逆転!また逆転!
「Σ(˶‾᷄﹃‾᷅˵)恥ずいじゃん♡奥様って何だよ♪」
北斗ちゃんはそう言いながらも悪い気はしていない。彼も凪の事が少しずつ気になり始めた証拠であった。
一方の凪は、こういった展開を予測していなかったので、完全に照れてしまっている。ここはひとつ誰かが間に入ってと、皆が互いにお見合いしていた時である。
急にドスンドスンという響きと共に、洞窟の入口の方から誰かやって来る。辺りは、光々と松明が灯り明るいが、入口の方は暗いままだから、向こうからはこちらが良く見えるが、こちらからは見えない。
但し、下手に灯りを消すとこちらが大混乱に成る恐れもあるし、そもそも間に合いそうも無かった。中にはまだそこまで頭が切り換っていない者も居た事だろう。
ところが咄嗟のこの異変に、いち早く対応したのは誰在ろう、我らが北斗ちゃんであった。彼は然り気無く、凪を自分の背に隠すと、号礼をかける。
「構え~!!(´⸝⸝• •⸝⸝)੭⁾⁾」
するとあら不思議…今まで、烏合の衆だった皆がしゃんと隊形を整えると、抜刀して身構える。理路整然と若君を守るように男たちは鶴翼の陣を張った。
凪はそれをポカーンとしたまま眺める事になった。彼女も腕に覚えがあるから、本来なら殿方の背に守られるようなか弱き女性では無い。
けれども日頃から訓練を実施し、集団戦に慣れているプロの軍人には敵うべくも無い。先程まで冗談混じりにじゃれ合っていた連中とは想えない程の規律がそこには在った。
そして彼の若君である。何という事だろう。凪はその自然な振る舞いにドキリとしてしまう。
何の躊躇いも無く自分を庇ってくれたのだから、途端に心がときめき頬を染める。
そして良く見ると、背中が広く大きく見えた。張りつめた緊張の中、剣を握る二の腕は太く逞しい。
その上、冷静に的確に指示を与えた振る舞いは太子としての矜持を感じさせた。さらにはその声にも凛とした張りがあり、見事な武士としての姿勢を示している。
まさに殿方としては申し分の無い姿を、凪はそこで気づかされる事になった。
先程は若君の頼りない側面を感じて、人肌脱ごう等と息巻いていたのに、それが大きな間違いだという事を見せつけられる結果となったのである。
彼女は自分を恥じた。そしてまだまだ世の中には知らない事が山ほどある事にも、気づく切っ掛けとなったのだ。
さて、若君の命令一下、鶴翼の陣形で待ち構える一行であるが、ドシンドシンと大きな足音を立てながら、正体不明の敵は一歩また一歩と近づいて来る。
容赦の無いその気配に皆、浮き足立たぬように歯を食い縛り、それでも後退りしようとする者はひとりも居なかった。
そしてその足音は遂に目と鼻の先にある洞窟の曲がり角に差し掛かり、ゆっくりとその大きな陰を表す。
何とそこには洞窟の天井にも届くほどの大きさの熊が仁王立ちしていたのである。その瞳は闇に煌めき、その大きな歯は今にも襲い掛かって来て、彼らを食い干切りそうであった。
皆、真っ青になって意識が遠退きそうになる。ところがそこで突然、大きな笑い声がし始めた。何とそれは北斗ちゃんであった。
皆は若君が恐怖の余り、可笑しくなったのかと心配になる。けれども若君は、終いには指を差してゲタゲタ笑い、苦しそうに腹を押さえる。
すると何とも奇妙な事には、襲って来たはずの熊も腹を抱えてゲタゲタ笑い始めたのだ。この気色の悪い光景に皆、心の安まる者は居なかった。
