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温度差の違い

北斗ちゃんの10ケ条に(わた)る問いに、関羽将軍は頭を痛めている。まさかあの可愛らしかった太子がそこまで念の入った考え方を自分に対して正々堂々と宣うとは考えていなかったのだろう。


逃げずに正面からその気持ちを受け止めて、真摯な態度を崩さずに、堂々と述べたその姿勢に関羽は感銘を受けていた。人は日々成長しているのだ…そう感じていたのである。


恐らく関羽は、その相手が自分を慕ってくれており、自分もわだかまりを持ち得無(えな)い、太子が相手だからこそ、素直にそう感じる事が出来たのだろう。彼はこのように、この若い太子が荊州に来て以来、少なからずその影響力をだんだんと受け始めていたのである。


「( ;´艸`)少なくとも大義名分は在りますぞ♪我らは漢室の復興が最大の目的です!それは若も御理解下さるでしょう?」


関羽はそう答えた。


「(*゜ー゜)…果たしてそうかな?誤解の無い様に申し上げるが、僕はそれが父上や丞相の強い悲願で在る事は認識している。でもね…」


「…皆、考え無さ過ぎの様な気もしている。二人の姿勢は恐らく尊い物なのだろう。あの二人からは本気でそう考えている執念の様な物を感じるからね♪けど…」


「…他の皆はそれに踊らされている気もしている。これは落ち着いて聞いて欲しいのだけど、我が蜀の国の人々の中にも北伐は時期尚早と考える向きも在るのだ。これは皆、承知している事なのだ…」


「…それは父上も然り、丞相も然りさ!それはなぜだと想う?それはね、まだこの蜀という国が出来立てホヤホヤだからさ♪人間の一生で言えば、まだ生まれたての赤子の様な物だからだよ…」


「…蜀という地域は、天然の要害に囲まれた守り易く、攻め難いとても安定した地域だ。逆に言えば中華の端に位置しているせいで中央の情報やその動きに反応するのが鈍い地域でもある…」


「…つまりはね、そんな地域で生まれ育った人達にとっては北伐なんて余り意味を成さないし、他国の思惑なんぞ関係無いのだ…」


「…自分達はこの国で生きて死ぬ。それでいいんだよ♪皆、父上が民想いの情が在る君主だからこそ、受け入れてくれたのだ!けれどもその君主の悲願だからと言って、なぜ自分達が命を張ってまでその気持ちに答えねば成らないのか…」


「…そこの所はかなりの温度差を伴うと僕は観ている。そこまでまだその必要性も浸透しては居ないと僕は思っているんだ。それでは幾ら高らかに声を張り上げても、民や兵は動かない…」


「…僕はそう考えている。打てど響かない太鼓を高らかに鳴らしても、皆に聞こえないのと一緒なんだ!だから北伐はやるにしても、まずは国としての体力を付けなきゃね♪…」


「…人口にしたって三國では一番我が蜀が少ない。総力戦を考えてみても、今なんの用意も無く、魏と構えても単純な引き算で負けは確かだ!恐らく真剣勝負では呉にも敵わないだろう…」


「…奇を(てら)う奇襲戦法が通じる程の狭き紛争では無いんだ。奇襲は確かに一城を陥落させたり、その地域戦に勝利するには有効だろうが、毎回毎回それを受け入れてくれる程、相手も甘く無い…」


「…それなりの対応を施して来たら、最早、奇襲など奇襲で無くなる。奇襲等と言うものは、相手の考えの及ばぬ瞬間にこそ有効な代物であって、それが絶対的な攻略の糸口に為ってしまっている段階で、こちらの負けだと言う事になる…」


「…少なくとも対等以上の立場で戦える土俵で無い限りは想い留まるべきだ。弱者はその頭を垂れて、尻を隠し、相手を立てて世辞を述べて、亀の様に固い甲羅に身を潜めるべきで在り、じっと我慢して体力を回復・増進させるべきなのだ…」


「…少しでも時間を稼ぎ、国を豊かにし、米を育てて緑豊かな国にし、戦力を蓄える。これこそが今やるべき事であって、戦端を開く事では無いんだ!弱き者が強き者に喧嘩を売ってどうするんだ…」


「…それよりは地力を付けて、相手に恐れを抱かせる国にする事がまず第一であり、もし仮にやるとするならば、我が劉一族の評判を高めて、根の張った地域活動を促進させて、支援者や理解者を増やす事が肝要だ…」


「…他国、特に魏国の人々が蜀で暮らしたいと想う様な理想国家を作る事がまず肝要なのだ!僕は現時点でそう考えている。将軍には耳の痛い話しばかりで申し訳ないが、それが僕の正直な今の気持ちなのだ!」


