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21.滋養強壮薬は使い道がいっぱい

ルドルフさんは遠い昔を思い返すように目を伏せた。

「奥様と旦那様はお互いを想い合われてご結婚されました。それはお二人の階級を考えますと珍しいことでございます。お二人がご結婚された時には既にミッドライト様という嫡子がいらっしゃいましたが、奥様はミッドライト様も大切にされていました。…奥様ご自身はとてもお優しく、サファニア家にふさわしい方でございました。」

ルドルフさんは前で上品に重ねていた手を強く握った。

「…しかしながら、奥様のご実家はこのサファニア家と繋がりが出来たことを喜び、金の無心に明け暮れるような下卑た貴族でございました。嫡子であるミッドライト様から後継者の座を奪うように、奥様にお子様の催促をしたり、サファニア家の財を充てにし、仕送りをするように奥様に何度も圧をかけたりと見てはいられないことを平気で行うようなそんなご実家でございました。」

そのまま憤りを滲ませたままルドルフさんは続けた。

「…奥様はお優しく、また繊細な方でございました。ご実家からのサファニア家へのそのような圧に心を痛めながら、少しずつその毒に蝕まれていっていたのでしょう。また、奥様はご実家からのその圧を誰にも告げることをしませんでした。私共使用人や旦那様に話すことでそれを知られてしまって、サファニア家と離縁されることを恐れていたのではないかと思います。」


ミィルフィーヌのお母さんは、助けてって言えればよかったのに。

私は話を聞きながら悲しくなった。

助けてを言えない、という気持ちももちろんわかる。

でも彼女が出来なかったのは、ミィルフィーヌのお父さんや屋敷の皆を信じることだったんだろう。

助けてと言えば、助けてもらえるという信頼を出来なかったことなんだろう。

全幅の信頼を人に預けるのは怖い。

けれど、手を伸べてくれる誰かがいるならその手を取れたらいいのに…。


「私共が愚かにも奥様のその様子に気づけないまま、2年経ち、ミィルフィーヌ様が誕生されました。ミィルフィーヌ様のご性別が女性でございましたので、跡継ぎにはできないということを奥様はご実家に責められていたそうです。ですが、奥様はミィルフィーヌ様を大切に育てられていました。」


少しずつ少しずつ溜まるよう狂気を浴びながら、それでも大切にミィルフィーヌを育てたその感情を思うと、何も言えないと思った。


「奥様はミッドライト様とミィルフィーヌ様を会わせることをしてませんでした。そのお気持ちの中にどんな思いを持っていらっしゃたのかは想像しか出来ません…。」


嫡子であるミッドライトを大切に思ってはいても、実子のミィルフィーヌが家を継ぐことが出来れば彼女の将来は約束されたものになる。


「…実際、奥様のご実家はミィルフィーヌ様を嫡子にするように働きかけていたのでしょう。またお心を痛めていた奥様がその甘言に揺れてしまうのも無理はなかったのだと思います。」

ルドルフさんは小さく息を吐いた。その吐息には後悔が含まれているように見えた。


「少しずつお心を痛めていった奥様は、怪しい託宣師を頼るようになりました…。旦那様も初めは奥様のお心が癒されるならとその託宣師を屋敷に招き、奥様に会わせておりました。

そんな時に、ミィルフィーヌ様が兄君がいることを知って会いたいと言われたのです。」


ミィルフィーヌがミッドライトに会いたいと言ったんだ…。

でもわかる気がした。

あの甘えっ子で妹気質のミィルフィーヌであれば、お兄さんがいると誰かに聞いたら会いたいと言うんじゃないかと思う。


「もうずっと昔のことでございますので、ミィルフィーヌ様がそのように言われたことは覚えていないのではないかと思います。…兄君がいらっしゃるということもミィルフィーヌ様はお忘れになられていたと思いますので。

