神童と呼ばれた男
北斗ちゃんは丞相府の執務室にいる。そしてその取り巻きには、いつもと変わらぬ面子が顔を揃える。もはやそれは紹介するまでも無かろうが、強いていうならそれは潘濬、劉巴の教育係兼御意見番の面々と田穂、廖化の護衛官の面々であった。
ただ今日はそれと違うのは、着馴れぬ官服に息苦しさを覚えながら、ヒィーヒィー言っている優男がひとり、畏まって直立不動で立っている事である。楼琬だった。
「何か苦しそうだね?(٥ •ᗜ•)✧無理しなくても良かったんじゃ…」
北斗ちゃんは打って変わったその装いに苦笑しながら、譲歩を示す。
「若君!✧(• ຼ"•ꐦ)それは駄目です。示しが着きませんぞ!あんな動物みたいな恰好で城内を闊歩された日にはまたいさかいが発生します。彼のお陰で、既に門兵が二名始末書になっている事をお忘れなく!」
潘濬は苦虫を噛み潰しながら、念を押すようにそう告げた。そう言われると北斗ちゃんも同意するほか無い。皆も官服をちゃんと着ているのだ。例外は無いと言われれば返事に困る。
「ꉂꉂ(•ᗜ• ٥)だよね~そう言う事だ。楼琬、しばらく我慢してくれ。その変わり、自室では自由にしてもらって構わない。いいね?」
「いや、若君!ღ(°ᗜ°٥ღ)僕なら大丈夫です♪心配無いっす!」
楼琬は遠慮するようにそう答えるが、身体は正直である。見るからに痛々しく、見てる方が辛くなって来る。廖化や劉巴などは、元々官服だから、修羅場を潜り抜けて来た彼の身の上は判らない。
けれども山賊に毛の生えた程度の軽い身形で過ごして来た田穂には、楼琬の苦しみは良く判った。彼にも慣れるまでの苦しさが伴った過去があったからである。
でも今更そんな事を被露しても何の特にもならないから黙っているほかなかった。やがて若君からこれまでの経緯を訊ねられた楼琬は包み隠さず語るよりほかに手が無かった。彼は時系列に説明を行う。
北斗ちゃんは彼が旅に出た下りからでは無く、敢えて自分の家庭教師をしていた頃からの説明をさせた。これは潘濬からの注文である。太子をより深く知るための考察なのだそうだ。
劉巴はその頃には成都に居たから、事情は粗方知っていたが、当事者から聞ける機会など滅多に無いから興味があった。見る人、感じる人の視点が変われば、同じ内容でも受け取る感触が違ってくるというあれである。
田穂や廖化にしてみれば、現在の主人の人と形が判っていれば、特に支障は無い。まぁ誰にでもある昔話を聞く感覚であった。
だからどちらかと言えば、この中で一番興味を感じていたのは、若君である北斗ちゃん御本人で在ろう。彼もその当時の記憶を特に失っているとか、特別な事情がある訳では無い。
自分の事だからちゃんと憶えているし、迷惑を掛けていた自覚も在った。彼はその困難な時期に敢えてこの自分に尽してくれた男の言葉を聞いてみたかっただけである。
楼琬は淡々と説明している。特に抑揚を付けたり、大袈裟に身振り手振りを交えている訳でも無かった。
彼の冒険の旅の道中そのものが、刺激の連続であり、ワクワクさせられる場面の繰り返しであったから、聞く者に与える印象も深かった事だろう。
楼琬がひと通りの説明を終えた時、北斗ちゃんは感動していた。
文明からはほど違い原始的な蛮族たちを改心させ、まともな生活を与えた下りでは、絶句したり、顔を歪めたり、奇妙な笑い顔を発して、皆を心配させたが、若君が殊の外、笑い上戸である事が判明して却って安心したのである。
楼琬が偶然とはいえ、交州の港町で許靖と出会さなければ、今、彼の手許にその交渉の成功の証が握られている事は無かった筈である。北斗ちゃんは嬉しそうに改めてそれを握る。
そして楼琬がひと通りの説明を終えると、北斗ちゃんは訊ねた。
「それで…(*`•o•´)੭ ੈ楼琬は今後どうしたいんだい?忌憚の無い本音を聞かせてくれないか♪」
