虞翻の真意
虞翻は江陵に連れて来られると、すぐに地下牢にて過ごす破目となった。そう…あの歩隲が過ごした牢である。
彼は見事にしてやられ、絡め取られた事を悔いてはいたものの、既に頭を切り換え、次にどうするのかに集中していた。
ある意味、彼は現実的な男であり、起きた事は仕方無いとすぐに受け入れる事が出来たのである。
協力してくれた他の者に申し訳ないとか、そんな事で悩むのは、彼に言わせれば時間の無駄であった。だからと言って彼が冷徹で非常な男かというと実はそうでも無い。
どちらかというと合理的な男なだけである。彼はすぐに計画を第二手に変更する。そしてひとりニヤリと笑った。
『却って正解かも知れん…✧(-∀- 。)』
虞翻はそう想った。なぜなら彼の目的は江陵の実態を自分の眼で具に眺める事だからである。
そして勿論、劉公嗣という蜀の太子に接近する事であり、あの董斗星の真実を暴く事であった。
それには却って捕まった方が楽に事が運ぶ事が今さらながらに判ったからである。接近するための苦労、変装すら既に不要なのだから、後は辛抱強く相手からの召喚を唯待つのみであった。
彼がなぜ、そんなにそこに拘るのかは定かで無い。合理的な男にも過去に蟠りの一つや二つ有るのかも知れない。
彼は余り本音を吐露しない。その変わり気に入らない事に関しては歯に衣着せぬ激しい口調で口撃した。
主君にさえ、その加減は効かなかったから、彼が長らく干されていても誰も不思議には思わなかった。そんな男も陸遜には恩があるので良く従った。
彼がしくじり撤退する事になった、先の公安での工作でも陸遜は特に批判するでも無く、むしろ庇ってくれたからこそ、今があるのだ。
彼は真摯にそう感じていたのである。勿論、彼も馬鹿では無いから四面楚歌が上手くない事は重々承知していた。
けれども彼の陸遜に対する感情はそんな割り切りでも無かった。詳しくは本人に聞いてみないと判らない事だが、彼は日頃は無口な男なのだ。
だから察するには、単純に"馬が合った"そうここでは表現しておく事にする。
さて待つのみと決めた彼は、途端に暇になった。人は暇になると大抵の場合、同じ行動を仕勝ちである。
虞翻もそういった意味ではけして例外では無かった。彼は左右を見回した。
そしていの一番に、壁一面に描かれた少年らしき人物の肖像画を眺めた。良く描かれている。そこには特徴らしきものがあったから、彼にはすぐに相手が判った。
『董斗星だ…Σ(( ꒪∀꒪٥))』
彼はそう想った。少なくともその時点ではそう確信していた。
けれどもその彼の考えはその直後に否定される事に成る。なぜなら、そこには【劉公嗣】と印されていたからだ。
『なっ、何ぃ〜=͟͟͞͞(꒪∀꒪ ‧̣̥̇)こいつが件の太子なのか…するとあの董斗星が蜀の太子・劉禅君…』
普段、余り表情を変える事の無い虞翻であるが、さすがにこれには驚きを示した。知らぬ事とはいえ、自分はあの時、廊下ですれ違い、呼び止められたのだ。
その時に相手が丞相代理の董斗星と名乗った事は今でもはっきりと覚えている。
むしろ無尽蔵の活躍を耳にしたのはその後の事だったから、彼をして今までコロッと騙されていた事になる。
『やられた…(٥ -∀- 〃。)』
彼はその瞬間そう想った。
そして同時に彼の陰謀を阻止した当事者が、皆が噂している件の太子だとこの時、始めて認識する事と相成ったのである。
彼の驚愕の源は、皆との温度差の違いと言っても過言では無かった。他の者達はそもそも"董斗星"に直接会った事が無い。
だからそんな人間離れした噂話は当然の事ながら、情報操作の産物だろうと割り切れた。
ところが実際に直に会っている彼からすれば、それは無い。却って皆より情報が多い分、惑わされる結果となったのである。
『あれは煙幕だったのか…( ꒪⌓꒪٥)』
必然的に彼はそう想った。
けれども直ぐに首を横に振る。そして苦笑しながら『人は嘘をつく…(-∀- ٥。)』そう想い、切り換える。
『( # - ∀ - ٥)੭ ੈ騙される方が未熟なのだ…』
彼は直ぐに自分を戒めた。
