表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/308

泥臭く学べ

一心に打つ廖惇(りょうじゅん)の剣は月を愛でていた北斗ちゃんの目に止まり、彼は一夜にして太子の護衛官に抜擢された。こう評すとまるで彼がシンデレラボーイの様なとても幸運な星の許に産まれた人物に想える事だろう。


しかしながら、彼は母を守り、貧しさに耐え、農仕事から商い、(むしろ)作りまであらゆる仕事を貪欲にこなし、日々の糧を得ながら逞しく生きて来た苦労人であった。


若い頃に漢の腐敗を憎み、黄巾の反乱に参加したが、劉備・関羽・張飛と出会い、その理想が誤りで在った事に気づかされ、やがて紆余曲折を経て、劉備と再会。配下となり荊州の地で主簿として励んで来た。


けれども、彼には事務作業は向いていなかったのか、全くといってその芽は開く事無く、35歳と為った今でも細々と苦手な業務に埋没していた。


そんな彼にも特技はあり、それは日々欠かした事のない、剣の道であった。夕刻には帰宅し、母と簡素な夕食を共にすると、その後必ず裏山の溪谷に登り、岩を一心に打つ。只ひたすらに打つ。


そうして打ち込まれた彼のひと振りは相手を峰打ちでも戦闘不能にする程の威力を発揮したのである。いみじくもそれは武陵太守・費禕を護衛した時に存分に証明される事となった。


こうして彼は今現在、田穂と共に太子付きの護衛官と為って、日々励んでいる。それは彼にとってはとても名誉な事であり、やりがいのある仕事であった。それは間違いでは無い。


けれども彼の心の中には、主簿としての実務面での未熟さが今でも忸怩たる想いとして残っており、置き忘れて来た課題として残っていたのであった。


彼は決して欲張りでは無いが、まだまだ若い自分が、剣の道だけに生き、その可能性を自らで狭めてしまって良いのか疑問に感じていたのである。


もっと人間としての幅を広げたい。将来的にそれは自分にとって大きな糧となろう。ならばあらゆるものに興味を持ち、貪欲に学び、自分にとって血となり肉となる知識を身につけねば為らない。


それは太子付きと為り、若君の傍で影響を受ける様になると益々大きな切望と為っていたので在った。苦手を克服する事…それにはまず今までのやり方を一切捨てて、その道に精通している者に師事する事が肝要である。


そう考えた廖惇は一番の早道はあの偉大な丞相・諸葛孔明に教えを受けるのが間違いないと閃く。けれども高々自分程度の人間を相手にはしている暇は無さそうだった。


ならばその丞相が認める若君はどうで在ろうか?しかしながらこれも考え抜いた挙げ句駄目だろうと考え直した。これは護衛に就いてから判った事だが、この人はじっとしていない。常に動き回っている。


それだけ忙しく目標に向かい邁進しているのだ。それだけでは無い。1日にあらゆる人に声を掛けて、談笑しては相手に寄り添う。そして三度の飯はきちんと食べ、その量の調整や栄養にも気を配っている。


これは若君が肥え太っていた時の事を忘れず、苦しいダイエットに耐え、健康な心身を取り戻した時の誓いであり、今後の健康を支える指針でもあった。


最近ようやく御飯のお代わりが出来る様になった事をニコニコしながら喜んでいる。それでも二杯以上は手を出さない。それが彼の現在のルールなのだそうだ。


そしてこれはなかなか実現しない事ではあるが、暇な時には華佗先生の手伝いに向かったり、そんなに時間の無い時でも薬を捏ねて作っている。


いつ寝ているのかと不思議な気がするが、それもキチンと取っているそうだ。何でも医者の不養生は本末転倒なのだそうである。


そんな多忙を極める若君には到底、お願いは出来そうにない。廖惇は他に余り宛が無くとても困ってしまっていたのだ。


『そうだ!Σღ(٥ •̀ ̫•́ ღ*)︎⁾⁾費禕殿ならどうだろう?あの人は若君の学びの師であった筈だ!』


廖惇は想いつくと直ぐに相談してみる事にした。けれども費禕の返事は芳しく無かった。


「⁽⁽(٥^◡ ^ ⊹)申し訳在りませんね、廖惇さん♪貴方も御存知の様に、私は本来、武陵を預かる太守です!今は健康診断の為にお手伝いに参じている身で、それが済めば再び公安砦に戻らなくては成りません…」