北斗ちゃんの瞳はこの瞬間に怪しく光り、その頬は悪戯っ子のように膨らむ。
「ぎゃ~♪ꉂꉂ(⁎⁍̴̀﹃⁍̴́⁎)助けてぇ~!」
そう叫ぶと皆、ビクンとする。
けれども肝心の大熊は、それを聞いて益々腹を抱えて笑いこけている。
そしてここが頃合いと、北斗ちゃんは皆を諭した。
「な~んてな♪( ๑˙﹃˙๑)✧皆、御苦労さん!ありゃあ態じゃ無いよ!周倉、待ちくたびれたぞ♪」
そう言って笑った。
当然、その場は氷つく。そして皆、互い違いに、若君と周倉を睨みつけた。
「若…Σ(・ᯅ・٥)さすがに看過出来ませんぞ!こんな茶番を演じるとは?恥を知りなさい!恥を!」
日頃、理解があり、沈着冷静な費観の言葉には重みがある。皆も一斉に「そうだ!そうだ!」と非難轟々である。
「おぃおぃ♪ღ(°ᗜ°٥ღ)✧ちょっと待ってくれ!僕は計画などしていないぞ♪皆が気づかないから面白がって、ちょっと悪戯しただけじゃないか!見れば判るだろ?」
そう言いながらも内心、歩が悪い事は承知しているので、目が泳いでいる。
「同じ事です。∑(º ロ" ºꐦ)緊急時に皆を煽るとは?今回は許しませんぞ!」
潘濬の顔が恐い。これはマジだと北斗ちゃんが慌てた瞬間だった。
背後から急に鷲掴まれた彼は、カウンターで張り手を浴びた。
当然の事ながら、若君の身体はもんどり打って、そのまま倒れそうになる所を何とか弎坐と田穂が二人がかりで支え込み、最悪の事態は避けられた。
北斗ちゃんの頬はプクッと膨らみ、真っ赤に腫れている。
そこに追い打ちをかけるように「Σ((๑˃̶͈̀o˂̶͈́๑)☆最低!」という言葉が飛んで来て、若君の心臓を深く抉った。凪であった。
皆、今の今まで非難の嵐であったのに、この瞬間にその表情は同情に変わった。けれども皆、怒っている事に変わりは無いので、却って清々したと悦に入った。
そして今度は凪に声援が飛んだ。
「「「いよっ♪さすがは奥様!その心意気や良し♪」」」
そう言って皆が熱い支持を表明した。本来なら喜びの余り、照れまくるだろう凪も、怒っているからそれどころでは無い。
それに先ほど少しでも素敵だと感じた自分がまだ居るだけに、感情的にもなっていたから、収まりが着かなかった。
「全く!✧(*,,ÒㅅÓ,,)✧どういう神経してんのよ!そらぁ皆さんも怒ります。まるで子供ね!」
その猛り具合を見るにつけ、皆もようやく腑に落ちる。彼女があの張飛将軍の娘さんである事に間違いは無かったと自然と認める結果となったのである。
当の若君はと謂えば、手荒いビンタにも驚いていたものの、「最低!」という言葉と「子供ね!」という言葉が耳の鼓膜を繰り返し刺激して、呆然としていた。
自分に心を寄せる凪の言葉が一番効く。胸が締めつけられて心蔵が痛い。
彼にとっては生まれて初めての経験であった。これ程、苦い気持ちになるのなら、余計な事はしなかったものをと想わないでも無い。
つい魔が差したのだろうが、覆水盆に返らずである。すると凪は喧嘩両成敗と言わんばかりに、今度は標的を周倉に定めた。
「周倉さん!✧(*,,ÒㅅÓ,,)✧貴方も悪いわ!皆が恐がる事が判っていて、どうしてそんな恰好で来るのです。皆、せっかく愉しくお祝いしていたのに雰囲気がパァ~ですわ!」
周倉も目の前で起きた出来事は見ていたので、重々承知していた。彼もちょっとしたおふざけのつもりが想いの他、大事になって驚いている。