楼琬はそう訊ねてくれる若君の言葉が嬉しかった。嬉しかったのだが、心は迷っている。彼は許靖に会い、若君の現状を聞いた時に、また彼の傍で働き貢献する自分の姿を想い描いていた。
若君も自分も共に成長しているのだから、きっと良い関係を築く事が出来ると感じていたからだ。
けれどもいざ現地に辿り着き、若君に出会う事が叶った今、些か状況が異なる事が判明して、彼の心は揺れていたのである。
それはここに居る若君を支える若き力であった。今、若君の傍には潘濬という法と礼に通じた妥協を許さない程、優れた男が居る。
そして劉巴という懐が広く、見識の高い補佐役が居り、護衛の面子も柔の田穂、剛の廖化とバランスは完璧と謂える。
果たして自分の入り込む余地が在るのだろうかと懸念していたのだった。
一方の北斗ちゃんは、またひとり若く優秀な人材が育っていた事が判り、素直に喜びに溢れている。
何しろ降って湧いたような出来事だったし、それがあの楼琬だというのだから、喜びもー入であった。
幾ら頭痛を抱えて、自暴自棄だった日々の事とはいえ、纏わりつく様に想える程、懸命に教育してくれたこの男を、彼はいとも簡単に首にし、捨てたのだ。
本来なら恨まれていても不思議は無かった。けれども彼の纏うその雰囲気の中には、そんな恨みがましい要素は微塵も感じられなかったのである。
だから大丈夫、きっと力に為ってくれると彼は期待に胸を膨らませていた。ところが楼琬はここに来て、想い悩んでいるように見える。
彼は少々不安になり、その第一声を待った。楼琬はしばらく考えていたが、決心したようにこう答えた。
「(٥´°ᗜ°)✧若君、僕はまだまだだという事がここに来て良く判りました。僕は確かに自分の弱さを克服して経験も積み、ここまで辿り着く事が出来ました。でもまだまだ蒼いという事が今、身に沁みて判ります。ですからお役に立つには程遠いと思うのです…」
「…ꉂꉂ(°ᗜ°٥)僕は今、ここで合流を果たすよりも、もう少し修業し、経験を積んでから合流した方が、貴方のため、強いては蜀のために成るのではないかと感じました。だから僕の本音という事で在れば、もう少し修業を積みたいと存じます…」
「…(*´°ᗜ°)✧貴方のご立派な姿を拝見し、僕は自分の施した教育が少なからずお役に立っている事が判り、安心致しました。貴方は命を大切にし、民想いの方です…」
「…(ღ´°ᗜ°*)✧そして配下の意見を拒まず、その意見を鵜呑みにせず、しっかりと耳を傾けてその是非を問い、意見を闘わせる姿勢をお持ちになっています…」
「…✧(°⌓°٥)そして食わず嫌いを好まず、まず率先して確かめる姿勢をお持ちになっています。これ皆、あの折に僕が口を酢っぱくして叩き込んだ事でした…」
「…(*´°ᗜ°)੭ ੈ僕には理想があり、戦国の世であるにも拘わらず、斯様な教育を施した訳ですが、貴方は時勢を踏まえながらも、僕の意志を…否、大変失礼!今や貴方は自分の物に完全に成さっておいでだ。貴方の意志を皆に示し、全くその根本と為る軸がぶれていない。誠に頭が下がる想いです…」
「…(*ᴗˬᴗ)⁾⁾⁾ 貴方の体現する方針を拝見した今、僕にすぐお役に立てる事は在りません。只一言、言葉を添えるとした為らば、理想はあくまでも理想です。現実との狭間の中で、如何に乖離を埋めて、目標に沿う道を切り拓いて行けるかが問われて居りましょう…」
「…ღ(°ᗜ°*)でもきっと貴方ならそれが出来ると僕は信じております。おそらくこの御時世に、いきなり運河を通して海洋交易に乗り出すと宣言して、誰がその実現を信じる事が出来るでしょうか?イカれたキ印と大半の者が思うに違いないのです…」
