表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
263/322

移り行く季節の中で

「それはキテレツな事ですね♪」


張嶷は感心するようにそう答えた。


「エグイですよねぇ~♪」


費観も彼の反応に満足した様にそう宣う。


張嶷は田穂と別れた後に費観とバッタリ出会(でくわ)し、どちらからともなく誘い誘われて、昼食を共にする事になった。


昼日中とはいえ、片方は下戸で、もう片方も日頃飲む習慣が無いから、酒を酌み交わす訳にも行かずに、営業中の飯屋に二人して入り込むと、食い物を遠慮なく頬張りながら、ニコやかに語り合う。


当然の事ながら話題はまず、張嶷の外交行脚に於ける都督就任に及び、費観は祝辞を述べた。


「おめでとう♪やったな!」


張嶷はその言葉に感謝を示す。


「有り難う♪選ばれたからには精一杯務めるよ!責任重大だね?」


すると費観はニコやかに微笑み、「君なら心配ないね!存分にやると良い♪」と言った。


費観は元々、若君に付き従い荊州に下向した古参中の古参である。もはや小飼と言っても過言では無かろう。


一方の張嶷は、若君が荊州に落ち着いた後、丞相・ 諸葛孔明が成都から派遣した小飼中の小飼であった。


張嶷は費観に憧れ、追い付き追い越す事を目標にしてやって来た。


片やの費観は、有名を馳せた張嶷に元々一目置いており、彼ら二人は互いを意識し合い切磋琢磨する、とても良好な関係と謂えた。


その気持ちが自然と溢れ出した言葉だった。勿論、費観だって先を越された事が悔しくない訳が無い。


けれども彼に言わせれば、ここが終着点という訳じゃ無いのだ。彼らが日々努力を続ける限りは、これからもこの関係性は嫌でも続いて行く。


否…互いに末長く続いて欲しいとさえ望んでいただろう。だから費観は盟友の抜擢を心の底から喜んでいた。


そしてそれは張嶷も同じ気持ちだった。今回はたまたま自分に白羽の矢が立ったに過ぎない。そう想っていた。


だからこそ精一杯努めようと想っていたし、この機会を活かそうと自らを奮い起たせていた。


この二人はそういう関係性を抜きにしても妙に気が合ったらしい。いつの間にか話は近況に始まり、様々な分野にも及んだ。


もし仮に彼らの知人、友人がその場に居合わせたなら、彼らの親密さを誤解する程だったに違いない。それだけ二人は仲睦まじく見えたのである。


食事が終わり、食後の茶を(すす)っていると、ふと話しが費禕の事に及ぶ。


「そういえば、文偉殿は若君の荊州下向の折りに貴方と一緒に来られた古参だそうですが、生憎(あいにく)と僕はまだ御意を得て居りません。いったいどういった方なのですか?」


日頃、趙雲はよく費禕の事を口に出しては褒めている。蔣琬は諸葛亮からも良く聞かされていたので、然して動じずノホホンと聞いている。


張嶷が尋ねても、「子龍殿と似た様な事です!」と言って明言を避ける。


元々張嶷自身も既に自己を確立しているひとりだから、当初は余り関心は無かったのだが、こう皆が口を(つぐ)むと知りたくなるのが人の常であろう。


若君に訊ねた事もあったが、「あぁ…僕の先生だ!文偉の心はいつも僕と共にある♪」そう言ったきり詳しくは語らなかった。


却って諭された程である。


「伯岐は独想的な感性を持っているんだから、それを磨けば良いさ♪文偉の手段は却って君の思考の邪魔になる。知らぬ方が良い!」


そう釘を刺されてしまった。だから彼もしばらく忘れていたのだけれど、近い将来に同行する相手を知らないままで良い訳が無い。


だからこの機会を捉える事にしたのである。盟友の費観ならば、その期待に十分応えてくれると想ったのだ。


けれども費観も費禕の事になると、妙に口が重くなる。張嶷は不思議な心持ちになった。だから正直に自分の気持ちを口にした。


「いったい皆、どうしちゃったんだい?彼の事を訊ねると決まって口を閉ざす。何か言えない事情があるのかしら?僕は同行者の事は知っておくべきだと想っただけだぜ!君でも僕に言えない事があるとは恐れ入ったな♪」


