嘘から出たまこと
北斗ちゃんは期待していた。だから自然とその瞳は輝き、胸はワクワクして来る。
症状が一時でも、改善された事があるのならば、恐らくそれが突破口となり、治療を施す近道となるかも知れない。
そう想い、患者の答えを待っている。けれども、その意に反して患者の口は突如重くなり、まるでそれを境とするかのように押し黙ってしまったのである。
元々、偏屈なところがある老人なのは、青空診療所の一件を見ても明らかだ。急かしてはいけないと、北斗ちゃんは辛抱強く待つ事にした。
ところが、老人はいつまで経ってもそれ以上は協力してくれる気が無さそうだった。それどころか腕を組んで眼を閉じると俯き加減となって無言を貫いている。
北斗ちゃんは困ってしまった。
彼が頭痛の症状に悩まされている事は間違いない事実だろう。彼だってそんな事にいつまでも悩まされるのは不本意に違いない。
早く治ってすっきりする方が絶対良いに決まっている。それなのに彼はガンと強く口唇を真一文字に結んだまま、開こうとはしない。
『なぜなんだろう…(ღ❛ ࡇ ❛´٥๑)✧??」
北斗ちゃんは不思議そうに見つめるほか無かった。彼がなぜこれほどまでに頑強に協力を拒否するのかが判らなかったのだ。
北斗ちゃんは手をこまねいて見つめるしか無かったので、仕方無く薄い布地の先に鎮座する李孝の方に視線をやって助けを求めた。
けれどもこの李孝も心配そうに見つめるだけで、見方によっては呆けているようにすら見える。こうしてこの場は奇妙な静寂にしばらく包まれていた。
北斗ちゃんはここは我慢比べだと想い、待機の姿勢を保ったまま、のんびりと構えているしか無かった。
一方の李唱こと曹操は、腕を組んだまま瞑想し、この打開策を考え込んでいた。
『成る程…(ღ๑°⌓°๑)確かに優秀な医者のようじゃ♪お陰でついついお喋りが過ぎた。だが、改善された治療の事を話すという事は、即ち華侘の事を話さねばなるまい。するとどうなる?…』
『…師弟関係の二人の事じゃ!恐らく相談するに違いあるまい。そうなれば、奴の口からこの儂の正体が明らかになってしまう。さて、どうしたものか…』
曹操の方もこれといった打開策を見出す事は出来ずに居たのである。そもそも彼は当初から、この頭痛の種を解消する気は無かった。
あくまでもその事実を利用して、太子・劉禅に接近する出汁に使うだけのつもりだった。
だからのらりくらりと躱しながら時を稼ぎ、太子の人と形をじっくりと見定めてから、暇を乞うつもりだったのだ。
ところがこの太子というのが余りにも熱心な姿勢でこちらの話しに耳を傾け、その言葉の奥に秘められた情熱と労りが彼の琴線に触れたらしい。
ついつい突き動かされるまま協力した結果の失策だったのだ。
『(ღꐦ°⌓°๑)やれやれ全くこの儂とした事が…』
彼は反芻しながら、再び悔やむ。お陰でせっかくの計画がパアである。部下の失策ならば怒鳴りつけ、腹いせも出来るが、自分に今更怒っても仕方無い。
『(ღꐦ°⌓°ღꐦ)全く、いまいましいガキだ!』
彼は恨み事を念じてみたものの、心は晴れる事は無かった。これでは逆恨みである。彼は心の蟠りを解消しかねていたが、その矜持でこれを制した。
そして打開策をあれやこれやと描いては捨て、描いては捨てながら、失地回復にその神経を注いでいたのである。
ではこの両者の狭間に立ち、見守っていた曹仁はどうかと問われるならば、彼も打つ手無く、端から眺めているほか無かった。
途中、困った太子が助けを求めるように、こちらを見つめている事には彼も気づいていた。気づいていたのだが、彼はまるで役立たずであり、そのご期待に沿う事は出来なかった。
