兄と弟
北斗ちゃんはこれまで自分の心の中に蟠っていた不安を包み隠さず兄に告げた。
劉封はそれを聞いて苦笑している。けれどもそれと同時に真摯にその言葉に向き合い、心のうちを正直に明かした。
「公嗣…✧(ღ`• ᴥ •´٥)お前にそんな不安を与えるつもりはサラサラ無かった。そんな事はあくまで心無い噂に過ぎん。今のお前ならそれが手に取る様に判るだろう…」
「…でもお前はまだ分別も付かない乳飲み子だったのだ。仕方無かろう。私はそんな事は露程も想っていない。そうだな、ある意味張り合いが無かろうが…」
劉封は自分が後継足らんとした気概を直ぐに捨ててしまった事に言及した。そして改めて素直な気持ちで言葉を継いだ。
「…私の中に、お前が羨ましいという気持ちが全く無かったとは言わない。だがな、お前を恨んだり、ましてや嫌ったりした事は唯の一度も無い。断じて無い…」
「…それよりも自分にとって大切な可愛い弟が産まれて来て良かったという気持ちの方が数倍も大きかったのだ。そして私はお前をずっと大切に想って来た…」
「…この事実が在ればこそ、私は未だに何の蟠りも無くお前を可愛い弟として認め、接する事が出来るのだ。そして今後もお前を支え続けていける事の喜びを堂々と伝える事が出来るのだよ…」
「…公嗣、お前はこうして立派に成長してくれた。私は真底、嬉しく想っている。だからもうその事は忘れて、お前の本来の強さである優しい心根で前を向け!…」
「…(*`• ᴥ •´)੭ ੈお前は皆にそう言ったな。私もそう想うよ!さぁ、もうその話はこれでお終いにしよう♪久し振りの兄弟水入らずだ!愉しいひとときにしようではないか♪」
劉封はそう言って再び清々しいくらいの笑みを浮かべて、優しい瞳で弟を見つめた。
北斗ちゃんも涙を拭い、兄の強く優しい心に応えた。
「うん!˚‧º·(˚>ᯅ<)‧º·˚兄ちゃん♪ごめん!もう泣かないよ。そして兄ちゃんの真心を忘れない♪」
そう言って満面の笑顔をみせた。
「あぁ…⁽⁽(`• ᴥ •´*)それでこそ私の弟だ!否…殿下!この劉封、今後も貴方に忠節を誓いますぞ♪貴方のためならば、この身体が続く限り必ずお守り致します♪」
劉封はそう言ってはにかむ様に笑った。何も含むところの無い爽やかな微笑みだった。
兄弟二人はその後、時間を忘れるように愉しく談笑した。それはまるで今まで失って来た時を取り戻すかのような勢いであった。
劉封は嬉しかった。長年の蟠りが解けた弟は元来の笑顔を取り戻し、屈託のない眼差しで微笑んでいる。
劉封は改めて感じていた。
『これで良かったのだ…ε- (ღ`• ᴥ •´*)』
そう想ったのだ。
他人は自分が率先して臣下の礼を取った事を後々まで揶揄する事だろう。けれども彼はそんな心無い噂に惑わされる程、自分を高く評価しては居なかった。
弟が産まれた時点で、その気概を放棄してしまう程、淡泊な姿勢の男に、そもそも一国を背負っていける道理は無い。
しかしながら、いち臣下の立場としてなら、今まで自分が培って来た知識と経験が、十二分に生かされるで在ろう事は、彼自身も良く理解していた。
その弟が凡庸でどうしようも無い男だと風聞が伝わって来た時さえ、弟の身の上を安じこそすれ、自分が代わりに立つ事など最早、想いもしなかったからだった。
そして今、その崖っ淵から見事に生還を果たし、あらゆる困難をはね除けて本来の姿を取り戻し、皆を率いる弟の強さを垣間見た時に、劉封も頭を上げて前を向こう、この先の未来のために懸命に足掻こうと思う事が出来たのであった。
劉封はその後も弟の話しに良く耳を傾けた。弟との談笑の中で面白かったのは、やはり荊州に行く珍道中と、河川氾濫の折りに民を助け、あの曹仁と堂々と渡り合い、同盟まで結んでしまった件であった。
