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法正との邂逅

こうして楼琬は江陵でその旅を終える事無く、再び旅立つ決断をした。北斗ちゃんも認めざる得なかった。


人材発掘はそもそも彼が関羽総督との話し合いの中で示した目標のひとつである。それをこの楼琬が担うというのだから、殊更反対する理由も無かったのである。


『それにしても…(٥´°ᗜ°).。oO』彼は想う。人間とは自信を取り戻すとこんなに変わる者かと想ったのである。


楼琬は既にかつての輝きを取り戻して、その顔は自信に満ち溢れていた。神童と呼ばれた男でも生身の人間である事に違いは無い。


悩み(もが)き苦しんだ末に、自らの努力でその意欲を取り戻し、さらに磨きを掛けてその克服に止まらない(きら)めきを心に宿す事が出来たのである。


北斗ちゃんは、直向(ひたむ)きに前進を続けた男の逞しい背中を垣間見た気がしていた。彼だってかつては長い雌伏の時を経て、自らを取り戻した男である。


けれどもそれが挫折で在ったのかどうかは彼自身にも分からない。勿論、彼がそのせいで出遅れた事は事実なのかも知れない。


でも大抵の人は十代で心に決意を秘める事無く、無為に過ごす者が多い。大きくなって過去を振り返る時に始めて、無為に過ごした時間を(うれ)うものである。


そういった意味では彼は早熟とも謂えるのかも知れなかった。だからこの先の道行きに多くの挫折が待ち受けて居ても何ら不思議は無いのだ。


そんな思考仮定が頭に浮かんだのかどうかは分からないが、彼自身は(つまず)いた時には楼琬の事を想い出し、自分もそれに(なら)おうと思っていたのである。


一方で他の者たちにも想うところは在った。




潘濬はこの男から絶え間なく沸き上がる才知に驚きを示していた。初見ではあの奇妙な風体に(だま)されて、彼の事を甘く視ていた。


けれども今は違う。潘濬自身も若君の求めに応じて参じた男であるから、自分の磨き上げて来た才能には自信を持っていた。


そして条件付きで太子の求めに応じた経緯が在ったから、ゆくゆくは丞相に肩を並べて国や太子の為にこの身を尽くそうと真摯に考えていた。


しかしながら、この男の才気溢れるその力を目の当たりにして、初めてその気持ちが揺らぐ。果たして自分はこの男と張り合えるだけの力が在るのかと…。


けれどもそれは一瞬の迷いだった。次の瞬間に彼はひとり苦笑いしていた。そんな事を考えている時点で負けている様なものだと感じたからである。


心で負けてしまえばそこでおしまいなのだ。要はその姿勢が問われているのである。彼はそんなに弱い人間では無い。


その事を一番分かっている筈の自分が喩え刹那とはいえ、その心が揺らいだ事に対する自嘲であった。でもこの時に初めて下からの若い才能の突き上げに在った事も事実であった。


潘濬だってまだ若手の一人だけれども、楼琬はさらに若い。まぁそれを言ったら若君はさらに若いのである。


だから彼はそんな些細な事に囚われる事無く、今まで通りの自分を貫こうと想い至ったのだ。そして逆に良い刺激を受けた事も確かである。


楼琬の言に依れば、多才な才能が集まれば、それぞれの分野での先駆者となり、その裾野が広がるという。


為らば、自分が今、習得した分野だけに止まらず、新しい分野に先駆ける事が出来れば、より大きな力になるのではないかと感じたのだ。


『でもどうやって?(° ຼ"° ꐦ)』


彼はまたまた苦笑した。


想いつきで物事が進めば、これ程楽な事は無いが、現実はそうそう甘くない。彼はゆくゆく想いつけばと、この点は頭の片隅に留め置くとして、次に発想の転換をしてみた。


何も殊更にすぐ新しい事をやらずとも、今いる現有戦力の者同士が、自分の能力を互いに教えあえば、その汎用性が高まるのではないかと想ったのである。


但し、今やるべき目標もあり、皆その道に邁進しているのだから、あくまでも優先すべき事は自明の理である。でも何かやり方を考えて行けば、その方法論を生かす事が出来るのではないかと想ったのだ。


