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友のために

田豫は不思議な論述を展開するこの若者に目を奪われている。彼の認識を覆し、全ては自分の責任だと宣うこの若き太子は何が言いたいので在ろうか。


田豫は混乱していた。ところが暗に反してこの若君は自然体を崩さず、却って申し訳無さそうな仕草をしている。


彼は自らの策が嵌まったと想っていたのにそうでは無いと言うのだ。田豫は訳が判らず、その真意に耳を傾ける他無かった。


彼はその一挙手一投足を逃さぬ様に神経を注ぐ。すると若君は言葉を続けた。


「僕は今、夜歩く病という厄介な病を発症していましてね、困っています!僕の師匠は名医と名高い華佗です。貴方も聞いた事が在るでしょう♪老師は僕に言いました。成長と共にきっと治るとね!でも今は疲労を溜めずに適度に休む事をキツく指示されました…(。-ˇ_ˇ-。)」


北斗ちゃんは弱ったという仕草をしてみせる。田豫は本当なのかと訴える様に関羽を見つめた。


すると関羽は静かに頷く。田豫は驚く。


聞くまでも無く若君の謂わんとしている事が如実に判った。


「すると貴方は夜ひとりで無意識に歩き出し、彼らの保護下に置かれたと?」


「さすがは田豫殿だ。飲み込みが早くて助かります♪お陰で手間が省けた。まぁそういう事です!後はだいたい想像がつきましょう♪貴方が全然悪くないとは言いませんが、そんなに思い詰める程じゃないって事です!ご理解頂けましたか?(๑`•᎔•๑)σ」


北斗ちゃんはそう諭した。


田豫は途端に哀れみの心をみせた。自分のした事に深く慚愧の念を憶えていた。


「やだなぁ~そんな眼で見ないで下さいよ♪僕は哀れに想われるのは好きじゃない。今はこんなでもいずれ必ず克服してみせる。それに貴方だってそんな事情は知らなかった筈でしょう!今回の事は貴方半分僕が半分、責任を感じれば良い事です。要は痛み分けって事にしませんか?(。˃ ᵕ ˂。)」


北斗ちゃんはそう提案した。彼なりの決着の付け方だった。


田豫はこの若者の論述にすっかり感心していた。おそらくは穏便に済ませる事を目的としたものだと判ったからだ。


そして相手に有無を言わせない秩序がそこには在った。本来ならここで白旗を揚げて同意するところだが、そうもいかない。


これでは彼だけに譲歩させて自分は何も償っていない。田豫はそう想い、その想いを口に仕掛けた。


すると若君はそれを端から察していた様に彼の言葉を手で押し止める。そして満面の笑みを浮かべてこう言った。


「貴方は友のために必死でここまで辿り着きました。おそらく全てを捨てて来たのでしょう?そんな事をさせたのもこの僕の罪という訳です。貴方は既に代償を払っています!これ以上何を求めましょうか?(๑*´° ᗜ °๑)੭」


「し、しかしそれでは…」


田豫は恐れ入る。


『この若君は何と慈愛に満ちた精神の持ち主なのだろう...』


彼はそう想い、今度こそ白旗を揚げた。


けれども同時にそんな人物が洪赤を極刑にするだろうかとも疑問を感じていた。だから次に彼が口にする言葉は決まっていた。


彼はその前提として目の前の若者を見つめた。すると(くだん)の若君はニコリと笑って待っている。


まるで彼がこれから発する言葉が判っていて、それを待ち詫びているようにさえ見えた。彼は苦笑した。


「判りました!貴方には敵わないな♪玄徳殿も良い跡継に恵まれたようですね!降参します、貴方の言う通りだ。しかしそれでは、貴方はもしかして…」


田豫はそう言ってから、同意を求めるように瞳を重ねる。


北斗ちゃんも田豫と通じ合った喜びを隠す事なく、それに応えた。


「えぇ…そうです!誤解が有ったようですが、彼ら三人を極刑になどしてやしません♪勿論、貴方の御友人洪赤殿も(しか)り!僕は話しを聞いて、むしろ感動すらしましたね♪(ღ • ▽ • ๑ )だからご安心を!完全に無罪放免とは行きませんが、今は奉仕活動に従事して頂いてます。まぁ一国の太子を拐った事は事実ですから、償いの一環です!ウフフッ♪なかなか良い着想(アイデア)でしょう?」