そして事も在ろうに、あの曹操孟徳とまで渡り合い、事を収めたその手腕に感嘆する他無かったのだった。彼は、仮にもし自分ならばそんな事がやれたろうかと、そんな事が頭を過った瞬間に、苦笑と共に考えるのを止めた。
別に張り合うつもりでは無かったが、そんな事を考えてしまう自分が情けなかったのだろう。疾うに自覚したつもりが、拭えず残っていた欠片に翻弄された自分が恥ずかしかったのだ。
『(*`• ᴥ •´).。oO それにしても…』
彼は想う。
あの董斗星と名乗る男の伝説は、ここ荊州の端に位置する上庸の民の間でも広く知られている。
勿論、劉封は蜀の重鎮の一人である董允に、息子が居ない事は承知していたので、策士である馬良あたりが流している噂に過ぎぬと想っていた。ところが違った。
董斗星の伝説は、話しを聞いた限りでは、全てこの弟の活濯に依るものだと判ったからである。劉封はそれを聞いてワクワクしている自分にすぐに気づいた。
そして再び苦笑した。
なぜなら、いつしか彼の心の中に、他の者と同じように弟のその生き様をこの目で確めたい、そして今と同じようなワクワク感を皆と共有したいという想いに駈られたからだった。
『(٥`• ᴥ •´)ღ⁾⁾ どうやら私は、やはり凡人らしい…』
彼はそう感じていた。そしてそれで良いとさえ想っていた。
脱帽である。余りにもそのスケールが大き過ぎて、最早、比較対象にすら為らない。
ふと頭を過った功名心が、彼をしてそう感じさせる顛末と相成ったのであった。
それでも彼の目の前に居る弟は、そんな事は露程も誇らしく想っていない。おそらくは確固足る目的のために、通らなくてはいけない道程だったと淡々と感じているに過ぎない。
そして兄である自分に直向きに接する、その溢れんばかりの喜びには嘘は無かった。
どちらかと言えば、唯ひたすらに「良く出来たね、偉いぞ♪」と大好きな兄に褒めて欲しい一心の、可愛らしい子供の瞳なのだった。
だから劉封はまた弟を抱き寄せてギュッとしてやり、その頭を優しく撫でてやった。そして「公嗣、頑張ったな!!( ๑`• ᴥ •´)۶ ”(•• ๑)偉いぞ♪」と大袈裟に過ぎぬ程度の自然さで褒めてやった。
北斗ちゃんはこそば結いくらいの幸せを感じて、嬉しかった。
攻守交代で話し始めた劉封の話しにも、彼は食いつくようにその瞳を輝かせながら、聞き入っている。そして劉封の話術が巧みなのかは良く判らぬが、良く笑い、良く訊ねた。
『(*`• ᴥ •´).。oO やはりこいつは頭が廻る…』
その頭の回転の見事さに彼は敬意を評した。相手の話術を引き出すのが上手いと想ったのである。余り口数が多い方では無い筈の自分が、いつの間にか饒舌になっている。
彼が良く笑い良く訊ねると感じたのは、おそらく自分が知らぬ間に弟のペースに乗っているからなのだろう、そう想ったのである。
けれどもそれはけして悪い気分では無かった。
ひと通りお互いの話しにケリが着き、落ち着くと、北斗ちゃんは然り気無くその話に及んだ。
「兄ちゃん…(•́⌓•́๑)✧兄ちゃんは孟達将軍をどう見ます?」
自然な装いはあるものの、そこには確固足る目的意識が感じられて、けして勘が良い方では無い劉封にもそれはピンと来るものがあった。
彼は一瞬、身構える素振りを見せたが、最早そんな小細工は無用と気づき、次の瞬間には肩の力を抜いて溜め息を漏らす。
『ε- (`• ᴥ •´٥)噂はやはり伝染するものだな…』
彼は苦笑しつつも口を開いた。
「⁽⁽(`• ᴥ •´*)公嗣、私は彼を信頼している。そして大いに頼りにしているよ♪それだけの事だ。過去の事は過去の事!水に流した。それではいけないかね?」
