勧善懲悪
ひと騒動巻き起こった翌日、若君は半強制的に休息を余儀無くされた。
今回の事は謂わば自損事故であり、誰が悪い訳でも無いが自国のみならず同盟国にも迷惑を掛けたとあっては許されるべき事でも無かったのである。
北斗ちゃんも原因を作った以上は自らを律するほか無く、潘濬の要請に従わざる逐えなかった。
特に事件が決着をみたのは明け方になってからだから、まだその日終日完全休養で済んだ事は軽めの裁定だったと謂える。
その変わり、その待偶は厳しいものだった。
寝室からは寝具以外の全ての物が運び出され、ちゃんと寝るように言い含められたし、部屋の鍵もこの日を境に夜間帯は掛けられる事になり、近衛も再び部屋の外での見張りを余儀無くされる事になった。
また若君の夜間帯の外出は、潘濬の許可が下りるまでは禁じられた。特にあ・うんの呼吸で声も掛けずに開門し、素通りさせた門番は大目玉を食らった。
本来なら綱紀粛正の浮き目に合う所だろうが、今回ばかりは若君の切なる願いでお小言に止められた。
ある意味、玉つき事故の犠牲者のような具合だと認められ救済措置が取られたのである。
司馬懿から引き渡された三人は一旦、城の地下牢に放り込まれた。但し三度の食事はキチンと取らせる様に指示された。
三人は勿論、意思の疎通を取らせない様にひとりずつ別けられた。若君が離脱している今、対策を練る時間は十分に在ったろうが、こうして話を合わせる事は阻止されたのである。
その日は特に何が起こるでも無く過ぎ去る。若君にとっても幸いだったと謂えるだろう。
但し、根本的な解決がされた訳では無い。変わらず病発症の危険はあるし、誘拐犯を抱え込んだために三人の結審もする事に為ったためである。
本来、太子の誘拐を企み実行し、事実上それが成功した訳であるから、これは極刑に値する。但し事前にその事を示唆されていた事がどういった結果をもたらすのかは若君に委ねられる事になった。
翌日、さっそく北斗ちゃんは三人の検分に立ち合う。田穂と潘濬が実質的な対応を行った。
まず首領格の男が呼ばれる。彼は強硬に音頭を取った割には素直に応じた。
状況証拠だけでも十分に断罪されるべき道理であるのは彼も承知しているからだった。
何しろ現行犯で確保されるという一番避けて通らねば成らない愚を犯したのだ。それが彼の絶対的な誤算だったと謂えるだろう。
彼は聴取に際しこう述べた。
「オレは元々、取引として引き受けただけだ。謂わば商売よ♪太子をかっ拐うなんて普通じゃね~とこが気に入っただけさ!ꉂꉂ(^∀^*)しかも一攫千金だからな♪これを最後に身を引くつもりだったが、とんだケチがついたもんだ!歩度根を信じたオレがバカだったのさ!仕方無い。悪業の報いだから、どうとでもしてくれ!」
目つきの悪い首領格の男は諦めたようにそう言った。
彼は歩度根に依頼を受けた商売人でこの道のプロだという。お金欲しさに手を染めた犯行だと自供した。
彼によれば後の二人は歩度根の部下だという事で、謂わば手伝いと監視役であった。北斗ちゃんは訊ねた。
「僕を拐った理由は何だろう?後、君の名前と出身地を聞いておきたいが?(•́⌓•́๑)✧」
如何にも当然の疑問ではある。しかしながら果たして出身地が聞くほど重要なのかには疑問があった。
首領格の男もウンウンと頷いていたが出身地の所で口をアングリと開けた。とても驚いたようだった。
「はぃ?(٥*^∀^)まぁ言えと言われれば言いますがね!」
彼は渋々ロにする。
「オレは洪赤です。産まれは名も無き南の地ですな!(* ^∀^)੭⁾⁾ 拐った理由は金です。えっ?歩度根のですか?それは知りませんな!知りたくもなかった。商売はあくまで取引です。相手の求めに応じる事、それのみですが、だいたい察しはついていた。人を拐う理由は金にするか、労働力か、あるいは弱みを握るためでしょう。おそらくこの場合は自分の敵に当たる人物の弱みが貴方だったって事でしょうな♪」
洪赤はサラリとそう告げた。
田穂はまるで昔の自分を見ている気がして慟哭する。
