井の中の蛙大海を知らず
今日、最初の患者は変わった服装をしている。全体が白い布で覆われている様な不思議な感じを与える人だった。
この頃はまだ色鮮やかな召し物を着ている人は少ない。総じて色彩の無い上下白い服装をしている人が多い。特に庶民はそうだ。
けれどもその場合、多少の汚れが伴ったり、皺が見受けられたりする物だ。それは粗悪な素材の生地を使っているのと、河で叩いて洗う習慣が関係しているのだろう。
彩りのある服装をする者は高貴な身分に限られるというのがお約束の様な時代なのである。
しかしながら、目の前に座る男が来ている物はかなり上等な部類の生地に見える。まず身体全体に汚れが見受けられないし、皺でさえパッと見てもひとつとして見つからなかった。
そして終始笑みを絶やさずにこちらを見ている。北斗ちゃんは怪訝な顔を見せない様に変わらぬ姿勢で聞いてやる。
「( -_・)今日はどうされました?」
「あぁ…先生、旅の途中なのですが、二三日前から酷く頭痛がしておりまして…何か処方して貰えると助かります…」
「( -_・)ほぅ…それはお気の毒に♪何か原因となる様な事はありますかな?」
けして真似をしている訳ではないが、自然と口調が華侘先生に似てくる。彼の中で医者としての華侘という人の存在が余りにも大きく、影響を少なからず受けている証拠なのだろう。
「私は商人なのですが…ここの所、河下りの連続で、季節風にずっと当たって居たのです。また水に当たったかもしれません…何分、忙しくして居ましたので、これ以上は良く分かりません。」
「( -_・)否、否、それだけ詳しく分かれば助かります!風に当たるのは…時に気持ちの良いものですが、当たり過ぎは身体を冷やします。そして忙しい余り、少し無理が祟ったのかも知れませんね…」
「…体力の低下している時に、冷たい風に当たり、身体を冷やしたのでしょう。恐らくは風邪をお召しに成られたのでしょうね。口をアーンと開けて…ああ、やはり喉が腫れていますね!お困りでしょうから、少し多めに薬を差し上げましょう、お大事にね!」
「先生有り難う御座いました…」
男はそう言って帰って行く。こちらを振り向きながら、何度も頭を下げて感謝していた。
その後も次から次へと来る患者に追われて、かなり忙殺された一日となった。粗方、処置も終わり、患者も疎らとなったため、華侘先生から「もういいよ!」と許しを得た彼は、後片づけをしながら、今日の患者やその処置に対しての、細かい覚え書きを記していた。
『おや( -_・)?何だこれは…』
彼は記憶に留めるために、相手の風体などを簡単に記し、処方や処置の内容をまとめている。華佗先生からそれも勉強の内だと教わったからである。それに日々処置内容を記しておけば、今後の応対にも役立つ。
彼がその中で気になったのは、今日だけで商人と名乗る者が三人も居たのである。
『(´∇`)そう言えば…』
彼は一人目こそ不思議な気持ちで見つめたものだが、以降はそんなもんかと余り気にもしていなかった。改めて、その三人の共通点を確認してみると、やはり風邪薬を処方している。そしてその風体も同じだった。
『(^。^;)偶然かな…でもあの白装束には強い印象が残る。それに今まで、そんな人を見て来なかったが?』
彼は自分の第六感をけして軽んじてはいない。偶然で片づけるのは簡単な事だが、何かそこに別の意味が内包している可能性が無いとは言い切れない。
『そうだ(´∇`)!』
彼はひとつの想いつきを確めてみる事にした。
「(´∇`*)先生、すみませんが、先生の御覧になった患者さんの覚え書きを見たいのです。ここ一週間程のもので構いませんが、見ても良いですか?」
華侘先生は、特に不信を感じる事も無く、むしろ感心した様に北斗ちゃんを見つめた。