「…学業とは一朝一夕では身に付かぬもの。合間に教えて差し上げる事は出来ますが、おそらく余り時間は取れないでしょう?ならば初めからちゃんとした師に付く方が宜しい。そうですね、私も少し心当たりが無いでは在りませんから預からせて下さい♪」


「(っ* •̀ ̫•́ ٥)︎⁾⁾ はい!宜しくお願い致します!」


結果として頼み込んだはいいが、費禕も忙しくしているのだから、直ぐにという訳にはいかないようだった。帰り道、彼は途方に暮れていた。


まだ望みはあるのだから悩む事も無さそうに想えるが、一念発起していた彼にとっては一縷の望みだっただけに、かなりへこんでしまっていた。


『いかん!Σ(٥ •̀ ̫•́ *)︎ღ⁾⁾ そんな事でどうする?諦めの悪いのが私の良いところなのだ!そうだ♪こんな時こそアレをやるべし!』


彼は気持ちを切り換えて裏山に登る。そして溪谷の岩に向かい無心となり、木刀を打ち込む。さらに打ち込む。


そうしていると今までの悩みが嘘の様に心が静まり岩の一点に集中している自分を感じ取る事が出来たのであった。


彼は本来夜静かな時を狙って岩に向かう。その方が集中する事が出来るし邪魔も入らない。一石二鳥なのである。


しかも周りが闇に包まれているため没頭するに事欠かない。周りは渓流のせせらぎの音と風に揺られる木の葉のざわめき、そして鳥のさえずりくらいのものである。


それも集中力が高まるに連れてだんだんと聞こえなくなる。只一心に岩を叩く音のみと為るのだ。


夜に1000回叩くこの習慣はもう何十年も続いている。時に昼日中(ひるひなか)に叩く時にも夜の習慣は欠かさない。


そしてこの習慣は昼に叩く時にも続く。癖に為っているのである。


彼はこの時にも一心不乱に岩を叩いていた。その為、付近に人が差し掛かっているのさえ気がつかなかった。


彼が無防備になる瞬間があるとしたら、この修行中の事で在ろう。集中力とは意外にも諸刃の剣なのである。


なぜなら彼は割合に危険を察知する能力にも長けていたからである。黄巾の乱は佳境の時でも常に危険が伴っていたのだから、経験者にとっては当たり前の事と言えたのだ。


その人は幸い彼の敵ではなかった。接近したのは興味があっての事であり、近くの方が良く眺める事が出来たからであった。


そしてその人は感心そうにのんびりと眺め、声を掛けるでも無く、彼の修行が終わる時を待ちながら、付き合う様に佇んでいる。


『(っ* •̀ ̫•́ ٥)︎▱⁾⁾998、999…』


彼はそんな事は知る由も無く、一心に岩を叩き続ける。


『…1000!⁽⁽﹆( •̀ ̫•́ ٥)︎✧』


そして彼が遂には修行を貫徹すると、深淵奥深くに沈んでいた彼の精神はだんだんと周りの情景を回復させて行く。川のせせらぎ鳥の声が聞こえて来る様になると、ようやくその気配を感じ取った。


「Σ(٥ •̀ ̫•́ *)︎ღ⁾⁾ なっ!!」


廖惇は慌ててその気配に反応するように振り返った。そこには白い服、白い頭巾をかぶり、長い顎髭(あごひげ)を生やした男が白扇を(あお)ぎながら、こちらを見つめていた。


その表情は優しさに満ちており、その瞳はとても興味深げに見えた。


「Σღ(٥ •̀ ̫•́ ღ*)︎⁾⁾ 失礼ですがどちら様でしょう?」


廖惇は想わず問い掛ける。


するとその御仁はゆっくりとこちらに歩み寄りながら、その問い掛けに答えた。


「ꉂꉂ(´ސު`๑)関心な事だな♪君はこの修行をもうかなり長い間、続けているんだろう?儂も昔、撃剣を学んでいた頃が在ったのでね…」


「…久し振りに小気味の良い音を奏でる剣士に逢って感激しておる♪君は名は何と言うのかね?君の師匠はどなたかな?」


徐庶であった。彼は暇潰しに散策に出た折に、立派な溪谷を見つけたので、その自然を愛でにやって来てこの情景に遭遇したのだった。


廖惇の問い掛けはスルリと(かわ)され、名を名乗らぬままに、逆に問い掛けて来るこの仙人の様な男に彼は呆気に取られたが、相手が年長である以上、こちらが尊意を以て応対せねば為らぬと彼は素直に答えた。