劉封は特に孟達を庇うでも無く、現在地としての彼らの関係に言及した。そこには怖れも隠し立ても無かった。
北斗ちゃんは少なくとも兄が現在は彼に信頼を置いている事が判り、安堵していた。だからこれ以上問うべきか迷っていた。
すると劉封はそれが至極当たり前の反応だと感じたようである。彼は今さらと想っているので言うべきか戸惑いを感じていたが、三國の様相を鑑みる時に今は重要な時期だと捉えていたから、想い切って話してみる事にしたのである。
彼は孟達と劉家との関わりから話し始め、彼が益州攻略時に多大な貢献があった事から、父・漢中王の信頼を勝ち得たのだと語った。
そしてそれを皮切りに上庸を任され、大守となった事。上庸の守備に厚みを持たせるために自分が派達されて、彼の上に立つ事になった経緯を説明した。
孟達は元々、法正や別駕だった張松と共に、劉備を益州に誘引した張本人であったから、国の功労者としての自負を持っており、その息子である劉封の下風に立つ事を潔しとはしなかった。
そして事ある毎に殊更に激しく彼に抵抗し、今まで自分が敷いて来た慣例を止めようとはしなかった。
「ꉂꉂ(`• ᴥ •´๑)彼は頑固者で柔軟さに欠けている。私はそう想っていました。一方、彼は私の事を真面目だけが取柄の朴念仁だと想っており、性格は水と油で相入れる事は無かったのです。でもある事が切っ掛けとなり、我々は互いの真の姿を知る所となったのでした♪」
劉封は隠し立てする事無く、事の顛末を説明した。北斗ちゃんはその余りにも正道に反する奇抜で合理的な物の考え方に、目をパチクリさせて聴き入っていた。
やがておもむろに口を開くと、プッと吹き出した。
「ハッハッハ♪˚ (๑*´° ᗜ °๑)੭ ੈ✧面白過ぎる男だね、兄ちゃん♪消費期限が切れぬ前に、大盤振る舞いして意気高揚か!それに訓練を兼ねた狩りの次いでに、獲物の肉を喰らって酒盛りのどんちゃん騒ぎとは…」
「…(´⸝⸝• •⸝⸝)੭⁾⁾ 確かに誤解を受けかねない大胆さだな♪でもそれって美味しい物食べて、飲んで、発散させるのが目的なんだろうね!前線でそれを敢行する胆の太さも凄いの一言だ…」
「…(❛ ❛´๑)成る程、心身共に盤石なら、いつでも最高のパフォー マンスが発揮出来るものね?僕らも見習って取り入れようかな?張嶷や傅士仁辺りは喜びそうだ♪」
北斗ちゃんは面白可笑しくそう評した。すると劉封は慌てて、「✧ღ(`• ᴥ •´٥ღ)公嗣!」と困ったように釘を刺す。北斗ちゃんは再び「(∗˃̶ ᵕ ˂̶∗)プププッ♪」と笑って言った。
「冗談だよ、冗談!ღ(°ᗜ°٥ღ)✧そんな事を奨励したら、潘濬にまた長々とお説教を食らうからな。一度皆で、一晩飲み明かした事があるんだけど、そのまま寝込んじゃって翌朝の朝儀をすっ飛ばしたからな…」
「…Σ(˶‾᷄﹃‾᷅˵)そりゃあ烈火の如く雷が墜ちた。あのニの舞いは二度と御免被るよ。それに月末には帳尻が合うとはいえ無断拝借してる訳だから、一時的にとはいえ、着服している事に変わり無い…」
「…⁽⁽ღ( •̀ ᗜ •́ *)でも発想はとてもユニークだ。結果的には月極で在庫が新しく成る訳だからね!それに神様の豪放磊落の果てのお礼ってのも気の利いた噂話だ…」
「…Σ(,,ºΔº,,*)ここまで真実が明らかになると、確かに処断してしまうには惜しい逸材だね♪でっ?兄ちゃんはどうケリを着けたんだい?」
北斗ちゃんは興味津々で兄に訊ねた。劉封は分別のある判断を示した弟の言葉に満足し、笑いながら締めに入った。
「あぁ…ꉂꉂღ(`• ᴥ •´๑)それ何だけどな、端的に言えば魏王・曹操のお陰かもな!最大の共通の敵に対峙する事になった結果、お互い歩み寄れたという事だろうな!…」