『これは使えるかも…(ღ• ຼ"•ꐦ)』


彼は考える。


そもそも彼は劉巴という稀な才能と遭遇してからこれまでに、互いを支え合って来た。


確かに劉巴が潘濬よりも年長であり、人徳を身に着けた御仁である事にも助けられた訳だが、その中で彼らは支え合い、助け合いながらも、互いの良い面を学び合って来ていた。


『(ღꐦ•"⌓•)" これだ!!』


潘濬は想った。


勿論、彼らは互いに良きパートナーであり、心も通い合っている。だから出来たと云えなくも無い。


けれども、もし仮に組織を改変する事で活性化を図る事が出来ればどうだろうか?これも今すぐには現実的では在るまい。


だから将来的にそうする事も視野に入れれば面白いかも知れないと想ったのだ。それに余暇の時間には元々、若君から『行動する自由』を与えられているのだから、互いにその気に成りさえすれば、決して難しい事でも無い。


但し、この場合は強制は出来ない。若君はそういう趣旨で『行動する自由』を与えているのじゃ無い。


あくまでもそれは本人の自己啓発のためなのである。だからそこを吐き違える事は出来なかった。


自ら率先し、そういった雰囲気作りが出来れば、果たしてどうだろうか?


率先垂範(そっせんすいはん)は元々、若君の実践していた事である。だったらそれを見習えば良い。


『何だ、Σ(ღ• ຼ"•ꐦ)身近にまだまだ手本が在るじゃないか?』


潘濬は溜め息を漏らすと気持ちを新たにしていた。


さて、劉巴はどう想っていたのだろう。




彼は許靖と共に成都に流れて来て結果、蜀に仕える事になってからも、余り目立たず周りからも特に声を掛けられる事も無く、静かに過ごして来た。


これは先にも述べた。


但し、全くその中で交流が無かった訳でもない。人は時として、ひょんな事からお近づきになるものなのである。


それに人には気が合う、うまが合うという特徴もある。そういった意味では、劉巴も決して例外では無い。御多分に漏れずという奴である。


彼は諸葛亮に声を掛けられるまでには、随分と時間が掛かったものだが、法正には来た後、すぐに声を掛けられた。


それもかなり突飛(とっぴ)に、強引にである。彼がまだ来て間も無くの事、街を歩いていると突然、前方に侘んでいた人物に声を掛けられた。


「おい!(ღꐦ・ิ؎・ิ)ว✧お前、そうだお前だ♪お前以外歩いている者が周りに居るか?この馬鹿者が!年輩者に大声を出させるんじゃあ無い♪」


これが法正との出会いであった。


彼はとても才気溢れる男で、この国の重鎮である。あの丞相・諸葛亮でさえ一目置く人物であり、その辣腕(らつわん)振りはとみに有名だった。


要は手段を選ばない様な所がある人物で、影では逆らう者を容赦無く消してしまう事すら在ると噂の男だったのである。


だから皆、法正とは敵対しない様に気を遣っていたし、対峙する時にはその態度や言葉にさえ注意を払ったものだったから、やがて彼に気軽に声を掛ける者は居なくなっていた。


今も彼と親しく交わり、外連味(けれんみ)のない仕草で雑談する者は、元々彼の人と形を判っている親しい者か、そんな事には一斉、気を回す事の無い孔明くらいのものだったのである。


ただここで法正のために弁護するとすれば、彼は元々、任侠気質であり、相容れない者には水と油だが、男として判り合える者には實容であり、相手を認めて末長い付き合いをする程、心の熱き男だった。


そんな噂のある男に突然、声を掛けられたら誰だってビビってしまう。けれども劉巴はというと、あの士燮に悪戯を仕掛け、堂々としている程の厚顔であったから、内心苦笑いしていた。