張嶷はそう訴えた。すると費観はしばらく頭を悩ませていたが、結局は折れて口を開く。


「まぁどうせ会うんだから、君の感性で彼を見つめた方が良いと想っただけなんだが…ぶっちゃけて言うと彼は秘密主義なのさ♪」


彼はまるで子供のように「言っちゃった♪」と屈託の無い笑みを浮かべた。


「えっ!それだけ?」


張嶷は驚く。


「うん…まぁそれだけ♪他は至って普通だな!だが彼は独自の理論を持っているから、簡単に崩せる奴じゃないよ♪頑固とは少々違う。頭の柔らかい男だからね!でも譲れない一線をしっかりと持っていて、いつの間にかこちらは奴の手の平で踊る破目になる。一度でもそんな経験をさせられたら、誰も彼の事には触れたく無くなるだろうさ!まぁ私は従兄弟(いとこ)同士だから、幸い奴とは古い付き合いだ。根は素朴で悪い奴じゃない。気さくな一面も持っているから、まぁ付き合い方次第ってとこかな?」


費観は躊躇した割にはよく喋る。


おそらく彼は友の張嶷に費禕という男を誤解して欲しくなかったのだろう。そういった彼の真心が見てとれる話し振りだった。


「あぁ…判った!肝に命じよう♪」


張嶷はそう言って礼を述べた。


「有り難う♪随分と人と形が判って良かった!それにしても緻密(ちみつ)な男なんだね?手の平で踊らされるなんて、考えただけでもゾッとするよな♪」


彼は正直にそう告げる。


「かなり…ねっ♪」


費観は同意するだけに止まらず、彼の表現を強調した。


『成る程…かなり変わった男なんだな!でも同時にそれほど緻密な男なら、今度の交渉ではかなり頼りになるに違いない!』


張嶷は話しを聞いていて、ワクワクして来た。だから今や早く彼に会いたくなっていた。


彼は話しの流れで費観にその心の内を打ち明けた。すると費観は呆れた様にこう言った。


「君も変わっとるなぁ〜♪でも能力はピカいちだ!それは間違いない。事、内政に関して言えばあの龐士元よりも優れて居る。これは皆で賭けて、実際に実験したから確かだろうねぇ~♪」