「(っ* •̀ ̫•́ ٥)︎⁾⁾ はい!私は名を廖惇(りょうじゅん)、字を元倹(げんけん)と申します♪師は居りませぬ。これは私の独学でやっている事に御座います!お見苦しい点が在りましたら御容赦を!」


「Σღ(´ސު`٥)何と!御主、師も無くここまで?ちょっと手を見せてみろ!」


徐庶はパチンと白扇を(たた)むと、廖惇の両の手を取り、手のひらをマジマジと見る。彼の手は豆だらけであり、それが固く為って幾重にも重なっているのか、その固さが尋常では無かった。


「(๑´ސު`٥)✧成る程のぅ…岩を穿(うが)つ剣か!この先に在った岩を砕いたのもさては御主だな?」


「(っ* •̀ ̫•́ ٥)︎⁾⁾ はい!左様です♪」


「ꉂꉂ(´ސު`๑)ホッホッホ♪大した者じゃ!独学でここまでやる者何ぞ観た事が無い♪愉快愉快♡御主、面白い奴だのぅ!気に入った♪そうだのぅ…これだけ良い物を拝見したらお返しをせねば為らんな!」


徐庶はこれだけ愉快な気持ちに為ったのも久し振りの事で在った。そこでその素直な気持ちを大事にせねば為らないと感じていた。


そこでこの(えにし)を大切にしようと考えたのである。気を良くした彼はおもむろに言葉を継いだ。


「(๑´ސު`)✧何が良い?何を望むかな♪」


今度は驚いたのは廖惇の方で在った。そしてこの人は本当に仙人なのではないかと想ったのである。けれども彼は無欲で生きて来た自分の死生観を大切にしていたから答えは決まっていた。


彼は膝を折り、キチンと正座すると目の前の男に対して土下座する様に地に頭をつけ語り始めた。


「Σღ(٥ •̀ ̫•́ ღ*)︎⁾⁾ 何を仰有いますか?私は自分が成すべき事をひたすら重ねて来ただけです!そこには何の我欲も御座いません!もしあるとする為らば、それは母を守る事!その為には私が強く在らねば為らないと想っただけなのです!」


彼は自分が幼き頃に家を飛び出し、誤った信念から黄巾の旗の本に集った事。そしてその戦いの中で劉備主従と出逢い、彼の信念が間違っていた事を悟らされた事。


彼は帰郷したら母を大切にすると誓った事。そして劉備主従との再会からここ荊州で主簿と成った事。伸び悩んでいた彼を剣を通じて見初めた太子に現在仕えている事などを切々と語った。


「(っ* •̀ ̫•́ ٥)︎お陰様で今、私は母を守り、細々と暮らせています!この細やかな幸せが私にはとても大事なのです♪ですから私は何も要りません!仙人様…私を憐れんで下さるのは有難いのですが、(つつし)んでご辞退申し上げる次第です!」


無欲で生きて来た廖惇の言葉は徐庶の胸に心地好く響いた。この乱世の時代に、まだこんな男が居たのかと感心したのである。


そしてまだこの世も捨てたもんじゃ無いと確信したのだった。彼は廖惇が自分を仙人だと誤解している事に想わず苦笑いしていた。


そこで彼は座り込み、廖惇の手を取ると抱き起こしてやったのである。そしてこう教えを説いてやったのだ。


「ꉂꉂ(´ސު`๑)ホッホッホ♪やっぱりお前は面白い奴じゃ!儂はな、仙人では無いわ♪姓を徐、名を庶、字を元直と申してな、かつては劉備殿の軍師を務めていた事もある!…」


「…御主、荊州で玄徳殿と再会したなら、単福(ぜんふく)と名乗っていた男を知っていよう♪それが何を隠そうこの儂じゃて!この度、曹孟徳殿にお暇を頂き、この荊州に舞い戻って来たのよ♪…」


「…そこで御主の様な若者に逢えるとはこれも(えにし)じゃな!嬉しき縁じゃ♪一期一会とはよく言ったものだのぅ!ここで出会ったのも何かの縁と言う奴じゃから無用な遠慮は要らぬよ♪…」


「…この儂がこれほど譲歩しているのだ♪ちゃんと儂の真心を受けよ!何か悩み事とかは無いのか?そんな気軽な相談でも良いぞ♪何も望みは物と決まった訳ではないからな♪」


徐庶は白扇を再びパラパラと拡げると、ゆったりと扇ぐ。そして廖惇の反応を待ったのである。


「Σ(٥ •̀ ̫•́ *)︎ღ⁾⁾ なっ!!貴方が徐庶様で在りましたか!これは大変な御無礼を♪私は遠くからではありますが、貴方様のお顔を何度か観ております。すっかり失念しており申し訳在りませぬ!」


