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移ろいゆく心

『ひとまずはこれで良かろう…(ღ´^д^*)』


歩隲(ほしつ)はそう想いながら手綱を御し、馬を長沙に向けた。


戦乱の世である。当然の事ながら道は整備されておらず、デコボコの泥道をなるべく良さそうな所を選んで進む以外に方法は無かった。


田畑(でんばた)でさえ、中には水路が乾いており、草ボウボウの荒野(あらの)と化しているところさえある。国境に当たる場所は今現在でも似たような状況にあった。


そのひとつは無論、国境線が変わったり、敵に攻め易くさせない為の防衛策であるが、もうひとつは建業を中心とした都の生命線(ライフライン)の復旧が優先され、地方都市と呼ばれる場所には未だ手が本格的に入れられていないのが現状であるからだ。


長沙都は元々は孫堅ゆかりの本拠であった筈であり、孫堅亡き後は袁術の支配地に統合され、そののちに劉表の支配域となっていた。赤壁の戦いを境に一時は劉備の手に渡ったが、単刀の会以降はその約定により孫権の支配域に組み込まれる事になった次第である。


彼は交州刺史を振り出しに出世を果たし、長沙郡大守となった訳だが、抜擢された直後は、敵最前線の要所であり、孫氏ゆかりの地である事からやり甲斐を感じ、とても喜び勇んでいた。それに自分を慕って一万余の人々が交州から着いて来てくれたのである。


これ程の名誉は無いと素直に感じていた。ところが天災を境にその状況は(いちじる)しく変わる。


江東、江南域を襲った竜巻の(あお)りを受けて、長沙にも河川氾濫の影響はあったのである。この時に民の窮状を救ってくれたのが、誰在ろう費観であった。


費観は配下に命じて逃げ遅れた者達を敵・味方に適わらず全て拾い上げた。そして一時的に避難する先として江陵に連れ帰る事も出来ず、そのまま公安砦に連れ帰った。


ところがわざわざご丁寧にも歩隲宛に伝令を寄越し、民の帰郷が叶うのであれば、いつでも引き渡す旨の書状まで(したた)めていたのだった。


歩隲だって本来は民想いの良き大守である。河の決壊を予測すると直ぐに動いたものの、天災と(やいば)を向けて渡りあえる程、愚か者でも無かったから結果的に救援を一時見合わせるより他に方法が無かったのであった。


孫呉は操船技術に於いては三国一を誇っており、歩隲も高い技術力を備えていた。けれどもそれはあくまでこの当時主力船であった中小型の船に限られる。


彼らの船では高い波にたちまち呑まれてしまうため、涙を呑んで制止を決断する以外に道は無かったのだ。結果としてこの初動遅れは命取りになり、河口近くに住んでいた者達は彼らが見守る前で波に呑まれた。


少なくとも歩隲主従はそう想っていたのである。けれども違った。彼らが見た惨事はあくまで救出後のものであったのだ。


思い出して頂きたい。あの折に北斗ちゃんの一号船は北上を続けて魏の民を拾い上げた。


若君の初の戦果である。皆自然とそちらに目が行く。けれども二号船を駆る費観の船は南下し、その時に実際は呉の民を救い上げていたのである。


傅士仁の造り上げた自慢の大型船を駆る費観は、処女航海であったものの、その傑出したオにより見事に被災した呉の民達を(すく)い上げたのだった。


歩隲は勿論、被災民の救出や避難場所の手当てに忙しく、その反応には遅れが生じた。救わなければならないのは何も助け出された人々だけでは無いのだ。


歩隲は城外に出張ったままだったから、その書簡に彼が気がついた頃には遺体無きままで、(ねんご)ろに葬儀すら済んでいたので、助かったのだと判った民らは喜びに溢れた。


歩隲主従も固く握手し合い、嬉しさが込み上げるのを感じたものである。彼はさっそく答札の使者として自ら進んで公安に向かった。


伝令を先行させていたせいか、費観本人ばかりか張翼も歩隲主従を出迎えた。費観は大守の費禕が激務に追われ参じていない事を謝り、心良く受け入れてくれたのだ。


その心に歩隲は感服した。まだ若いのに二人とも所作を心得ており、何ひとつ不足は無かったのである。


「私の方こそ…Σ(´^д^ღ٥)繋ぎが遅れ相すまぬ事です♪」


歩隲も低姿勢で陳謝した。


「いえいえ…ღ(・・*)被災したのはお互い様です!我々だって未だ対応に追われています。貴方は長沙郡の(かなめ)です。忙しいのは重々承知しておりますから、何の心配も入りません…」


