明暗を分ける
その日、抜糸も取れようやく馬超も起き上がれる事になった。ひとまずは付きっ切りとなっていた弎坐や華佗老師もひと安心である。
彼はずっと安静にしていたせいか、起き上がるのに苦労していたが、術後経過も良く顔色はとても良い。その表情にも血色が戻って来ている。
その場には北斗ちゃんを始め、関羽、黄忠、魏延、そして諸葛亮と、医官として他に管邈、費禕が立ち合っている。華佗先生は、関羽の治療を行った後と同じように患者に向き合い、切々と嗜めている。
「良いかね?✧(ㆁωㆁ*)今日からしばらくの間は遠出したり、身体を動かす事はまだ禁ずる。まさかとは想うが、武具を奮ったり、体力作りをしようなんてゆめゆめ考えぬ事だ!一日三回、食後に軽く短時間歩く程度なら宜しい…」
「…そして食事制限と一日、朝夕二回の診察を受けて頂く。そして残念だが、貴方は同行した連中と一緒には帰郷出来ぬだろう。それは薄々気がついてはいただろうが、遵守して貰う。これから続々とやって来る後続のどれかに混じって帰る事になろう…」
「…貴方の事はここの若君から、必ず助けるように懇願されていた。そして貴方を助けるためにどれだけの人が真摯に向き合ったのか、いつまでも忘れるでないぞ!その感謝の心さえあれば、いずれ完治しよう♪儂の言う事はそれだけだ!」
華佗はうつ伏せのまま我慢したこの男ならば、必ず守れると確信していたが、既に馬超本人も、その辺りの事は弎坐から事前に聞いていたのかコクりと頷いた。
「⁽⁽(ㆁωㆁ*)何か質問はあるかね?」
老師は念を押す様に問い掛ける。するとまるで武将同士のお約束の様に馬超は尋ねた。
「(〃٥´•̀ з•́)=3先生、酒は飲んでも構いませんか?どうも長らく飲んでいないので…アハハ♪」
馬超は駄目もとである様だが、老師は呆れている。すると、けたたましい笑いと共に関羽が口を出す。
「ガッハッハッハ♪ꉂꉂ(`艸´*)孟起!お主もなかなか言うのぅ♪儂と同じ事を聞かれて、先生がお困りだ!でも先生、少しなら構わんのでしょう?」
華侘はジロリと関羽をその表情で嗜める、馬超に向き合う。
「ꉂꉂ(ㆁωㆁ٥)貴方も剛毅で知られるお方でしたな、馬超将軍!まぁどうしても飲みたければ止めはせんが、程度というものをお考え下され。貴方の手術には相当な出血を伴ったのだ。それを放っておけば、さすがの貴方も生きては居まい…」
「…貴方の為に血をくれた者たちの事をくれぐれもお忘れなく!次いでだから申し上げるが、貴方の世話をした者たちの他にも、お忙しい身でありながら、若君が執刀に立ち合い、貴方の出来物の摘出に手を貸してくれておる。それをよくお考えなされ♪宜しいな!」
それを聞いた馬超は大変驚いたらしく、皆を見廻す。誰一人として驚く者はいなかった。
『(〃٥´•̀ з•́)✧若君は医療を志しているとは聞いていたが、まさかこの神医の誉れ高いと評判の華佗先生と同じ腕前をお持ちなのか?恐れ入った!確かに忘れぬ様にせねば為るまいな…』
馬超はつまらぬ事を言ったと反省しきりである。
「ε-⁽⁽(•̀ε •́´٥〃)大変申し訳ありません先生!そして皆さん♪今日は私のためにお集まり頂き感謝致します!」
彼はそう言うとペコリと頭を下げる。皆一同に頷く。
「そして若君!ꉂꉂ(•̀ε •́´٥〃)この通り感謝しております♪手術を手伝い看病して下さった方々には既にお礼申しましたが、ここで改めて感謝致す!私はこの御恩を必ず将来、返す所存です♪」
馬超は話している傍から嗚咽を漏らす。男泣きである。
「孟起♪(´⸝⸝• •⸝⸝)੭⁾⁾そんな事は当たり前の事だぞ!僕達は感謝されるためにやったんじゃ無い。人として死にかけている者が目の前に居たら、手を差し伸べて助けてやる事なんて自然の事だ♪お前はそう想わないのかい?」
北斗ちゃんは馬超の生き様を詳しくは知らなかった。彼は人の道理を問いたに過ぎない。