彼はそもそも戦場でこそ力を発揮出来る人であり、駆け引きに長じた人では無かった。彼はいたって常識的な人であり、家族や民、部下想いの親しみのある人柄であった。
だから彼は戦場で孤立無縁となった仲間をけっして捨て置けぬ人で、たとえ劣勢であっても小数精鋭で突撃し、助け出す気概を見せたのである。
だからこそ彼には部下が着いて来るし、曹操もそんな曹仁をとても信頼していたのである。
これはちょっとした三すくみ状態であって、その場が静寂に包まれても不思議は無かったであろう。そしてその静寂をけっきょく打ち破る切っ掛けとなったのは、北斗ちゃんの一言であった。
「ꉂꉂ(ღ❛ㅂ❛๑)李唱殿、そして李孝殿も聞いて下さい♪僕は遠くから遥々いらした貴方たちに何とかお役に立ちたいと心の底から想っています。その気持ちで今、ここに居ます。李唱殿がお答えにならないのは、何かよんどころのない事情があるのだと僕は推察しました。だから急かせる事無く、お待ちしたのです…」
「…切っ掛けが掴めれば、僕でもお役に立てると信じたからです。けれど、どうしても言いたくないという事であれば仕方ありません。僕にはこれ以上、お役に立てる事は無さそうです。だから二つの選択技を御提案します…」
「…まずひとつ!先程の僕の質問に答える事。これには時期は含みません。今、言えないのであれば後日、決心してからでも構いません。ふたつ!せっかく遥々来られたのですから、僕の師匠である華侘老師の診察を受ける事。以上の二つです…」
「…僕よりも師匠は聞き取りが上手だし、腕も良い。それにこんな若者相手よりも、話し易いでしょう。如何ですか?僕にとっては良く考えた末での結論なのです。貴方のためにもそうされる事を、切に願う次第です!」
北斗ちゃんはそう締め括った。これは彼の医者としての精一杯の譲歩であり、人としての情けでもあった。必要とされているから今、ここにいるが、そんな自分にも先に進まねばならない使命はあるのだ。
残念ながら、こればかりは強制する訳にはいかない事なのである。本人の意志を優先するしか道は無かったと言うべきだろう。
『しめた…(ღ๑°⌓°๑)✧』
曹操はその瞬間、危機を脱した事を喜々として感じ取る。八方塞がりだった先行きに道が拓けた想いであった事だろう。
彼は再びしばらくの間、考えている振りを決め込んでいたが、やがておもむろに口を開いた。
「先生!(๑ °⌓°๑)੭ ੈ貴方はお優しい御方ですな♪そして何より患者に寄り添える人だ。その深謀遠慮にはお見逸れ致した。お言葉に甘えて一晩、考えさせて頂く事にしよう♪…」
「…せっかくお部屋も用意して下さっているのだし、のんびり身体を休めながら、結論を出す事にしたい!その方が弟とも相談出来ますからな!それで宜しいかな?」
曹操はホッとしたようにそう答えた。彼は若き太子の若さゆえの甘さが出たと想ったようだ。この停滞する静寂の中の睨めっ子に耐え切れなくなった弱さだと考えていたのである。
だとすれば、そんなに慌てて所信を表明する必要も無い。せいぜい時を稼いでのらりくらりと立ち廻り、大人の余裕を見せてやろうと想ったのである。
『(ღꐦ°⌓°๑)わざわざこちらに合わせて譲歩するなんて、お優しい事だ!だが儂の相手をするには、まだまだ経験が足りなかったようだな♪相手に隙を与えるなんて馬鹿な奴だ…』
『…この儂をもう少しで封じ込める事が出きただろうに、惜しい事をしたな!若さゆえの甘さを露呈したか?それとも根が優し過ぎるのか?いずれにしても、この程度の奴なら殺してしまう事も無いわ…』
『…今はまだな。だが、確かに利発な男だし、カリスマ性はあるようだ。そして行動力も抜群だな!ある種の動物は獲物を狩る時期を選ぶという…』