北斗ちゃんは長い話を終えた。その間、何度も関羽は言葉を挟もうと、身を乗り出したが、その都度、彼の突き出した右の手の平に押し止められた。


それだけの強い気持ちがこもった、言葉のひとつひとつが関羽の意思をその都度 (くじ)いたのである。相手が太子であるからこそ、ここまで黙って聞いてくれたのだろうが、関羽は納得がいっていない様であった。


「若は甘い( #´艸`)!奴らは待ってなぞくれませんぞ!現にこうして満寵が仕掛けて来ているでは在りませんか?呉の連中だって切り崩しに躍起に成っておりましょう?それに…」


「…兄者も丞相も相手がこれ以上の力を付けぬ内に、押し戻す事を念頭に置いておりましょう♪相手の方がこの中華では発展が見込める地域を保持しているのです!…」


「…人材にしても彼らの地域の方が洗練された物事を考える者が多数輩出されましょう!それはそもそも先進的な考えを持つ者達が住まう地域だからです!蜀なんぞ小狭い後進的な発想の者しか居らぬ場所です!…」


「…時間を掛けて国を豊かにしている内に、相手もそれこそ今よりも大きな力を持つ国に成長するでしょう?それを考えれば、今をおいて他に攻略する時期は無いのだと云えるでしょう…」


「…戦いは機を逸するとその勢いを失い、天の理からも見離されます…この機会を逃しては成りませんぞ!それに兄者も丞相も、この儂も若くは無いのです!この先、衰えを見せれば、奴らは躍起に成って襲い掛かって来るでしょう!その時に成って後悔しても遅いのですぞ!」


関羽将軍もその咆哮と共に自分の言うべき事を言い切った。彼にしては大人げ無かったかも知れない。相手は自分とは歳の離れ過ぎた若僧だ。しかしながら、関羽には関羽の矜持が在って、それを若君にしっかりと伝えておきたかったのだろう。


彼の言葉には容赦の欠片(かけら)も無かったのである。これぞ真剣勝負というべき二人の異なった意見の応酬であった。


二人の意見にはそれぞれの立ち位置に沿った言葉尻が見受けられる。まだ若く、理想に燃えている、まさにこれからの大器と、既に長い人生を生きて、時間に限りの出来つつある男達の人生を賭けた挑戦である。


立ち位置で考えるのならば、けして二人の言葉に間違いは無かろう。特に関羽の心には兄者の悲願を全うさせてやりたいと願う気持ちが溢れていた。


そして彼自身が、この"若き大器"と感じているとても大切な太子に、素晴らしい未来を遺してやりたいと想う気持ちが、その愛情として深く感じられるからである。


関羽は真っ向から受けて立ち、一歩も引かない気概に溢れていた。その眼は深い哀しみと優しさが入り()じった人生観をも感じさせる。


北斗ちゃんはというと、少したじろいでいた。まさか関羽将軍にこれ程の深い考えが在るとは思っていなかったからだった。けして舐めていた訳では無い。彼は将軍を尊敬しているし、その長き人生から会得した経験に一目置いていた。


けれども関羽将軍は武人であって、戦いに特化した物の考え方に執着すると考えていたからである。ところが違った。彼の言う事にも一理在るのだ。


確かにその治める国の広大さや、その位置を考えた時には、よ~いドン!で富国強兵策を始めた場合、魏が最も有利であり、次が呉、蜀はその後塵を拝するだろう。


さらに言えば、人材輩出に置いても関羽将軍の言う通りなのである。かつて中華は人材の宝庫と呼ばれていた。時が経ち、多少の変動はあるにせよ、その生活の中に存在する教育の有り様は嘘をつかない。


元々有能な人物を輩出して来た地域の方が単純に見積もっても、その輩出力はあるのが道理だ。けして蜀が人を育てない土壌では無いのだろうが、洗練された都会の感覚を持ち、裕福で教育に私財を投入出来る立場の者と比較すれば勝てる筈も無かった。


『(^。^;)参ったな…説得するつもりが、説得されてど~すんだ!否、僕の考え方は間違ってはいない筈だ!今は不味い…今やれば勝てる気がしない。それは朝日が上り、夕日が落ちるくらいに確かな事実だ!さてどうすれば納得を得られるかな?』


ここは正念場で在った。ある意味、この真っ向勝負の会見で、将軍を説得出来なければ、この荊州は…否、我が蜀の国が滅亡する事も有り得る。彼はそれだけ悲壮な覚悟を感じていたのである。


