数の論理
張郃の南下に端を発した魏国の動きはとても慌ただしく、司馬懿の許に呼び集められた軍団は他にも在った。徐晃が南下し、張遼も集って来た。
さらに于禁、楽進など歴戦の強者たちである。その中にはあの曹仁や龐徳も居並ぶ。
当然これだけの陣容を司馬懿が独断で呼び集められる訳は無く、主導しただけであった。その背後には曹操孟徳の威命がある。
張郃がここ荊州に来る際にも、司馬懿の要請で始まり、曹仁の口利きがあり、最後に曹操の配置命令が届いている。
即ち、ここに集められた者たちは例外無くこの段取りの許に集められていると断じて良い。その数は20万に及んだ。
『(*°᷄ д °᷅ ๑)いったいどうなっているのだ…』
ほぼ最後に合流を果たした張郃は、驚きと共にこの状況に直面していた。本来であれば、文句の一つも垂れてやろうと意気込んでいたのに、状況を鑑みるに甚だ具合が悪い。
しかも自分が最後だったとみえて、皆の視線が一斉に集まる。張郃は決して遅れて到着した訳では無かったが、罰が悪いったらなかった。
『(# °᷄ 罒 °᷅٥)੭ ੈ長安くんだりから南下して来たのだ、遅れた訳でもあるまい。文句あるか?』
彼はその視線に抗う様にジロリと見返す。するとたまたま運の悪い事に、その視線の先には曹操その人が居り、偶然とは言え、視線が合ってしまった。
『(ღ๑°⌓°๑)✧ジロリ…』
「なっ!!:;((°᷄ 罒 °᷅٥ ))));:」
張郃にしてみれば、泣きっ面に蜂である。それこそ一生分の不運をここで使い果たすくらいの深淵に填まった事になろう。
彼の射るような眼光はみるみる内に力を失い、萎む。戦場で敵を畏れさせる程の眼力ではあるが、この場合は相手が悪い。
自分の主であり、稀代のカリスマである。そして乱世の奸雄と呼ばれた男の眼力は伊達では無かった。
曹操は曹仁に案内を受けながら、既に到着している配下の将軍達に笑顔を振りまき、その労をねぎらっている最中だったのだが、その視線を感じ取り、不服そうなその面に触れるや、ものすごい勢いでズカズカと歩み寄る。
曹仁も慌てて、それを追う。司馬懿は深い溜め息を漏らし、遠目に心配な面である。
張郃にしてみたら、自分が種を撒いたとは言え、主が恐しい表情で近づいて来るのだ。平静で居られる訳も無く、膝を着き蹲ってしまった。
「(ღ๑°⌓°๑)✧何だ、儁乂!文句があるなら聞こう。この儂に不服があるか?どうした!」
さすがは曹操である。瞬間的に熱されたその怒気を歩み寄る途中で迎え込み、多少の怒気は含んでいるものの、その言葉は冷静であった。
「否…Σ(٥ °᷄ ⌓ °᷅ღ٥)そうでは御座らん!羨望で御座る。つまり、嫉妬ですな♪私は外様ですからな!なかなかお会いする機会も御座るまい?こんな事ならもっと急いで来れば良かったと想い至った次第です!けして他意は在りませぬ♪」
「(ღ๑°⌓°๑)✧ふ~ん♪」
曹操は少し疑いの眼差しを向けたものの、そこは度量が広い。否…そう在るべきだと自らを戒めて来たので、ここは大らかな気持ちで許してやる。
「(ღ๑°⌓°๑)✧…であるか。ならば良し!遠路遥々、御苦労♪」
そう述べると踵を返して登壇しに行く。冷や汗垂れた張郃は、想わず胸に手を与ててホッと撫で降ろす。曹仁はジロリと視線をくれると苦虫を噛み潰した。
「諸君♪…(๑ °⌓°๑)੭ ੈ今日、集って貰ったのは他でも無い。我が魏国は実質的な統一国家として、これから河川の制御に着守する事になった。皆も知っての通り、これは以前から曹仁の申し出があった儀じゃ♪…」
「…これまでは文武両官からの反対意見もあり、見送って来たが、今度この儂の肝入りで正式に着守する運びとなった。河川事業は統一国家でなければ決して為し得ない大事業である…」
「…それを呉の孫権や蜀の劉備に見せつけてくれるわ♪まぁそういう訳でこの司馬懿に全権を持たせる事にしたゆえ、皆その指示に従うように!儂の話しは以上である♪」
曹操は意気揚々と鼻高々にそう宣う。皆は、しばらくの間、呆気に取られたように遠くを見つめていたが、途端にざわつき始めた。
それはそうだろう。
急拠、最前線に呼び集められたのだ。誰だって考える事は同じである。
そして皆、一様に『いよいよ殿は荊州を奪うご決断をされたのだ!』と想っていたし、その腹積もりでやって来たのだ。
『我こそは一番乗りの栄誉に授かるべし♪』
その意気込みは尋常では無かったのである。
