漁夫の利
彼は絹に認められた文書を開き、涼しげな眼差しで目を通す。そして思い出した様に溜め息を漏らすのである。彼はこの文書を既に何度も読んでいる。
初めて一読した直後には、怒気を含んだ呪いの言葉を投げ掛け、粉々に破ろうとしたが、当然絹であるから破る事は出来ず、手許の小刀で裂こうとして、呂蒙に停められた。
仕方無く文書そのものを怒りに任せて叩きつけた。呂蒙は冷静にその文書を拾うと、主君である孫権に捧げる。
「(٥ •'ᗜ'•)੭ ੈ我が君、如何されたのです。国主ともあろう御方が軽々しく挑発に乗ってはなりません。ましてや怒りに任せて物に当たるなど言語道断。王たる者、蔑みに耐えて、時に我慢し、時に広い心で相手を許し、来たるべき日に備えてこその王者と言えましょう。冷静に対処されますように!」
呂蒙の戒めに孫権は多少の譲歩をせねばならない。何しろ、モンスター級の竜巻きの被害からの復興を成し遂げたのは呂蒙の我慢強い取り組みの成果である。
勿論、救いの手を差し伸べてくれたのは青柳商団の秦縁であり、彼の復興支援のための計画や人員、物資などの供給が無ければ復興の端緒に立つ事も、こんなに早く復興を成し通げる事も出来たかどうか判らない。
呂蒙を中心とした家臣団が彼の計画を途中引き継ぎ、辛抱強く作業を続けた成果と言う訳だったのだ。だからその呂蒙から『我慢せよ!』と言われれば、孫権としても譲歩せねば成らなかったのである。
彼はまだ怒りが納まった訳では無かったものの、冷静なその男に「ꉂꉂ(・ิ⌓・ิ٥ꐦ)中身を読んでみろ!」と言った。"読めば呂蒙も儂の気持ちが判るに違いない"そう想ったのだろう。
呂蒙は捧げ持っていた絹の文を緩やかに開くと、その柔らかな瞳で一読した。
『成る程…Σ(•'ᗜ'• ٥)これだけ挑発を受ければ、我が君が怒るのも無理は無い。がしかし、あの魏王が急に長江の河川整備に乗り出すとは、いったいどういうつもりであろうか?三国がまだ対立しているこの状況下でそんな悠長な事を始めるとはなぁ…』
『…(ꐦ٥•'ᗜ'•)しかも人手が足りないから手伝いを寄越せとは、余りにも一方的な物言い。我らが国の復興に躍起となっていた事は承知のはず。いったい何がそうさせたのか調べてみる必要がありそうだ…』
彼はそう想い、すぐに手を打つ事に決めた。但し、この場は何とか収めねばならないから、文を丸めて捧げ、王に返すとこう述べたのである。
「(٥ •'ᗜ'•)੭ ੈ我が君、どうも我々が復興に力を注いでいる間に世の中の動きは在らぬ方向に動いている様です。あの魏王が河川整備に力を入れるなど本来で在れば考えられませぬ…」
「…ここは一旦、お気持ちを抑えていただき、王としての貴方の度量をお見せ下さい♪なぁに魏王の戯れ言などしばらく放っておいても構いませぬ!私の察するところでは自らの力を誇示したがっているに過ぎませぬ…」
「…我らも苦難を乗り越えるにあたり、国を揚げての復興促進に努めて参りました。他の事は顧みず只一心に、そして直向きに走って来たのです。ですから、ここのところは諜報活動もまま成りませんでした…」
「…さっそく陸遜に申し伝えて、事の次第を探らせますゆえ、しばらくは御自重下さいます様に!魏王はともかくとして、蜀の動向も気に為りますし、交州も何をしでかすか判らぬ危うさが御座います…」
「…全てが把握された後でも動き出すのは遅くは在りません!情報が全て整った上で、我が君のご英断を仰ぎますれば、事は正常な方向に軌道修正する事が出来ましょう♪」
呂蒙のこの冷静な姿勢と的確な助言に、呉王・孫権も渋々従う。非常事態宣言と共に戒厳令を敷き、国内外の移動を制限していたのだから、呂蒙の言う事は的を得ていた。