「…(*´°ᗜ°)੭ ੈそれは貴方の本質を掴み取れていないからです。そしてここ荊州の者達は、誰一人としてその方針を疑っていません。それは貴方の姿勢や方向性が浸透し、現実的な目標として捉える事が出来るからです。とても素晴らしい将来を描けていますね…」
「…(°ᗜ°*)そして主従が熱い信頼で結ばれていて、とても頼もしい限りです。丞相が、あの孔明先生が、この荊州を若君とその周りを支える者達に任せて、安心して成都に帰還される道を選んだのも頷けます。丞相は、おそらく貴方達は知らぬでしょうが、一から十まで口を出さないと居られない御方…」
「…フフフッ♪ꉂꉂ(°ᗜ°*)顔色が変わりましたね、劉巴殿!貴方は良くお分かりの筈です。そんな御方がここ荊州を貴方達に託したのですから、その期待の大きさが判るというものでしょう。そして丞相自身ですら、自分のこれから進むべき道を考え直し、今後どうするべきかを定めて居られる筈…」
「…ღ(°ᗜ°*)さっそく成都に戻ったら、動き始めるつもりでしょう。そうしなければ、自分が貴方達に置いていかれる事が判っているからです。あの偉大なる諸葛孔明ですら自らを叱咤し、新たなる目標を掲げようと懸命なのです…」
「…(*ᴗˬᴗ)⁾⁾⁾ この僕ごときが、これくらいの事で満足していて良い訳がありません。孔明先生は恐らくこれから先も若君、貴方の到達する大きな高みを支える為に自ら土台と成れるように切磋琢磨して行くおつもりなのでしょう。僕もそれに倣うとします…」
「…(*´°ᗜ°)੭ ੈそして今、貴方達に足りないものを掴みに行く事、これがこれから僕が成し遂げるべき目標です。若君、そう言った訳で僕はしばらく滞在した後にまた旅に出ますからお構いなく♪それにやっぱりこの官服はキツいですからね!毎日これ着るのは御免被ります♪」
楼琬はそう言い切ると、晴れやかな表情で拝礼した。皆、彼のその立派な口上を聞いていて、感心しない者はいなかった。交互に頷き合っている。
北斗ちゃんはというと、やはり感心した顔である。毛皮を身に纏っていたイメージからは程遠い楼琬の見識の高さに驚いていた。
そこにはかつて自分を叱咤しながら教育してくれた先生の姿があったのである。彼は咄嗟にこう口にした。
「先生!(๐•̆ ᗜ •̆๐)楼琬先生♪教えて下さい。僕に、僕達に足りないものとは何でしょうか?是非、ご教授願いたい!」
すると楼琬はおもむろに答えた。そこにはかつて神童と呼ばれていた頃の風格があった。まるで諸葛孔明がそこに佇んでいるように感じられたのである。
「あぁ…(´°ᗜ°).。oO 若君、それは人材です。人には得手不得手が在るもの。それが当たり前であり、自然の理です。我ら蜀は天然の要害である山脈に囲まれた西の端に在り、なかなか優秀な人材を輩出出来て居りません…」
「…しかしながら、今後は丞相の方針により、人材の掘り起こしと教育が為される事でしょう。既に陛下の下知の許、董允様と糜竺様が動き始めて居られます♪ですがご承知の通り、万能な人材が皆無である事は自明の理です…」
「…先程申し上げた通り、人に得手不得手があるのは仕方の無い事です。であれば、如何に違った才を持つ人材を集めるかが重要で在りましょう。片寄った才ばかり集めても、そこに特化した習熟度は上がりましょうが、他国に及ばない面はいつまで経っても及ばないままです…」
「…異なる才をより多く集めて、その裾野を広げる事こそが、今、行うべき大事かと存じます。やるなら早ければ早い程、宜しい。それだけ人材争奪戦にも勝てますし、新たな才がもたらす習熟度も上がります…」
「…要は目下、緊急を要するその案件をこの僕が肩代わりしようという腹です。どうです?面白い着想でしょう。さて、その道の先駆者となる先生方をお招きするとどうなりますか?皆が学び、万能とは言えずともあらゆる面に知識を得ます…」