「✧(๑´ސު`)" あぁ…そんな事は然程の事でも無い!気にするな♪人は歳と共に顔も多少変わるのでな!その経験により、顔付きが変わると申すぞ!それより何が良い?何を望むかな♪遠慮無く申してみよ♡」


「(っ* •̀ ̫•́ ٥)︎⁾⁾ はい!ではひとつだけ悩みを聞いて頂けますか?元々、私がここに来たのはその悩みを一時でも拭い去る為です!ここで木刀を一心に振る事で、私は無心に戻れますので…」


「ホゥ…(๑´ސު`)✧ そういう事なら聞いてやらねば為るまい♪喜んで聞こう!申せ♡」


「⁽⁽ღ(٥ •̀ ̫•́ ღ*)︎⁾⁾ ハハァ!では申します♪先程、私は長らく主簿を務めていたと申しましたが、私は実務的な事が苦手なのです。ですから無駄に四年も歳月を送りました…」


「…どうも私はそもそも教育の基礎が欠落しておる様でして、何から学んで良いのか判らないのです!そこで師を得るのが早道と想い、探していたのです。先生!私はどうすれば良いのでしょうか?」


「✧(๑´ސު`)" ふむ…しかし御主はそれだけの腕が在り、太子様の護衛官にも抜擢されたのだろう?これ以上、何を望む事があるのかな?剣士に学問は不要で在ろうが?」


「Σ(٥ •̀ ̫•́ *)︎ღ⁾⁾ 否…私は太子様付きに成り、お側に仕えている内に、これからは護衛官でも学は必要だと感じました。それにこの四年間の忸怩足る想いもあります。だから学び直したいのです!」


「ꉂꉂ(´ސު`๑)ホッホッホ♪成る程な!感心な事じゃ♪ではこうしよう!ここで出会ったのはどうやら偶然では無さそうじゃ♪…」


「…お前さんの為に、この儂に仙人様が一時、乗り移ったのかも知れんな!儂がお前の師に成ってやろう♪どうじゃ、なかなか良い考えじゃろう?」


徐庶は笑みを浮かべているが、廖惇は呆気に取られている。そりゃあそうだ。徐庶と言えばあの諸葛孔明にも劣らぬ高名な学者なのだから。


「Σღ(٥ •̀ ̫•́ ღ*)︎⁾⁾ へっ?宜しいので…」


廖惇は想わずそう答える。


「✧(๑´ސު`)" 何だ何だ♪お前が望んだ事だぞ!この私を於いて他にその望みを叶えてやれる者がここに居るかな?…」


「…幸いな事に儂は今、暇を持て余しておる!今ならお前の望みを叶えてやるにはまたと無い機会だぞ♪この際だからひとつ教えておくが、物事を成すには"その時を得よ"じゃ!…」


「…そして若者は、年長者の好意は素直に受けるものじゃ♪何よりその気に為ったこの儂の気持ちを無碍にせぬ事じゃな!それとも臆したかね?」


徐庶は切々と道理を説きながらも、最後に駄目押しに転じた。武辺者にはこの手が一番効くと理解しての事だった。


「⁽⁽(٥ •̀ ̫•́ ღ*)︎判りました♪そこまで仰有られては身に余る光栄です♡是非、私に力をお貸し下さい♪先生!宜しくお願い致します♡」


廖惇は突き動かされる様にそう願い出ていた。徐庶も満足していた。彼は(はや)る事無く、礼を尽くした。その姿勢に満足したのである。


「✧(๑´ސު`)" 善し♪これで決まったな!お前は今日から儂の弟子じゃ♪そうだな…この際、名を改めてはどうか?事を為すには生まれ変わるつもりで励まねば為るまい♪この儂が付けて進ぜよう♡」


「⁽⁽(٥ •̀ ̫•́ *)︎有り難き幸せ♪元直先生!お頼み申します♡」


「ꉂꉂ(´ސު`๑)お前は今日から廖惇改め、廖化(りょうか)と名乗るが良いぞ♪」


こうして廖惇は…否、廖化は徐庶の弟子と成った。これから彼は師に付き、護衛の合間を縫って教えを受ける事になる。


けれども廖化と改名した切っ掛けが、師となる徐庶に依るものであった事は余り知られていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