堂々たる潜入
その日、遂に健康診断の結果が出た。残念な事だが、何事も無く健康と認定されたのは魏延将軍のみであった。
憎まれっ子世に憚るとはよく言ったものである。彼は【優】となり、無事に益州への帰還を許される運びとなったのである。
次に【良】と判定されたのが諸葛亮であった。但し、彼はまだその若さゆえに【良】となったが、本来は【可】または【不可】という事らしい。
華侘医師の判定規準は多岐に渡り、かなり手厳しい。無論、本人達の健康を気遣っている事は明白である。そうで無ければ、わざわざ診断をする意味など元々無いのである。
諸葛亮が指摘を受けたのは、やはり忙殺される余り、生活そのものが不規則になっており、軽度の過労と診断された事であった。
これもそもそも、健康診断が延期された事、そしてこの荊州に於いて忙殺の日々から抜け出せた事、その出来た余暇を利用して、本人が音曲など自分の好きな事をしながら気分転換を計る事が出来たために、軽度で済んだらしいとの事である。
だから仮に、本来予定通りの診断が行われていれば、重度の過労と診断されていた節もあり、かなり生活の見直しをするように求められた。
そして、その生活改善の一環として、業務の分担の軽減を約束させられている。彼はそれを行う事を約束した上で、結果として【良】となり、帰国を許可されたのだった。
黄忠は【可】と診断され、帰国は許されるが、引き続き投薬を受け、診療に通う事を約束させられていた。
華侘医師の話しでは、ここ荊州に来て、北方の極寒の任務から一時的に解き放たれた事、そしてバランスの良い食事と欠かさなかった遠乗りの成果が彼の健康状態に良い影響を与えたという事である。
最後に馬超である。彼は来た早々の判定では【不可】であった。
身体に重度の腫れ物があり、生死すら彷徨っていたのだから当然であるが、手術を受け、その経過も良好である事を受けて、【良】には成るだろうとの見通しである。
但し、それはあくまでも全快した時点での事であって、まだしばらくは経過観察のために荊州に留まる事になりそうだった。
そんな訳で、次の診断グループが来るまでの間、彼らにもひとときの余暇が訪れる。費禕は一旦、公安砦に戻る事にしたようだ。
さすがに健康診断が延期になった分、心配なのだろう。次のグループが到着するまでは、本来業務に精を出す事にしたようである。
弎坐は再び齟齬を来たさぬように、次の来訪者の準備を始めている。北斗ちゃんが彼の心に寄り添うように休息を勧めた事で、彼は医者の不養生という懸念を想い出し、結果として二日程休む事にしたらしい。
華侘先生は馬超の手術以降は弟子の懸命な働きにより、最終診断を下す以外は日常の外来患者を見てあげている。
特に復興の兆しが見えた事で、疎開していた民の多くが帰郷しつつあり、最近は再び大繁盛しているらしい。今日も管邈を伴って開業している。
そんな中、やって来たのが平服に身を包んだ二人連れの兄弟である。
兄は李唱と言って、長髪の黒髪が右目を隠し、神秘的な雰囲気を醸し出している。大柄な体駆はその存在を隠そうとしてもやや無理が在りそうだった。
その兄のやや後ろを歩き、身体を支えるように寄り添っているのが、弟の李孝である。彼も兄に負けず劣らず大柄で、立派な体躯である。そしてその肩口から背中にかけては、これまた立派な大刀を下げている。
にも拘わらず、終始猫背で俯き加減であるのはちと頂けない。ひょっとすると、とても内向的な人なのかも知れなかった。
その日は、華侘先生が終日診てくれるというので、民も兵も長蛇の列を作っている。この二人も恐らくはこの長い列に並ぶものと想われた。
ところが意に反して、まるでわざわざそれを避けるように短い列に並んでいる。
その日の医師の札は入口に必ず掛けられるので、この短い列が管邈の列である事は判っていた。
李唱は気づいていないが、李孝は既にその名を見た瞬間に事の次第を理解していた。