『全く困った(ジジイ)だな…ε-(o'д' o)』くらいにしか感じていなかったのである。そしてどう応えてやろうかとほくそ笑んでいた。


そういう態度は年長者、特に法正のような男には筒抜けである。彼はすぐにこの若者の肝の太さが判り、いい度胸だと喜んでいた。大した男だと感じていたのである。


一方の劉巴の方だって、それが伝わらない訳も無く、察知されているのは既に承知だったから、特に気にもする事が無かった。


二人の男は会った瞬間に互いの本質を判り合い、相手を認める事が出来たのである。


『フハハハハ♪(ღ*・ิ؎・ิ)ว✧面白い奴じゃ!どう切り返すか考えておるな♪聞いていた通り、恐れを知らぬ男と見える。それも無知なのでは無い。判ってやっている所が良い。大変に良い…』


『…愉しみな奴が来たわい。さて、今現在どれだけの者がこの男の能力の高さを判っているのかな?さすがにあの孔明ですら、まだ気づいて無かろうて!さてこの儂を退屈させてくれるなよ♪』


法正もまたそう想い、ほくそ笑んでいたのであった。劉巴はやがて柔らかな身のこなしでスッと法正に肉薄すると、キチンと姿勢を正し、拝礼してから口を開いた。


「これは法正様♪ꉂꉂ(o'д'o )お初にお目に掛かります。劉巴で御座る。何ぞ御用ですかな?私は暇を持て余しておりますから、喜んでお相手 (つかまつ)ろう。"犬も歩けば棒に当たる"と申します。ここでお会いしたのも何かの御縁(ごえん)…」


「…この私に出来る事でしたら、御身のために幾らでも働かせていただく所存です。何せこの私に興味を持つ(やから)の少ない事ったら在りませんからな!判り易く声を掛けて下すった貴方に敬意を表するのみです♪」


劉巴はそれだけ言い切ると、ペコリと頭を下げる。 なかなかに礼儀正しいが、その言葉に迷いは全くといって良い程に無く、年長者に対する所作も理に適っていたから、法正としても満足していた。


特に『判り易く』と強調して来た点に、劉巴の才知を感じていたのである。


『こやつ…(ღ*・ิ؎・ิ)ว✧儂が試したのを判っていたか。大抵の奴はあれでビビってしまいおるが、こやつには肝の太さがあるのぅ♪可愛()い奴よ!どれ、この儂が何とかしてやろうか?それともどう答えるかな♪』


法正はその会話のやり取りの中に、再びその才気の片鱗が窺えるかと期待していた。


「ほぅ~♪(*・ิ؎・ิღ)ว判っていたか?なかなかの気骨じゃな。度胸も良い。気に入った♪どうだ、この儂がお前を丞相に推挙してやろうか?この儂の頼みなら、孔明も断わるまい!どうかね?」


法正はそう(のたま)いながらも、ジロリと劉巴を舐め回す。劉巴はまたもや苦笑する。


『やれやれ…(o٥'д'o).。oO この(ジジイ)!まだ試していやがるな♪いや待てよ?ひょっとしたら愉しんでいるのかも知れん。まぁ暇だから付き合ってやるか!一日一善だ♪』


彼はそう想い、少し考えを巡らしてから、口を開いた。


「いやぁ~それには及びますまい。何事も一期一会(いちごいちえ)で御座る。ꉂꉂ(o'д'o*)こうして貴方という良き御縁を得たのです。今はそれを喜びたい。丞相には(いず)れ縁在れば辿り着く事でしょう。無理に接近する事も無い…」


「…私が求めているのは(まこと)の御方!自分が認められる主君にお仕えしたいのです。でも誤解なさるな♪それは貴方の事ではありません。そしてあの漢中王でも無いのです。私はあの方とは反りが合わない…」


「…それに今は雌伏の時。私は只ひたすらにその日を待ち望んでいるのです。ですから推挙はご辞退申し上げる。これは自分の大事ですから、幾ら貴方でも干渉はお断わりします。悪く想わないで下さい♪」


この劉巴の言葉には、ズシリとした重みが感じられた。


さすがの法正も"自分の大事"と言われれば、これ以上の追い打ちは諦めるほか無かったのである。


「判った!(*・ิ؎・ิ*)ว✧お前の言う通りだろう。感服した。若いのに大した者だ。我ら蜀の国には、お前さんの様な将来を託せる人材が居らん。ここに流れて来てくれた事には感謝する…」


