到来
朝靄が明け、地平線が見渡せる様になると、彼方からは土煙が見えて来た。やがてそれは近づくに連れ、はっきりとした輪郭を伴って来る。
先頭には三頭の馬が居並び、その行列のちょうど半ば辺りには馬車の幌が見える。一団の数は想いの他少なく、そこには確固たる意志が感じられた。
行列は直前で一旦停止し、手を上げて停めた男が馬を御したままこちらに近づいて来る。それが誰なのか関羽にはすぐに判った。
「(*`艸´*)✧義弟よ♪会いたかったぞ!元気そうだな♪」
関羽は居ても立ってもいられず、張飛に近づく。張飛もすぐに下馬すると、両手を広げ関羽の胸に飛び込んで来る。
大の男が恥ずかしげも無く、その両目からは涙が溢れている。その再会の喜びは彼らにしか判らぬ色合いを感じさせた。
男二人は互いにガッシリと抱き合う。
「ღ(*°᷄д°᷅*ღꐦ)義兄♪会いたかったよ~」
張飛は涙の雫を飛ばしながら、エンエンと泣く。男泣きである。二人の間には遠慮は無かった。
関羽もゴツい手の平で義弟の頭をポンポンと優しく撫でてやる。喜びの再会にこれ以上の言葉はいらなかった。
互いが互いの温もりを感じ合い、たった一言、声を掛け合っただけで彼らは長い時を一瞬にして取り戻してしまったのである。
一心同体とはこういう関係を言うのかも知れない。
「ꉂꉂ( *´艸`๑)ところで兄者は息災か?」
関羽はおもむろに声を掛けた。張飛もほぼ同時に「(ꐦ°᷄д°᷅)子龍は?」と言った。
関羽はすぐに趙雲を呼び、今度は張飛と趙雲がガッシリと抱き合う。関羽ほどでは無いにしても久し振りの再会である。
趙雲という人はとても機徴を心得ており、義兄弟の絆に遠慮があった。桃園の誓いの固い絆を肌で感じており、常に関羽・張飛を立てて来た。
だからこそ関羽も張飛も趙雲を新たな義弟としてすぐに認める事が出来たし、意気投合する事が出来たのではなかろうか。それ程に桃園の三兄弟の絆は固かったのである。
何しろ、"生まれた時と場所は違えども、同年同月同日に死せん!"という誓いである。そんな事を聞いて平気で接する事が出来る者はなかなか居るまい。
趙雲も例外では無かったという見方も出来るが、彼は己を厳しく律する事の出来る、謂わば禁欲的な人柄であったから、自然と一線を引く事が出来たのかも知れない。
「子龍、お前も来い。ꉂꉂ( *´艸`๑)兄者を迎えるぞ♪」
そう言われて、彼はチラッと若君を振り返る。北斗ちゃんは手を振り、「(٥ •_₍ •)⁾⁾ 行け行け!」と促す。
趙雲は少し溢す様な仕草をしたが、従う。何事も無かったかの様に、少し遅れて二人に着いて行く。
彼には多少なりとも若君に対しての遠慮があったのだろう。何しろ、成都に居る頃から玄徳は殆んど若君に会う事も無かったのだ。
二人の間は冷め切っているというのがもっぱらの見方だった。董允や諸葛亮がそんな二人の間に入り、どんなにか苦労して来たかが忍ばれるというものである。
一方の北斗ちゃんは冷静そのものである。いや、出来れば会いたく無いというのが本音であろうか。
最近、彼もここ荊州で皆の先頭に立ち、引っ張って来た経験から、少しは父親の気持ちが理解出来るようにはなっている。
だからこそ嫌々でも朝早く起き、従兄・劉封との約束を守ってここに居る。けれども長年の蟠りが完全に解消された訳でも無い。
戦場を転々とし、益州攻略、漢中攻略を経た後も、彼の父親は王に推戴された事から繁忙を極めた。長年頭痛に苦しんで来た我が子の苦しみすらおそらく知らない。
彼の方にも引け目はあった。頭痛を抑えるためとはいえ、長らくのご乱行である。
けれども彼にも言い分はある。酒を飲み、ボケェ〜と居る事が痛みを忘れる一番良い薬であったからだ。
こうしてお互いが互いの胸の内を知る事なく、ずっと日々に逐われて来たのである。今さらどう接して良いのかさえ、互いに判らなくなっていた。
