和解
「それで…✧(-∀- 。)話しとはいったい何ですかな?」
虞翻はサラリとそう言ってのけた。その言葉は余りにも自然に紡ぎ出されて、茶の雰囲気に当てられていた若君に取っては、当然の事ながら主導権を握られた形と成った。
彼だって色々と語る事が多々あるだろうに、そんな事はお構い無しに突如として進撃の鼓を打ち鳴らしたのである。潘濬もこれには驚く他無かった。
主従は完全に後手に回る事に相成ったのだ。けれども北斗ちゃんはグッと堪えて、反撃の狼煙を上げた。
「ハァ~(•́⌓•́๑)✧それで虞翻殿は何用でいらしたのですか?」
北斗ちゃんは奇を衒う事を辞め、単刀直入に斬り込んだ。オウム返しとは少々異なるが、質問に対して質問で切り返す手法である。
これで再び主導権を握る事が出来るのだ。
「グッ、ぬぬぬ…:;((-∀- *٥ ))));:」
虞翻は想わず唸った。
こうもあっさりと、いとも簡単に手の平返しに斬り込まれるとは彼も想像だにしていなかったに違いない。これは諸葛孔明を初めとする名立たる策士と絡んで来た若君ならではの手法だった。
特に孔明の場合、まず相手に喋らせる事により序盤は受け手に回り、その傾向と対策を分析する。そして手の平を返す様に、逆襲に転ずるのである。
これはその温度差はあるものの、策士の常套手段と云えた。相手に散々、喋らせておき、得意満面に舌が滑らかになった頃合いを見計らい、一気にその鼻をへし折る。
相手は恥辱の余り、ブハッと血反吐を吐くという筋書きである。
何も屈辱を与えるだけが能では無いが、戦闘不能にさせるには手っ取り早い手法であり、その分こちらの株も上がるって寸法だ。
後は頃合と強きのひと押しである。相手との駆け引きにも当然度胸は要る。せっかく優秀な頭脳があっても、心が弱ければ当然押し負ける。
駆け引きとは頭脳の優劣を競うと同時に心の強さを競うものでもあるのだ。そういった意味では若君には躊躇は無かった。
なぜなら経験に勝るものは無いという事が身に沁みて判っていたからである。彼の才はもはや言うに及ばずだが、そんな若君にも決して勝てないものがある。
それが経験値であった。高々十数年生きて来ただけの彼が、彼の三倍以上も生きている大人にその領域で勝てる筈も無い。
それを補い、相手を屈服させるとすればそれはもう諸葛亮の手法を踏襲するより他に無かろう。けれどもそれは彼の主義に反していた。
諸葛孔明の手法は相手に喋らせ、序盤は聴き手に徹する事により、その傾向と対策を建てておき、手の平を返すように逆襲に転ずるものである。簡単に言えば、それは相手の言葉尻を捉えて揚げ足を取るものであった。
北斗ちゃんはけして丞相のやり方を批判する者では無い。なぜなら丞相は努めて正しく揚げ足を取れる才を持ち、それはもはや芸術的と想える程に秀逸で在ったからである。
それが証拠に彼とまともに対峠した者は、その殆どが憤死している。正論で孔明に勝てる者はこの中華広しといえども見当たらなかった。彼が天賦の才と謂われる由縁である。
ではなぜ劉禅君がその手法に懸念を示し、同じ道を辿らないのかと云えば、それはもう主義に反するからとしか言えまい。
諸葛孔明がどんなに天賦の才を持ち得ようとも、彼の立場は丞相で在り、劉玄徳に従う臣の立場である。
それに引き換え、劉禅君は太子と謂えども、君臣の別で云えば皆を従える側の立場で在って、将来的に国を統べる者であった。
君主には民は元より、配下にも広い心で接する事の出来る度量が求められる。
つまり人と接する際に、相手を追い込む事を第一とせずに、融和と許容の姿勢を貫き、人を生かす事を第一と考えなければ成らないという事になるのだ。
人を追い込み、追い落とせる立場の者と、人を生かし、活用しなければならない立場の者との違いという事である。
そういった意味では、彼が元々人の話に耳を傾けられる広い心を持ち、慈愛の精神で人を許す事の出来る器量を持っていた事は幸いな事であった。
鯔のつまり、北斗ちゃんは相手を追い込むために切り返したのでは無く、相手の話に真摯に耳を傾けようという姿勢で臨んでいたという事になるのだ。
勿論、相手の話を聞いた結果として、某かの結論を出さねば成らない事は確かである。だから話を聴いている内に、その傾向と対策を練らなければならない事は同じである。