彼はポロッとそう口にした後、失言したのを自覚して苦虫を噛み潰した。


こうなると張嶷だって食い付く。すぐに「そりゃあ、いったいどういう事だい?」と訊ねた。


費観は後悔したがもう遅い。彼は仕方無く説明を始めた。




龐士元はまたの名を鳳雛(ほうすう)と呼ばれた名軍師である。常に諸葛孔明と比較され、天賦の才を兼ね備えていた。


"鳳雛(ほうすう)臥龍(がりょう)"この二人を得る事が出来れば、天下を制する事が出来る。そう語ったのは彼らの師である司馬徽(しばき)である。


彼は弟子たちから水鏡(すいきょう)先生と呼ばれ、親しまれていた。鳳雛とは鳳凰(ほうおう)(ひな)の事であり、臥龍とは()した龍の事である。


優れた才能があるものの、まだ世間に知られていない大器を指す言葉で、後に二人共、劉備の臣下になった。


けれども時を得ていなかったのか、劉備は蜀攻略戦に於いて早々にこの龐士元を失う。


劉備の盾となり、身体の至る所に無数の矢を受けて殉職するのである。演義では落鳳坡(らくほうは)という場所で亡くなる事になっている。


この落鳳坡が実際の地名として残っているのはとても面白い。三国志の醍醐味の内のひとつであろう。


さてその龐統が劉備に任官した折りに、孔明が不在だった事もあり、風来坊の恰好をして来た龐統を見誤まり、地方の役人に任じた話は以前書いた。


毎日酒浸りで寝てばかりいるので仕事はどんどん溜まっていく。終いには村人から訴えられて、劉備が張飛を派遣するのである。


するとひと月も溜めた訴状をサクサクとこなして半日で片づけてしまい、張飛を驚かせるという逸話である。劉備も驚き、孔明と同列に封じるのだ。




ある時、その逸話が仲間内で話題に上がり、日頃から費禕の能力を妬んでいた男が彼に喧嘩を吹っかけた。


「いくら御主でも鳳雛の真似は出来まい!」というのである。費観は二人の間に入り、懸命に(なだ)めたが、費禕はむしろ面白がってやる事になった。


それからの一ヶ月が大変で、費禕は午前中は遅くまで寝込んでおり、ゆるゆると午後出て来たと想ったら、夕方早々には早退けして帰ってしまう。


おそらく(ろく)な仕事はしていないだろうが、都のど真中で出仕しない訳には行かないから、体裁を(つくろ)う程度には出て来る。


ところが夕刻から、彼はドンチャン騒ぎを始め、呑めや踊れやで酔い潰れるまで遊び呆けるので、当然その翌日も朝の出仕は断わり、ゆるゆると午後から出て来る。


その繰り返しなのであった。


そんな事が十日も続くと、費観も心配になるから、当然の事ながら友として諫言(かんげん)を行う。


すると費禕は酔っているせいか、日頃見せない程の笑い上戸となり、ケラケラと良く笑い、皆の前でその勢いに任せて頭の上から酒をぶっかけた。


「な、何をする!貴様正気か?」


費観は面目を潰され、「もう、知らん!」と言って、悲しいやら悔しいやらで、庭の片隅で只ひとり井戸水を浴びていると、何とそこに座を抜け出した費禕がフラリとやって来た。


費観はもう呆きれてしまい、心配する気すら無かったが、フラリフラリと彼の耳許まで近づいて来た費禕は(ささや)く。


「馬鹿め!儂を侮るな♪そんなに心配なら、儂の仕事が停滞してるか確かめてみろ!このど阿呆が♪」


そう言われて驚き、振り返る。


何と費禕は酔いもせずに、いつも通りのしっかりとした言葉でそう告げたのだ。


ところが費観がそう想った瞬間に、彼はニタリと笑って再び前後不覚になり、またフラリフラリと宴席へと戻って行ったのである。


費観の驚き様は言葉には表わせぬ程であったろう。


『何だと!凝態か?』


彼は信じられないといった気持ちを引き()ったまま、損にして翌朝、費禕の部署に足を運んだ。


案の定、費禕はまだ出仕しておらず、本日も午後から来るという。費観は彼の言った事を信用しない訳では無かったが、職務が停滞していないか確かめてみた。


すると驚くべき事に停滞などしていないという。そればかりか、人生勉強のためやむを得ず一ヶ月のみそうする旨の申し出が事前にあったらしい。


しかも自分がお固いのを心配した同僚と賭けをしたので判って欲しい。その替わり業務はちゃんとやると宣言し、最後に人生色々あるがこんな一幕があっても良い。何事も将来の(かて)になると言ったそうである。


これを聞いた同僚たちも費禕の柔かな側面を始めて知り、協力してくれる事になったと謂う事であった。


『何てこった…』


費観は驚く。


午後フラリと現われ、夕刻までの間に常人ならかなり困難な業務を、然り気無くテキパキとこなしては、夜はドンチャン騒ぎに興じていたというのだから、驚かない方が可笑しい。


そしてこの賭けには想わぬ副産分が付いていた。今までお固く近づき難くて敬遠していた同僚たちの、彼に対する印象が真逆に転じたのだ。


費緯が本来は柔軟で、視野の広い気さくな男だと判り、皆安心したのである。おそらくこの分では、評判が悪くなるどころか、皆の心を摘み、今後の協力すらも期待出来よう。


費観も安心して、これからも頼むと言い残してから自分も職務に戻った。


まさかこんな事が起ころうとは彼自身も想ってもみなかった。馬鹿にされた事を逆手に取って、却って自分の居心地を良くしたばかりか、周りの同僚の士気まで上げてしまったのだ。


