20.彼の望みと私の望み
ルドルフさんの執務室に案内され、執務室内の応接間フカフカの椅子をひいてくれたので、私は案内を受けるままその椅子に座った。
私の座った椅子の前にも椅子はあったが、ルドルフさんは座らずにに私の横にそのまますっと立ち、目を伏せた。
庶民的にはそのまま立ってて貰うことにそわそわしてしまうけれど、ルドルフさんのその立ち姿を見ていると座るように声をかけることも言いづらい貫禄があった。
マリアの姿が見えないと思っていると、ワゴンで紅茶とお菓子を持ってきてくれた。
テキパキと準備を進めてくれたマリアが温かい紅茶を私の前に置いてくれたので、私はマリアにお礼を言ってありがたく頂戴することにした。
マリアもルドルフさんの隣に立ち、待機してくれた。
私が紅茶を一口飲んでカップを置く音を合図にするようにルドルフさんが口を開いた。
「ミィルフィーヌ様。不躾を承知で申し上げますが、御前でご説明させていただいてもよろしいでしょうか。」
私はこくりと首を縦にふった。
「もちろんです!」
ルドルフさんは軽く会釈し、私がカップを置いた机の前に移動した。
そうして私見て口を開いた。
「先ほども申し上げましたが、ミィルフィーヌ様をお一人にしたこと、誠に申し訳ございませんでした。」
ルドルフさんが深く頭を下げてくれた。
「いえ、全然です!」
私は両手を顔の前で振りながらアワアワしてしまった。
大人の男性からそんな風に謝られていると、どうしていいか分からないし…!
隣で控えてくれていたマリアも同じように深く頭を下げた。
「ルドルフさんのせいではございません。このマリアが本来であればもっと素早く任務をこなせていれば、このようなことにはならなかったのです。ミィルフィーヌ様、誠に申し訳ございませんでした。」
マリアから頭を下げられても、それも同じくどうしていいか分からない…!
「二人とも、私は大丈夫ですので、頭を上げてください!」
ミィルフィーヌ様は確かに一人ぼっちになってしまった時期があったかもしれないけど、
今こうやって頭を下げてくれている二人を責めるの違うし、彼女の孤独にすり寄った大人が一番悪いと私は思う。
ルドルフさんは深く息をつきながら頭を上げた。
「温かいお言葉をありがとうございます、ミィルフィーヌ様。お許していただけることではないことは存じ上げておりますが、現在サファニア家で起きていることを解消するためにはどうしてもマリアの力が必要でございました…」
ルドルフさんは心が痛むように眉を寄せた。
ふと隣のマリアを見れば、ルドルフさんと同じような表情をしていた。
ルドルフさんは瞼を閉じて、静かに続けた。
「ミィルフィーヌ様が思われているとおり、あの塔にいらっしゃる尊いお方は、このサファニア家の正当な後継者である、ミッドライト様でございます。」
静かに目を開けたルドルフさんは私を真っ直ぐに見つめる。
「…ミィルフィーヌ様がミッドライト様を塔から出したいとお望みになられたこと、それはミッドライト様のお望みに反することであり、私共使用人は貴女様のお望みを叶えて差し上げることはできないと思っておりました」
ルドルフさんは下の方に視線を下げた。
「ミッドライト様はもうずいぶん長く、『塔には誰も近づかないこと。自分をここから出したいと望まないこと』を私共に言いつけておりました」
誰も近づかないこと。
塔にいることを望んでいること。
本人から何度も聞いたけれど、どうして…?
私の問いは顔に出ていたんだろう、いや、疑問を持つことが当然だと思っているのだろう。
ルドルフさんはこくりと頷いた。
「ミッドライト様をあの場に留めておくことを良しとしない使用人は今まで何人もおりました。あの方は素晴らしい方です。あんなところにいていい方ではございません。しかし…」
昔を思い出すようにルドルフさんは眉根を寄せた。
「ミッドライト様をあの場から出るように進言した使用人は一人、また一人と辞めさせられていきました。…初めはミッドライト様もあの場にずっといるつもりはなかったのです。ですが、ご自身のせいで職を無くす者がいるのが耐えられないと…そうして我々に、ミッドライト様を助けようと思うことを禁じました。」
『僕は望んでここにいる。誰かに閉じ込められている訳じゃない。』
(だから出したいと思わないで。あなたが傷つけられることが耐えられないから。)
私は下を向いて膝の上で手をぎゅっと握りしめた。
ミッドライトを心の中で「ばか」と叱ったけれど、まだ少年の彼がそれ以上どんな決断ができたかと思うと苦しい。
「…お兄様にあの塔にいるように命じたのは私のお父様とお母様ですか…?」
ルドルフさんはまた視線を下げて答えてくれた。
「左様でございます。」
ルドルフさんの返事に私は勢いよく立ち上がった。
「お父様とお母様は今どちらにいらっしゃいますか!?お兄様のことをすぐに出していただくよう伝えます!」
二人が命じているというならすぐに直訴して出してもらう。
優しいあの少年がこれ以上あの塔で一人でいるなんて嫌だ。
幸い今の私は二人の娘だ、この望みは絶対に叶えてもらうんだから。
側に控えてくれていたマリアが私の両腕にそっと触れて、首を振った。
私が彼女を振り仰ぐと悲しそうに私を見た。
「…マリア?」
マリアがそのままルドルフさんを見ると、彼も同じように少し悲し気な顔で頷いた。
「今のお二人には、多分届かないでしょう。それがミィルフィーヌ様であってもです。」
どういう意味なのかと視線でルドルフさん、マリアを見ると、ルドルフさんが頭を下げた。
「どうかもう少しだけお付き合いください、ミィルフィーヌ様」
私はもう一度マリアを見ると、マリアも頷いた。
彼女の手にそっと触れて、私は椅子に座りなおした。
「すみませんでした。お願いします、続けてください。」
ルドルフさんは首を振り、「ミィルフィーヌ様が謝っていただくことではございません」と言ってくれた。
「ミッドライト様があの塔にいることになったのは、もう6年も前のことでございます。…」
言葉を濁すとルドルフさんは私を見た。
「ミィルフィーヌ様はミッドライト様と母君が違うことはご存じでございますか?」
そうだった。
ミィルフィーヌに兄がいることは、本来であれば彼女は知らないはずだから、ルドルフさんもマリアも、誰かから聞いたと思ったんだろう。
その上でさらに詳細を聞いているか聞いてないかは、私に聞かないと分からないよね。
ただ、その質問に答えると、教えた人が問い詰められそうだから気まずい…!
また、誰かから聞いたわけじゃないから、『じゃあ何で知っているのか』を聞かれても困る…!!
『中身がもう成人済みの社会人のOLだからでーす。乙女ゲームしてたから知ってまーす。』とか言えないし…気まずいわ!!!
私はいつもの秘儀「ぼかしぼかし」で、そっと目を伏せることにした。
これで【知っている】とも【知らない】ともとれる、便利な秘儀である!
ルドルフさんもそれ以上は聞かないでくれて話を続けた。
「ミィルフィーヌ様のお母様であられる奥様が、ミッドライト様にあの塔で暮らすよう命じました。」
私はぐっと手を握った。
知っていたし、想像していたけれど、実際にその話を聞くと悔しさがこみあげてくる。
6年も前から、まだ少年の彼にそんなことを命じたミィルフィーヌの母親を許せないと思う。
「しかしながら、それまでは奥様は実子ではないミッドライト様を大切にしてらっしゃいました。」
私は弾かれたように顔を上げた。
大切にしていたって…、どういうことなの?
ルドルフさんは悲しそうな顔で頷いた。