潘濬は不快な気持ちを隠さない。「そこまで判っていながら何と不埒な!✧(• ຼ"•ꐦ)」と憤慨する。
すると洪赤は「(* °Д°*)⁾⁾✧今さら隠しても仕方無い事です。聞かれたから答えたまでだ。それにこれはあくまでオレの見立てです。でもたぶん当たらずとも遠からずですな!」そう答えた。
北斗ちゃんはコクリと頷き、「うん♪たぶんそうだろうね!(* •ᗜ•)⁾⁾」と言った。
これで彼の取調べは終わった。
田穂はふと引き上げる時の洪赤を眺めていて、以前にも会っていたような錯覚に陥る。但しそれがいつどこでかは判らないままであった。
次に呼ばれたのは背の低い、はしっこそうな男である。彼はオルゴンと言って鮮卑族では無かった。
つまり正確には歩度根の部下では無い。南匈奴族の戦士であるオルゴンは、これは王命だと主張した。
正確に言えば南匈奴族に王など居ない。否…事実上、国そのものが既に崩壊して無いというのが正直なところだろう。
一部、魏によって保護された部族があるが、その族長からの指示という事になる。オルゴンによれば、これは取引だという事である。
鮮卑族の有力者・歩度根が匈奴の再興を餌にして、圧力をかけたのである。こうなって来ると、話しは単なる誘拐では済むまい。
国際問題であり、戦争である。つまりオルゴンは手を染めた事には躊躇いがあるのだ。
匈奴の戦士であるこの男は卑怯な事が嫌いなのに、王命で仕方無く参加した事になる。
彼が無駄な抵抗をしなかったのは、やる瀬無さから来るものであり、元々彼の中にある正々堂々とした気概であった。
大人しく捕えられれば事は決裂すると想ったのだ。彼が渡しの船中で及び腰だったのはそのためだった。
「迷惑をかけた。罪は負う。出来れば潔く自裁させて欲しい…」
オルゴンはそう告げた。
北斗ちゃんは話しを聞いた上で、「(๑`•᎔•๑)σ 判断はこちらでするから、大人しく待つように!」と答えた。
そして「(๐•̆ ·̭ •̆๐)命は惜しむもの、自裁は美しくない!」と告げた。
最後に呼ばれたのは例の大男である。ガンマクだった。北斗ちゃんは話しを聞く前にこう指摘した。
「ガンマク、先日は予め情報を流してくれたのに、こんな事になってすまない。僕の不徳の致すところだ。僕は"夜歩く病"なのだ。(°ᗜ°٥)寝ている最中に、自分の意志とは無関係に身体が動き、勝手に歩き始めるのさ!厄介な事だが、僕も参っている。察するところ、君は秦縁殿の味方なのだね!違うかい?」
そう言われたガンマクは驚いた様にひれ伏した。
「どうしてそれを?確かにオイラはこの計画そのものを邪魔するために参加したがです!でも江陵の防御の強さを眺めるに、決行は出来まいと想ってたがです。でも念のため情報を流しやした。田穂殿が衛尉なのは知っとりました!でもその時は、貴方が御本人だとは露ほども想いませんでした。拐ってみて初めて判ったがです!オイラは余り知恵が回りません。なんで仕方ねぇ~が、魏国を巻き込む事になりやした。実は満寵どんとは以前、面識が有りやしてね♪目配せしてから、わざと揉め事を起こしたんす!結果オ~ライになってホッとしとります♪若君が病だとは気づかず、オラ申し訳無かっただ!すんません♪」
ガンマクの説明で、三人の関係がほぼ解明された。その後もガンマクはこの件の真実に言及したので、事実上、不明な点は排除される事となったのである。
歩度根は以前から鮮卑族の王と成る野望があった。そこで絡め手から姑息な手段で仕掛けを講じているらしい。
そしていよいよその詰めの段階までやって来たため動き始めたのだが、時すでに遅く大人・軻比能は為す術が無かった。
元々、大人である軻比能と歩度根にはそれぞれに勢力がある。そして今やその立場は逆転するほどの勢力差に成りつつあった。
北の遊牧民にとっても"安定"は大事な要素であるが、余りにも安定し過ぎると必ず欲は出て来るもので、"隣の芝生は青く見えるもの"なのだ。
劣勢な勢力は時として"夢"を見る。その欲に刺激を与えたのが歩度根であった。
軻比能は欠点はあるものの、この歩度根を可愛がっていたから、その判断が遅れた。義弟に突如、牙を剥かれた事になる。