そう誇らしげに語る若君の笑顔を前にして、田豫は一気に緊張感から解放された自分を感じていた。


彼は「フゥ~!」と吐息をつく。安心と共に脱力感すら襲って来た。するとそこで関羽が然も誇らしげに笑った。


「ガッハッハッハ♪どうじゃ?田豫!ꉂꉂ(*´艸`*)儂の主人(あるじ)はなかなか凄腕じゃろう?儂は大器と見込んでおる!それに人の痛みが判る御方よ♪こうなる事は必然であったな!だから儂は安心して見ておったわ♪」


関羽の顔は喜びに満ちている。あの関羽が目尻を下げているのを目の当たりにして田豫も驚く。


どうやらこの若君は人に対しても良い影響を与える事が出来る様だ。田豫はそう想い、改めてこの若君の瞳を見つめた。


そしてとても清んだ善い光をそこに感じた。


「もう、やだなぁ♪爺ぃ~!Σ(˶‾᷄﹃‾᷅˵)褒めても何も出ないよ♪」


若君は照れながらそう切り返す。


関羽は「ガッハッハ♪ꉂꉂ(*º 艸º * )」と再び笑った。


「確かに…仰る通りですね♪」


田豫も同意した。そして改めて真っすぐに劉禅君の瞳を見つめる。


すると彼が切り出す前に若君は告げた。


「洪赤に会いたいよね?(´°ᗜ°)✧」


その若者はお茶目に笑っている。まるで彼が望んでいる事が判るようにサラリと言ってのけた。


田豫は反射的にコクリと頷く。勿論、彼は既にこの若者を信頼していた。


しかしながら、当事者としては早く会いたい。それは安否を求める者の共通の願いであろう。


「判った!ピュティアスの願い、叶えましょうぞ♪ღ(˶• ֊ •˶)今頃、ダモンも首を長くして待っていよう!」


突然、若君がまたぞろ独彩色を放つ。まるで自分がこの物語に一滴(ひとしずく)の魂を注ぎ込むが如くに、語り部となってそう言い切った。


関羽はまたまた若君が可笑しな事を始めたので、注目している。しかしながら、免疫の無い田豫にしてみたら訳が判らない。


先程まで発揮されていたその才能が一気に折れて、突如キ印の本性を現わにしたようにさえ感じてゾクゾクっとしていた。


関羽は愉しそうにその変貌振りを眺めて居り、我慢出来ずに「クックック…ꉂꉂ(*´艸`*)」と笑っている。


すると若君は二人の対象的な仕草に満足したのか、さらにその演出を加速させた。


「さぁ〜苦しゅう無い!(⁎⁍̴̀﹃⁍̴́⁎)ダモンよ、ここに来るが良いぞ♪」


北斗ちゃんはそう(のたま)う。けれども辺りはシーンとしていて何も起こらない。


関羽はもう我慢の限界に達して、腹を抱えて笑い転げた。


若君は「アレッ?可笑しいな…( ๑˙﹃˙๑)✧」と顔を真っ赤にしながら照れている。


田豫はこの悪ふざけは何なんだと、この若者の事が心配になって来た。それでも何か意味があるのかも知れないと、平静を装う。


病を抱えている者に対する哀みもあったかも知れない。


北斗ちゃんはこの状態はすこぶる不味いと想い、「ウオッホン♪(๑‾᷅⚰‾᷄๑)੭」と言って切り換えると、また再び宣う。


「さぁ~苦しゅう無い!(๑‾᷅罒‾᷄๑)ダモンよ、ここに来るが良いぞ♪」


そう言って、間髪入れずに内側から扉をコンコンと叩いた。


その少し間の抜けた仕草が再び関羽の壺に填まり、彼はもう遠慮も無く、手を叩いて笑いこけている。


田豫はその演出が、室外に居る者への合図であった事にようやく気づき、これがこの若君なりの演出なのだと知った。




「「おい♪合図だ!」」


廊下で待ち呆けていた二人…潘濬と田穂は二度目の合図でようやく気づく。


何の事は無い。互いに筋書きから外れた展開に対応する事が出来なかっただけであった。


当初はこの二人も室内に居る筈だったのだ。だから頃合いを見て、田穂が技け出し、洪赤を連れて来る段取りだったのである。


ところが予想外の関羽の乱入にその計画は一度頓挫したので、演出の変更を知らされていなかった二人は一度目の絶妙な演技には、残念ながら対応する事は出来なかったのである。