それが一番当てはまる言い様で在ろう。意外に冷静な若君の姿をじっと見つめる男たちが居る。
ひとりは弎坐である。彼は若君付きの宦官だから、成都で彼に散々迷惑を掛けられた口であった。
けれども荊州へ同行する事により、本来の若君の本質に触れて、彼の苦しみが如何ほどのものであったのか理解すると共に、その地獄の苦しみから見事に立ち直り、成長して来た若君の努力する姿をじっと傍で見守って来たのだ。
だからその気持ちが判るだけに、この再会を心配して眺めていたのである。
そして費観である。費観も旅の道中をずっと支え、若君の苦しみと成長を共有して来た。そして諸葛亮の教えを守り、若君を守り助けて来た。
その貢献を認められて、今は公安砦を任されている。恩義と忠節、確かにそれ抜きでは語れないが、彼は若君の生き様をつぶさに眺めて来て、そこに共感している。
だからこそ心配している。劉備玄徳もその徳を称えられる漢の末裔で在ろうが、それは世間一般の話である。
非情に徹する事が出来ないだけで、危険を察知すると、全てを投げ出して遁走する。果たしてそれが徳と謂えるのか彼には判らなかった。
人とは必ず愛する者を守る者では無かろうか。費観などはそう想うのだ。
彼は劉璋の娘を嫁に迎えており、その結び付きは濃い。今でも二人は仲の良い夫婦である。
実のところ彼自身は既に出世は諦めていた。益州が陥落し、義理の父が荊州に移送されてからは一転、針の筵の上に座っているようなものであった。
旧主に従い、劉備と戦った経験のある男。それが彼に与えられた烙印である。
それでも必要以上に反抗せずに降伏した者は、その広い心で再雇用して貰い、新体制の許、励んでいる。
けれども彼の場合は旧主と外戚関係にあったから、当然の事ながら、新体制の許では監視下に置かれた。
但し、彼の幸運なところは丞相・諸葛亮の監視下に置かれた事であった。孔明は費観がやって来ると、すぐにその才能に気づいた。
だから彼の才能を愛し、伸ばす事にしたのである。彼もこのまま干されるならば、丞相の許でその才に磨きをかける方が良かったのだろう。
孔明はこの男に付き合う内に、その才能が開花する事無く、埋もれるのは惜しいと考え出した。そんな時に、ちょうど若君の荊州行きが持ち上がり、孔明はこれだと想った。
だから彼を呼び、命じたのだ。
「( * ˘͈ ᵕ ˘͈ *)੭ ੈ残念ながら、この成都に居ては君の才能は埋もれてしまうに違いない。惜しい事だ。だから君さえ良ければ、この機会を上手く択えて欲しい。今度、太子・劉禅君が荊州に発つ。君はそれに付き従い、若君を守ってくれ!人の噂など気にするな。あの方はかなり才気のある情に厚い御方だ。その人柄も申し分無い。あの方に付いていれば、きっと君の道は拓けよう♪」
彼にとって諸葛亮は今でも恩人である。干されて生涯浮かび上がる事のない身の上を、その才知ゆえに助けられて、荊州の随行員となる事が出来たのである。
妻を連れて行けば、義父も安心するだろうし、彼にとっては悪い話では無かったので、すぐに承諾する運びとなった。
確かに始めの内こそ、とても変わった人物に見えたが、馴れて来ると愛嬌もあり、何より人を大切にする。そして噂に惑わされる事無く、その中身を的確に捉える。
そしてかなり頭が切れる。丞相の言う通りのその人柄に費観はだんだんと魅入られていったのである。
そして今、彼は武陵郡・公安砦の城主であり、相棒の費禕と武陵一円を守っている。
張翼という新たな才気と共に日々若君のために励んでいけるのだから、これ以上の幸せは在るまい。
最近は各地の流民をどんどん受け入れて、定住させるために奔走しており、隣りの長沙郡を仕切る歩隲との関係の改善にも意欲を見せていた。