けれども、この言葉は想像以上に馬超の胸に突き刺さった。なぜなら彼は王になるために"覇道"の道を進んだが、果たせなかったのだ。
壁に彼がぶち当たる度に誰かが死んだ。"覇道"とはそれだけ険しい道なのである。誰かが必ずそのために血を流す。
始めは、父や弟、そして韓遂がその犠牲となった。次に死んではいないが張魯を裏切り、龐徳に愛想を尽かされた。龐徳はそのために一族では一人だけ魏国に身を置く事になった。
そんな彼自身の後悔の念がまざまざと甦って来たのだ。昔の彼ならここで血を吹き昏迷する所であるが、彼はこの療養生活の中で堪忍の精神を学んでいたから、若君の言葉を彼なりに自身の胸の内で咀嚼し、耐える事が出来たのである。
皆、馬超の昔を知る者たちは、余りにあからさまな言葉に冷や汗を流す者も居ただろう。けれども馬超はこう答えた。
「若君♪⁽⁽(•̀ε •́´٥〃)仰有る通りです!私は人生の中で様々な失敗を犯し、多くの者の命を損ないました。その罪は自分の一生をかけて償うほか有りませぬ!…」
「…誰かを助けたからと言って、今更その罪が帳消しになる訳では参りませんが、助けられたこの命に見合う人間に必ず成ります!ここにお約束致します♪」
馬超のその言葉には覚悟が感じられた。
「孟起♪(´⸝⸝• •⸝⸝)੭⁾⁾君も苦難の道を歩んで来たんだね!詳しい事は敢えて聞くまい。でも龐徳の事だけは言わせてくれ♪彼は元気にやっているよ!今は敵味方に別れてしまったが、僕は船上で実際に彼と話した…」
「…とても感謝された。実を言うとね、僕は彼に申し出た。僕に仕えぬかとね!でも断られたよ♪清々しい奴だったな!もう少し早く出会っていれば仕えていたと言ってくれたよ♪…」
「…まぁその時は皆も承知の様に僕は体たらくな馬鹿野郎たったからね?却って早目に会わなくて良かったかもな!実際、僕はその時に過去の自分を恥じ入り、苦笑いしたくらいさ♪そう言う訳だ!…」
「…過去の非を認めているなら、僕は今知っているお前を信ずるのみだ♪ ✧(๐•̆ࡇ •̆ ٥๐) 二度と同じ過ちを繰り返さぬ様に肝に命じてくれれば良い!但し、一度 溢れた水は二度と元通りには成らない…」
「…自分の過ちで、もはや正せぬ事は一生忘れず、生きて行くしか道はない。お前が苦しんでいる以上にその人達は苦しかったかも知れんのだ!厳しい事を言う様だが今の貴方なら判って下さるだろう♪」
馬超はコクりと頷く。皆も若君の初めて見せる厳しさに固唾を飲んで見守っていた。
北斗ちゃんは敢えてもう一言、口を開く。
「ꉂꉂ(๐•̆ࡇ •̆ ٥๐)これは馬超に限った事では無い!だからこそ僕も自分の過去の過ちを持ち出したのだ♪皆の中でも大小に限らず、過去の過ちに蟠りを抱えている者も居よう…」
「…自身で何度も反省して苦しみながら今に至る者も居よう♪これが答えになるかは判らない。けれども僕の考え方をこの機会に伝えておく!反省するべきは大いに反省し、その苦しみは忘れぬ事だ…」
「…但し、生きて行くためには前進するしかない。時には耐え切れなくなる時もあろう。そんな時は遠慮なく言ってくれ!…」
「…僕で良ければ幾らでも相談に乗るし話しも聞こう(´⸝⸝• •⸝⸝)੭⁾⁾♪僕らは蜀の国で出会ったチームだ!苦しみを少しでも分かち合えれば、きっと心も安らぐだろう♪」
北斗ちゃんはそこで話しを終えた。せっかくの快気祝いに水を差したかと少し恥じ入る。
そこには何かが乗り移ったかの様な気迫すら在ったのである。そんな若君の厳しい言葉の表明にも異を唱える者は一人もいなかった。
やがて関羽がおもむろに告げた。
「(*`艸´)龐徳はなかなかの男でしたな!儂は気に入りました♪出来れば再会はしたいですが、それはあくまで酒を酌み交わしたいという友誼の心…出来得るならば戦場では逢いたくは無いですな!」