猫の手も借りたい事態に対処するためには、国外の人員も含めて、総力戦で臨む他、無かったのである。だから、この間に堂々と国外退去を果たしたのは青柳商団の面々だけだったという訳だ。
これも孫権の特別許可の下、指示された例外中の例外であり、彼らはこの間一切外界との交信を断っていたから、退去した後の秦縁の動きも、士燮が密かに許靖と面談に及び、通商条約を蜀と結んだ事すら知り得なかったのである。
唯一、受け取ったのが、魏王・曹操からの一方的な通告だったというべきだろう。これですら、国境から使者を中に入れる事なく、受け取ったものである。
使者はその無礼極まる対応にかなり立腹していたが、対応に出た闞沢の一喝にびびった。
「ꉂꉂღ(•᷄ὤ•᷅ꐦ)黙らっしゃい!!」
そのシャープな斬れ味は魏の使者の心を斬った。けれどもこの男はそれだけで相手を帰さぬ気配りがあった。
「…ꉂꉂღ(•᷄ὤ•᷅*)身内に不幸が有り、見舞いと称して訪ねたとする。ひとめ会わんと思い、貴殿は制止するのも聞かず、ズカズカと上がり込むのをどう想われる?義理か不義理か?」
「(٥´°⌓°)…そうですな、それは不義理でしょうな!この私ならそんな事は致しますまい。見舞いの品と口上だけを述べて、立ち去るでしょう!」
これを聞いた闞沢はニコリと笑い、「さすが使者殿はご立派な御方♪それを聞いて安心致した。我が呉は先の災害で国が危篤なのです、お判りいただけて感謝致します♪ꉂꉂ(*•᷄ὤ•᷅*)」
「あっ!!Σ(°⌓°٥ノ)ノ」
ようやく事の次第が判った使者は自らを恥じた。深々と頭を下げて「(٥´°⌓°)⁾⁾ お大事に!」と口上を述べるとそそくさと引き上げる羽目になったのである。
この応対の見事さは、呉の威信を傷つける事無く、強国・魏の横暴を退ける結果となったのであった。復興に苦しむ呉の人々にとっても励まされる明るい話題となる。
無論、闞沢の名声は一気に高まる事となったのであった。ところがその中身が不味かった。
そりゃあ、そうだ。曹操が呉を索制し、孫権を怒らせるのが目的で、わざわざ書いたものだから、至極当然の結果だった。
「ꉂꉂ(・ิ罒・ิ٥ꐦ)その使者を無事に帰したのか?」と怒りの矛先を向けられた闞沢は余りに気の毒だ。けれども彼は全く動じる事なくこう言った。
「我が君!(*•᷄ὤ•᷅*)✧もし仮に貴方に宛てた恋文を誰かが勝手に開封し、中身を読んだらどうされますか。これは義理ですか、不義理ですか?」
「何!…Σ(٥・ิ罒・ิღ٥)そりゃあお前、それは不義理だろう。絶対に許さぬ!手討ちに致す!!」
「そうでしょうな…ꉂꉂ(*•᷄ὤ•᷅ღ*)それを聞いて安心致しました。我が君宛の封書を開けず正解でした♪中身が判らなければ、相手は外交の使者です。斬るどころか丁重に扱わねばなりませんからな!そうして於いて良かった♪首の皮一枚繋がりましたぞ!」
「あっ!!:;((・ิ罒・ิ٥ ))));:」
孫権は言質を取られて絶句した。
『やられたわい!(ღ・ิᗜ・ิ ٥)さすがは徳潤よ♪伊達に面の皮が厚く無いわ!良く判った、御苦労♪」
日頃、孫権は心が広く寛大ではあるが、侮辱は許さぬ狭量な面も併せ持つ。若くして後を継いだせいか、侮りには敏感に反応したようであった。
そしてこの闞沢は貧しい農家の出身で、苦学して優れた学識を身に付けた男である。苦労した分、人の痛みや感情が理解出来たのだ。
だから常にこれは義理か不義理かという観点で物事を捉える。相手の心に寄り添いながらも、非がある点をはっきりと相手に気づかせる事で、難題を解決して来た男だった。
そしてその姿勢には揺るぎが無かった。無礼には「ꉂꉂღ(•᷄ὤ•᷅ꐦ)黙らっしゃい!!」と一喝する事も忘れる事は無かったのである。
