19.大人だから
「ミィルフィーヌ様ぁ」
後ろから掛けられた彼女の声に私は体を震わせた。
「何をされているんですかぁ?また一人ぼっちですか??」
甘く可愛らしく、とろりとした毒を含んだようなエリーさんの声。
私は彼女の方を見ることも、答えることも出来ない。
「なんですか、そうやって黙って。コミュニケーションも出来ないなんて、人として最低なんじゃないですか?」
クスクスと笑う声と彼女の言葉が、心に落ちてきてじくじくと痛い。
私はうつむいて、手を握りしめた。
「ああ、でも仕方ないのかなあ…。そんなだからミィルフィーヌ様は誰にも必要とされないし、いてもいなくても変わらない…」
エリーさんは歌いうように楽しそうに続ける。その、足音が近づいてくる。
「いいえ、いない方がいいかもしれないですね、みんなの幸せのために。あなたには何もできないし、誰も救えない。できるのはその辺の花を咲かせることだけでしょう?由緒正しい貴族の娘だなんて言っても、あなたは何も出来ないただの子供なんですもの。」
エリーさんの言葉に私ははっとした。
違う、そうじゃない。
だって私は、今の私は。
「ねぇ、ミルフィーヌ様?」
彼女の言っていることは正しい、そして正しくない。
何も出来ないし、誰も救えない。それは本当。
だけど。
「ミィルフィーヌ様…?」
だけど、諦めて泣いて立ち止まるのは、違うはずよ。
だって私は大人だったはずだ。
ミッドライトを自由にする目的を持ったなら、それを達成するために頑張らないといけないんだ。
傷ついて立ち止って、もうやりたくないと泣くのは出来るけど、結局立ち上がるも前に進むのも自分で決めるしかないと、誰かが手を引いてくれるのを待っていてもダメなんだって、もう知ってしまった。
投げ出したいくらい辛いことがあっても、投げ出せないのが人生なんだって、私は気付いていたはずなんだから。
嫌われても何でも、それでも子供達を守るのが大人でしょう。
ミッドライトがミィルフィーヌを嫌いなら、別の手段を探せばいい。
ミッドライトが自由になればそれでいい。
いつか、ミルフィーヌと仲良くしてくれたら、尚いいけど!
だから、ここで嘆いている暇なんてないはずだ。
私は後ろを振り返り、エリーさんをじっと見た。
『私子供じゃないんですからね!』と高らかに宣言したいくらいだが、流石にしない。
それはただの変な人だと思うし…。
エリーさんの想定と違う態度だったんだろう、彼女が怯んだのがわかった。
わたしが彼女に声をかけようとした瞬間に、エリーさんの小さな悲鳴が響き、同時に暖かい炎が私を包んだ。
廊下の奥からマリアが走って来てくれる。
火の魔法の残滓なのか、手のあたりが陽炎のように揺らめいて見えた。
私をエリーさんから隠すようにマリアが間に立つと、私を包んでいた暖かい炎をが消えた。
「前にお伝えしたはずですね、ミィルフィーヌ様にお話をされる際には私を通してくださいと。」
低く押し殺したようなマリアの声が聞こえた。
彼女の背にかばわれて、表情が見えないけれど、多分険しい顔をしているのだろう。
エリーさんは私を包んだマリアの魔法により、手に火傷を負ったのか両手を握りマリアを睨んだ。
「マリアさんに許可をとる必要なんてありますか?私はミルフィーヌ様に本当のことを言っただけです。それなのに…こんなことをして、奥様や旦那様に伝えますからね!!マリアさんも屋敷にはいられなくなりますよ。」
憎々し気にエリーさんは顎を上げ、マリアを睨み続けた
マリアがゆらりと右手をかかげると、その手に炎を生まれる。
「どうぞ、構いません。ご自由になさってください。私はミィルフィーヌ様のためのメイドです。何があろうとも、もう二度とこの方を傷つけるものを許すことはいたしません。」
揺らめく炎にエリーさんがぐっとひるんだ。
「そうですか、それならそうしますからね!」
両手を押さえながら回れ右をしようとするエリーさんを見てようやく私の頭が回転しだした。
いやいやダメです!!
私はマリアのスカートの脇から飛び出して、エリーさんのスカ―トをぐっと掴んだ。
「何するのよ!?」
エリーさんから手を払われそうになったけど、離すまい!
ええい!大人しくしてください!!
「とりあえずその火傷治しますからね!!」
『火傷にはアロエだよ』と、昔おばあちゃんが教えてくれたはずだ。
民間療法だからどこまで効くか分からないけど、花の魔法でなんとかしてほしい。
「マリア!エリーさん押さえてて!!」
マリアを呼んで、彼女にエリーさんを捕まえてもらい、先ほど歩いてきた庭に戻りアロエを摘みに行く。
前に散歩したときにあったのを見かけたし!