『…獲物が丸々と太ってから、喰らった方が確かに旨いからな♪お前の情けに免じて、この儂ももう少しお前を生かしておくとしようか?今より成長したところで打撃を与えてやった方が…』
『…こいつらの陣営もかなりの衝撃を受けるに違いないのだ!この儂もこやつのその先を視る事が出来るしな♪一石二鳥というべきだろう。今しばらくの間、愉しませて貰うぞ!』
曹操はそう感じていた。彼自身はまだ自覚していないようだが、彼もいつの間にか劉禅の器に惚れ込んでいる。
これは甘さなのか或いはまだ自分の敵では無いとの油断であったのか、この時に曹操自身にも言いようの無い不思議な感覚が芽ばえていた事は確かであった。
しかしながら、この譲歩は決して若さゆえの過ちでは無かったのである。北斗ちゃんのこの呈示はある種の苦肉の策であった。
自分は目の前のこの人を助けてやりたくてここまで来ている。それは医者として患者に向き合う事であり、真摯に対応しなければならない。
それに目の前の命を救えずして大義なぞ成せる訳が無いと彼は常日頃から考えていたから、見過ごす事は出来なかったのであろう。
これが甘さと言われるならば、確かに彼は甘いのだろう。けれども、彼はそれを自分が生きていく上での信念としていたのだから、一概にそうとも言い切れないものはあったのだ。
但し、残念な事には彼にはそれだけを考えて生きていくだけの自由が無かった。彼にはこの荊州を預かる盟主として生きていかねばならない立場もあったのである。
そして最近はその立場の方がどちらかと言うと大きな比重を占めていたから、足を停める訳にも行かなかった。それだけ彼の中で盟主としての自覚が出て来たのだろう。
彼が両者の間で心を揺さ振られて戸惑うのは、何も今回が初めてでは無かった。これまでも何度も綱引きして来たし、悩んで来たのだ。そしてこの悩みは彼の中で今後も続く事だろう。
その優しさゆえに心が勝手に綱引きを始めるに違いなかった。彼は盟主としての自覚に目覚めた時に、一旦医療の道からは離れる事にした。
ちょうど弎坐が自分の代わりに医療を担うと宣言したのが切っ掛けとなった。そして自分は今、荊州の盟主として誰もが考えつかなかった巨大な事業、河川整備と運河構築に挑んでいる。
それは、他の物と並行して行える程の軽いものではない。それを為すには"辣腕"という名の指揮棒を自分が揮う必要があるのだ。
けれども"命の重み"という命題が目の前にぶら下がった時に、彼の気持ちは揺らぎ始める。"優しさ"とは時に罪なものである。
しかし一度、人の命を救うという事の"尊さ"を知ってしまった彼には、今のところそれに抗うすべは無かった。なぜならば、彼にはその腕があり、役立つ事が判っていたのだから。
だからこそ、彼は呼ばれれば馬超将軍の命を救いに飛んで行ったし、今もこの兄弟に寄り添っているのだ。"苦肉の策"とは彼らに時間をゆっくりと与えてやる事だったのである。
彼は人と話し接する中で、決して相手を袋小路に追い込む事は禁忌としていた。
これは勿論、"窮鼠猫を噛む"と言われるように、想わぬ反撃を受けないようにするための、"深謀遠慮"であり、平和的な解決を目指す姿勢でもあったのだ。
そしてこの忌むべき静寂を嫌ったものでも、若さゆえの過ちでもそれは無かったのである。彼自身はむしろ、自分が盟主としての活動の針を少しでも進めるための身勝手と捉えていた節さえある。
彼はそんな自分を心の片隅では恥じていた事だろう。ゆえに"苦肉の策"という表現を用いざるを得なかったのだ。
そして幸いな事には、李唱も考える時間が欲しいと言う。お互いの利害が見事に一致した瞬間だったのである。北斗ちゃんは内心ホッとしていた。