呂蒙はそんな闞沢の姿勢に感じ入っており、『これは使える…(ღ•'ᗜ'•*)』と内心、嬉しそうに眺めていた。
陸遜の動きは早い。今まで手をこまねいていた分、指示さえ出ればと、あっという間に情報網の再構築を計ってしまった。
そして彼の優秀なる配下達は、さっそくあらゆる場所に出入りを繰り返し、どんどんと情報をもたらして来る。
第一報は魏の動勢であり、20万の大軍を長江北岸に集結させて、魏王の宣言通り、河川整備に取り組んでいる事が判明した。
そして第二報は夏候惇に後見された李典の子の李禎が濡須口を堅守している事などである。
『まぁ…(ღ•"ᗜ•٥ꐦ)これは予め判っていた事。それにしても濡須口の防衛にも揺ぎ無しか…さすがは大国、我らに対しても手を抜かぬか?復興を成し遂げたとはいえ、戦に兵糧は付き物。国庫を開いて民の救難物資に充てた我らに、攻めに転じる余力はまだ無い。油断があれば、振り回してやろうと想っていたが、こりゃあ駄目だな!』
陸遜はそう想いながら、呂蒙にひとまず報告を終えた。吕蒙は「⁽⁽(•'ᗜ'•*)判った!」とだけ答えた。あ・うんの呼吸である。陸遜はすぐにその意図を汲んだ。
『(ღ•"ᗜ•٥ꐦ).。oO 殿はどうやら隣の動勢がお好みらしい。実はこの私もそちらに興味がある…』
彼はほくそ笑みながら続報に期待したのである。
ところがやがて第三報が届く頃にはその余裕にも亀裂が入る。何と江陵から西へ向かう一団の中に、丞相・諸葛亮と黄忠、魏延、関平の姿を見掛けたというのである。
「何だと?(ꐦ•"ᗜ•٥)੭ ੈそれは誠か!」
「はい!ꉂꉂ(°ᗜ°٥)見間違うはずはありません。あれは間違いなくそうです!」
陸遜も配下を信用している。しかしながら、成都に居るはずの諸葛亮らが成都に向かっているという。陸遜は巷の動きに驚きを禁じ得ない。
『待てよ?(ღ•"ᗜ•٥ꐦ)』
そこで可笑しな組合せに気づく。
『関平だと?(ღ•"ᗜ•٥ꐦ).。oO 確か関羽と共に江陵に居たはず。とすると何らかの関係で彼は荊州を離れた事になるが、まさかそのためにわざわざ迎えに来る程の大物では無いはず?いったいどうなってる…』
『…でも何らかの用で丞相や大物の将軍たちが荊州の、しかも江陵で何やら暗躍していた事は間違いない事実!これは殿にすぐ報告せねば為るまい…』
陸遜はそう考え、引き続き探索するにあたり、江陵に潜入するように指示を下した。ところがである。それが見事に裏目に出てしまう。
「…将軍!ꉂꉂ(°ᗜ°٥)駄目です。江陵に入った者からは連絡が途絶え、行方が知れません。皆、刈られた可能性があります!」
そう返事が来るに連れ、さらに混乱する羽目に陥ったのである。
『不味い、不味いぞ!(ღ•"ᗜ•٥ꐦ)こりゃあ私自ら行かねばならんか?だが、どうしたものか…』
陸遜は考える。少し行き過ぎたかも知れないと想ったのである。
既に配下が刈られ、或いは捕えられたとなると、今さら表敬訪問を装う訳にもいくまい。自分まで間謀の容疑で身柄を拘束されたら洒落に為らない。
「判った…(ꐦ•"ᗜ•٥)੭ ੈ江陵はしばらく捨ておけ!殿と協儀する事にしよう。お前達はその周辺で起きた事を嗅ぎ回れ、良いな!」
「「ははっ!!」」
配下が再び散ると、陸遜は取り急ぎ呂蒙の許に再び報告に向かう事にした。その道すがら、別の配下の者が慌てて追い掛けて来て、彼の耳許にて囁く。
「何!(ꐦ•"ᗜ•٥)それは事実なのだな?」
彼は珍しくも怒気を上げて叫が。
「はい!(°⌓°٥)間違い御座いません。どういたしますか?」
「(ꐦ•"ᗜ•٥)੭ ੈ決まっている。バレるかも知れんが、細心の注意を払い追尾せよ。けして手は出すな!相手が悪過ぎる。状況さえ掴めば、撤退して良い。行け!」
