15.夕暮れの闇の中で
授業が終わった後、庭師のアルベルトさんに花の種を分けてもらいに行った。
魔法で草木の成長を早めることができるので、この種を使って、ミッドライトに花を見てもらうのだ。
(見たことない花とかの方が珍しいし、桜とかもあればよかったけど、この国にはないみたいなんだよね。)
私は部屋に戻りながら明日の計画について考える。
ちゃんと彼に喜んでもらえるだろうか。
少し不安になる自分がいるが、頭を振って励ます。
(お花きれいだし!実物見たらきっと、もっと見たくなるはずだわ!)
私は空を見上げた。
もう日も暮れていたので、部屋に帰らないといつもだったらマリアからお叱りを受けるが、今日はマリアは別のお仕事があるということで、私の世話は別のメイドさんたちがしてくれると、朝、彼女から言われていた。
(帰ってもマリアはいないから、ちょっとだけ寄り道しようかな…)
今のうちに庭にもらった種を植えて、魔法で成長をさせておけば、明日はそれを摘んで届けることができる。
(うん、ちょっとだけやろう)
私は庭の花壇に近づきしゃがむ。
花壇は空いていればどこでも使っていいとアルベルトさんから許可はいただいている。
貸してもらったシャベルで土を耕し、種をまく。
手が土で汚れるが、それがちょっと楽しい自分がいた。
(大人になってからこんな風に土いじりとかしなくなったしな)
無心で土をいじりながら、こんなこともミッドライトと一緒に出来たらいいなと思った。
(小学校の時に朝顔とか、ひまわりとか育てるの楽しかったし!)
彼が出てきたら、あの塔の周りに朝顔の鉢植えいっぱいにしちゃおうかな。
早起きのミッドライトと一緒に、毎日絵日記とか書いたり。
大人びた彼がそんなことをしてくれるかは分からないが、「一緒にやって欲しい」と言えば優しいのでやってくれるかもしれない。
(ああ、でも私が毎日絵日記はつらいな、出来ないかも…)
そんな未来を想像して、私は微笑んだ。
一通り種を植えられたので、立ち上がって、全体を見てみることにする。
バランスも良さそうなのを確認し、私は手についた土を払った。
(後は魔法をかけて、ある程度成長をさせよう。)
私が魔法を使おうとした時に、後ろから声をかけたられた。
「ミィルフィーヌ様、何をされているのですかぁ?」
媚びるような、でもどこか人を馬鹿にするような声は振り返らなくても誰だか分かった。
「こんばんは、エリーさん。よい夜ですね。」
私は振り返って微笑んだ、心の中でマリアに謝りながら。
「ふふふ、ミィルフィーヌ様。土交じりでひどい姿ですね!とてもお嬢様に見えないです。」
クスクスと笑うエリーさんには、ミィルフィーヌを敬う気持ちはないのだろう。
「前に言いましたよね?ミィルフィーヌ様はもっと威厳をもって使用人に接しなきゃって!!
出来るようになってたのに、どうして辞めちゃったんですかぁ?」
私は何も言わずに微笑んだまま彼女の話を聞く。
「お父様やお母様だって悲しみますよ?使用人とはちゃんと距離を置かないと、あなたは貴族なのですから!マリアさんだって、前に『傍にいなくなっちゃった』って泣いてたのに、どうしてまたご一緒にいるんですかぁ?」
綺麗な人なのに、綺麗に見えない人。
この間見た時も思ったが、人が傷つくのを見て楽しめる人なのだろう。
私は微笑んだまま、何も言わない。
あなたに私の感情をあげるつもりはないんです。
「…ありがとうございます、エリーさん。教えてくれて嬉しいです。」
ああ、でも私、怒っている。
ミィルフィーヌに、屋敷の皆さんに対して高圧的な態度をとるように教えたのはこの人だったのか。
それでも…自分の感情をコントロールできることも、またインフォメーションのスキルの一つなんですよ。
「エリーさんはお母様やお父様とは会われたりするの?お二人はまた家に戻られたりするのかしら?」
「ええ!?ご存じないんですか?ご自身のご両親なのに!何も教えてもらえないんですね、ミィルフィーヌ様は!」
ふふふと笑い続けるエリーさんを、私も微笑んで見つめ続ける。
「誰にも愛されてないのかなあ…、仕方ないですね、何もできないし、必要とされてないもの。」
エリーさんが悲しそうにつぶやく奥に、優越感が見え隠れしている。
愛に飢えているのは、あなたの方じゃないですか。
満たされてなくて、誰かを傷つけたくて仕方ない、あなたの方じゃないですか。
私が何も言わないのことが、楽しくなかったのだと思う、エリーさんはつまらなそうに言った。
「こちらの屋敷には戻られないと思いますよ。お二人ともお忙しい方ですし。」
それでは失礼します、とエリーさんは下がった。
一人残された私は、大きなため息をついて空を見上げた。
もう、星も見えるくらい暗くなっている。
「魔法は、『祈りと思い』ですよね、先生…」
私は花壇に向き合って、手を組んで目を瞑った。
美しく咲いた花を想像すると、力が流れるのを感じる。
目を開くと、目の前の花壇は想像したとおりに咲き誇っていた。