相手を非難する事無く、自分の非と捉える所が彼の非凡な所であるが、彼はまだ気づいていない。
北斗ちゃんは結果的には、"彼を偽る事になった"…それは間違いない事実である。けれどもそれは結果論であって、そこには悪意は無かったのである。
丞相代理である事もこれは事実なのだし、"董斗星"と名乗る事は初対面の相手に告げる謂わば自己防衛策であった。
ここ荊州にあって、誰が味方で誰が敵かが判らぬ以上、当初は味方にさえ、その正体を伏せていたのだから、敵で在ろう可能性のある者にその実態を伏せたとしても、これはやむを得なかったと言えるだろう。
さて、彼が物事を合理的に考える姿勢はここでも遺憾なく発揮される。虞翻は突如ケラケラと笑い出したのである。
『ꉂꉂ(-∀- 。)こりゃあ、手間が省けたわい♪危うく方向性を見誤る所であった。二人が同一人物であれば、目標は件の太子に絞る事が出来よう。後は自分の五感を信ずるのみだ。不幸中の幸いであった…』
そう彼は良い方向性に意識を向けたのだから、さすがと言わざる逐えまい。そうなると俄然必要な事は相手を知る事である。
彼は壁いっぱいに書き記してある【牢内の掟】なるものを頭から順に読み始めた。敵を知り己を知れば、百戦危うからず…そう想ったのである。
けれどもそれは大きな間違いで在った。
『成る程な…=͟͟͞͞(٥-∀- ٥。)子山殿ほどの人が混乱させられるのも無理は無い。これではな!だが、幸いな事に一度は情報過多ゆえに躓いたこの儂に、これは巡って来た最大の逆転の機会よ♪これをものにしない手は無い…』
彼はそう感じていた。
虞翻の強みとは、仮にも一度は当の本人に出会している事であり、二言三言とはいえ、会話までしている事だった。
そして更なる強みと言えば、彼ら二人には共通項がある事だった。それはお互いに医学の道に通じていた事である。
彼はその点が歩隲とは決定的に違う所であった。"董斗星"と"劉公嗣"が同一人物と判った今、劉禅君が医学に精通している事はもはや疑いようのない事実である。
本来的に、わざわざ成都から諸葛亮を始めとするお歴々が呼び出されて、"お医者さんごっこ"に付き合う等、愚の骨頂で在ろう。
『おそらくこれはマジだ!✧(-∀- 。)そもそも我が国もその傾向に在るから理解出来るが、蜀もお歴々の老齢化は深刻な悩みの筈。今、佳境のこの時にバタバタと倒れられれば大変な事になる。そうなる前にあの若僧は手を打つ事にしたのだろう…』
『…(٥ -∀- 〃。)少しでも健康に留意させ、体制を緩やかに移向出来ればそれに越した事は無い。あの若僧は儂の見立てではかなりの切れ者と見た。だからこそ董斗星を高く買っていて、太子を操り、背後で糸を引いているものだと想い込んでいた訳だが、当の本人とはな…』
『…(* - ∀ - ٥)੭ ੈ儂の遠大な企みを察知するのだから、大した炯眼よ♪あいつさえ気づかなければ、策は成っていた筈。まぁこの儂も油断してあの爺に覚え書きを読まれていたとは想いもしなかったがな?良い機会だ。今度こそ、この荊州の実態を丸裸にし、あの若僧の真実に肉薄してみせよう♪』
そう虞翻は決意を新たにしていた。勿論、彼は医術に長けた男だから、太子を亡き者にしようと想えば当初は可能とみていた。毒殺である。
けれども今、相手も医術に長けた人物と判った以上、急いては事を仕損じる。それは明らかな事実だった。
そうなると、この手は使えないので、のんびり構えるほか無かった。それにあの劉封という男。なかなか抜け目が無い。初めて会ったが、確か漢中王・劉玄徳の養子だと記憶している。
あれほど綿密な身体検査を受けるとは想わなかったので、全ての材料は没収されてしまっており、返却を受けない限りどうしようも無い。しかも、太子の目に触れた時点で、没収どころか廃棄されるのも確実である。
『(。-∀-).。oO まぁそもそも儂にそんな気は無い。皆、少々誤解が過ぎるが、この儂は陛下に嫌われてさえ居なければ、今でも立派な高級官吏。否…ひょっとしたら九卿すら夢では無かったかも知れんのだ…』