けれども、それは相手を言い負かす事では無く、お互いのために有益と成る落とし所を見つける事にこそ在ったのだと謂えよう。
北斗ちゃんが心を強く持ち、躊躇無く振る舞う姿勢は、彼なりの覚悟である。
何とかこの会見で、虞翻の心の内を読み解き、より良い提案が出来ないものか考えよう。そういった前向きな姿勢の顕れであった。
「(๑•́⌓•́).。oO 僕、何か変な事を言いましたかね?だってそうでしょう。まずは御訪問の趣旨を伺わなければ始まりますまい。貴方がいらした目的は何です?」
北斗ちゃんは再び訊ねた。その心は穏やかであり、腰を据えて臨んでいる。
『何でも言ってくれて良い』そんな気概に充ちている様にすらそれは見えた。そこに居るのは、見掛けは若者であるが、虞翻にはその程度が計り知れない者に感じたのである。
『何か言わねば始まらぬ』そう彼が思い詰める程にそれは大きく見えたのだ。虞翻は覚悟を決め、口火を切る。
「ꉂꉂ(-∀- 。)お説ごもっともです。まぁ端的に申すならば、董斗星殿に再び逢いたい。その一心でここに来ました。貴方とは確か公安砦の太守の間の廊下でスレ違いましたな?」
「Oo。.( •̀_₍•́ )えぇ…あの時、確か貴方は"もう逢う事も無かろう"そう仰いましたね?」
「ꉂꉂ(-∀- 。)左様♪良く覚えておいでですな?大したものだ。あの時、儂は離間の策を仕掛けていたが、貴方の活躍で水泡に期した。残念な事だが、これもまた運の為せる技です。どうして気づきました?」
「(๐•̆ ·̭ •̆๐)あぁ…それなら簡単な話だね!僕は爺ぃ~、あぃゃこれは関羽の事だが、爺ぃ~と傅士仁の仲を取り持つ為に動いていたら、偶然にも貴方の暗躍に遭遇しただけです。特に暴いた訳じゃ無い。偶然と必然の為せる技で、全ては後づけ。結果オーライだっただけですよ♪」
「✧(-∀- 。)成らば結構!儂も人で在る以上、運命には逆らえませんからな。そういう事なら受け入れましょう♪只ひとつ心残りがあるのですが、教えて貰えますかな?」
「(٥ •ᗜ•)それってもしや劉璋殿のことですかね?」
「ꉂꉂ(-∀- 。)ハハハッ♪良くお分かりに成りましたな!左様…あの方の事です♪どうなりました?死にましたか、或いは持ち直されたか?それだけが心残りだった訳です♪」
虞翻はそう口にした。人の生死を口にするには些か不遜な態度である。北斗ちゃんもさすがにムッとした。
「(٥´°⌓°)੭ ੈそういう言い方は無いでしょうが!人の命を何だと思っているのです。訂正して頂きたい!」
「Σ(-∀- 〃。)あっ!否…失礼!そういうつもりでは在りませんでした。ですがあの方は元々時間の問題だったので、そう申しました。一縷の望みで治療をしていたもので、助かれば良いのにと想ったまでです!」
「Σ( ꒪﹃ ꒪)何だってぇ?」
虞翻のこの言葉には、さすがの北斗ちゃんも驚いた。彼の認識では虞翻は劉璋殿に毒を盛っていた筈であり、現に劉璋は身体が衰弱していた。
にも拘わらず、虞翻はそれが治療だと言い、助かれば良いのにと想っていたと言う。この期に及んで彼が嘘をついても、然程の益にも為らない事は北斗ちゃんにも直ぐ理解出来た。
だから彼は返す刀で問い質す。
「✧(❛ ࡇ ❛´٥๑)治療?治療ですと!貴方は劉璋殿に毒を盛っていた筈では?少なくとも僕はそう聞いている。いったいどういう事なのでしょうか?」
「ꉂꉂ(-∀- 。)えぇ…盛ってましたよ♪毒をね!あぁ…そうか、貴方は毒が薬の役目を果たす事をまだ知らないのですな!」
虞翻は何も悪びれる事も無くそう宣う。そして事の真相を話し始めた。
「✧(-∀- 。)良いですかな?薬は良い物、毒は悪い物。そういった分類は間違いです。薬だって量を間違えれば人体には毒になります。それとは逆に毒で在っても、少量を摂取させる事が人体に障る物を殺す役目を担う事も在るのです。賢い貴方なら判る筈では?」
「Σ(,,ºΔº,,*)まさか川魚に棲む蟲ですか?」
「ꉂꉂ(-∀- 。)えぇ…そう。あのオッサン、劉璋殿は川魚に当たった時点で本来なら御陀仏です。でも一旦、海水を大量に飲ませて胃の中の洗浄をして治めたのですがね、簡単に死滅させられる訳もありませんから、毒治療を施していた訳です…」