ある時、満寵が呉に放っていた諜報部隊が呉の陸遜の介入により、全滅したと耳にした事がある。そしてその場は鮮血が飛び散っており、とても酷い惨状であった事が窮えたのである。
その一部は瀕死の重体となったホンマもんの管邈の血であったが、後のものは擬態として、田穂が撒いた猪の血であった。
彼らは首領であった管邈の命を救うために、北斗ちゃんの配下に収まる事を条件として、蜀に降服したのであるが、その後、紆余曲折を経て管邈は華侘の弟子となり、新しい人生をスタートさせていたのである。
彼はまだまだ見習いの域を出ないが、だからこそ一生懸命に日々努力を怠らないのであった。彼の列が短いのは、まだ彼に出来る事に限界がある事。そして診察に時間が掛かる事が主な原因だったのである。
それでも彼は腐る事なく、日々修行がてら診察に励んでいた。
さて、ようやくこの兄弟の番となり、弟に付き添われた李唱は管邈の前に奨められるままドカリと座り込んだ。
彼らの変装は完璧である。なぜならば、あの満寵の手が入っていたからで、プロの男ならではの目線で装いが練られていたから、さすがの管邈も全くと言って良い程に気づく事は無かったのであった。
「え~と!ꉂꉂ(*´꒳`*)季唱殿ですな♪そちらが付き添いの李孝殿!こりゃまたご立派な大刀ですな♪で!今日はどうしました?どこがお悪いのですか?」
すると李孝が手筈通り話しをせずに、呆けているので、季唱は仕方無く自分で語り始めた。
「(๑٥°⌓°๑)੭ ੈ先生、私はもう随分と以前から頭痛がするのです。何が原因なのかは素人眼には全く判りません。そしてその切っ掛けすら掴めない次第です…」
「…ですが、私もそろそろ年齢も高くなり、やがては足腰も立たなくなりましょう。そうしたらとてもこんな遠い所まで足を運ぶ事は困難と成るに違いない…」
「…今ならまだ足腰は丈夫ですし、この通り弟も居りますので手を貸してくれます♪今度は一念発起して、遥々ここまでやって参りました…」
「…⁽⁽(๑°ㅂ°٥๑)どうかこの私を憐れと思し召すのならば、治療して下さらんか?この通りお頼み申します!」
李唱はそう言い切ったのである。後ろで聞き耳を立てていた李孝はハラハラドキドキしていた。
確かに頭痛は本当の事であるが、良くそれだけ憐れみを誘う文言が次から次へと出て来るものだと感心してしまっていたのである。
「う~む♪(*´꒳`٥*)左様で御座るか?それは難儀な事です。誠にお気の毒な事ですな!しかしながら、季唱殿♪この私は内科専門でして…」
「…外科領域の事はこの中華広しと言えども、華佗老師か董斗星殿しか扱えませぬ!少し老師と相談したいゆえ、ここでお待ち願えますかな?」
「それじゃ!(๑٥°⌓°๑)੭ ੈすっかりお名前を失念しておりましたが、董斗星殿に御足労願えませぬか?嫌々、お忙しい御方だとは重々承知しております…」
「…ですが、私らはその方の名を聞いて来たのです。私はその人が良い♪華侘先生の御名も聞いておりますゆえ、決して軽んじている訳では無い…」
「…⁽⁽(๑°ㅂ°٥๑)だがあれだけの人が診察して貰えるのを待っているのに、迷惑はかけたくない♪どうかこの老体を憐れとお思いなら、お願いして頂けまいか?」
李唱はここぞとばかりに必死に頼みこむ。後ろでは李孝が笑いを堪えるのに必死である。
彼は大王にこれほどの演技が出来るとは思いもよらなかったので、とても感心してしまった。管邈もその必死の形相に涙を湛えるほどである。
しかしながら、一方で今現在北斗ちゃんが抱えている案件の数を鑑みれば、『はいそうですか』とも言い難かった。彼は参ってしまった。
命の淵に立つ者にとっては、別件で忙しいというのは理由にならない。かと言って、若君の河川推進事業に支障が出てしまっては面目無い事である。
命の恩人に未だ恩を返せず、却って足を引っ張ってしまっては本末転倒である。