彼はその覚悟を示したつもりで在ったが、関羽将軍の心には、今ひとつ響いていない事も確かな様である。この隙間を埋めて、認識を()つに出来なくては、話は先に進みそうに無かった。


「将軍…(*゜ー゜)!貴方は今がその機で在ると言われるが、私の問うた10の問いには答えていません。それは何故(なにゆえ)か…その(ほとん)どが現在十分に在るとは言えないからです。つまりは準備は整っていないと観るべきでしょう?」


「( *´艸`)…それは!」


関羽は押し黙る。それは彼にも自覚は在る様だ。特に本国との連携は計っていないし、身内の団結性には彼自身も疑問を感じていた。特に士仁と糜芳の体たらくには手を焼いている始末である。


「( *´艸`)面目御座らん…」


彼は素直にそう述べるしか無かった。


「(*゜ー゜)…見切り発車は成りませんぞ!」


北斗ちゃんはまず始めにそう念を押した。


「(*゜ー゜)…確かに将軍の言葉にも一理在ります!それに父上や丞相…二人の事に触れる余り、関羽将軍!貴方の事や張飛将軍の事には言及しませんでした。申し訳ありません…」


「…けして忘れた訳では無いのです。そこはどうか誤解無き様に!あなた方は父上とは義兄弟!桃園の誓いは僕も存じております。あなた方の誓いは生半可なものでは無い事も!だから北伐を敢行しようという気持ちに嘘は無いのでしょう…」


「…そして漢の復興に対して、大きな志がある事も判ります。ですから、御理解頂きたいのですが、僕も北伐を止めようと必死に働き掛けている訳では無いのです!その為には様々な準備が必要なのだという事を説いているだけです…」


「…本来は僕がこんな事を言うのはいけない事なのだけれど、やるからには必ず目的を果たさなくては成りません!なぜなら今の世の中、人の命が思いの外軽く観られる傾向に在るからです。でも皆、必死に生きているのです…」


「…人にはね将軍、それぞれの生き方があり、その人の人生があります。それは父上や丞相にも在るし、将軍にも僕にも在ります。そして兵や民のひとりひとりにも在るのです…」


「…それは人が人として生まれ育ち、生きて行くための(ことわり)で在りましょう。けれども北伐を敢行する時に、その人達が大勢その身を捧げる事に成るのです。その大きな犠牲の許で達成しなければ成らない目的なのです…」


「…だからこそ、しっかりとした準備をしないままに見切り発車する事は時期尚早だし、民の理解を得ないままに勧める事は成りませぬ…」


「…私の言う事が青いと思われるかも知れませんが、民は父上の民でも在り、丞相の民でもあり、荊州総督の貴方の民でも在ると同時に、私の民でも在るのです!無論、民は物では無いのですから、貴方の私の私有物では無いのです!そのひとりひとりが唯一無二の命が宿る人間なのです…」


「…それを良く御理解頂き、私の考え方に是非とも賛同を頂きたい!それが私の願いであり、民の希望で在ると言えるのでは在りませんか?」


北斗ちゃんは断言を敢えて避けた。人には色々な考え方がある。異なる思想の人達をひとまとめに考える事はけして出来ないのだから。


だから考えように依っては、少々その末尾は腰砕けに近い印象を与えたかも知れなかった。けれども、彼が今言える精一杯の事は述べる事が出来た…と、そう感じていた。


後は関羽将軍の返答を待つだけである。言いたい事は他にも在ったかも知れないが、やるだけの事はやったと謂えよう。


関羽将軍は、北斗ちゃんの言葉に聞き入っていたが、話し終えたのを確認すると、大きな溜め息を漏らした。そしておもむろにこう確認した。


「( *´艸`)北伐を敢行する事その物には異論は無いのだな?」


「(*゜ー゜)…ええ」


「( *´艸`)成らば若君の意見に同意し、従うと誓約しよう♪違わぬ事を示す為に誓約書を提出しても良いぞ♪」


それは彼の心に変化が表れた瞬間で在った。北斗ちゃんはひとまず一つ目の山を越えた。関羽将軍の理解を見事に得る事が出来たので在る。それは同時に、これからの険しい道程の、舵取りをする事をも意味していたので在る。

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― 新着の感想 ―
誤字報告です。 「温度差の違い」中盤、北斗ちゃんの台詞より 「…少しでも時間を稼ぎ、国を豊かにし、米を育てて緑豊かな国にし、戦力を蓄える。これこそが今やるべき事であって、先端を開く事では無いんだ!…
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