「…そしてゆくゆくは各人が自分の好きな道を進み、その道で励めば良いのです。そうなればシメタものです♪その道の熟練者が増える訳ですからね!こうして裾野を徐々に拡げて行けば行く程、人材もその専門的知識も成熟して行く事でしょう…」
「…これって実は人材の掘り起こしと教育を同時に達成出来る面白い試みなんですよね?しかも任務や肩書きに縛られない自由な者にしか出来ませんし、今の僕なら恰好の人材だと思いませんか?まぁそんな訳です。僕も天下の情勢を備に眺められますし、一石三鳥…」
「…いや、四鳥かな?官服に慣れる時間もいただけますからね♪若君や皆さんのお役に立てる、僕なりの結論という訳です。先生の、丞相のお役にも立ちましょう。なぁに、雌伏する人材狙いですから、魏王や呉王も文句は言いますまい。以上です…」
「…少しのんびりしたら立ちますから、僕の事はしばしお忘れになって貰って結構♪随時、送り込む人材を如何に役立てるかは、貴方達のお役目ですからね♪少しばかり変人を寄越しても怒らないで下さいね♪僕の目は確かだと考えていただいて結構!いや~面白くなって来たな♪我ながら良い想いつきだ♪」
楼琬はそう言うと笑みを浮かべた。
北斗ちゃんを始め、その場に居る者は皆、感心し切っており、二の句が継げない。降って湧いたような神童の眼差しを呆けて眺めているのみであった。
やがて北斗ちゃんはコクリと頷くとこう述べた。
「楼琬先生♪(´⸝⸝• •⸝⸝)੭⁾⁾ 判りました。先生にお任せします。実は先生に僕の指導と助言をお願いしようと期待しておりました。ですが今、先生の申された言葉で目が覚めた想いです♪どうか自由になさって下さい。そしてゆくゆくはお力になって下されば、これに勝る喜びはありません♡」
その言葉を受けて楼琬も返礼する。
「フフフッ♪(*´°ᗜ°*)✧坊ちゃん、貴方の指導は潘濬殿が適任と云えます。彼は厳しいかも知れませんが、その姿勢にはブレが無い。さすがは法家の権威です。その道は彼に師事すれば宜しい。僕は人の根底に在る善悪の区別と慈しみの心は教えました…」
「…貴方の現在地を育む根底がそこに在るなら、今後は他者の教えの中から、より自分を育む道をお探しになると良い。僕も見聞を広め、他者の行動から学び、近い将来もっと高みに立った地で再び巡り合うと致しましょう…」
「…そうそう、貴方の配下の方々も貴方から離れた地で皆、自分を高める努力を為さっておいでです。きっと貴方の琴線に触れる方も居りましょう。お忙しい身とは想いますが、時には各地を巡幸されるのも良いでしょう。皆、きっと意欲が湧く事でしょうね♪」
楼琬はそう言葉を締め括った。
「はて?Σ(,,ºΔº,,*)先生は誰の事を申されているのです??」
北斗ちゃんは訊ねる。桜琬は苦笑する。
「フフフッ♪ꉂꉂ(°ᗜ°*)丞相が陛下の三顧の礼を受けた後、何と答えたでしょう♪"玄直の奴、去るなら静かに去れば良いものを、余計な推挙をして行くとは思い上がりも甚だしい!"そう言われたそうです♪…」
「…ですから、少くとも自分の目の届く範囲の事は自分の目を信じてお決めなさい。配下の言う事がもっとも為らば、真摯に聞けば宜しい。でも自分の信念に基づく決断に迷いは禁物…」
「…合議制は大いに結構ですが、苦しい決断ほど、自身で為さると良いでしょう。配下に責任転嫁する事無く、その責任の重みが貴方をより大きく成長させるでしょうからね…」
「…"配下に自ら考えさせ、行動する自由を与える"そのやり方は、天晴れの一言です♪"責任は僕が取るから、悔いの無いよう行動せよ!"その心がある限り、皆が貴方を慕い着いて来る事でしょう。僕もそんな貴方に着いて行く所存です♪」
楼琬は颯爽とそう宜う。
若君の目には光るものがあった。
【次回】法正との邂逅