「…(ღ*。- ∀ - ٥)ところがその治療途上で、運悪く本人に毒を盛っていたと勘違いされましてな!そらぁ毒を使う以上、人体に影響が無いとは言いません。一時的に身体も弱ります。でもそのくらいしないと体内の蟲は死滅出来ませんからね…」
「…Oo。.(-∀- 。)治療を途中で投げ出さざる逐えず、儂は忸怩たる思いで過ごして来ました。でも忘れた事は在りませんでした。患者の事が気掛りで無い医者がどこの世界に居りましょうか?貴方ならどうしましたか?」
虞翻はそう問う。北斗ちゃんは直ぐに答えた。
「(๑•́⌓•́).。oO そうですね。僕なら先ず治療を始める段階でそう説明したでしょうね。患者を先ずは安心させてやる事が大切です。そしてその経過で起きる事に対して覚悟をさせる事も必要でしょう。僕はお師匠様からそう習いました…」
「…(*`•o•´)੭ ੈ貴方の懸命な努力には頭が下がりますが、患者との意思の疎通は大事です。独り善がりの治療は良い結果を生まないと僕は想っています。何より人の大切な命なのです。相互理解が在って然るべきだと僕は想います!」
それは彼があの華佗老師からいの一番に叩き込まれた事であった。そして彼は今でもそれを遵守している。
虞翻は縦に頭を振り、同意した。
「⁽⁽ღ(-∀- 。)仰る通りでしょう。貴方の言う通りだ!だが儂にも当時、確信が無かったのでな。そこまで踏ん切りを付けられなかった。何しろ数多の医師が匙を投げた患者だったのでね…」
「…Σ(-∀- ٥。)言い方は悪いが完全に実験だったと云えるかも知れない。だが放って置けば患者は死ぬしか無かった。時間の問題だったのだ。だからやるしか無いと想った。儂がやらねば手遅れだったのだ。貴方ならどうしました?」
虞翻は少々顔を歪めた。北斗ちゃんも聞き入っていたが、おもむろに答えた。
「(٥ •ᗜ•)⁾⁾ 確かに…。僕でもやったでしょう。でもやはり事前の告知は必要だったと想いますよ。本人や近親者への告知はね。誰でも命は助かりたい。それは間違い無い…」
「…ღ(°ᗜ°٥ღ)✧けど誰だって自分の身体を自由に弄くり回されたくは無い筈です。そして我々医者の方にも勝手に処方する権利は無いのです。患者に寄り添う事、それが第一です!」
北斗ちゃんの熱のこもった言葉に、虞翻もようやく同意した。そこにはもう戸惑いは無かった。
「⁽⁽(-∀- 。)貴方の仰る通りだ。どうやら儂の迷いもこれで吹っ切れた。でも貴方はまだこの儂の問いに答えていない。結局、彼はどうなったのです?やはり駄目でしたか…」
虞翻は当時の状況から察して劉璋が助かる見込みはほぼ無いと感じていた。けれども違った。北斗ちゃんは虞翻の眼を真っ直ぐに見つめるとそれに答えた。
「(๑´❛ ᗜ ❛)੭ ੈあぁ…それならご安心を!彼は助かりました。今も健やかに暮らしておいでです。今は碁に夢中らしいですね!うちの伊籍がお相手差し上げているのですよ♪」
北斗ちゃんの言葉に虞翻は驚いた。あの劉璋が助かったと言うのだ。そればかりか今も健やかに過ごしているという。
『そんな馬鹿な…Σ(-∀- ٥。)』
口には出さない。それは事ここに及んでは不遜であろう。そのぐらいの配慮は彼にも在る。否…時と共に若君に感化されたのだと言っても良い。
ここまで北斗ちゃんが滔々と訴えて来たのは医者としての倫理感であった。否…人としての道を説いたと言っても過言では無い。
虞翻にもそれはジワジワと浸透していったのだ。そういった意味ではこの会見は大きな衝撃を残したと言って良い。
虞翻は改めて問う。それは、驚きの余韻を残していた。
「し、しかし…ღ(-∀- ٥ღ。)いったいどうやったのです?彼に施した施術はまだ効果を発揮せず、死に体だった。貴方が治したのですか?」
「ハハハッ…ꉂꉂ(๐•̆ ᗜ •̆๐)そう言いたい所ですが、そうでは在りません。さっき言ったでしょう?患者への告知はまず僕が最初に叩き込まれた医者の精神だと!それを教えてくれたのが、我が師です。僕も自前の解毒薬は飲ませたけれど、さして効果は無かった…」
「…✧(๐•̆ ·̭ •̆๐)だから師に預けました。治療したのは師です。それも長い月日との格闘でした。僕も師に訊ねた。どうやったのか?…とね。でも師はまだ僕には早いと言って教えて下さらなかった。今、想えば師も貴方と同じか、または似た様な施術をしたのかも知れませんね…」