「(٥ •ᗜ•)ღ⁾⁾ 宜しいですとも♪是非そうなさって下さい!急かしは致しません。弟さんともよく相談なすって下さい。一日と仰有られたが、居たいだけ居て頂いても 構わないのです♪…」
「…⁽⁽(❛ ᗜ ❛´๑)ではお大事に!もしまた頭痛がしたら遠慮なく声を掛けて下さい♪丞相府の者ならば僕に伝えてくれるはずですから!」
北斗ちゃんはそう答えて、彼らをひとときの静寂から解き放ってあげた。李唱と李孝は整えられた彼らの部屋に戻って行った。
「(๑´❛ ᗜ ❛)੭ ੈ二人共、もう大丈夫だ♪入ってくれないか?」
北斗ちゃんは外に待機させていた田穂と廖化を誘う。二人は顔を見合わせながら、入室する。
「"(•ᗜ• ๑)あの二人の兄弟は、もしかするとしばらく滞在するかも知れない♪だから余りこちらが用心すると、却って精神的に参らせてしまう気がする。滞在中は好きにさせてやると良い!余り神経過敏に監視せぬようにね…」
「…( ๑•▽•)✧まぁ大丈夫だよ!破壊工作で来たなら、こんな手は使わないだろう♪それにあの李唱という人は思いの外、重篤なようだ!勿論、本人たちにはまだ言って無いけどね。障りがあるといけない!」
北斗ちゃんはそう述べた。
「「(*`⌓´*)⁾⁾(*•̀ ̫•́ *)︎⁾⁾承知しました♪♪」」
二人も然も気の毒そうにそう答えた。
「⁽⁽( •̀ ᗜ •́ *)じゃあ、行くか?丞相を待たせている!」
「あぁ…ε- (٥ •̀ ̫•́ ღ*)︎それなら!丞相は既に引き上げられたそうです♪潘濬殿からそう言遣っております。後、ついでに言うと、彼ら二人ももう引き上げられました!」
廖化は馴れない口調でそう答えた。
「えぇ…Σღ(٥•ᗜ•ღ٥)まじで!こりゃあ参ったな!」
北斗ちゃんは驚いてしまった。けれども次の瞬間、「(❛ ༥ ❛´٥๑)グゥ~キュルル!!」と腹の虫が鳴いた事で、妙に納得したのである。
「何だ!✧(❛ ࡇ ❛´٥๑)もうそんな時間になっていたのだな♪そりゃあ悪い事をした!お前たちも夕食の時間だろう?特に廖化は母上様がお待ちになっているはずだ!早く帰宅せよ♪」
「えっ?Σღ(٥ •̀ ̫•́ ღ*)︎⁾⁾ 宜しいのですか?」
想わず廖化は田穂に視線をチラリと向ける。すると田穂は若君を支持する様にコクりと頷く。
気兼ね無く言う通りしろという事らしい。
「(๑´❛ ᗜ ❛)੭ ੈ何、言ってるんだ!当たり前じゃあ無いか?僕が母上様に顔向け出来なくなる♪早く行きなさい!」
北斗ちゃんはニコッと笑うと彼を安心させてやる。田穂も会釈して廖化を労う。
『(ღ`ェ´*)⁾⁾』
「⁽⁽(٥ •̀ ̫•́ *)︎有り難う御座います♪」
廖化は感謝すると、意気揚々と引き上げて行った。けっきょくその場には、田穂だけが残り、北斗ちゃんを見つめている。
『(*`⌓´*)…』
「何だ!(٥ •ᗜ•)田穂♪もうお前も今日は良いぞ!」
北斗ちゃんは気遣う様にそう告げた。
外部に出て居るなら、また話しは別だが、ここは彼の住居も兼ねているのだから、心配には及ばない。それに完全に離れる訳でも無い。
彼はこの丞相府の一角の部屋で寝起きしているから、傍に居る事に変わりは無いが、これは北斗ちゃんなりの配慮だった。
『ꉂꉂ(°ᗜ°๑)自由時間は好きにしろ♪』
これは皆に共通して言っている事である。メリハリを付けると同時に、自分の時間を与えるためだった。
ところが田穂は戸惑うようにこう答えたのである。
「北斗ちゃん♪Σ(٥`⌓´ღ٥)間違っていたらすいません!ですが、あの後ろに控えていた御仁は恐らく曹仁様です…」
彼はそう言ったのである。