結果、彼らがこの見事な演出を成功させるためには、万国共通のとある方法を取らざる逐えなかった。それが正に苦肉の策である単純動作だった。


そう…あの間の抜けた"戸を叩く"という手法である。誰だって部屋内から戸を叩かれたら"合図"だと気づくし、その瞬間にこれしか無いとも自覚しようというものである。


田穂はすぐに動き、洪赤を迎えに行く。そして潘濬により即座に扉が開かれ、待ち兼ねた様にその扉からは洪赤が入って来た。


田豫はその眼に大粒の涙を溜め、洪赤と抱き合う。洪赤も想わず貰い泣きする。


田豫は声を震わせながら、「掛け替えの無い友を失うところだった。私の仕打ちを許してくれ!」と謝る。


するとそれに応えるように洪赤も声を掛けた。


「否…君のためなら僕は何度でも命を張る事だろう!でもしくじってしまった。すまない…」


「あぁ…判っている。でもこれで良かったのだ。私は今回の事で人の命の重さを知った。ましてやそれが掛け替えの無い友なら尚更だ!この若君には教えられたよ。君も私もこの若君だったからこそ、事無きを得たのだ♪」


田豫はそう言って若君に会釈した。


洪赤もそれに(なら)う。


「ハッハッハ♪オレもさ!死ぬ覚悟は出来ていると言ったら、酷く怒られたっけ?今は拾った命だ。罪滅ぼしに河川整備に励んでいるよ♪これがやってみたら意外と面白くてな!人間、やはり原点は地に足を付けて汗を流す事さ♪オレは改めてそう感じたねぇ~!」


洪赤も感謝の言葉を忘れない。


「ほぉ~商人の君がねぇ~♪でも君は元々、人のために行動して来たんじゃないか?だから私は驚かんよ!まさに君の原点が成せる技さ♪でもいい顔になったな!陽に焼けて健康そうだ♪」


田豫もそう応じた。


自分のためでなく、人のために行動する事。それはけして簡単な事では無いのだ。


皆が切磋琢磨し、協力しながらひとつの事に一心に打ち込む。


その事が長く続く戦国の世で、人々の間に生じた亀裂という名の隙間風を少しでも埋めようという試みなのではないかと、この時、田豫などは感じたものだ。


真に彼らしい考え方であった。そんな二人の再会の喜びを皆、微笑ましく見守っている。


関羽は、若君のこの粋な計らいに感極まってオイオイと涙する。潘濬も田穂もその場に立ち会えた事を光栄に感じていた。


そして少々予定は狂ったものの、結局、若君は当初の予定通りに目的を履行してしまった。


そればかりかその番狂わせを逆手に取り、上手く関羽の協力さえも得て、結果、見事な軌道修正を演じてみせたのである。


最後の詰めの甘さは…まぁご愛嬌といったところで在ろう。田豫は洪赤と共に改めて若君に謝意を示した。


北斗ちゃんはそれに答えるように言葉を返す。


「それにしても君はこれからが大変だろう。何もかも捨てて来たのだ。ε- (❛ ࡇ ❛´٥๑)職務は元より妻子の事もある。これから君はいったいどうするつもりなんだい?」


その言葉は、田豫の心に重くのしかかる。しかも、終わり良ければ全て良しと行きかけたところでの一撃に、場の空気も一変し不穏となった。


特にそんな事を知らされていなかった洪赤はぶったまげる。まさか友にそこまでさせていたとは…そこまで追い込んでしまったとは想わなかったから、愕然とした。


「田豫…君って男は!何という事をするんだ。まさか、君!妻子を殺して来たんじゃなかろうな?」


この言葉は更に場の空気を揺るがす。


関羽は勿論の事、潘濬も想わず「あぁ…」と溜め息を漏らす。それはその可能性が無いとは断言出来ないからだった。


それがこの時代の習俗(モラル)なのだ。国のため、義兄弟のためなら、たとえ死して悔い無し。


謂わゆる漢気(おとこぎ)義侠(ぎきょう)という奴である。


人によっては極端な話、後に残した妻子が恥ずかしめを受けぬ様に、予め殺してから事に及ぶ者も居るのだ。これは後には引けぬ覚悟を持つという意味でもある。


つまりは退路を断ち、目的を果たすという確固足る信念の表れという事になる。


洪赤は元々、義侠心は人一倍強い男たが、同時に家族愛も深いから、こんな時にも妻子を逃がしこそすれ、命を断つという考えは持たない。それは彼が商人という立場である事も大きく影響していた事だろう。