そして彼はやって来たばかりだったために、事前のやり取りを知らなかったから誤解が誤解を呼ぶ。
「こりゃあ、すみません!(ლ ^ิ౪^ิ٥)奥様♪儂はこの通りの荒くれ者でして、狩りの記念として、必ず毛皮を持って帰るのでして!今回は殊の外、大物を仕留めたので、被って皆を驚かせようと♪いぇいぇ、そっちの驚きじゃなく、大物の大きさを表現しようとしただけでして、皆も初めての体験じゃないんす!知っとるんです!悪気は無かったんすよ。許して下せぇ奥様!このままだと儂、雲長の兄貴に怒られるだ♪そりゃあ勘弁だべよ!奥様…アレ?はてさて、若君!あんた、いつから奥さん貰っただよ!いつ結婚しなさった?」
散々ぱら謝った挙句、周倉は太子妃の存在に言及した。皆、遠目に眺めながら、プッと苦笑している。
すると頬に手を当てた若君が周倉に告げた。頬が痛いせいか心持ち精彩を欠く。
「周倉!ꉂꉂ(°ᗜ°٥)僕は独身だ。結婚などしていない。こちらは翼徳叔父貴の娘さんだ、凪さんという♪」
それを聞いた周倉は腑に落ちたとばかりにこう言った。
「何だ?Σ(ლ ^ิ౪^ิ٥)あんた張飛の兄貴の娘さんだべか?成る程、良く判りやんした。それにしても若!あんさん、結婚前からもう尻に敷かれとるんだなぁもぅ♪こりゃあ御苦労なこって!」
「もう!Σ((๑˃̶͈̀o˂̶͈́๑)…知らない!」
凪は妙に照れる余り、急に口が重くなる。一旦、意識が始まると恥ずかしさが込み上げて来る。
北斗ちゃんは異議有りと口を開いた。
「待て、待て!ღ(°ᗜ°٥ღ)✧誰が尻に敷かれてるって?彼女は我々の仲間だ。付き合いどころか婚約だってしていないぞ♪第一、僕は恒久平和に向かってまっしぐらだ!遊んでる暇など無い!」
北斗ちゃんはそう言い切った。
その瞬間、凪は自分の心の中に穴の開いたような、奇妙な感覚に陥っていた。特に嫌いと言われた訳でも、否定された訳でも無いが、淋しさで胸が痛くなる。
ズキンとした心の痛みは、凪が女性としての自覚が芽映えた瞬間だった。
「何だ?(ლ ^ิ౪^ิ٥)❣❣そうだんべか!皆、悪かっただ。でも皆だって、熊肉愉しみにしてたんでねぇか?儂は言行不一致は好かねぇ!有言実行だべ?だがら、大物さ仕留めて、熊肉さ挽いて、たんとこさえてたんでねぇか?判ってて怒るんは、儂も納得さ、いかねぇべ!じゃあ熊肉はいらねぇんだな?」
周倉は少し理不尽に感じて、そう訊ねた。今度は皆が、周倉を宥める番になった。
するとここでやおら北斗ちゃんも盛り返す。今度は皆が唖然とする番だった。
「ꉂꉂ(⁎⁍̴̀﹃⁍̴́⁎)だから常日頃から良く観察し、沈着冷静に事を進めよと言ってるだろう?僕は熊を見てすぐに周倉だと判った。皆、浮き足立っていたろう?だから僕はこの緊張の一瞬を巧く利用して、お前たちを試したのだ。良くいうだろう。絶対的な危機の瞬間にしか、本当に有効な訓練は出来ないのだ。それを理解出来ずにこの僕を詰問するとは言語道断である。十年早いな♪」
いつの間にか北斗ちゃんは立ち直って、悪戯っぽい眼差しで皆を見ている。この瞬間、皆は想った。
『『『やられた…!!!』』』
挙げ足取りの低レベルの争いならば、北斗ちゃんには一日の長があった。
そりゃそうだ。何しろ彼は何といっても現役のガキ大将なのだ、然も在らん。