費観はあくまでも相手に寄り添う事を忘れなかった。歩隲主従の気持ちを(おもんばか)り優しい言葉を掛け続けた。


「(・・ღ*)それにしても良く来て下さった。どうか彼らに(じか)に会って励ましてあげて下さい。我々に出来る事は仮宿と食事、そして簡素な衣類くらいのものです。大変恐縮ですが我々も自領の被災民の手当てもあり、そのくらいが請一杯なのです。心のケアまではしてやれませんが、皆元気で互いに励まし合い、少し笑顔が戻って来た頃ですかな?どうぞこちらです!」


費観はそう言うと歩隲主従を自ら案内した。歩隲は同行しながら、再度礼を述べた。


「(*´^д^*)⁾⁾ 何から何まで手厚い応対に感謝致します。費観殿は城主という事で御座るが、まだお若いのに大した御方ですな!感服した♪」


歩隲は本心からそう述べた。費観は満面の笑みを浮かべている。


「フフフッ♪ꉂꉂ(・・*ღ)我が(あるじ)稀有(けう)な御方。慈愛の心に溢れた方です。私もその主に負けぬ気概で相務めさせていただいている。それだけの事です!」


費観はすぐにそう告げた。歩隲は感心の眼差しでこれに答えた。


「ホォ~それは初耳。(*´^д^*)✧その方が貴方の先に言われた費禕殿ですかな?大守殿にもくれぐれもお伝え願いたい。この歩隲が礼を申しておったと!」


費観は歩隲のその言葉に一瞬ドキリとしたようだったがすぐに笑みを浮かべた。


「えぇ…ღ(٥・・*)承知しております!さっそく戻り次第伝えておきましょう♪」


すました顔で答える費観は何事も無かったかのようにそう答えた。偶然起きた誤解とは()え、彼は冷や汗を掻く。


けれどもその結果に胸を撫で下ろした。彼の指していたのは若君の事だったからである。


この後その話題になる事はもう無かった。歩隲主徒は自国の民の元気な姿に触れて安堵すると共に、その再会に喜び合う。歩隲ももう深く追求する事は無かったのである。


費観も呉の被災民を無事に引き渡す事が適い安堵していた。この手順を間違える訳にはいかない。二国間の争いの火種になる事は絶対に避けなければならなかったのだ。


『やれやれ…(ღ٥・・*)私とした事がとんだしくじりをしたものだ。若君の存在はまだ秘匿せねばならない。今後も軽々しく口走らぬよう注意せねば。それにしても文偉が激務で幸いした。勘違いしてくれた歩隲殿にも感謝だな!』


費観は表情に出さぬように気をつけながら、何とか上手くその場を凌ぐ事が出来た。そして歩隲主従は感謝とともに民を呉・自慢の船に便乗させて、河を下り戻って行ったのであった。




「⁽⁽ღ(*。-_-。*)城主はん、良く失地回復(リカバリー)しましたな♪急な事でわいもビビりましたで!でも相手の誤解も幸いしましたけんど、上手く乗り切って安心しましたでぇ♪」


張翼は感心したようにそう述べた。


「あぁ…ღ(٥・・*)君にも心配かけたな!私も(あるじ)を敬う余り、自然に過ぎた。今後は用心するとしよう♪」


費観は気軽に過ぎた自分を反省し、すぐに正した。


「⁽⁽ღ(。-_ - 。)気にせんといて♪あんたは自力で乗り切ったんや。さすがは若もお目が高い。あんさんは立派に城主を務めてはる。それは近くで見てるこのわいが一番承知の事や。見事でしたな、城主はん。これで相手側も感謝する事になる。こちらが仕掛けさえしなきゃ、恩義を感じて下手に攻めて来れん筈や!」