『…(ღ*。- ∀ - ٥)成り行きとはいえ、間諜の真似事をする事になるとは、この儂も運の無い事よ。だがこれも経験のうち。今回の志願も前回の失敗が無ければ無用の長物であった。儂の望みは名誉の回復と、ちょっとした意趣返し…』
『…Oo。.(-∀- 。)恨みのために目が曇り、敵とはいえ皇族を手にかける等、滅相も無い事。それでは人非人となろう。これだけ手ぐすね引いて捕えられるとは、儂も相当、嫌われているらしいな。やれやれ…今更、誤解も解けまいが、せめて大夫足る者、毅然とした姿勢を貫くべし!』
虞翻はそう想い、覚悟を決めた。
『ꉂꉂ(*-∀- 。*)案外、話の判る奴だと良いがのぅ~♪』
何とも掴みどころの無い男である。彼はそう吹聴すると、腹が座ったらしく、完全に寝そべって眼を閉じると、やがていびきをかき始めた。
趙雲の知力を尽した仕掛けの数々と正面から立ち向かい、突破したのである。彼自身も自覚の無いところで疲労が溜まっていたとしてもやむを得ない事情であった。
「カタン!」
太子の肖像画の瞳は再び閉じられる。勿論、虞翻が気づく筈も無い。
「おい!Σ(ღ• ຼ"•ꐦ)( •̀_₍•́ ٥)))押すな押すな…」
狭い格子の中で、抱き合うように囚人を観察していたのは、我らが北斗ちゃんと潘濬であった。本来、潘濬などは、覗きなど趣味では無いが、今回ばかりは仕方無い。
この荊州に悪影響を及ぼしかねない男の到来である。事前に可能な限りの観察をしておく必要が在ったのだ。
「いやぁ~(ღꐦ•"⌓•)" 若君は大した筋肉をお持ちですな!固いと想いきや、とても柔らかい。どうしたらそんな筋肉に成るのですか?」
その潘濬の第一声がこれである。皆、呆れても仕方無い。
傍で陳列するように、雁首並べて眺めていた田穂と桓鮮さえ、かなり呆けている。変な物でも拾い食いしたのかと想ったのかも知れない。
生憎と彼らとは育ちが違うのである。けれども普段、貴生面目な男の口から出たこの言葉は、彼を良く知っている者にほど失笑を買う。
要はギャップである。"そんな事、絶対言わない"…そう想っているからこそ効果があるのだ。
北斗ちゃんは汗だくとなって、狭い格子からようやく抜け出た直後のその一言にドキリとした。何か身体中がこそばゆい。
「何だよ!潘濬、気持ち悪いぞ♪僕は何か鳥肌が立った…:;(๐•̆ 罒 •̆๐٥ ))));:いったいどうしたんだい?」
北斗ちゃんは明らかに鮫肌になっているから、それは本音なのだろう。けれども仲間と認めた身内ゆえに、最後は相手を心配する気遣いへと変異したのだった。
潘濬は何か考えがあるのかと思いきや、溜め息混じりにこう言った。
「(ღ •" ຼ • ٥ꐦ)私、変な事を言いましたかな?私の経験では腕に覚えのある方は皆、その…」
彼の言いたい事は良く判る。それは普通の反応というものだ。
けれども、あの直後に言う適切な言葉かと問われるならば、たぶんそれは違う。北斗ちゃんは仕方無く付き合ってやる事にした。
「✧(๐•̆ࡇ •̆ ٥๐)君の言いたい事は良く判る。この僕のプニプニの筋肉に触れれば皆、そう言う。潘濬、君は知らないが僕は元々肥え太っていたから、身体全体が丸身を帯びていた。それを少しずつ少しずつ痩せる努力をしたのだ…」
「…(๑*´° ᗜ °๑)੭ ੈ✧そして子龍との二人三脚で格闘技や体術、剣技等を通してこちらも少しずつ筋肉をつけて来た。結果、こ~なった。食事にも気をつかってるかな?お代わりも涙を飲んで自重して来た。育ち盛りのこの僕がだ!…」
「…そしてお代わりを解禁した後も二杯までを遵守している。その代わり、魚や肉を食べているのだ。この涙ぐましい努力の結晶がこの柔らかいプニプニ筋肉なのだ♪(*´σー`)判った?」
北斗ちゃんは『(•́⌓•́๑)✧これでどうだ!』と言わんばかりに言い放つ。
潘濬は然も感心そうに「(ღ• ຼ"•ꐦ)ホホゥ…」と頷く。そして言った。
「(ღꐦ•"⌓•)" 筋肉というのも厚みや弾力が全てでは無いのですな!では人の思考も柔らかく変化に富んだものと言えましょう♪若は勿論、柔らかい頭脳を回転させて、ここまで皆を立派に導いて来ました…」