ところがいざ蓋を開けてみると、戦どころの話しでは無く、河川事業だというのだ。皆、呆けても仕方無かろう。
唯一人、張郃だけは未だ時期尚早と踏んでいたから、"何の用か?"とやる気無さげにゆるゆるとやって来たのであった。その張郃ですら、大殿の演説を聞いた後には、深い溜め息を漏らした。
『(〃°᷄ ⌓ °᷅ ٥)=3 何だってぇ~?河川事業だと!未だ目と鼻の先に敵が居るのに、そんなのんびり事を構えていて良いのか!大殿もいよいよ焼きが廻ったかな?』
そんな大それた事を考えたりしていた。
すると曹操は全体から沸き上がって来る湿っぽい空気に業を煮やした。
「良く聞け♪(๑°ㅂ° ๑)儂は赤壁の敗戦を教訓とし、今まで国力の建て直しに邁進して来た。それは我が跡継ぎ、曹丕の代で天下制覇を成し遂げるためである。儂はあの時、苦汁の決断をした…」
「…"自分の代での天下統一"は諦めたのだ。自分の矜持よりも、皆の協力の下、国の復興を優先したのだ。そして今、それを着々と成し遂げつつある…」
「…ところが今回の未曾有の大洪水では、樊城と襄陽城が水没し、そのために助けられたであろう大勢の民を溺死させてしまったのだ。こんなに悲しい事が在ろうか?…」
「…そして劉備んとこの若僧だ!あの阿呆と名高い劉禅が、在ろう事か我が民を助けてしまいおった!敵国の民なんだぞ?在り得んだろ、普通!そういう度量の広い男が、我々にとっては最大の敵になる…」
「…将来に禍根は残したくない。だからと言って暗殺したり、殺してしまうのは早計と言うものじゃ!誉れ高き名君の片鱗を残したまま亡き者にするのは屈辱というもの…」
「…これから散々ぱら、その評判を墜とし、最大限に我らが与えられた屈辱を倍返しにしてやるには、有言実行しか在るまい!"我らこそ河川を制した覇者である"、そう見せつけてやるのだ♪…」
「…(๑ °⌓°๑)੭ ੈそのためには、まず長江を制し、次に黄河を制してくれる!我らの国力を見せつけ、末代まで抗えぬ事を深くその心に刻みつけてくれるわ!どうだ♪儂の遠大な計画が判ったであろう!…」
「…戦だけが力を誇示する方法では無いのだ♪そのために我が国でも選り優りのお前達を呼び集めたのだからな♪これで判ったな!…」
「…今回、儂がお前たちに求めているのは武に非ず、我が国土の二大河川を制する事よ♪河川を制する者は天下を制す!それを実践する。皆、そのつもりで励む様に♪」
曹操は言い終えると全体を見渡した。さすがに演説中は皆じっと黙って耳を傾けていた者たちも、話し終えるや再び辺り構わずざわつき始める。
業を煮やした曹操が再び口を開こうとしたその刹那の事で在った。曹仁がこれを制すといち早く叫ぶ。
「(٥ ー̀дー́ )੭⁾⁾自信が無いと申すか!それで良く孟徳の宿星が務まるな!!これは先に朝政の場で決まった事。為らばやるしか在るまい!皆、自分が率先してやる意気込みが無くてどうする?」
そう言って全体に睨みを利かせた。集まって来た将軍たちは頭ごなしに叱責されて皆、不服そうな顔をしている。
曹仁はそれを認めると、深い溜め息を洩らして、おもむろに話し掛けた。
「あのな!ε- ( ー̀дー́ ٥)何か勘違いしてやせんか?儂の記憶が確か為らば、あの時、お前たちもこの河川整備には賛成した筈だ♪ところが蓋を開けてみたら自分たちがやる事に為り、こんな筈じゃないと言いたげだな…」
「…だがな!お前たちが嫌がっているこの河川整備を皆で一丸と為って、まじでやろうとしている奴等が居る。それが先程、大殿が仰せになった劉禅君だ!彼らが儂らと休戦協定を結んだのは…」
「…その河川整備をするためなのだ。皆も知っての通り、この河川整備はこの儂の長年の夢でも在った。そしてそれが長らく先送りにされたまま今に到っておる。その間にも毎年の様に被害は出ている…」
「…そして多くの民が巻き込まれて命を落として来た。儂は忸怩たる想いでそれを眺め、我慢して来たのだ。お前たちにその気持ちが判るだろうか。今一度思い起こして欲しい。我らの務めはなんぞや?…」
「…この中華を安寧に導き、民を靖んじる事で在ろう。そしてまさに今、それを体現しようとしているのが、その蜀の太子・劉禅君なのだ!大殿が彼を警戒しているのも判る気がする…」
「…途方も無い閃きと想像性、そしてそれを推し進める行動力。そして何よりも民や配下を大切に想う優しさは、皆を納得させ、団結力を高めている。力とは強さだけに非ず!…」