しかしながら、彼は自分の命を助けるために若君が敢えて虎口に足を踏み入れた事に感激した事がある。
そして馬超殿を救うために河川視察を放り出し、駆けつけた事も目の当たりにしていた。
若君は誰よりも命の尊さには過敏に反応を示す。彼はそう考えるうちに、この老人がかなり遠くから苦労して来た事を頭に想い描いていた。
『ひょっとしたら…Σ(*´꒳`٥*)』
彼は想う。
『(ღ*´꒳`٥*)ここはひとつ、若君にお願いするのが本来あるべき姿なのでは?』
そう想い始めていた。
「判りました!⁽⁽(*´꒳`٥*)忙しい方ですが、私が頼んでみましょう♪」
遂に彼はそう口に出していたのであった。
「おぉ…(๑*°⌓°๑)੭ ੈそうですか!それは有り難い♪遠い道程を苦労して来た甲斐があったというものじゃ!のぅ、弟よ♪」
「えぇ…⁽⁽(٥ー̀ࡇー́ ๑)そうですね、兄者♪」
李孝も尋ねられた反動でついつい返事をしてしまう。その時、ほんの一瞬ではあるが、管邈は『おやっ?』と首を傾げた。
しかしながら、すぐに『気のせいか…』と思い直した。彼の耳に聞えて来たその言葉は、どこかで良く耳にしていた声にそっくりだった気がしたのである。
但し次の瞬間、彼は医者としての使命に燃えていた。だから、二人を待たせると、すぐに若君の居る丞相府に走り出していたのである。
一方の李孝は自分でも自覚するほどにまんまであった。これではまるで大根役者である。兄・李唱の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいにそれは酷いものであった。
想わず振り向き様に睨みつけた李唱の眼力がそれを物語っている。管邈が去るや、李孝は面目無さげに頭を下げる。
「大…(٥ ー̀дー́ )⁾⁾ 否、兄上♪大変申し訳無く!」
「おぅ…(ღ๑°⌓°๑)=3 冷々したわい!しかしお前がこれ程までに下手くそだとは、もはや呆れてものが言えぬ!戦場では天下無双のお前も苦手があったのだな…」
「…ღ(๑°ㅂ° ๑)まぁ良い♪あの医者はどうやらお人良しの安全パイらしい。お陰様で結果オーライになりそうじゃわい♪…」
「…(๑ °⌓°๑)੭ ੈ後は当の御本人が来たら、いよいよ本番だ!ゆめゆめ油断するな!後、悪いがお前はこの私が良いというまで口を開くな!頼んだぞ♪」
「はい!Σღ(٥ー̀ࡇー́ღ*)︎⁾⁾ 誠に申し訳無く…」
李孝こと曹仁は、真険に頭を抱えて俯いてしまっていた。最早これは演技でも何でも無かったのである。
そんな事とは露知らぬ"お人好し"こと管邈さんは、丞相府にやっとの事で辿り着くと、若君に面会を求めた。
取次は大抵の場合、番兵が行うものだが、北斗ちゃんが府内に居る時に限っては、身辺警護の田穂や廖化が務める事も在る。
この日も管邈に運が有ったのか彼の二人に運が有ったのかは定かでは無いものの、たまたま田穂が取次に出て来た。
「管邈様♪Σ(٥`⌓´ღ٥)どうしました、そんなに慌てて?何かあったんすか??」
「Σ(*´꒳`٥*)田穂、お前で良かった♪若君にすぐ来て頂きたいのだ!忙しいのは重々承知の上だ。何とか為らんだろうか?」
「(ღ`⌓´٥)それは事情にもよるでしょう。他ならぬ貴方の事だ!必要あっての事でしょうが、訳を知らねば取次ようがない。言って下さい!あっしが頼んでみます♪」
「そうだったな…⁽⁽(*´꒳`٥*)これは命の問題なのだ、私はそう判断したから来たのだ!実はな…」
管邈は事情を掻い摘んで伝える。田穂はじっと真険に聞き入り、時に頷くような仕草を見せた。そして察した。
「成る程…(*`ᗜ´٥)੭ ੈ頭ですか、そりゃあ確かに厄介そうだ!わざわざ遠くから訪ねて来た事もそれだけ切羽詰まっての事でしょうな♪判りました!あっしに任しておくんなさい♪」
田穂は拳で胸を叩く。
「助かる!⁽⁽(*´꒳`٥*)宜しく頼む♪」
管邈はホッと胸を撫で下ろす。