「…(ꐦ* •" ຼ •)੭ ੈですが、虞翻殿には殊更、厳しく臨んでいるように窺えます。他の皆様もそうです。親の仇か鬼の首を取ったような勢いです。私は詳しい経緯を知りませんが、若はこれまでも敵方の人物に対しても広い心をお示しになられて来ました…」
「…✧(• ຼ"•ꐦ)私は彼に対しても想い込みで接するのでは無く、蟠りの無い貴方らしさを発揮される事を望んでおります。余計なお世話かも知れませんが、一言申し述べておきます!」
『ハハァ…(๑•́⌓•́).。oO それでか!』
北斗ちゃんはなぜこの後に及んで潘濬が奇っ怪な事を言い出したのか判った気がした。
潘濬は今回の件で、彼が肩に力が入り、殊更躍起になっている事を懸念していたのだろう。
そしてこの若君らしく無い行動が感情の縺れから来ている事を察し、それに気づかせたかったに違いないのだ。
そのためにはまず気を逸らし、平静を取り戻させる事が肝心であった。だから敢えて気色の悪い言葉でその負の感情を刺激し、強制的に気持ちを解す。
その上で冷静ないつもの思考を取り戻すように促したのである。北斗ちゃんも馬鹿では無いから直ぐにそれに気づいたのであった。
「( •̀_₍•́ )お前の言いたい事は判る。僕は少々入れ込み過ぎだろうな。でもそれには事情があるのだ!」
彼は直ぐに過去の経緯を説明した。劉璋の命を使った関羽と傅士仁の離間策である。
そしてこれは北斗ちゃんの機転を利かせた介入によりギリギリの所で回避された。"仲翔先生"と呼ばれた虞翻の陰謀はこうして失敗に終わり、彼は逃亡したのだった。
それ以来の因縁が二人の間には横たわっているのだ。
「今度、彼が動けば再び誰かが傷付く事になろう。⁽⁽(੭ꐦ •̀Д•́ )੭*⁾⁾ 僕はそれを懸念している。それのどこに障りが在ろうか?」
北斗ちゃんは逆に問うた。
けれども潘濬は致って冷静に切り返す。
「(ꐦ* •" ຼ •)੭ ੈ相手陣営に策を仕掛けるのは、戦時ですから当たり前の事です。若君の機転とその叡智で事が破れ、最悪の事態が未然に防がれたのであれば、それで良いかと!我々の勝ちですからな。そこで因縁が出来たと考えるのは早計です…」
「…(ღ •" ຼ • ٥ꐦ)負の連鎖を立ち斬るというお考えには賛同致しますが、ならばいつもの貴方らしくおやりなさい。その慈愛の心で、相手を許してやる事です。敢えてもう一度、申し上げますが、話を聞く限りそのやり方は強引なれども、退けたのはこちらであり、勝者は我々です…」
「…✧(• ຼ"•ꐦ)勝者の側から譲歩し、手を差し延べなければ、本当の負の連鎖に呑み込まれる事態となり、気づいた時には時すでに遅しという破目になるでしょう。私の懸念はそこにこそ、在ります…」
「…⁽⁽ღ( •" ຼ • ٥ꐦ)貴方をそんな不毛な状況に巻き込みたくありません。第一、貴方は今そんな事に時間を取られてどうしますか?やっと貴方の目標が現実に成りつつある大事な時です。腰を据えて邁進下さい。民もきっとそれを望んでおります…」
潘濬がそう言い切った時に、その場には拍手が巻き起こった。田穂と桓鮮であった。桓鮮などは感激の余り、涙している。田穂もうんうんと頷いていた。
北斗ちゃんも自然とその瞼からは涙が溢れてくる。潘濬もどうやら理解したらしい若君の表情に安堵していた。
彼は常に厳しく若君に接して来たが、今回の諭し方には優しさと真心があった。
長らく鷹揚な姿勢で両者の間を取り持って来た劉巴、そして厳しさの中にも相手を想いやる心があった楼琬、この両者の影響をいつしか彼も受けていたのである。
『二人に感謝だな…(ღ*• ຼ"•ꐦ*)』
彼は想う。
そして若君はこう答えた。
「お前こそ真の忠臣だ。๐·°(৹˃̵﹏˂̵৹)°·๐判った、言う通りにしよう♪」
こうして血を血で洗うような方向性は回避される運びとなった。
『…(。˃ ᵕ ˂。)♪』
北斗ちゃんの笑顔がそれを如実に表していた。
【次回】嗜好の宴