そしてそれが出来るのは、当然の事ながら彼の職務能力の高さが無ければ適わない。費緯は遊び呆けながらも、その実、短時間で確実に成果を上げている。


龐士元も凄い人物だったには違い無いが、彼の能力は十分それに匹敵し、或いはそれを凌駕していた事だろう。


費観はたまげてしまい、言葉も無かった。費緯の言った事は本当だった。


こんな事、おそらく誰も真似出来ぬ事だろう。自分でさえ、これでは職務停滞に繋がるに違いない。


彼はもう何も言わなかった。そして費緯はこんな調子で一ヶ月を駆け抜けてしまった。




そんなこんなで満了日を迎え、一ヶ月に渡り遊び呆けた費緯の業務が停滞していないと知った時に、喧嘩を吹っ掛けた当事者どころか仲間全員が驚きを示した。


彼に嫉妬していた男も言葉に成らなかった。だからひれ伏すしかなかったのである。


ところが費緯はそんな相手に頭を下げて礼を述べた。


「有り難う♪君が挑んでくれなければ、私は未だに皆の心が判らなかったに違いない。こういうのも何だが、私は事務能力に限っては誰にも負けない自負はあった。けれども人の協力を得て、初めて適う事が多々ある事も知る良い機会となった。今はまだ良いが、これからは上に行くに従って、人の和が大事に成る。教えられたよ♪私は君のお陰で将来、国を背負う丞相にも成れるかも知れないな!だから礼を申す♪有り難う!」


大口に聞こえるその言葉も、費禕が示す姿勢に打ち消される。彼は深々と頭を下げ、その顔には反省の色があった。


これでは喧嘩を吹っ掛けた当事者も謝るほか無い。そして彼我(ひが)の能力の違いを認めざる逐えなかったのである。


皆は二人を囲んで喜び合った。費観はそれを眺めながら、ホッと胸を撫で下ろしたのであった。




実はこの逸話には後日談が二つある。


そのひとつはこの話を聞いた董允が、同じ事を真似してみようと想い立ち、実際に取り組んでみた結果、日毎(ひごと)に業務が停滞して行き、十日持たずに挫折(ギブアップ)した事である。


諸葛孔明はそれを聞いてこう評した。


「董允殿は、元々事務能力には秀でた人では無い。停滞して当たり前だろう。人には向き不向きがあり、彼の能力はその人徳と信念にある。その揺るぎない正義感と怯まぬ姿勢は将来きっと我が蜀に帰余する事だろう♪」