「…私は、先陣として出ると決まった奴に、好きなだけ持って行けと食い物の他に酒も許可してやった。何しろ寒さの中の行軍で、長引く可能性すらあったからな!…」
「…その気持ちの判らぬ奴では無かったと言う事かな?一度歩み寄れれば、お互いの誤解も解き易い。私の存在そのものが、奴には相当な圧力になっていた事に、この私ももっと留意すべきだったという事なのだろう…」
「…養子の立場とはいえ、宗家の一員である事に変わりは無い。漢室の血筋とはそれだけこの中華で未だ影響力が在るって事だな。奴は今や率先して協調性を発揮して、何でも相談してくれるようになっている…」
「…私も父の名代として、体制強化のために配属された事は重々承知の上で、都督としての立場を遵守し、上庸大守としての奴の権限を侵さぬよう務めている次第だ。それで判った事が在る…」
「…奴とギクシャクしていた時には、悪い見方をすれば、1+1どころか、足の引っ張り合いで綱引きしていた訳だから、足し算にすら成っていなかった。ところが互いを認め合い、協力し始めると、足し算どころかそれ以上が望めるようになった…」
「…私がそれに気がついたように、奴もそれに気がついた結果、より団結力が強化された事になる。人とはつくづく感情の生き物だな。その身になって始めて判る事がある。私は従来、戦場で指揮を取っているのが性に合っているが、今後は人を気持ち良く使う事も覚えなければな!」
劉封はそう締め括った。そして自嘲気味に微笑んだ。
『(*`• ᴥ •´).。oO お前の苦労が良く判る…お前も大変な立場なのだな…』
彼はそう続けようと想ったものの、その寸前で言い淀み止めた。
『(٥`• ᴥ •´)ღ⁾⁾ 弟は何も苦労だなんて想ってないのではないか?』
そう想ったからだった。それにおそらく大変な立場に立たされているとさえ感じていないかも知れない。
『ε- (`• ᴥ •´٥)やはり私とは器が違うようだ…』
彼の苦笑いの素はそれであった。
一方の北斗ちゃんは兄の話しの経過から、孟達将軍への警戒は解いても良かろうと感じていた。人の悪い噂とは放っておいても流れて来るものである。
人の噂に戸は立てられないとは良く言ったものだが、上庸は魏との国境に打ち込まれた楔の地である事から、潘濬の助言を受けてこの機会に確かめようという話しになったのである。
だから話の流れとはいえ、そんなデリケートな話を公の場でされても困る事から、潘濬が機転を効かせ、先手を打った。そういう事なのだった。
彼が珍しく話に割り込み、然り気無く二人を誘導したのは、そういった深い事情があったのだ。
北斗ちゃんも状況が飲み込めた以上は、もうこれ以上の追及は控える事にしたのだった。
「(๑´❛ ᗜ ❛)੭ ੈお話しは判りました。既に兄ちゃんが解決された事案をこの僕が蒸し返すつもりは毛頭在りません。兄ちゃんの真心は孟達将軍にもちゃんと通じたのですね!…」
「…✧(๐•̆ ᗜ •̆ ๐)良かった♪それに一致協力すれば、足し算以上の力に成る。これは僕らにも当て填まる事です。兄ちゃんを見習い、僕も真似させて頂く事にしますよ♪」
北斗ちゃんはそう締めた。
劉封はホッと安堵の表情を漏らすと、「それは助かる。ꉂꉂღ(*`• ᴥ •´๑)私としてもようやく判り合えた貴重な存在だからね。奴にはこれまで以上に励んで貰わなきゃならんからな!」そう言って笑みを浮かべた。
北斗ちゃんもコクりと頷く。
『ハハハッ…✧(ღ`• ᴥ •´٥)真似ねえ、そんな事しなくてもお前たちの力は疾うに何十倍も何百倍にも成っている事だろう…』
劉封はどこまでも謙虚な態度を崩そうとしない弟の姿勢に感銘を受けた。そして自分の方こそ、この弟の姿勢を見習おうと、心に固く秘めたのであった。
【次回】攻勢