これも全て孔明という稀代の天才の助力のお陰であり、自分を色眼鏡で見ずに、その人間性をまんま受け留めてくれた若君のお陰である。
こんなにも慈愛の心を持ち、その出自や派閥などに一切左右されずに、その才能を拾ってくれる御方などなかなか居るまい。
だからこそ彼は常に感謝の心を忘れずに取り組んで居るのだ。今は公安砦に再び義父と義兄を招き、妻にも親孝行までさせてやれる。
これも一重に若君のお陰である。そうして下さったのだ。
そんな彼だからこそ、若君の事を心配している。本来ならば今回だって大守である費禕が来るのが妥当であった筈なのに、彼はここに居る。
それは少しでも傍に居てやりたいとの真心から出た行動であった。
そんな二人が見守る中、若君は変わらず冷静にのんびりと構えている。隣に従う様に寄り添う潘濬も文句ひとつ言わずに事態の推移を見守っていた。
若君ご本人が忍従しているのに、なぜ自分が不服を述べられようか。それでは本末転倒なのである。
それにここに出迎えに来ている者は余す所無く皆、漢中王・劉備の配下であった。喩えそれが若君に忠誠を誓った者でも例外は無い。
あの劉巴ですら、そういう事になるのだ。若君に忠誠を誓った時点で自動的に彼らは漢中王の臣下となる。それは避けられない。
なぜなら、それは劉禅君がまだ太子の身分であるからに他ならなかった。我が儘は効かないのである。ある意味、理不尽な事だが仕方無かったのだ。
太子とは後継ぎであり、絶対的な権力にもっとも近い存在ではある。けれどもこれは王の血筋であり、任命されたからこそ、その地位にあるだけの、儚い存在でもあったのだ。
立太子されたからの太子であって、実際のところ、廃嫡された太子は過去に幾らでも例がある。数え上げれば切りが無かった。
大抵の場合、後から産まれた子ほど可愛いという理由が多く、その大半は若く美しい後妻の子という事になる。
正妻の太子と後妻の公子に、それぞれ権力を手中に収めんとする臣下達が付き、骨肉の争いを演じるというのがその相場であった。
幸いな事には今の所、若君を太子の座から引き摺り降ろすという様な気配は無い。おそらく当事者の劉備でさえ、そんな腹づもりは無かろう。
それに彼には後見人として関羽、張飛、趙雲という国の核となる軍閥の支持者が居たし、その他にも丞相・諸葛亮、大傅・董允を初めとする政治中枢にも後見人が居たから、然程の心配も無かった。
そして次代を担う若き才能も腹心として忠誠を誓っており、そんな浮き目に合う可能性は限りなく低かった。彼らが許しておく筈が無いからである。
さらには彼自身が期待に応え、実績十分であり、その慈愛の精神も相まって民からも愛されていたから、そんな不安は無かったのである。但し、この蟠りを長々と放置しておく事も懸念があった。
やがて、馬車からは従者に支えられながら劉備がその地に降り立つ。その面前には関羽・張飛・趙雲という義兄弟達が控えている。
劉備はまず関羽と抱擁し、長らくの苦労を労った。
「雲長よ♪(◍′◡‵◍)੭ ੈ ✧良く今日までここ荊州を守り抜いてくれた。礼を申すぞ。お前のお陰だ♪」
劉備は勿論、本音を伝えたつもりである。
けれども関羽は敢えてその手腕をひけらかそうとはしなかっ た。以前の彼なら笑ってこう応えたろう。
『ガッハッハ♪ꉂꉂ(*`艸 ´ *)当然です!この雲長は荊州の要ですからな♪儂の咆哮で魏も呉も一瞬にして吹き飛びましょうぞ!』
威勢の良いのは頼もしい事には違いない。けれどもそこに確かな手立てが在ってこそである。今の彼ならそれが判る。
悦に入るのは囲の中の蛙…。彼は清まし顔のお坊ちゃんに包囲殲滅された碁の結末を想い出していた。
碁とは戦略を練り、相手を包囲する事を第一とし、局地戦は戦術を駆使し、各個撃破に専念する。その時々で戦地は千差万別。その地形を常に頭に入れて、絵図を描けなければ、百戦危うからず。