結局こうなってしまうと潘濬でさえ、グゥ~の根も出ない。結果として事は意外に丸く収まり、皆も忖度するほか無かったのである。
例えそれが周倉の盛り返した勢いに便上したものだったとしても、若君の言葉にも一理在り、けして間違ってはいないのだから、軍人や官吏としては否定する事は出来なかった。
危急の時こそ訓練時とはおして知るべしである。こうして何度も危機に陥りながらも、最終的には我らが北斗ちゃんに凱歌は上がった。
悪戯っ子世に憚る。それを地で行く勝利だった。皆、なんとなくではあるが、若君の難癖が後付けだという事には気づいている。
けれどもその主張に正当性がある限り、否定する事は出来ないのだ。それが痛いほどに判っているだけに反論する事は適わぬ道理であった。
「こりゃあ深謀遠慮ですな…:;(٥・ᯅ・٥));:私とした事が申し訳無い!」
まずは費観が謝意を表す。するとその言葉を継ぐように潘濬も頭を下げた。
「確かに…Σ(ღ• ຼ"•ꐦ)一意専心ですね?お手付きをした私の誤りでした。今後は注意致します。その変わり、若も今後はお覚悟を召されよ?」
潘濬は費観のように甘くは無い。費観は一歩引いて相手を立てる事に抵抗は無いが、それは彼の心の広さである。
一方の潘濬は自分の判断に自信を持っている。それは若君の教育係としての責務と相まって、妥協を許さなかった。
特に今回は明らかに若君が悪いと判っているので、立場上、常に目を光らせている事を暗に知らしめたのである。
そして費観が謝り、自分が詰めるという対照的な行動をする事によって、皆の憤懣も同時に押さえ込んだのであった。
さすがは潘濬という所で在ろう。
北斗ちゃんも詰められた瞬間にドキリとしたのは間違いない。彼も戦いには勝ったが、勝負には負けたのである。
これは仕方無い。何しろ本来はゴリ押しした結果なのだから、スマートな彼とは程遠い手法での勝利で在った訳なのだ。
北斗ちゃんは冷や汗を掻いた。
けれどもひとつ良い事もあった。自分の行為が誤解だと判った途端に、凪が謝ってくれた事である。これは北斗ちゃんにとっては想定外の喜びとなった。
「えっ!Σ(٥^-゜٥)あれは訓練だったのですね?そうとも知らず私ってば、ごめんなさい!痛くなかったですか?アラ、私ってばどうしましょう…」
凪はそう言ってオロオロする。北斗ちゃんは内心助ったとホッと吐息をついた。
「いぇいぇ!Σ(˶‾᷄﹃‾᷅˵)凪さん、僕も判り難い事をしたのが悪かったのです♪じゃあ、これで仲直りですね?」
そう言って、凪の頭を撫でてやる。
それを眺めるにつけて、皆バカらしくてやっていられない。『どの口が言うか!』と御冠だが、もう済んだ事なので引き摺らない。
なぜならば、彼らは北斗ちゃんと違って大人の男たちだからである。
そしてこのガキ大将をこよなく愛する男たちだからこそ、こんな些細な事をいつまでも根に持つ事は無かったのだ。
彼らにしてみれば、そんな事はこのガキ大将に着いて行くと決めた時から判っていた事だったのである。だからこそ、大人の対応が出来たのだ。
こうして彼らは元の鞘に戻った。
結局、お人好しの周倉も、ご機嫌を直して熊肉を振る舞ってくれて、色々な肉料理に囲まれた面々は、愉しくその夜を過ごす事になったのである。
但し、傅士仁と周倉が酒を出した瞬間に、それは潘濬から没収の浮き目に合った。前科の在る彼らには抗う選択肢は残されていなかったのである。
【次回】海軍の力