そうしてミッドライト様が6歳、ミィルフィーヌ様が4歳の頃に初めて、お二人が会う場が設けられることになりました。」


私は人知れず息を吐いた。

ミィルフィーヌの記憶の中にはいなかったミッドライト。

どうして彼があの塔にいるのか。

ミィルフィーヌのお母さんはそれに対してどう思ったのだろう。

一瞬、頭の中で思考するように目を伏せた。

そうしてルドルフさんを見つめるとルドルフさんは続きを話し出した。


「ミッドライト様とミィルフィーヌ様の会合は、あの塔に近い中庭で行われることになりました。

しかしその日…奥様のご実家から罠が仕掛けられておりました。

室内で会合が行われなかったことで、その日祝いの贈り物に仕掛けれれていた呪が発動しました。

屋敷内であれば屋敷に貼られた結界により防げた呪が、中庭で行われたことによりミッドライト様を襲いました。」


悔しそうに、本当に悔しそうにルドルフさんが呟く。

私もやり切れず唇を噛んだ。


「どうしてその日は中庭でお兄様と会うことになったんですか?室内でもよかったはずなのに」


ルドルフさんは私を見て悲しそうに眉を寄せた。

「…ミィルフィーヌ様に、虹を見せたいのだ、とミッドライト様は仰っていました。

貴女様が虹を見たことがないと手紙に書いてきたからと…」


唇が震えたのに、何も言えなかった。

寂しがり屋の妹のお願い事を叶えたいと思った、お兄ちゃんの気持ちを誰が否定できるの。


「込められた呪により具現化された魔はミッドライト様を襲いましたが、既にご自身の魔法を使いこなしていたミッドライト様はそれを消滅させていきました。しかし、最後の一体がミルフィーヌ様を傷つけました。それでミルフィーヌ様は腕に深い傷を負われ、気を失われたのです。」

ルドルフさんは深く息をついた。

「ミッドライト様はその魔も消滅させましたが、ご自身を責められました。会合場所を中庭にしたことを、ミィルフィーヌ様に傷を負わせてしまったことを。また、その場にいた奥様も半狂乱でミッドライト様を責められました。」


『あなたのせいで!私のミィルフィーヌが!!どこかに行って、私のかわいい子に触らないで!!

誰か!あの子供をあの塔に閉じ込めて!!!』


「使用人たちにミッドライト様を閉じ込めたいものは皆無でした。

しかしミッドライト様ご自身が塔に入ることを望まれました…

あの塔自体がどんな意味があるかご存じですかミィルフィーヌ様?」


ルドルフさんからの問いに私は首を振った。

「いいえ、知らないです…。」


「あの塔自体が魔法の能力を上げるために建てられた塔でございます。歴代の当主様方もあの塔で魔法能力を上げておりました。奥様はそれをご存じではありませんでしたが、ミッドライト様ご自身はご存じでした。貴女様を守れなかったご自身の力不足を恥じられたのでしょう…。」

またルドルフさんは視線を伏せた。


ミィルフィーヌとミッドライトの過去が苦しい。

本当は仲良くなれるはずだった二人が今もこうやって孤独なことが、苦しい。


「ミィルフィーヌ様はすぐに治療を受けましたが、深い傷であったことから、痕が残るだろうと医者から言われました。奥様はそれに絶望されました…。」


…今のミィルフィーヌの体に痕なんてない。綺麗に消えたということなのかな。

私は思わず腕をさすった。


「…それ故に奥様は託宣師を頼りました。どうしたらミィルフィーヌ様の傷跡が消えるのかと。

託宣師は奥様のご実家と手を組みサファニア家へ入り込むことが目的でございました…。

ミッドライト様をあの塔から出さなければ、ミィルフィーヌ様の傷がすぐ癒え、その痕も残ることはないと奥様に宣言しました。奥様はそれを信じ、ミッドライト様を塔に閉じ込めました。

そうしてミルフィーヌ様のお怪我が治ったので、より託宣師を信じるようになられたのです。」


私は顔を上げてルドルフさんに言った。

「そんなバカなことがあるわけないじゃないですか!お兄様が塔にいることで私の傷が治るなんて!!」

ルドルフさんに言っても仕方ないのは分かっていたが、、あまりに馬鹿馬鹿しく悔しくて言わずにはいれなかった。


「実際に傷が消えたので奥様は深く信じてしまいました…。ですが、ですがあの時…本当にミルフィーヌ様の傷を治したのは…」

ルドルフさんは苦しそうに続ける

「ミッドライト様でした…。」

ルドルフさんは手をまた強く握りしめた。

「あの塔の中ででミィルフィーヌ様の容態を聞いたミッドライト様は、ご自身にその傷を移すように我々に命じました。塔に閉じ込めれたままでは治療もままなりません。我々は反対しましたが、ミッドライト様は貴女様が傷ついたままのは絶対に嫌だと譲られませんでした。人の傷を移す行いは魔法というよりはほぼ呪術です。ですが、ミッドライト様は貴女様の傷を受け入れました。塔の中で傷により高い熱を出しながら、貴女様のことだけを思い…」


私は泣きそうになった。

ミッドライトの馬鹿、馬鹿!