幸いすぐ見つかったので、一部切り取ってすぐに廊下に戻った。
「これがアロエです!」
慌てていたので何故かアロエの紹介をしてしまったけれど、緊急事態だから仕方ない。
「その植物がなんなんですか!?」
エリーさんはマリアに両手を押さえられ、アロエを恐ろし気に見てくる。
マリアに押さえてもらったエリーさんの手にアロエを当てて、『はあーー!』と心の中で叫んだところ、
アロエがドロッと溶けて光った。
光が消えるとエリーさんの火傷が治っていた。
私は一息ついて、マリアに笑いかけた。
「私のために怒ってくれてありがとうマリア。」
マリアは私を見て、一瞬泣きそうな顔をして、私を抱きしめてくれた。
私も彼女の背中にぎゅっと手をまわした。
そんな私たちを気持ち悪いものでも見るかのようにエリーさんは見ていた。
「こんなことされても変わりません。マリアさんのことは報告させていただきますからね。」
彼女は立ち上がり、私たちを冷たい目で見下ろした。
私はマリアから手を放し、エリーさんに向き直るために立ち上がった。
「どうぞ、お好きにしてください。綺麗さっぱり証拠もないですし!」
私は彼女を見てにっこり笑った。
マリアに人を傷つけて欲しくないし、エリーさんのことは好きになれないけど火傷してるのもどうかと思うし、そのまま報告されてマリアを失うのも嫌だし、彼女を治すのは色んな理由からだ。
私は大人だから、計算して行動もできる!
思い出させてくれたエリーさんには感謝しかないなあ!
エリーさんは顔を赤らめ、右手を振り上げた。
「子供のくせに生意気なのよ!」
私が頭をかばうのと同時にマリアが素早く立ち上がり私をかばうように抱きしめてくれた。
ぎゅっと目を閉じて衝撃を待ったが、しばらくしてもその衝撃は訪れなかった。
目を開けると、いつの間に来ていたのか家令のルドルフさんとルドルフさんのお付きの方がおり、お付きの方がエリーさんの手を握っていた。
「ミルフィーヌ様に手をあげるなど、許されることではないよ、エリー」
ルドルフさんの合図をもとに、お付きの方がエリーさんの手を離した。
「違うんです、ルドルフさん!!マリアさんが私に魔法を使って火傷をさせました。それを奥様や旦那様に報告しようとしたら、ミルフィーヌ様に邪魔されたのです。こんなこと許されていいのですか?」
ルドルフさんはあくまでも優雅に微笑みながら言った。
「君の立場はただのメイドだ。マリアが君を傷つけても、ミルフィーヌ様がそれを望むのなら、仕方ないし許される。奥様や旦那様にどうして言えると思うんだ?それとも、何か君が優遇される理由があるというのかい?」
エリーさんはぐっと口をつぐんだ。
「エリー、君の働きぶりの評価は高くない。マリアと比べると雲泥の差だ。また、ミィルフィーヌ様に近づき、ミィルフィーヌ様の宝飾品を搾取していたことも分かっている。旦那様や奥様の後ろ盾があろうと許されることではない。」
少しずつ温度をなくすような、ルドルフさんの冷たい声にエリーさんはさらにひるんだ。
「…そんなことはしていません!それに私は、旦那様や奥様には誠心誠意お仕えしています!!
ミィルフィーヌ様にだって、マリアさんがいない間のメイドとしてお仕えしていただけです!」
ルドルフさんは微笑んで彼女に答えた。
「それならいいんだ。では、君の話を詳しく聞かせて欲しい。」
ルドルフさんの声とともに、さらに屋敷の使用人の方が現れてエリーさんの腕をとって、彼女を連れて行く。
「ちょっと何よ!」
エリーさんは抵抗するが、そのまま連れていかれていった。
「マリア、来てくれてありがとう。」
私はマリアに改めてお礼を伝えた。
「いいえ、ミルフィーヌ様にご迷惑をおかけしただけになってしまって…。」
「そんなことないよ、とても心強かった!」
困ったような顔をするマリアに笑いかけた。そうしてルドルフさんの方を向き頭を下げた。
「ルドルフさんも、ありがとうございます。」
そうして頭を上げて二人を見つめた。
「今度こそ、何をしても、お兄様をあの塔から出したいと思っています。私が出来ることは何でもしますので、どうか力を貸してください。」
ルドルフさんは探るような目をしながら私を見ていた。
「ミッドライト様はミルフィーヌ様とは特にお会いしたくないと仰られています。それでも、あなた様はミッドライト様のために何でもすると言われるのですか?」
私はルドルフさんにも笑いかけた。
「はい、何でもします。お兄様が私を嫌いなら、それはもう仕方ないからそれでいいと思ってます。それはお兄様を諦める理由にはなりません。」
二回目の人生はイージーモードじゃないけど、前に進むしかできないなら頑張らないとってことは知ってるから。
「ミィルフィーヌ様、申し訳ございません。」
ルドルフさんも私の前に膝をつき、頭を下げた。
「エリーの言動や行動に問題があることは分かっておりましたが、そのまま泳がせていたせいであなた様を孤立させてしまったこと、お詫び申し上げます。」
そうして顔を上げて私を見上げて続ける。
「ミィルフィーヌ様、どうかこのサファニア家をお救いください。」
「どういうことですか?」
このまま廊下で話すことではないですね、とルドルフさんは私とマリアをルドルフさんの執務室に導いた。