そこにたまたま北斗ちゃんが慌てた様に飛んで来る。ドタドタと足音を鳴らしながらかなり急いでいる様子である。ε-ε-ε-(;꒪ö꒪)੭ ੈ
彼は田穂や管邈に気づき明らかに視線を合わせたものの、そのまま通り過ぎた。その表情は必死の形相であった。
田穂は手で制し呼び止めようと試みたが、察してその手を降ろした。二人は顔を見合わせて溜め息を尽く。
しばらくすると、その若君がさも晴れやかな顔をして戻って来た。そして二人に気づくと明らかに恥ずかしそうに照れてみせた。
「ꉂꉂ(°ᗜ°٥)いやぁ~ごめんごめん♪我慢してたから間に合わないかと思ったよ!話の腰を折ると不味いからね♪なかなか切っ掛けが掴めなくてさ!」
北斗ちゃんは自嘲気味にそう告げる。
二人は既に察しているので言葉も無かった。
「で?(๑´❛ ᗜ ❛)੭ ੈ管邈、何か火急の要件かな?貴方がここに居るって事は何か在ったね?」
転んでもただでは起きないとはこの事だ。彼の表情にはもはや先程まで照れていた名残は微塵も無かった。
「(`ー´ღ*)丞相との打合せは宜しいのですか?」
田穂は咄嗟にそう訊ねる。
「うん?あぁ…✧(❛ ࡇ ❛´٥๑)まだ途中だが、時は金なりだ!管邈の要件ならきっと命に直結する問題なのだろう?…」
「…(٥ •ᗜ•)ならそちらが優先されるべきじゃないかな、そうだろう♪話してくれ!どうしたんだい?」
北斗ちゃんはあっさりと頭を切り換えている。確かに話している内容は重要である。けれども彼の身体はひとつしか無いのだ。
であるならば、悩んでいても仕方無い。その時々で優先すべき事柄を常に追いかけ、対処するほか無いと割り切る事にしたのである。
無論、これを行う前提としては周りの協力と理解が不可欠である。
見方に依っては、物事をあっさり投げ出して、急に明後日の方角に走り出す訳だから、当然の如く周りは振り回される事に成るのだ。
この時も常識的に忖度していては、この判断は出来なかったに違いない。けれども彼は幾度となく悩んだ挙げ句にこの手法を採用したのだ。
個の自分と公の立場を取捨選択する事は難しい。必ずそれが正しかったのかどうかはあくまでも結果論となる。
だから常に正しい選択を出来るとは限らない。限らないが時は待ってはくれないのだ。だからこそ、そこに信念が無いと一歩も動く事すら適わないだろう。
彼は自分の弱さを身に染みて知っている。でもそれが命を与えられてこの世に誕生した人の弱さなのだとある瞬間に悟ったのだ。
そしてその弱さを自覚する事で、咄嗟の一歩を踏み出せるのだと思っていた。弱さは克服するという考え方もあるが、弱さを自覚し、今自分に何が出来るのかを考え行動する事の方が大事だと感じていたからである。
彼に言わせれば、弱さとは克服してもまた時に顔を出すものだ。その都度たとえ克服したとしても、人が生きている限りは際限など無いと悟ったのだ。
ならば自分の弱さを自覚し、その弱さを愛し、それに抗う事で力に変えた方が良いと、ふと思ったのである。それは頭で考えるというよりは肌で感じた感覚で在ったのだろう。
だからこそ彼に迷いは無かったのである。信念と言うと恰好の良い響きがあるかも知れないが、それは彼なりの経験に基づく感覚で在った。
「判った!⁽⁽( •̀ ᗜ •́ *)それならすぐに行かねば為るまい!丞相は待たせて置くさ♪潘濬や劉巴が上手くやるだろう!行くよ♪」
ある意味それは仲間を信じていなければ出来ない行動であった。彼は二人と孔明を信じていたからそこに迷いは微塵も無かった。
北斗ちゃんは事情を聞くなりそう告げると、管邈を伴い既に走り出していた。
田穂は廖化を呼ぶと後に続く。
騒ぎに気づいた孔明は後の二人と顔を見合わせた。二人は申し訳無さそうに会釈する。
「✧(ღ ˘͈ ᵕ ˘͈ *)まぁ、あれが若君の善さであり、若さなのでしょうね…」
諸葛亮はそう呟くとまんざらでも無さそうに微笑んでいた。