「はい!ꉂꉂ(°⌓°٥)承知しました♪」
その配下もすぐ退く。陸遜の頭の中は目まぐるしく回転し、得た情報からすぐに状況整理に入っていた。
『(ღ•"ᗜ•٥ꐦ).。oO 江陵と果たして関係あるのか??二日程の距離に魏王と曹仁が歩いている。しかも接近しているんじゃない。どちらかというと離れていっているようだ。そして諸葛亮らは一日程の距離…。関係無くも見えるが、丸っきりそうとも言い切れまい…』
『…魏王が江陵で蜀の丞相と会談したのか?だが丞相・諸葛亮が黄忠、魏延を伴いわざわざ来たとすれば、理由はこれしか在るまい。ぴったりだ!江陵で魏王と交渉したに違いない。我が呉が被災しているのを良い事に内緒で会っていたとしたら、大変だ!これは急がねば!!』
陸遜はさらに足を早めて報告に向かった。彼が在らぬ誤解に至ってもやむ得無かった。状況がそれを示していたからである。
これでは優秀な者ほど、そういう結論に飛びつきたくても仕方無かったのである。実際の事情は全く異なる、悪戯好きの曹操の我儘と蜀側の健康診断などと言っても誰も信じまい。
それに魏王に接見したのはあくまでも若君・北斗ちゃんと関羽将軍なのである。情報戦に遅れを取った陸遜にとっては、全く想像すら出来ない出来事であった。
「ほぉ~成る程!⁽⁽(•'ᗜ'• ٥)それは面白いな♪」
そう語る呂蒙は、変わらず冷静であり、少しも慌てる様子が見受けられない。朝政の場でも泰然自若といった雰囲気のまま、孫権に向き合う。
「我が君!(٥ •'ᗜ'•)੭ ੈご心配には及びません。集めた情報を鑑みるに、どうやら魏蜀が同盟を結んだ事は間違いなさそうです。ですが、あの魏の体たらくを御覧下さい♪河川の補修のために泥を掘り、汗水流して働いております。本来、戦う事が本分である筈の将軍や兵達がです…」
「…そしてそれを統率しているのが、まだ若手ですが、知恵袋と名高いあの司馬懿です。これが笑わずに居られましょうか?そしてどうも蜀側も似た様な事を行っている模様ですな…」
「…こんな事も在ろうかと、南海の極悪人のひとりを買収してありましてな、先頃、逃げて来たので引導を渡してやりました。始末する前に良い情報が取れましたよ♪今荊州は劉禅君という稀代の阿呆に牛耳られているそうです…」
「…その阿呆が何をやっとると思います?わざわざ成都から丞相その他、有力な将軍を呼び集めて、お医者さんごっこをしとるそうです。それにまともな船すら持っていないのに、運河を通して海洋交易をしようと大々的に宣伝しとるらしいのです…」
「…どうやらその阿呆の許には多くの若者が集っていて、力を付けつつあるようですな♪関羽や馬良などはもう骨抜きにされつつあるようです…」
「…これなら、しばらく両国の好きにさせておけば宜しいでしょう。我々はまだ復興から立ち直ったばかり。高見の見物を決め込みながら、国力と兵力の回復、増強に努めるべきかと!」
呂蒙は面白可笑しく笑いを誘う。孫権はその内容もさる事ながら、呂蒙の話術の巧みさに大声を上げてゲラゲラ笑い出した。
「ワッハッハ♪ꉂꉂ(・ิㅂ・ิღ*)」
それに釣られる様に集まった文武諸官からもドッと笑いの渦が巻き起こった。
「⁽⁽ღ(・ิᗜ・ิ *)こりゃあ、凄まじいキ印であるな♪元々凡庸な太子とは聞いていたが、これでは玄徳殿が気の毒じゃ!つまりは、漁夫の利を得よと言う事だな!判った♪善きに計らえ!儂は国力の回復と兵の精強さを取り戻す事に専念する♪皆もそう承知しておくように!」
「「「ハハッ!!!」」」
呂蒙の鶴の一声で、今後の体制はこうして決した。呂蒙は最後に一言、「(* •'ᗜ'•)⁾⁾我が君!御明察です♪」とだけ述べた。
ただひとり呆然としていたのは、陸遜のみであった。
【次回】暗中模索