張翼は費観の胸の内を察してそう答えた。それに彼は承知している。この男は元々優しい男なのだ。


若君の影響を受けた様に本人は感じているが、それは違う。本来的に優しさを持っているからこそ、咄嗟に救助に踏み切れたのである。


そして今回それが功を奏した。事実を素直に表現すればそういう事になる。その結果として、大勢の命が救われたのだ。


だから胸を張って良い。もっと堂々としていれば良いのだ。少なくとも張翼はそう評価していた。だからその言葉には自然と気持ちが込もる。


「ꉂꉂ(。-_ - ღ。)あんさんの真心が結果、功を奏する日が必ず来まっせ。まぁ、若もあんさんもそのつもりで助けた訳やおまへんけど、結果を利用するんは自由でっさかい。これはわいの親友の言葉やねんけど、真摯に尽くし、それを後々、利鞘(りざや)にするっちゅ~て笑ってまんねん♪可笑しな人でっしゃろ!秦縁ていう幼馴染みやねんけど、わいらとは少々頭の構造が違っとんねん。今度、機会があったら()うてみると良い。なかなか面白い奴でっせ!」


張翼のその言葉に費観も笑みが(こぼ)れる。


「へぇ~ღ(*・・*)君も愉しい奴を友に持ったもんだね♪判った…その日が来るのを愉しみにしている!」


費観もこの張翼の言葉通り、後々秦縁と出逢う事に為るのだ。それは徐庶を伴い公安砦を秦縁が訪ねた時の事であった。




費観もその出来事を想い出していた。


「城主!歩隲殿が戻って来ます…」


配下共々、公安砦の城壁から国境線を眺めていた費観はふと我に返ると、配下の指し示す指の先に視線を移した。


歩隲が馬を駆り、国境線の内側を行くのが見える。森の木々の間を縫うように駆けているので、木々の間からその姿が時折頭を出すのが垣間見られた。


「おぉ!ε- ღ⁽⁽(*・・*)確かにな。どうやら大都督殿との打合せは無事に済んだらしいな。それは残念!」


費観は便乗し損ねたように深い溜め息を漏らした。


「何で無事に済んだと判るんです?」


配下は興味津々と目敏く訊ねる。


「あぁ…ε- (*・・*)それは簡単な事さ!彼の騎乗する馬の他は特に四方を見渡しても誰も追尾したりしておらん。今もまだ呂蒙殿が歩隲殿に信頼を置いている(あかし)だろう。(いさか)いがあれば部下に尾行(つけ)させていたろうからね。だから残念と申した…」


費観は話しながらも辺りを隈無(くまな)く探す様に眺めているが、やはり尾行されている節は無かった。


彼は残念そうに口を尖らせ話を続ける。


「(٥・・*)ღ⁾⁾ これを機会にこちらに上手く引き込めないかと想っては居るが、まぁ(こん)(くら)べだな!頼んでハイそうですかと尻尾(しっぽ)を振る様な奴では無いからね。かと言って、(だま)すように追い込むのも気の毒だからな…」


あれ以来、費観は歩隲の人柄に惚れている。だからあわよくば味方にしたいと想っていた。


否…単に仲間として語り合える仲に成りたいと願っていただけかも知れない。だからこそ小細工はしたく無かった。


「(ღ٥・・*)この件には策は使いたくない。それにあの気性だ。竹を割った様な性格だからね、それでもウンと言うかには疑問がある。だからこの際、進退に困ってるなら手を差し延べようと想ったまでだ…」


費観の言葉に配下も納得したように頷く。つまり今回は見送る事にしたという事である。費観は歩隲の姿が見えなくなるまで見送っていた。


その背中には、まるで振られた男の様な哀愁が感じられた。


すると次の瞬間、彼は両手で頬を打つ。バチンと響き渡る音は、直ぐに森の彼方へと消えて行った。


「(・・ღ*)さてと!こっちの件はこれで完了♪若と張嶷に伝書鳩で知らせておいてくれ。どうせ今夜はまた桓鮮から繋ぎがある筈だ。一石二鳥♪その件も忘れず文に触れておいてくれよ。私は張翼と今夜の段取りに入るゆえな!」