それに対して、田豫は北の総督という地位にある。全てを捨てて身軽になるには、そういった決断をする可能性も否定は出来なかったのだ。


北斗ちゃんも顔を曇らせている。


すると田豫は溜め息を漏らし、次の瞬間、被りを振った。


「無い!無い!心配するな♪私はこれでも妻子を愛している。だがな、当面のところで職務を辞さなければ動けなかったのも事実!だから魏王には辞表を送った。ゆえに当然、官舎は退去せねばならんだろう。そこで妻子には言い含めた。"静々と退去して、実家に戻っておれ!"とね♪私はまだまだ働き盛りだ。事が済めば、まだ浮かぶ芽もある。これからだって焦らずともひと花もふた花も咲かせる事が出来るだろう。だから特に惜しくは無い。今まで真っ直ぐにきちんと職務も履行して来たのだ。全く疚しさも感じて居らんのでな!まぁ武人としては、配下の者たちには申し訳ないとは想うがね?」


田豫は淡々とそう述べた。


『それよりも君の事が心配だったのだ…』


田豫はその言葉を飲み込んだ。言わずとも洪赤ならば判ってくれよう。


そして妻子に対して、細やかながらも申し訳無さを感じていた彼にはそこまで言葉にする事は出来なかったのだ。


「そうか…なら良かった!」


洪赤も多くは語らなかった。田豫の気持ちが判り過ぎるくらいに理解出来たからである。


北斗ちゃんもホッとしている。そしてそんな決断をせざる逐えないこの世の中を変えなければ為らないと感じていた。


『それならどうだい?(٥ •'ー'•)僕の所で働かないか…』


北斗ちゃんはそう言い掛けて止めた。


田豫は名誉を重んじる。疚しさが無いとは謂え、直ぐに変節する男ではなかろう。


それに彼に対して非礼というものである。北斗ちゃんは考えあぐねた末にこう告げた。


「田豫殿!洪赤は無事だったのです♪もう心配は要りませんよね!貴方がまた北方の任に戻りたいなら、どうでしょう?僕が間に入っても良い!魏王の曹操殿とは僕も面識がある。少々貸しもあるのでね♪きっと取り成す事が出来ると思いますよ?」


北斗ちゃんは淡々とそう述べた。


田豫は驚いた。この若君がいつ魏王と面識を得たのかと不思議そうに関羽を見つめる。


すると関羽は然も可笑しそうに答えた。


「そうでしたな!ꉂꉂ(*´艸`*)孟徳には貸しが在った!これも若君の慈愛の成せる技じゃ♪なかなか宜しい御提案かと!本来ならもっと愉快な使い方もあったでしょうが、まぁこれも若の慈愛ゆえじゃ♪好きに為さると宜しいでしょう!」


そう言って田豫を見つめ返す。その瞳には確信が在った。田豫は改めて若君を見つめた。その瞳には温かみの愛情が溢れていた。


田豫は答えた。


「有難いお申し出です!しかしながら私はもう北に戻る気持ちは在りません。それに長らく根も詰めて来た。少しのんびりと考えたい。もし宜しければここに少し滞在しても宜しいか?出来れば妻子もここに…」


田豫はそこまで言ってから、少々図々しさに気づき恥じた。けれども若君は却ってニコやかに微笑んでいる。


「うん♪ε٩ (๑•̀ •́๑)۶з それは良い考えだね!じゃあ早速、手配しよう♪」


「(*٥`艸´)はぃ?そんな事がいけるので!」


「(๑‾᷅⚰‾᷄๑)੭ いけるさ!そんな事なら魏王に頼むまでも無い。曹仁殿にお願いしよう♪事は急を要する。爺ぃ~悪いけど趙累を使わせて貰うかんね?」


「ꉂꉂ(*º 艸º * )そら構いませんがどうするのです?」


「なぁに大した事はさせない。あくまで田豫殿の妻子を守らせるだけさ!⁽⁽ღ( • ᗜ • ღ)手続きにも時間が必要だ。それまで安全を期すとしよう♪まぁ心配ないと想うけど念のためさ!後、田穂♪君にも協力して貰うよ!」


「へっ?Σ(ღ`⌓´٥)あっしがですか!いったい何をするんです?」


田穂は突然の白羽の矢に驚く。


「うん!(๑´❛ ᗜ ❛)੭ ੈしばらく桓鮮と君は魏に向かって貰う。田豫殿の妻子を無事に連れ帰ればお役目終了だ!君の務めは満寵殿との折衝だね♪」


北斗ちゃんはそう言って笑った。

【次回】風雲急を告げる

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