「ほう…お主も判って来た様だのう…色々な処置の仕方に興味を持つ事は良い事だ。隠す程の事ではないから、幾らでも見ると良い!」
そう言って気軽に渡してくれた。先生も既に片づけに入っているので、今日の処方も記載がある。先生くらいのレベルになると、その場でサラサラっとまとめてしまうので、北斗ちゃんには有り難い。
彼は忙殺している時には、自然の成り行きとして、患者さんに掛かりっきりで、先生の処置等見ている暇は無かった。
裏を返せば、既に彼がその戦力となって、一人前に稼動している事になる。お手伝いをして来た…半端なお客さんの立場では無くなった事を、これは意味していた。
『やっぱりだ…(;´д`)』
先生の所にも商人が五人来ている。そしてやはりその処方も冷えと疲れによる風邪と診断されていた。
『おや…( -_・)?』
その中に一人だけ処方が異なる人物がいた。他の四人と同様に風邪であるのは間違い無いが、その他に膝小僧の裂傷と腹痛の症状も出ていた。
『( -_・)何かある…』
彼は咄嗟に先生にそれを見せて確認した。
「(´∇`;)この人だけ処方が違う様ですが?」
先生は片づけを済まして、のんびりしていたが、彼の熱心さに付き合ってくれる。
「ん?ああ…この方はな、始めは他の人と同じかと思っていたが、良く見ると、靴が汚れていてな、その裾にも汚れがあった。砂利か何かで傷つけた様な跡が残っていたので、念のため確認したら、膝小僧の裂傷が見つかったのだ…」
「…そこで、塗り薬を差し上げたのだ。そうしたら、お腹も痛むとの事であったので、追加で腹痛薬も出したのだよ。そう言う訳だ。観察とは時に見過す物も有るゆえ、これをお主も反面教師とせよ!」
「はい(´∇`)!先生、有り難う御座います…」
彼は礼を述べると引き続き、覚え書きを辿る。彼が余りにも熱心に目を通しているので、先生は声を掛けてくれた。
「余り戸外で長く居ると、お前も風邪を引く。それを医者の不養生という。私はここを去る時には、お前に全ての書物を渡してやるつもりでおる。だからそれもお前の物だ。持って帰ってゆっくり読みなさい…」
「(^。^;)先生はお困りになるのではありませんか?」
華侘は想わず苦笑する。
「私は一度見た患者の事は忘れない達だ。全て頭の中に入っている。それがいつ、どこで見た者かもな!だから診察道具さえあれば、私個人は何も困る事はないのだ。書物は全て、後世の役に立てばという気概で書いているに過ぎんのだよ!」
華佗先生は尋常ではない事柄を如何にも自然にケロッと並べ立てる。北斗ちゃんは余りの凄さに絶句する。
「判りました先生(^^ゞ!では御言葉に甘えて頂載します!」
彼はその力量の高さを改めて認識する事になった。
「董斗星、精進せよ…」
先生はそれだけ言い残すと、引き上げて行った。日頃ならば、この後、直ぐに碁を打ちに行く。けれども、まずは疑問を解消するのが先である。
「(-ω-;)あれ?碁打ちには行かないので…」
弎坐は不思議そうに尋ねた。
「あぁ…( -_・)後でな!今はこっちだ♪」
彼は手に抱えている覚え書きを叩いてみせた。
「( -_・)お前もしばらく休んでくれ!碁打ちに行く時は声をかける…」
「(-ω-;)分りました…では御言葉に甘えます♪」
弎坐はそういうと自室に引き上げて行った。
『さて…( -_・)続きだが!』
彼は書簡をそのまま、日毎に遡っていく。
『やっぱりだ…( -_・)』
商人が現われ始めたのは三日程前からで、その前の記載は無かった。三日前と言えば、関羽将軍に遠乗りに連れ出された前日からという事に成りはしないか?
『( -_・)成る程ね…』
関羽将軍は遠乗りだと気軽に言っておられたが、関平殿だけに止まらず、あの怪力無双の鉞男までわざわざ同行させていた。彼は確か、戦時だけしか寄り付かない筈ではなかったのか?