「承知しました。お休みなさい♪」


「あぁ♪ღ(・・*)お前も用が済んだら仮眠しとけ。今夜はまた頼むぞ!」


「えぇ…判ってます♪」


費観は、歩隲が南下して行った国境沿いの方角に今一度チラりと視線を移すと、諦めた様に手を振って階下に下りて行った。


配下も同じように費観の視線の方角に目を向けていたが、残念そうに溜め息をつき、肩を落とす城主の背中を気の毒そうに見送る。


そして用を足すために、そのまま違う階段で階下に消えた。


その後しばらく経つと、二方向に別れて伝書鳩が飛び去っていく。


雲の切れ間から降り注ぐ太陽はそんな事はお構いなしに、いつもと同じ様に(サンサン)々と日射しを注いでいた。伝書鳩もその日射を浴びながら元気よく(ツバサ)を広げた。




『おや?Σ(´^д^ღ٥)今誰かに見られていたような…』


歩隲は無事会談を終えた事で安心していたが、念のため左右前後に瞳を向けた。彼の見る限りでは特に尾行されている気配は無かった。


『(ღ´^д^٥)気のせいか…』


歩隲はそう想い、再び馬に気合いを入れた。そしてふと国境の先、山合いに建つ公安砦を眺めた。


『そういえば…(ღ´^д^*)長らく御無沙汰だな…』


彼はそう想い公安砦を眺めながら、昔を想い出す。費観や張翼との邂逅(かいこう)は今も彼の心の片隅に残っていた。


そして懐しさの余りその一部始終を想い返していた時に、ふと引っ掛かるものを感じたのである。


『あっ!Σ(´^д^ღ٥)そういう事かも知れんな…』


彼はその時にようやく気がつく。悩んでいた頭の中の霧がすっきり晴れたような気がしたのだった。


彼の違和感は、自分の問い掛けに答えた費観の微妙な仕草だった。


『Oo。.(´^д˂ )確か私はあの時にこう問うた。手厚い応対に感謝した後、"若いのに大した御方、感服した"…と!すると彼は自然体で、"主の慈愛の心を敬愛している"といった主旨の言葉を私に述べた。にも拘らず大守の名を出した刹那、ドキリとしたようだった。その時の私は民らの事で頭が一杯だったから、気のせいかと不問にしたが、もしかするとあれは劉禅君の事だったのかも知れない…』


費観との過去。そして劉禅君との出会い。この二つが今まさに繋がった瞬間だっだ。


けれどもそれだけでは無かろう。おそらく彼も似た者同士だからである。


『(ღ´^д^*).。oO そう考えれば違和感の余地は全て排除出来る。そうだ!そうなのだ。劉禅君が慈愛の精神の持ち主であれば、全ての辻妻は合う。(キー)はこれで恐らく間違いない。牢内の心得で彼は何を訴えていた?人の生きる喜びを称賛し、自裁を極度に心配していた…』


"もう少し早く気づくべきだった"と歩隲は想った。けれども彼はまだ気づいていない。


この結論を導き出した彼自身も慈愛の精神の持ち主なのである。だからこそそういう観点に立てたのだ。


『Oo。.(´^д˂ )我が君も呂蒙殿も知らぬ事だが、長江氾濫の折りには董斗星という若者が指揮を取り、魏の民をも救ったとの伝説が、我が長沙郡でも民の間で語り継がれている。けれども私の調べた限りでは、董斗星という人物はあちこちに目まぐるしく出没し過ぎていて現実味に欠けていた…』


当初、歩隲はこの董斗星という人物は単なる伝説の産物だと睨んでいたから余り重要視していなかった。


士気を高めたい江陵勢の作り上げた創造上の人物だと考えていたのである。


『(ღ´^д^*).。oO 民の中にはそれを費観殿の仮の姿と考える者もいる様だが、果たして彼一人でそれだけの活躍は出来まい!なぜなら、彼には武陵一円を護る義務があり、城主の立場でそれだけ走り廻っていたとしたら、職務に必ず支障が出よう。けれども私の知る 限りでは、彼は若いのに似合わずかなり優能な指揮官であり、その為す事に(さわ)りが無い。だからこそ、我々も用心を怠たらないし、軽々しく国境を越える事も無いのだ…』