「そうだね♪ ⁽⁽( •̀ ᗜ •́ *)僕もそう想う。世の中なかなか自分の 想い通りには行かないものだが、互いに認め合った 者同士では殺し合いたくは無いものだ!僕は甘いのかな?丞相…」
北斗ちゃんは呟く。
「否…(* ˘͈ ᵕ ˘͈ )੭❁ ੈ⁾⁾ 私もそう想います♪後は必然的に出逢った時にどう対処出来るかでしょうな?私もまだまだ甘いようです!」
孔明も率直にそう応えた。
「孟起よ♪(*`艸´)੭⁾⁾ しばらくは先生方の言葉に従い、我慢せい!全快した折りにはゆっくりと酒を酌み交わそう♪」
関羽の温もりを感じさせるその言葉に、馬超はコクりと頷き、「えぇ…⁽⁽(•̀ε •́´*)是非♪」と言葉を添えた。
「孟起殿♪( ꐦ◜ω◝ )੭⁾⁾ 貴方の分まで益州はこの黄忠が守ると約束しよう!それに…」
彼はチラリと横に居る魏延に嘗める様に視線を移動させると言葉を継いだ。
「…(ꐦ*◜ω◝ )⁾⁾ 漢中大守は最近、張り切っていてね、頼もしい♪しばらく儂らが居れば益州は安泰だから、貴方は気に掛ける事無くのんびりと完治なさい!貴方がゆくゆく合流すれば我らは恐いもの無しじゃ♪」
「有り難き御言葉♪⁽⁽(•̀ε •́´٥〃)肝に命じましょう!私も従弟の馬岱には負担を掛けていますから、早く回復して己の務めを果たしたいと存ずる。なぁに、回復力には自信があります♪また再びお会いするのも遠い先ではありますまい!」
馬超はどうやら前向きに気持ちを切り換えられたようだ。
「フフフッ…⁽⁽(ღ ˘͈ ᵕ ˘͈ )馬岱殿はしっかり者です!任せておいても心配は無いでしょう♪」
孔明は安心させる様にそう言葉を添えた。
「そうですな…✧(•̀ε •́´*〃)心配はしておりません!あいつはこの私と違い、常識的で忠誠心の厚い男ですからね♪龐徳に見限られた私を今でも建ててくれ、足りない所を補ってくれています…」
「…今回、命を拾った私ですが、あいつが一緒に居てくれたお陰でここに到達出来たようなものですからな!いつも感謝していますよ♪」
馬超の返す言葉に孔明はコクりと頷き、笑みで応えた。
「さて!ꉂꉂ(ㆁωㆁ*)そろそろ患者を開放してやって下さらんか?まだ抜糸出来たばかりじゃ!油断は禁物じゃからな♪」
この華佗老師の一言で、場は即刻お開きとなる。皆、急き立てられる様に引き上げるほか無かった。
ところがそんな中、馬超が一言、口をついた。
「文長♪ꉂꉂ(•̀ε •́´*)悪いがお前は残ってくれ!先生、少しならいいでしょう?」
「ふむ…✧(ㆁωㆁ*)余り長くならんようにな!」
華佗はそう言うと自らも引き上げて行った。
ひとり取り残された魏延は、やむを得ず枕元まで歩み寄る。そして手持ち無沙汰にはにかむと尋ねた。
「孟起殿♪( °᷄ ⌓ °᷅ ꐦ٥)何か拙者に御用かな?私はさして貴方のために貢献した訳でもないし、こちらに来てから無駄に惰眠を貪っているだけだ!」
魏延は元々策を弄するに長けた男では無い。その姿勢は、まさに感情の赴くままであり、直線的であった。
只、猛将タイプかと想いきや、割と理知的な面も兼ね備えており、戦場でも臨機応変な立ち居振舞いが出来た。
但し、相手からの罵りには弱く、すぐに感情を剥き出しにして、猪突猛進に及ぶ辺りは彼の弱みと言えるのかも知れない。
また臨機応変な行動が出来る事が、却って裏目に出る時もあり、相手方に包囲されて逃げ場を失い、黄忠には何度も救い出された事があった。
成都攻略戦の時である。彼が荊州で黄忠を助けた貸しがチャラと宣っていたのはそういう事情である。
この時も彼は奇を衒わぬ物言いをした。魏延としては、何の関与もしていない自分がなぜ特別に残されたのか、理解に苦しんでいたのである。
彼はまさか叱責や批判を受けるとは端から想っていないが、馬超とは元々そんなに絡んだ事は無かったので、身内にも何かと敵の多い彼としては一応、腹を括っておく事にした。
しかしながら、彼の謂わば個人の腹積もりの中では、馬超を敵とは見なしておらず、どちらかと言えば敬愛していた。