「…でも果たしてその良縁がここで叶うかな?陛下は稀有(けう)な方と想い、この益州に引き入れたのだがな?でも気が合わねば仕方無いか。せめて後継ぎの阿斗様が眼鏡に適えば良かったのだが、あれではな…」


法正はそういうと溜め息を漏らす。確かに彼の言は正しい。今の太子には覇気が無く、凡庸なだけの存在であった。


現時点ではとても眼鏡に適う代物では無かったのである。劉巴もこの時は法正と同調するように苦笑し、溜め息を漏らしたのだった。


こうして彼は若さに似合わぬその度胸と才智により、法正の知己を得た。それから彼らは、年齢に関係の無い間柄として付き合って来たのだ。


だからこそ、劉巴はその子息である楼琬の事も知っていた。彼が神童と呼ばれ、噂の太子・劉禅君の教育係をしている事も知っていた。


そしてある日の事、それに挫折し出奔した事を知り、(うれ)いていたのである。




その楼琬が修業の旅を経て、今ここに居る。そしてその存在感を遺憾無く発揮している。


自分も紆余曲折を経て、太子・劉禅君にお仕えする事になり、ここに居るのである。


彼は世の中の流れというものが、人智では推し量る事の出来ないものだと改めて感じていた。そしてこの荊州で一堂(いちどう)(かい)した事に感謝していた。


劉巴にはまずそうした人には言い表す事の出来ない感動があった。だからこそ、潘濬の様にその中身にすぐ頭を巡らせる事など出来なかったのであるが、彼も超一流の頭脳を持った一人である。


相棒が考えている事くらい、やがて見当が付く。でも彼は敢えて自分で考える事はやめた。二番煎じは必要無い。歩調を合わせて、体現するための協力姿勢だけ持っていれば良いのである。


それに彼には許靖や鞏志と共に、若君の主導する河川事業を成功に導く責務があったから、ここは割り切り、役割分担と想っていたのみであった。


『(*o'д'o)੭ ੈ餅は餅屋に任せておけば良い』と、涼しげな瞳で見逃す冷静さが在ったのだ。




そして最後に田穂と廖化である。



田穂は潘濬とは真逆で、当初は楼琬の事を自分に一番近い存在だと捉えていた。けれども違った。


何せ元々彼は家柄も大変に良い。ゆえに高等な教育も小さい頃から受けている。さらには神童と呼ばれた才知ある男なのである。


むしろ田穂には近寄り難くて、到底理解の及ばない存在と言った方が妥当と云えた。


でもそんな彼が一念発起して修業の旅に出て逞しくなり、どちらかと言うと自分に近い領域(テリトリー)まで踏み込んで来た事に、逆に驚いていたのである。


そして彼はあの江東の地で、いみじくも秦縁から言われた事を思い出していた。『その一歩を踏み出すか否か』という事である。


そして周倉将軍の鍛治に懸ける想いや、若君が示してくれた『将来のために』という言葉を頭の中で巡らせながら、その一歩を踏み出す気持ちを固めたのだった。



廖化はひょんな事から彼を助ける事になった、その偶然の出会いに想いを馳せていた。


あの時、自分が介入しなければ彼はどうしていたのだろうと、想像を巡らせていたのである。


『いや、彼の事だ。きっと違った意味で皆を驚かせていただろう…ε-(٥ •̀ ̫•́ ღ*)︎』


廖化はそこまで考えが及ぶと、それ以上踏み込むのを止めた。彼には彼なりの美徳があり、無器用でも良いから、やると決めた事は最後までやろうと想うのみで在ったから、その切り換えは早かった。


彼は日々剣を一心に打ち込み、徐庶先生に切り拓いていただいた"書に親しむ"事も欠かすことが無かった。彼は元々自分に足り無い物が判っていただけに、然して強い影響を受ける事も無かったのである。


けれども、皆がそれぞれに"自分に今出来る事"を一心に考え、取り組もうとしている事は伝わって来た。だから自分も皆に恥ずかしく無い姿勢を今後も続けようと心に誓っていたのである。



こうしてこの楼琬という青年の出現がもたらした影響力は、ここ荊州の士気を一段と高める事となったのだ。

【次回】山高のとんがり帽子

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