歩隲の見立ては正しい。彼は費観に感謝しながらも、国境を接し合う指揮官として、冷静にその能力を推し量っていた。


仮に相手をするとしたならどうだろう。そう考えた時に、かなり手強い相手だと感じていたのである。


『Oo。.(´^д˂ )無論、彼には恩義があるから、自分から率先して攻勢に出る気は無い。もし仮に私がそんな無慈悲な事をしたら、きっと民から恨まれよう。何しろ我が長沙領内ではあの件以来、費観将軍の事を神格化する者まで出る始末。何とか私の力で噂が漏れ出る事を防ぎ、その都度、不問に処しているが、我が君に知れたらきっと只事では済むまい…』


歩隲も費観の事は認めているから、民の気持ちは良く判る。特に命を助けて貰った者なら尚更で在ろう。


『(ღ´^д^*).。oO そしてこの私でさえも、彼と命懸けのやり取りは御免被る。彼はいい奴だ。晴れた日の真っ青に清み渡る空の様な、清々しい気持ちにさせてくれる、男の中の男だった。その彼が言った人物が、あの劉禅君を指し示しているのであれば、今まで謎だった出没の妙も納得出来る。なぜなら、あれだけ地位の高い太子であれば人は使い放題だし、影武者すら何人かは居るに違いない…』


本来は全て劉禅君本人の戦果である。そこに誤解は在る。けれどもあれ程、始終動き回れば、犬も歩けばってなもんである。


歩隲は劉禅君との接見を思い出していた。


『Oo。.(´^д˂ )私は彼の表情からその本音を探り出そうとした物だが、あの妙な熊の着ぐるみに遮られて、それは適わなかった。あの着ぐるみは恐らく擬態(フェイク)だ。という事は、あの大仰な帝国建設という大胆不敵な言葉も虚構と断定出来る。あの鮮やかな変身振りと帝国建設の野望を除けば後に残る文言は、これも恐らくだが真実なのだろう…』


歩隲は劉禅君の意図した事が何となく見えて来た気がしていた。事実なら大した策士である。それは自らの虚像を刷り込む事だった。


『(ღ´^д^*).。oO 彼は自分はかなり頭が切れると吹聴し、その上で馬鹿の振りをしていると言った。通常であれば馬鹿が真実で才知が虚構だと想う事だろう。裏の裏って奴だ。我ら知識人が陥り易い落し穴という所だろうな。つまり劉禅君とは、配下や民に親われる慈愛の人であり、人の命に敏感な、行動力を発揮出来る稀代の天才児という事になるのやも知れぬな!フフフッ♪褒め過ぎるのが私の悪い癖よ!そうか…そうで在れば良いのにな♪』


歩隲はこうして遂に真実に辿り着いた。


けれども彼は控え目にほくそ笑むとそのまま長沙に戻って行く。呂蒙にご注進するでも無く、主である孫権に仔細を報告する事も無かったのである。


今、彼が心に想い描いている事は只一つ。情勢を見守り、その忠節を汚す事なく、傍観者となる事であった。


それに彼は未だ本格的に腰を入れて、郡内の復興を成し遂げられていなかった。なぜなら、大打撃を受けたにも拘らず、長沙郡は江東の都・建業の修復にかなりの人手を割かねばならなかったからである。


不平不満を述べる配下や民らを辛抱強く説得し、彼らの家族が困らぬように彼は自分の(ふところ)は勿論の事、供出出来る公庫を開き、残された者の救済に充てた。そして在ろう事か、あの士燮に顔を下げて穀物を借り入れる愚挙まで冒していた。


情報統制が敷かれている内は心配なかった。けれども、江東の復興が大方片づいた今となっては、事が露見するのも時間の問題であった。


歩隲は仮に今日、自分が拘束されれば民は果たしてどうなるのだろうかと気を揉んでいたから、信頼出来る部下には重々後事を託し、今回の呂蒙との会談に臨んでいたのである。


ところが呂蒙は知ってか知らずか、彼を捕らえる事は無かった。


お陰様で彼は今回に限り、九死に一生を得たのだった。そしてこの機会を上手く捉えて、孫権の地方への復興の拡大宣言に見事に便乗する事にしたのである。


しばらくはそのための尽力に精を出す事を理由に、当面の参代は免除するよう願いを出し、孫権に認められたのであった。

【次回】それぞれの思惑

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