何度心で唱えたかも分からない、彼への言葉を繰り返す。

どうしてそんなに自分ばっかり犠牲にするの。

白くて綺麗なミィルフィーヌの手はミッドライトが守ってくれたものなんだ。

どうしようもない気持ちのまま自分の腕を撫でた。


「起きた奇跡を前に奥様は託宣師にのめりこんでいきました。そうしてあの託宣師が催す集まりにも足を運ぶようになり、少しずつこの屋敷を不在になるようになりました。屋敷に帰るときは、エリーや他の使用人を連れて帰り、雇うようになりました。そうしてミッドライト様を慕う使用人を解雇していき、少しずつこのサファニア家は蝕まれていきました。」


「…お父様は、お兄様が閉じ込められているのに何も言わなかったんですか」


「初めの頃は旦那様も奥様を取り戻すために様々なことをされてました。しかしながら、旦那様も少しずつ託宣師に飲まれていきました。今はお二人ともがあの忌々しい託宣師の教団を信仰されています。」


ルドルフさんは深く深くまた息をついた。

「私共は、ミッドライト様の望みを叶えるべく、何もしないまま今この時まで来ました。

しかし、ミィルフィーヌ様がミッドライト様と関わられるのを見て、我々の誤りに気づきました。

ミッドライト様が望まぬことであっても、あの方があのままあの場所にいていいはずがないのです。」

そうして私に向けて頭を下げてくれた。

「ミィルフィーヌ様、どうぞお力を貸してください。貴女様のお気持ちで私共の目は覚めました。

ミッドライト様にあの塔から出ていただき、そうして今惑うこのサファニア家を支えていただきたく思っております。」


私は大きく息を吸った。

喜んで、ええ、喜んで!

手を胸に当てて私は立った。

「やりましょう!絶対にお兄様をあの塔から出しましょう!!」


ルドルフさんは眩しいものを見るかのように目を細めた。

「はい、どうぞよろしくお願いいたします。

…また、これ以上旦那様と奥様をあの託宣師と教団に好きにさせるつもりはございません。

そのためにマリアに潜入捜査をさせておりました。」


マリアは頭を下げた後、静かに口を開いた。

「ミィルフィーヌ様のお傍を離れていた間、教団へ潜み、捜査をしておりました。

旦那様と奥様はあの教団で今は洗脳を受けているような状態でございます。

…旦那様と奥様以外の領民も同じように教団で洗脳されているようなものもおりました。

私のように炎の魔法を使うものは洗脳を受けることがございませんので、捜査を私が請け負いしておりました…」


そういった事情があるなら、マリアがミィルフィーヌから離れなければいけなかったのは本当に仕方なかったのだろう。

信頼できる使用人でマリア以外には適任者がいなかったんだろうな。


「エリーさんもそうでしたが、教団は洗脳を施すのに特定の香を媒介にします。

教団の手のものがエリーさんや他の使用人を遣わしたのは、あの香りを絶やさずに嗅がせることが必要であったのでしょう。ですが…」

マリアも美しいその目を力強く前に向けた。

「その香を、洗脳を無効化する方法が見つかりましたのであの教団ごと潰すことができるかと思います。

まずはミッドライト様を説得し、そのお力をお借りして、大規模の信奉者に無効化する薬を届けることが出来れば…」


「やりましょう!!」

私はマリアにも強く声をかけた。


出来ることが見えたなら、それに向かっていきたい。

ミィルフィーヌの父母に関してはやっぱり許せないという気持ちが今もあるけれど、それを判断するのは私じゃない、ミッドライトだ。


「その無効化できる薬はもうあるの??」

私がマリアに問いかけると、マリアは少し眉を寄せた。

「二つの要素を混ぜ合わせた薬になります。一つは既に用意が出来ておりますが、もう一つが、薬草から抽出する必要がございまして…その抽出が上級以上の魔法使いしか出来ないものになります。一つであれば只の滋養強壮剤でしかないのですが…」


滋養強壮剤…。

私ちょっと前に作ったような…。


ルドルフさんも少し悔し気に頷いた。

「そうですね。あの抽出が出来れば…」


私は立ち上がって持っていたカバンの中を見る。

こないだ作った滋養強壮剤…残ったのがあるな…。


「あの…二人とも…。」

いやそんな、違うかもしれないけど一応と思い、私は二人に声をかけた。

「…私この間、滋養強壮剤になるもの作ったんだけど…」

カバンの中から瓶を取り出すと、二人はとても驚いた顔をした。


「「それでございます!!」」

上級の魔法使いしか作れないはずなのに!?

ミィルフィーヌ様いつからそんなことが!?


二人の驚きに心地悪さを感じながら私は瓶を握った。

「これをどのように使いますか?」


ルドルフさんは取り乱したことを少し恥じるように口元にこぶしを近づけた。

「この薬をもう一つの薬剤と混ぜ、ミッドライト様の魔法で霧状にし、教団で撒きます。

それが洗脳を解くカギになるのです。」


私はにっこり笑った。

「じゃあ、お兄様の手助けがいりますね!!」


ねえミッドライト。

君の助けが欲しいと伝えたら、今度こそこの手を取ってね。

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