軻比能は『(ღ❛ ⌓ ❛´*)北の事は万事全てお前が判断せよ!』と秦縁に言われていたが、果たせなかった。そこで最後の切り札を切る。そう…秦縁に助けを求めたのだ。
それを察知した歩度根が奥の手を出した。禁断の文字通り"切り札"を使ったのだ。
"黄金の商符"は北の有力者が中華を行き交うために使う証のようなもので、秦縁から与えられているものだが、それを悪用して秦縁の弱みである蜀の太子を人質に取り、大胆不敵にも盾に使おうとしたのである。
軻比能はガンマクに言った。
「奴は姑息!あの時に許した儂が甘かったのだ。儂は責任を最後まで全うするが、大令尹には迷惑を掛けられない。必ず阻止せよ!」
そういった経緯でガンマクは派遣される事になったのである。
「オイラは常に中立の立場に居たんだな!だから重宝されて魏国にもよく交渉に派遣されていたんだな♪だから歩度根にとっても渡りに船だっただ!奴はオラに宝を持ってやって来て頼んだだよ♪だからオラは引き受ける事で潜り込んだだ!身返りはナンバー2だとよぅ〜♪笑わせるでねぇ~か!オラは大人と計ってここさ来た。そういう事だべな!」
ガンマクは説明を終えた。
北斗ちゃんは溜め息を漏らした。そして田穂や潘濬もこのガンマクが意外な程、有力人物であった事に驚いた。
田穂などはすっかり下っ端の使いっ走りだと思い込んでいたので、たまげてしまった。あの満寵と顔見知りなら、満臓の方で可笑しいと想うに違いない。
そりゃあ司馬懿にもご注進に及ぶ訳だ。潘濬などはそれを聞いた時にさらにもう一段深く考えた。
『こりゃあ上手く利用されたな…(ღ• ຼ"•ꐦ)』
そう、司馬懿が事情を判った上でこちらに貸しを与えたと感じたのである。考えてみればみるほど有り得そうな話しだった。
北斗ちゃんも閃きカウンターが発動し、既にその事には気づいていた。彼の溜め息はそこから飛び出したものであった。
司馬懿の事である。有力者のガンマクが一枚噛んでいるとなると、自分の判断で決済するのはかなり危い。
だから詳しい事情は知らない方が良く、体よくこちらにその措置を押しつけたのだろうと想ったのである。
『食えないお人だ…(٥´°ᗜ°)』
北斗ちゃんはそう感じていた。それと同時にあの男の恐しさも如実に感じる事になったのである。
彼はふと自分の感じた気色悪さを思い出して、その根にある用意周到さがそうさせるのだろうとこの時、初めて気づく。
要は司馬仲達という男は只者で無く、かなり慎重な寝技師という事になるのだ。そういった心の闇が見え隠れする人物だからこそ、彼の心が素直に受け入れるのを拒絶したのである。
北斗ちゃんはゾッとした。
『Oo。.( •̀_₍•́ )何れ決着をつけねば成らんだろうな…』
彼はそう想い、一旦置く。事の在らましが判った以上、まずは三人の措置を決めなければならない。
但し、話しを聞けば、ガンマクは別にしても後の二人も単に踊らされただけにも想えた。だから北斗ちゃんは即決を避けて、ガンマクに問う。
彼はその時に、二人の措置をこのガンマクに委ねてみても面白いと想ったのである。
「君はどう想う?あぁ…(•́⌓•́๑)✧二人の措置の事だけれどね、聞いてみた限りでは既に深く反省もしている様だ。僕は罪は罪として裁かねば成らない事は重々承知の上だが、君は元々外交官なのだろう。交渉事に関しては一日の長がある筈だ。ひょっとして彼らの背景にあるものも存じていよう。忌憚の無い意見を聞かせてくれないか?勿論、最終決定は僕が責任を持ってする。だからその辺りの事が判るなら、判る範囲で結構だから教えて欲しい。どうかな?」
北斗ちゃんの頭の中にはこれが既に単なる誘拐事件では無いという認識があった。どちらかというと外交問題として片づけなければならない問題だと感じていたのである。
こうなると、諸外国の意向にも耳を傾けなければ成らない筈であり、そこに活路を見出だそうとしたというべきかも知れない。
この事件が明るみに出て、得な者は居ないのだ。そしてこの問題は公にはされていなかった事も幸いしたのである。