冷静に見極め、戦場全体を俯瞰する事が出来なければ、上手の手から水が漏る。その境地である。
『(٥`艸´)儂はあの時、戦場で逃げ場を無くし、一度死んだのだ。そしてその時を境に生まれ替わった。今の儂は昔の儂では無い…』
関羽は心底そう想っている。勿論これは碁の話だ。強いて言うなら、彼は若君との真険勝負で何度も首を獲られている。何十回、何百回、止めを指されたか判らない。
何度も死んでは生き返り、死んでは生き返りしている内に、悟った事である。そしてこれが現実で無かった事に感謝し、それを教えてくれた若君にも感謝していた。
そして現実の中で、的確に次々と手を打っていく太子の手腕に、かつてあの諸葛孔明が示してみせた才気を観たのだ。だから彼は確信している。
荊州を守り抜いたのは自分では無く、あの若君である。けしてこの儂では無い。
そんな想いが、主人・玄徳の言葉で蘇る。関羽は反射的にこう応えた。
「兄者♪(*`艸 ´ *)✧そうでは在りませぬ。皆の力です。皆の力の結集で、ここは無事、保たれています。褒めるなら皆を褒めて下され♪」
この言葉に劉備も驚く。
『なっ!何と…=͟͟͞͞(◍′_₍‵◍٥)この雲長が見栄をひけらかさず、皆の事を立てるとは恐れ入ったな!孔明には聞いていたが、これ程とは?自分の目で見て、耳で聞かなければ、信じられなかったが、これで合点が行った。これも公嗣の影響なのか…』
劉備は驚く。そして張飛もそれは例外では無かった。
「何だ?Σღ(°᷄д°᷅*ꐦ)義兄、凄げぇな!大丈夫かい?」
張飛は聖人の如き物言いをする義兄に感心しながらも、悪い物でも喰ったかの様に心配している。それ程、関羽の変わり様が顕著な証である。
「=͟͟͞͞(ღ◍′_₍‵◍٥)翼徳!!」
劉備はすぐに張飛を嗜める。張飛はいつもの様に、「(ꐦ °᷄ д°᷅٥)チェッ!」と溢しながらも、手で頭を押えながら、謝るように頭を垂れた。
劉備は、憶する事無く直立不動で自分を見つめる関羽を眺めた。その瞳は清んでおり、謙虚に見えた。
『本当に変わったのだな…(◍′◡‵◍٥)』
劉備の疑念が確信に変わった瞬間だった。そこで彼は自然と笑みが溢れて来る。
「あぁ…⁽⁽ღ(◍′◡‵◍)そうだな♪勿論、皆の力あっての事だ!皆の者、礼を申す♪」
劉備は皆を見渡しながら、そう告げた。迎えに出ていた者は歓声を上げ、王を称える。
劉備は関羽の肩をポンポンと叩いて「(◍′◡‵◍)ご苦労♪」と囁き、次に趙雲の前に立つ。そして言った。
「久しいな♪ꉂꉂ(◍′◡‵◍*)調子はどうだ?」
劉備は今度は趙雲を労う。
「えぇ…(* ̄^ ̄)✧お陰様で順調です♪却って良いぐらいのもの!私はやはり前線で敵と対峙してこそ、その真価を発輝出来るようです。改めてそう感じた次第♪お陰様でほら?ご覧下さい!すっかり身体も順調です♪」
趙雲は両腕を広げてそう答えた。
劉備は苦笑し、趙雲の両肩を軽くポンポンと叩くと彼を抱き寄せる。
「✧(◍′◡‵◍٥)子龍よ、儂はお前を責めぬ!誰もお前を責める者は居らぬ。お前が昔の絆を忘れず、公嗣の呼び掛けに応じてくれたと知った時、正直儂は嬉しかったのだ。 公嗣を助けてくれた事、礼を申すぞ♪」
「何の!…(* ̄^ ̄)✧大した事はしておりません。それにあの若君が目覚めたのですから、お助けするのは当然の事!病を装い、我が君を欺いた事には、この子龍甘んじて責めを負いましょうぞ!」
趙雲は覚悟の上で起こした行いで在った事を堂々と打ち明けた。その責めも負うと言う。
この一本筋の通った姿勢とその気迫に、劉備も胸が熱くなった。彼はこの男が敵中を突破し、赤子であった阿斗を死に物狂いで救った時の事を想い出していた。
【次回】隙間風