言い得て妙だが、確かにその通りである。


この逸話をみても、費禕という人の能力が尋常で無かった事が良く判る。


そしてもうひとつの逸話は全てが終わった後で費禕の口から明かされる事に成ったのだ。


「どうだい?私の言った通りだったろう!」


費禕は費観にそう告げた。費観は言葉も無く、コクリと頷く。


すると費禕は驚くべき事を口にした。


「種を明かすとだね、アレはおそらく丞相の差し金だな!」


彼はそう言ってクスリと微笑む。費観は驚きの余り、費禕を見つめた。


「なっ、何!それは本当か?なぜ判る!」


費観の驚く顔を目の当たりにして、費禕はしてやったりとほくそ笑む。そして言った。


「私は先日示したように、事務能力に於いては比類無き人材だ。それはもう自他共に認めるところだろう♪」


費観は頷く。


「ところが私の欠点は、他の者たちと連携しなくても職務を履行出来てしまう点にあった!」


彼が余りにもそう堂々と宣うものだから、費観には反省というよりは、自慢に聞こえた。よく口を憚らずそんな事が言えるものだと彼は感心してしまう。


するとフフンと鼻白んだ費禕はこう続けた。


「つい先日な、丞相と擦れ違った時にこう言われた。"相変わらずご活躍のようだが、それで君は満足かね?"とね…」


「それで君はどう答えたんだ?」


費観は訊ねる。


「否…何も!何せ丞相はそれだけ言うと足早に行ってしまわれたので、釈明の余地は無かったな♪」


費禕はそう言うとニヤリと笑みを浮かべた。


「それで君はそれをどう受け取ったのだ?」


費観はこの謎解きの答えに興味を惹かれて、すぐにそう訊ねた。ところが費禕は冷ややかに告げた。


「答えを知りたいのかい?馬鹿だな…答えは既に言ったろう♪君は人の話を聞いているのかい?」


そう言われて費観は「あっ!」と驚きの声を上げた。すると費禕は「判ったようだね♪」と答えた。


「そうか!判ったぞ♪あの反省か自慢か判らん奴だな!」


彼はついつい本音がポロリと飛び出す。


(とど)のつまりは、他人との連携が出来ぬようでは、この先、上には行けない。君はいつまでも、役所で事務処理に明け暮れたいのかという事である。


諸葛亮は彼を憂いて愚知を(こぼ)して去った事になる。


「チッ!君も大概、失礼な奴だな…だがその通り。おそらく丞相が言いたかったのはそういう事だろう♪」


費禕はあから様に嫌な顔をする。


「お互い様だろ?それに言っておくが、凝態にしろ、この僕に酒をぶっかけるのは、やり過ぎってもんだ!僕が怒り出したら君はどうするつもりだった?全く酷い奴だ!」


「そらぁすまなかったな!この通り謝るよ♪でも君だけには真実を知っていて貰いたかったのだ!何しろ君は私の掛け替えのない友であり、理解者だからね♪」


費禕は臆面も無くそう言い放つ。


費観はよくぞイケシャーシャーとそんな恥ずい事が言えるもんだと、頬を赤らめる。彼はこういうシチュエーションに弱い。


そこを敢えて突いてくる費禕のやリロに抗義しつつも、けっきょくは許した。


「あ~判った判った!皆まで言うな♪僕も君が大口を叩くもんだから、心配していたんだ!疑った訳じゃないが確かめに行った。認めるよ!でっ…それと喧嘩はどう繋がる?本当に丞相の差し金なのかい?」


費観は疑問を呈した。すると費禕はクスリと笑ってこう答えた。


「奴は丞相の何だ!お気に入りの一人だろう?それに上昇志向に於いては、比類のない(やから)だ。そして指示通りに動ける駒だな!私は威公(いこう)が口喧嘩を吹っ掛けて来た時に、これは裏があると想った。だから話に乗ったのだ。私が余りにものほほんとしているものだから、(しび)れを切らした丞相が実力行使に出たんだろうね?」


費禕はそう論じた。


威公は姓を楊、名を儀という。


頭脳明晰で行動力もある事から、兵曹掾(へいそうえん)を拝名していた。


「そうだな…確かに!だが待てよ?もし仮にそうなら、丞相の事だ!逆も真なりという事じゃないか?一石二鳥を狙ったとしても、僕は今さら驚かない。まさか…君は?」


費観は狼狽(うろた)える。


「うん?あぁ…さすがだな賓伯♪そうだ!私も途中まで気づかなかった事だが、楊儀は頭でっかちで手柄を鼻にかけるところが欠点なのだろう。狭量な点も心配だったんだろうね?だから丞相は私に彼の鼻柱を潰させて、早めに上には上が居る事を教えたかったのだろうさ♪だから私も彼に謝る事にした。奴も年上の私が頭を下げたら察するだろうからね!見事にしてやられたな♪」


費禕は諸葛亮にその背を叩かれながらも、感謝していた。そして改めて丞相の何足るかを知った。


上の者は下の者に目を行き届かせ、その成長を後押しせねば成らぬ事を実践してみせたのである。


楊儀がその丞相の深い愛情を察する事が出来たのかは判らない。けれども二人共そうであれば良いと願って止まなかった。


「あぁ…」


費観は今ようやく察した。


二人だけでは無い。それを眺めていた仲間たち皆が、それを見てどう察するのか、それをも見越していたのかも知れないと彼は想ったのである。


彼もそのひとりとして、決して例外では無かったのだ。


「どうやら君は気づいたらしいね!」


費禕は笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。けれどもその瞳には温かい優しさがあった。




「それはキテレツな事ですね♪」


張嶷は感心するようにそう答えた。


「エグイですよねぇ~♪」


費観も彼の反応に満足したように、そう宣う。


張嶷は、自分が丞相の前でやってのけた行動に冷やりとしていた。あの時に自分も試されていたに違いない。


人を見る目を養い、その人の特徴を捉えて、長所を伸ばし短所を改めさせる事は、けして容易な事では無い。


けれどもそれをやらなければ、只でさえ人材の少ないこの蜀では、他国に対抗する事すら難しいのだ。


それを判っているからこそ、丞相・諸葛亮は日々暗闘しているので在ろう。そしてそんな丞相の心を察して自らを律して改め、飛躍の糧にした費禕という人も素晴しいに違いない。


更にはそれを理解しているこの費観もまた、尊敬に値するのだと張嶷は想った。彼は益々、費禕に早く会いたくなった。


ようやく彼には、費禕の手の平で転がされるという費観の気持ちが良く判った。


『何か転がされてみたいと想うのは可笑しな事だろうか?』


彼は素直にそう感じていたが、口には出さない。また費観に「君も変わっとるなぁ~♪」と言われるに違いないのだ。


けれどもその費観も費禕にその身を預け、転がされる事を嫌では無かろうと彼は想っていた。こうして季節は移り変わって行く。

【次回】想いは同じ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