ガンマクはコクりと頷くと、おもむろに語り出した。とても協力的だった。
「そうですな!まずオルゴンは正々堂々と戦う事を潔しとする戦士のようです。歩度根は南匈奴の生き残りに反乱を誘発させ、魏国が鎮圧軍を北へと向けぬように画作していました。飴と鞭で従わせたのです!単于の呼廚泉も踊らされたひとりでしょうが、単于の命令は絶対ですからな!オルゴンも国益を考えやむを得ずといったところで来たはいいが、元々前向きでは無かったですからな。結局、単于の命に逆らえなかった奴は、事が済んだら自決するつもりだったようだ。貴方ならそんな男を罰せられますか。私に言える事は以上です!」
どうやらガンマクは同じ遊牧民族の戦士に同情的な様だった。おそらく会った瞬間から判り合えたのだろう。
『彼を救ってやりたい!』
そういった心がそう言わせたのだと、北斗ちゃんは想った。
「判った!(๑´❛ ᗜ ❛)੭ ੈそれでは洪赤の方はどうか?」
若君は続ける様に促す。
ガンマクは再び口を開いた。
「そうですな!洪赤は人拐いのプロだと自称していますが、それは昔取った杵柄でしょう!」
「何!(٥ •ᗜ•)⁾⁾ すると今は違うと言うのかい?」
北斗ちゃんは訊ねる。
「えぇ…違うと想いますよ!むしろ逆でしょう♪」
「何!Σ(,,ºΔº,,*)どういう事だ?」
「何です?若君、かなり食い付きが宜しいですな!貴方、ひょっとしてもう心当たりがあるのじゃないですか?」
ガンマクは鋭く突っ込む。すると北斗ちゃんも突っ込み返す。
「いゃいゃ…ღ(°ᗜ°٥ღ)✧君こそまともに喋れたんだな!立派な口上だ♪」
するとガンマクは苦笑いして降参した。
「ハッハッハ…そりゃあね!腐っても外交官ですからな♪正直に申しますとね、外交つ~のは謂わば駆け引きです。相手はそれでなくとも化かしてやろうと躍起となります。私などは知恵が回っても所詮は北辺の者。中央の知恵者には敵わない。ならばどうするかと考えて作り上げたスタイルなのです!相手は私よりも賢いですからな、心も痛まない。貴方のような智者にはそれも見破られます!だから無理は止めです。鍍金はいつか剥げますが、偽ったままではこちらも心が痛む。私はこれでも自分は善良な男だと想っているのでね!確かに降参しましたよ♪ちなみに私の動物好きは本当です♪愛護の観点から 赤犬を喰らう風習は改めて欲しいものです!野蛮な行為だと私は想うのでね♪」
皆、『言いたい事を言う奴だ』と呆れ返る。けれどもガンマクの善良さは変わらぬし、最後まで素知らぬ振りを決め込まなかった姿勢も評価に値した。
北斗ちゃんは可笑しくなって微笑みながら「良い良い!⁽⁽ღ( • ᗜ •*ღ)」と答え、そして切り込む。
「洪赤には、敢えて出身地を訊ねた。皆も憶えていよう?(ღ • ▽ • ๑ )」
「「あっ!(*`‥´٥)確かに♪✧(• ຼ"•ꐦ)」」
潘濬と田穂はハモるようにそう言った。
「(´°ᗜ°)✧すると彼は名も無き南の地と言ったな!」
「そうか!Σ(ღ• ຼ"•ꐦ)判りました。あいつは洪青の所縁の者ですな!」
潘濬は思いのままに口を狭む。
何しろ彼は南海の五人衆との締結の立会人である。その名は覚えていた。
「あっ!(*`ᗜ´٥)੭ ੈそうです、そうです♪何かあっしも見た事あると想ったんすよ♪奴は洪青と瓜二つです!たぶん血縁ですな♪」
田穂も顔の特徴から結論に辿り着いた。
「うん♪多分ありゃあそれ以上だな!双子の片割れだと言われても僕は信じるね♪僕の記憶力の良さは皆も知るところだろう!僕は会った途端にすぐに判った。始めは洪青じゃないかとドキリとしたくらいさ!だから出身地を訊ねた。成る程…✧(๐•̆ ᗜ •̆๐)兄と生業は一緒か!昔取った杵柄とは恐れ入ったな♪それで?続きを聞きたいな!是非頼むよ♪」
北斗ちゃんはそう訊ねる。
田穂などは『 (ღ`⌓´٥)⁾⁾ なぜ兄と判る?』と突っ込みを入れたいところだったが、ここは忖度した。
するとガンマクは頷いて先を続けた。
【次回】誰がために鐘は鳴る




