7.朝のおやつのクッキーはとてもおいしい
私は朝の美しい日差しが入る庭園を駆け足で通り抜けた。
まだマリアが朝の手伝いにも来ていなければ、アルベルトさんが庭仕事をしていることもない、
朝の早い時間だった。私はミィルフィーヌの長い髪を高い位置でくくって、一人でも着れるようなワンピースのようなドレスを着て、昨日と同じように尖塔の扉の近くまで向かう。
流石にこの時間はミッドライトも起きていないかもしれないが、あまり人に見られない方がよいだろうから、とりあえず仕方ないよね、と思うけど…。
伸び盛りの子供の睡眠時間を削るのは忍びないし、どうしたものか。
私が頭を悩ませながら昨日と同じ所へたどり着いた。
また大きな声で呼びかけるべきかと、悩んでいると少年の歌声が聞こえた。
昨日と同じ艶のある声は、歌声になっても変わらず美しい。
籠の鳥が歌っているような切なさにまた胸が痛くなり、私はぐっと上を向いて、大きく息を吸った。
「おはようございます!昨日言った通り、私また来ました!!」
歌っているのならきっと起きているのだろう。
多少うるさいかもしれないけど、私と話そう!
聞こえた歌声はふっと止んでしまった。そして、返事が返ることもなかった。
もしかしたらストレス解消のために歌っていたのかな、それを止めるのは考えた方がよかったかも…。
「邪魔をしてごめんなさい。どうしてもまた話したくて来ました。あなたのことが知りたいんです。」
返事はない、けれどそのまま続ける。
「どんなものが好きですか?何色が好き?好きな動物は?うれしいことはなに?嫌なことはある?嫌いな食べ物は?何でもでもいいから、知りたいです!」
だから、ねえ、話して。
私の声が風に溶けても、ミッドライトからの返事は聞こえなかった。
そんなにすぐうまくいかないか…。
楽観的に考えていたので、謎の自信で返事をもらえると思っていた。そんなに簡単なわけがないのに。
私はうつむいて途方に暮れた。
すると、顔の動きに連動したのか、盛大に、お な か の 音 が 響 い た。
こんな時に!?
なぜもっと緊張感を持てないの、私の臓器よ!馬鹿にしていると思われたりしたらどうしてくれるんだ!
本当どうしてくれる!しかもいつもより音量が大きく、エコーがかかるかの如く響いたの本当やめて!
私は顔を上げられなくなって、そのままうつむいていた。
立ち去ることも、また話しかけることもできなくて、その場に立ちすくむ。
どうしようもできない変な時間が流れたあと、突然、焼き菓子の甘い香りが漂い、そのまま私の目の前にちょうど良く焼けたクッキーが水のベールに包まれたような状態でふわふわと姿を現した。
まぼろし…?とうとう…?
とりあえず手をクッキーの下に添えると、水のベールがふわっと霧になり消え、私の手の中にクッキーが落ちた。普通のクッキーだよね…?
手に乗せたクッキーを目の前まで持ち上げれば、どうみても普通のクッキーだ。
そこで私は思いだした。
ミッドライトは霧の魔法が使える!じゃあこのクッキーは、ミッドライトが私にくれたってこと!?
私は何か言いたいような、何も言えないような、そんな気持ちになる。
…私のお腹がすいてるのを気にしてクッキーをくれるような優しい子なんだ。
そうして、クッキーをひとくち口に含んでみた。
「おいしい!!クッキーとってもおいしい!!クッキー、クッキー!!」
教育番組の青いクッキーが大好きなモンスターか、というレベルでクッキーという単語を叫んでしまった。だって嬉しかったから!!
また、このおいしいクッキーをミッドライトが食べること出来ているなら、少しだけ安心できる。
そんなクッキーのモンスターを追い払いたかったのか、なんともう一枚クッキーが舞い降りた。
私の手の上でふわっと、再び重力を取り戻すクッキー。
「ありがとうございます、クッキーおいしいです!」
また彼のいるだろうところに向かって叫ぶ。
窓の位置が変なところにあるせいで彼の顔は見れないし、私のことも見えないだろう。
でもこの声は届いていると思えた。
「私の好きなものは甘いものとチキンです!好きな動物は白い大きな犬!好きな色は水色!嫌いな食べ物はカキフライです!」
返事はない、けどいいんだ。また来るから。
「もっともっと聞いてほしいし、聞きたいから。また来ますね、私の名前はチヨです!」
念のため偽名を続けることにしておこうと思う。
向こうからは私が見えないと思うけれど、手を大きく振って「また来ますからね」と続けた。
…屋敷へ向かう途中に、大人なのに子供からクッキーもらうのってどうなの…と自分のふがいなさに気づいてしまったけれど。