『( -_・)?この僕に紹介するにしては物々しい出で立ちだったな…』
つまりはこう言う事だろう…商人達がやって来るのは今に始まった事では無いのだろうが、三日前から来始めた人々は、何か不信な点を感じさせたのだろう。
戦場で培った将軍の勘とも言うべき物が、それをキナ臭いと感じ取った。そこであの日、偵察に出掛けた。彼はお客人を案内する素振りを見せる事で、相手の用心を巧く逸らせた。恐らくはそう言う事であろう。
『(。-∀-)=3 何だ?僕達は体よくカモフラージュに付き合わされたのか…これはとんだ事だ!将軍に一杯食わされた訳か?まだまだ僕には見えていない物が多くあるのだな…』
彼は想わず苦笑いする。その瞬間、見えていなかった物が彼の脳裏に走馬灯の様に写し出された。
『あぁ…( -_・)そう言えば、そうだ!そうなのだ…』
彼は時折、将軍から禍々しい気を感じていた。そして苦虫を噛み潰す様な表情を見せていたのだった。
『(>д<*)全くいまいましい…』
まるでそう言っている様な素振りであったのだ。
『(*゜ε´*)見過すとはね…僕も少々、気分転換が過ぎたようだ…』
彼は改めて思う。ここはいつ破裂しても不思議は無い火薬庫の様な物だ!荊州は常に争いの序章を内包している…言わば戦場と同じなのだ!そういう気持ちを忘れると、とんだしっぺ返しを喰らうだろう。
『( -_・)あれ?あれ?あれ?』
彼は遂に気持ちの悪い正体に気がついていた。
『( -_・)?そう言えば…』
狼煙台は、劉備陣営のいる言わば、関所の役目も同時に担っている。あの日も何人もの商人が、書き付け等の身分証の提示をさせられていたのだ。
そして、その中には今日見掛けた様な白装束の男が混っていたのである。
『( -_・)…見たのは始めてではなかったのだ!ちゃんとこの目に写っていたのか…』
彼は想わず手を頭にやってポリポリと掻いた。
『( -_・)これはひょっとして呉からの間者が入って来ている証しではあるまいか?』
彼はそう想い致ったのであった。
『(^。^;)さすがは関羽将軍だ!節穴では無かったのだな…否、むしろ節穴だったのは僕の方だ!やられたな…』
関羽は目敏くそれに気づいていた。その確証を得るための必要不可欠な行動だったのである。
『( -_・)…?いったい、どうするおつもりなのだろう…』
この調子で間者に次から次へと入り込まれたのでは、頂けない。入って来る間者を把握している以上は、何か対策も持っていると見るべきである。
残念ながら、この時点ではまだ北斗ちゃんの中で解決策は導き出せては居ない。
『(。-∀-)こりゃあ、御本人に聴くのが一番早いかも知れないな…』
北斗ちゃんはそう感じていた。彼は覚え書きを置いて、まとめると、寝台の下に隠しておく。そしてそのまま弎坐に声を掛けると、その足でいつも通りに碁打ちに向かったのだった。
彼らが将軍の詰所にやって来ると、関平殿に迎えられた。
「あぁ…若、今日も碁打ちですね!」
関平は困った様な顔をする。
「生憎と父は出掛けてしまい、不在なのです!もう少し早く来て下されば、ご一緒出来たのですが…」
余り言いたくは無いが、相手が相手だから、不承不承、口にしたという意識が乗った、何とも言えない物言いである。北斗ちゃんはまともに聞いても、取り合って貰えない雰囲気をそこに感じた。そこで仕方無く、鎌を掛けてみる事にした。
「( -_・)遠乗りと関係あるだろう…」
彼は唐突にそう言い放った。関平は一瞬、ギクリとした表情をしたが、何とか立て直して、「遠乗りが何か?」と聞き返してくる。
しかしながら、彼の目はしどろもどろで、とてもその答えを期待している感じでは無く、むしろこの場を何とか乗り切りたいと一縷の望みにしがみ付いている様にさえ見えた。
北斗ちゃんはその態度で既に彼が疑問を肯定してしまった事に満足していた。
『( -_・)やはりそうか…』
こう言った場合、残念な事に相手に見透かされた方が負けである。それは古今東西変わる事のない真理である。
「( -_・)白い装束の連中に堂々と闊歩されたら困る事になるな…」
北斗ちゃんは彼の寄り所とした秘密の扉を一気に抉じ開けた。将軍を追うつもりなら時間が惜しい。
関平は可哀想な程、唖然とした顔をしている。口をアングリと開けたまま呆けてしまった。余りにも神経に負荷が掛かり過ぎた時にそれは見せる表情だった。
『(^。^;)不味い…』
彼はその瞬間にやり過ぎてしまった事を知る。それは彼が医学を噛ってしまったがゆえに気づいた力量でもあった。
『(-∀-`;)ニャンとかせねば…』
彼は咄嗟に気持ちを切り換えて、その姿勢は既に医者その者に変わっていた。関平に掛かりっ切りとなって、もはや将軍を追う所では無くなっていたのである。
「(^。^;)弎坐、手伝ってくれ、介抱する…」
彼は思わずそう叫んでいた。