だから手術が成功して欲しいと期待していたし、成功した直後には安堵の溜め息を洩らした程である。後は術後経過次第と聞いた彼は、暇を持て余しながらも、一日一回は必ず然り気無く様子を窺っていたのだった。
彼はもしかしたらその事かしらんと、ふと思いついたものの、直ぐに否定した。そもそもその程度の事で礼を言っていたら、切りが無いではないか?だから選択肢から外したのだが、馬超は計らずもこう述べたのである。
「(*´•̀ з•́*)✧ ご謙遜召さるな♪私は貴方が毎日の様に見舞いに来てくれていた事を知っている。それが私の励みにどんなに為ったかは、貴方には判るまいが、私は嬉しかったのだ…」
「…貴方は私と目があった時にだけ会釈して通り過ぎたが、私は貴方が視線を外して去っていく瞬間を何度も観ている。"あぁ…今日も来てくれたんだな!"と感謝していたものだ…」
「…これだけまめに見舞いに来てくれたのは、貴方しか居らぬ!だから一度改めて礼を言おうと想っていたのだ♪有り難う!この通り感謝する♪」
驚いたのは魏延の方だ。そんな些細な事が人の気持ちを左右するなんて…ましてや"励みになる"などというのは、彼の辞書には無い。
彼は慌てて否定した。こんなところでわざわざ点数稼ぎをした様で小恥ずかしい。彼にとってはさもしい行いに感じたのだ。
「Σ(ꐦ٥ °᷄ ⌓ °᷅ ⁽⁽ღ)いやいやいや…そんな!些細な事じゃあ在りませんか?私からすれば食後の散策の様なものです♪別に他意は在りません!却っておためごかしな行為と観られても仕方ないくらいですぞ…」
「ꉂꉂ(•̀ε •́´*)ハハハッ♡君が点数稼ぎだって?それは無かろう♪君は確かに自分翻意なところはある。けどそれは人を出し抜いてでも自分の実力を誇示し、結果として認めて貰いたいからだろう?…」
「…君はそれで何度も失敗を繰り返している。でも私はそんな君がさもしいだなんて思わない。だって結果としては自分の実力で勝ち取ろうとしているからだ!私も自分の力を信じて王を目指した…」
「…結果、叶わなかったけど、それは自分の実力が足りなかったからさ♪私はどうも腕っぷしは強いし、戦も滅法強いが、人望が足りなかった様だ!だから身の丈に合う今の地位に居るのさ♪…」
「…でも君は結果として失敗を繰り返しながらも、我が君に認められて漢中太守に為った!言わば成功者だ♪人を出し抜く行為と言うのは一見すると浅ましく見えるかも知れないが…」
「…裏を返せば、その時を知る者なのだ!この時に一身の力を尽くす。その結果、果たせば成功者♪失敗すれば只の勇み足となる。君は何度も失敗を繰り返しながらも、何度かの成功を収めた…」
「…周りからすれば非難轟々と為る行為だけどな!でも他人からすれば羨みもあるのだ。なぜその時が分かるのかとね?でもこれも才能のうちだと私は思う!私に君ほどの機転が在ればもしかすると…」
「…そう想わないでもないのだ!人は常に悪癖には気づき易いが、その人の善さには気づき難いという事だな♪君はその姿勢ゆえに損をしているが、その善さがもっと伸びればきっと大成するだろう…」
「…私はね、君が謙遜している日々の些細な行為に…否、些細な好意に助けられたんだと想うよ♪いずれにしても私は嬉しかった!だから素直に礼が言える。有り難う♪君の良心に乾杯だ!」
馬超はそう言い切ると、急に眠気を催したのかうとうととし始めた。華佗先生が処方した麻酔が効いて来たのだろう。彼が無理をせぬ為の細やかな処置であった。
魏延は、馬超に完全に見透かされていた事に気がつき、恥じ入っている。けれども彼の行為を初めて肯定し、その善さも理解してくれる人に出会ったのだと強く感じていた。
明暗が分かれたこの二人の男は、互いに相手の心が解りあえていたのだった。同じ旗の本に集った二人が、果たして若君の下、これからどんな絵図を描いて行くのか愉しみである。