「….( •̀_₍•́ ).。oO 僕は今の今まで毒にその様な効果があるなど想いもしなかった。僕はまだ十代半ばです。師も毒の分野にはまだ触れさせたくは無いらしい。解毒薬だってその造り方を定型的に覚えたに過ぎません。でもこういう事があるなら知識だけは持っておかねばならないでしょうね…」
「…˚‧º·(˚>ᯅ<)‧º·˚だってそうでしょう?貴方はその分野に対して精通していたから踏み込めた。けど知識の無い僕では未だに踏み込む事すらまま成らない。死にかけた患者を目の前にして、何も出来ない医者なんて…」
若君が下を向き、その拳を握り締めた時に、虞翻はそれを制するようにこう言った。
「劉禅君…⁽⁽(-∀- 。)良く判りました。お気持ちは手に取るように、理解出来ます。私も医者の端くれ、自信もあった。だが、貴方こそ真の医者だ。医者としての、否…人としての優しさと強さがどうやら貴方にはあるらしい。そして貴方の師は正しい…」
「…この分野は大の大人でも極めるのに月日を要します。それに被験者が無ければならない分野なのです。それこそ人の命に関わる微妙な学問だ。貴方ほどの若い方が立ち入るにはまだ早いと私も想う。そして毒には様々な種類がある…」
「…飲んだ瞬間に命を奪うものもあるのです。そんな分野に貴方を踏み込ませたく無かったのだろうと儂は想います。それに貴方はここでおやりになる事があると推察致しました。ならば今はそれに気持ちを込める事です。そして貴方は誤解されている…」
虞翻は最後にそう告げた。北斗ちゃんは反射的に口をつく。
「誤解?(•́⌓•́๑)✧誤解とは何でしょう。是非とも貴方の見識を賜りたい♪」
北斗ちゃんは襟を正した。
虞翻は「フゥ~!」と大きな溜め息を洩らし、こう答えた。
「ღ(-∀- ٥ღ。)医者は万能である必要は無いのだ。否…こういう言い方は誤解を招くな。むしろ万能には無れないと言った方が良い!なぜなら医療とは常にイタチごっこだからだ。そしてその領域は深く、未だその原因すら判らぬ奇病も多い。医学の進化とともにまた新たな病が見つかる。それを凌駕しても、また新たな病が人を苦しめる…」
「…つまり我ら医者はその一生を捧げても、おそらく万能にはなれんのです。しかも貴方も儂も生粋の医者では無い。片手間にやっているとは申しませんが、本来の立場があっての技能の一つ。一意専心しても届かぬ領域 に、"そうあって然かるべき"とはそれこそ不遜の極みでありましょう。だからそれは誤解だと申しました…」
「…幸いな事に、この儂には長らく干されていた時期がありましてな!毒の研究が出来たのはそのお陰です。南方には様々な毒が存在しており、研究対象には事欠かなかった。そして毒に日常から接している者も沢山居りましたから、治療の仕方も日々進化して行きました。この分野にこの儂が造詣が深くて当たり前。そして優劣は在りましょうが、経験こそ全てなのです…」
「…貴方はまだ若い。そしておそらく貴方は医術を極めるために一生を棒げる事は出来んでしょう。太子である以上、貴方が将来に渡り診なければならない患者は、貴方の国そのものであり、国の民でしょうからね!判りましたか?儂は貴方に医者として、否…人としての在り方を教えて頂いた。これはそのお礼です。思い詰めぬ事です…」
虞翻の言葉に嘘は無かった。そして北斗ちゃんは自分の考え方が傲慢だと思い知らされる事となった。
優しさは時には罪であり、人とは未完成の上に立っている。だからこそ、人それぞれに自分だけの色合いを出す事が出来、それがその人の個性を作り上げて行くのだと、今さらながらに教えられたのである。
「仲翔殿!(٥ •ᗜ•)⁾⁾ 貴方の言う通りです。僕は教えられました。そして貴方への蟠りも誤解だったようです。謝ります。今日は貴方に逢えて光栄でした♪」
北斗ちゃんはペコリと頭を下げた。
「否、何…ღ(-∀- ٥ღ。)この儂もです。些細な誤解は誰にだって在るもの。この儂にも在りましたからな!お恥ずかしい限りです。ですがそれが正された今、これからどうするかが重要なのです。駆け引きは国が敵対している以上、仕方の無い事。ですが、個人的にはその気が失せました!儂はもう貴国には関わらぬ方が良いでしょう。田舎に引っ込んで研究でもしますかな?」
虞翻はそう述べると笑みを浮かべた。それは全てが吹っ切れた良い顔だった。
【次回】門出