無造作に机に置きっぱなしになっていた事があって、ようやく気がついたのです!私はどうやら毒を盛られていたのだとね…」
「…だから仲翔を首にしました。ですが、彼はその間に関羽将軍と士仁将軍との間に深い溝を徐々に作っていきました。それはほぼ成功したと言えるでしょう…」
劉璋はそこまで話すと一旦、言葉を切った。どうも疲労の色が濃い様だ。余り無理はさせられまい。
『(^。^;)…離間の計か…成る程ね!あの仲翔という男の目論みは、ほぼほぼ成功したと言えるだろう…だから奴も大人しく引き下がった!ここらが潮時だと判断したのだろうな…余り長居しては疑いを招き、今度は自分の命が危なくなるからね…』
『…ところが彼らも気がついていない大誤算が在ったと言うべきだろうな?僕が荊州に来て、関羽将軍の性格を和らげてしまった事!そして士仁の真実を突き止めて味方にした事だ…』
『…彼らは成功したと想い込んでいる筈だ!まさに口を拭って鼻を明かすが如き所業だな…幸いな事にその目論みはこれで頓挫した訳だ!相手は勿論そうは想っていないがね…』
『…これは上手く使えば、こちらが優位に立てるかも知れないな♪それにこれで僕が抱えていた違和感…つまりはここ公安の真実に辿り着いた様だね!』
北斗ちゃんは待ち時間を利用して考えに浸っていたが、何となくではあるが、問題点が整理されつつある事を自覚していた。
『( -_・)"…!そうか♪判ったぞ!こんな公安で、しかも太守の劉璋相手に医者を間者に利用するしか無いとしたら、あの仲翔という奴は、士仁の態度の変化のみで状況の推移を検分するしか無かった筈だ!…』
『…て事は、江陵には今の所、間者は入って来ていないという事の裏書きが取れた事になる。鯔のつまりは、馬良の優男集団だろうが、爺ぃの筋肉馬鹿集団だろうが、躍起になって呉方面に、間者を送り込んだ姿勢は無駄では無かった事になる…』
『…結果的には、関羽将軍の息つく暇も与えずに剥きになった矢継ぎ早の人海戦術が、呉の間者その者の侵入を抑え込んで居たという事に成るな…』
『…( ・∀・)ハハハッ!世の中、何が功を奏するか判らんて事に成るな♪参った参った!』
北斗ちゃんはひとり御馳ていた。しかしながら、これは我が陣営にとっては朗報である。
まぁ…ひとりの気の毒な御老人の犠牲の上にそれは成り立ったので在ろうから、けして笑って要られない思議ではあるが。
『(*゜ー゜)許さん…』
北斗ちゃんはそう心に固く誓った。
「(=д= )私はどうしたら宜しかろう?何でしたら、この重い身体を引き摺ってでも江陵に参じて、将軍同士の仲を取り持つ所存…」
「( ・∀・)否!劉璋殿♪その必要は御座らん!それはこの僕にお任せを♪既に関羽将軍とは話し合い済みで御座る。そして士仁も僕の配下に納めた。全くと言って問題は在りません!…」
「…貴方はよくこの僕を信じて打ち明けて下された!この上はゆっくりと身体を自重されて、静養下され♪息子さん達の為にも、一日も長くその生を全うせねば成らないのですからね♪後はこの僕が仇を打って差し上げます!必ず♪きっとね!」
北斗ちゃんはそう言うと、優しい笑みで、劉璋老人を励ました。
「( ・∀・)そうだ!僕は医者の資格も持っています♪貴方も華侘先生は御存知でしょう?僕は彼の唯一無二の弟子なのですよ♪…」
「…ここに毒消しの薬効を持った薬を持っていますから、これを、まずお飲みなさい♪後でまた量産して送って差し上げますから!だいぶん楽に成るし、寿命も延びるに違い在りません!」
北斗ちゃんはそう言うと、机の上に薬の入った布切れを置いた。
「(=д= )何から何まで申し訳ない…多大な迷惑を掛けて申し訳御座らん!貴方のお陰で、少しは心が救われた気がします…」
劉璋はそう言うと、その眼には大粒の涙が溢れていた。
「(^。^;)…否、大した事では在りませんよ!ところで、最後にひとつだけ!知っていたら教えて下さい♪あの仲翔という医者はいったい何者なのですか?」
北斗ちゃんも彼が呉の間者だという事は最早、十中八九間違いないと感じていた。但し、もし仮に判るの成らば、彼の正体を突き止めておくに越した事はない。
そう感じずには要られない程、あの仲翔という医者は胡散臭く、気持ちの悪い印象を与えたのだ。
「(=д= )…あぁ♪あれは確か虞翻…字を仲翔と申していましたな?」
『((゜□゜;))な、何だってぇ~♪あれが虞翻なのか?』
北斗ちゃんは驚きの余り、大声で叫びそうになり、慌てて口を噤んだ。
彼の危険視していた三人の内のひとりがさっき間近に垣間見た虞翻だったのだ!それは驚くなという方が無理で在ろう。
北斗ちゃんはこうして、公安城の闇の真実を全て綺麗に洗い出す事に成功したのである。
『(`ε´ )…あの小憎らしい小僧…何か気になるな??』
公安城での首尾を果たし、脱出に成功した虞翻はそう感じていた。ここからの彼の策動が、ここ荊州にひと波乱を巻き起こす事に成ろうとは、まだ誰も知るよしもない。