「…静かなる闘志の中にさえもあるのだ。お前たちは"この御時世に河川整備なぞ!"と想っているのだろうが、人が考えもしなかった事を、いち早く率先して行える人間はさぞや奇異に写る事だろう…」
「…だがだからこそ、そんな事を真面目に考えて、躊躇無く実践出来る人間が居れば、末恐ろしいと言わざるを得ん!そしてこれは只の想いつきでは済まされない因子を内包している…」
「…何ゆえか?物事は一人では決して進まない。これはお前たちにも判るだろう。そして彼は仲間たちを説得し、その力に変えたのだ。あの劉備や諸葛亮、気難しい関羽でさえも納得させた…」
「…そこにこそ、彼の静かなる炎が認められようと言うものだ。今やこの魏もあの呉も、そして周辺国の者たちさえ、劉禅君に注目しようとしている…」
「…彼はあの大洪水の折りに魏の民に慕われ、その心を掴んだ。この儂でさえも認めた男なのだ。その男がやると決めた事を断念する事は無かろう。ならば、我らもやらねば為らぬ…」
「…そもそもこの案件は元々、この儂のアイデアなのだ。勿論、アイデアをパクられた訳では無いから文句も言えぬ。時は金なり。遅れて来た者に今や先を越されようとしておる…」
「…元は民のためから、この胸に秘めた想いであった。それは劉禅君も同様であろう。だが、民のためであると同時に、千年先を見据えた国家事業と成り得るというのが、我が君の御判断である…」
「…(* ー̀ᗜー́ )੭⁾⁾ 互いが切磋琢磨し、その役割分担を担えれば、きっと子々孫々の代まで、この"土木合戦"は語り継がれよう。大殿はそこまでお考えの上で、皆を集めたのだ。判ったら協力するように!二度は言わぬ!」
曹仁はそう締め括った。曹操も「うんうん!」と満足そうに頷いている。
『さすがは曹仁よ♪ ⁽⁽(๑°ㅂ° ๑)上手い事を言う。これで納得しない者が居たら、その時こそこの儂の出番である。目にものを見せてくれん!』
曹操はそう決意を新たにしていた。そこに不意に口をついた者がいる。張遼であった。
「成る程…(๑•̀ㅂ•́)੭⁾⁾ お話しは判り申した。この河川整備に国家千年の計が懸っているのなら、この私も喜んで取り組みましょう。しかしながら、一つ問いたい。本来、このような国家事業には、民を徴発して当たらせるのが常道で御座る…」
「…何ゆえ徴発をせず、我ら軍閥にお任せに成るのか?それを教えて頂きたい。納得行く説明が在れば、私のみならず皆も喜んで協力する事でしょう。否…それでも協力しない者は、逆にこの私を敵に廻す事になろう♪私の意見は以上で御座る!」
張遼は言いたい事を言い、全体に睨みを利かせると、ひとまずは大人しく引き下がった。
曹操も曹仁も互いに顔を見合わせる。そしてあうんの呼吸でその説明は曹仁が買って出る事になった。
「(٥ ー̀дー́ )੭⁾⁾文遠よ!お主の意見はもっともな事だ。当初は我々もその方向で動いていた。けれども国土の荒廃は未だ改善されているとは言えず、国のあちらこちらでまだ復興は続いたままである…」
「…そして大殿の呼び掛けに応じた北辺の友好的な騎馬民族に内地への誘地を推し進めて、各地に散っていた漢民族を中原に集め、現在の人口不足を補っているというのが現状なのだ…」
「…だからあたら安易に民の移動を強いるのは得策では無いと言うのが、大殿の考えである。そしてこれを代理戦争と捉えるならば、命賭けで働く我ら軍閥の務めだろうと、この私は心得ている…」
「…勿論、文官の中にも心在る者は、この事業に人を出そうという動きもある。程昱や華歆、王朗なども既に参同し、人を送り込む約定を出してくれた。当然、この司馬懿は身内を総動員しておる…」
「…(* ー̀ᗜー́ )੭⁾⁾ 無論この儂もそうだ。そして我が君でさえ、直轄領からの動員もさる事ながら、親衛隊をも交替で従事させると仰有られておる。そして帝よ♪今回の事は、あの劉協様でさえ、驚きと共に協力を惜しまないと申されているのだ…」
「…既に動員を掛けて下さり、この場にその者たちは既に来ておる。考えてもみろ!力の無い民に無理強いをすれば、それこそ怨嗟の声が沸き上がる…」
「…逆に彼らのために我らが尽力すれば、どうか?民は感謝と共に我が君の真心を知るであろう。どうかな?これで答えになるだろうか?」
曹仁の切々と語る言葉に張遼は納得したのか、「判りました!…(๑•̀ㅂ•́)⁾⁾ 御意のままに♪」と答えた。
すると次に声を挙げたのは、他為らぬ楽進で在った。