11.お菓子作りパーティーは女の子の楽しみ
エリーさんの登場でうやむやになってしまった、ミィルフィーヌの父母について聞きたかったが、マリアの様子を見て、これ以上心労をかけるのが申し訳なくて聞けなかった。
(また、今度聞ける時に聞こう)
私は気持ちを切り替えるように明るくマリアに声をかけた。
「ねぇマリア!私もクッキーを作りたいのだけど、一緒にやってくれない?」
マリアは驚いたように目を瞬かせる。
「ミィルフィーヌ様が、でございますか?」
「そう!私も作れるようになりたいの!」
前世ではお菓子を作ることがそれなりに好きだったので、多分1人でも作れるけど、マリアと一緒に作りたいと思った。
少し悩むような様子を見せたマリアを、落とし込めるようにじっと見つめる。
このじっと見つめるおねだり攻撃がこの容姿の最大限の活用方法だと思う。うん、かわいいって得なんだな、羨ましいことです。
マリアは諦めたように、少し息をついた。
「…かしこまりました、ミィルフィーヌ様。手荒れや火傷に気をつけながら行いましょうね」
「ありがとう、マリア!」
根比べに勝てた私は満面の笑みでお礼を言った。
クッキーを作りを教える事が、ちょっとでもマリアの気晴らしになればいいな。
2人で調理室に向かい材料の計量から始めたけど、秤が電子秤じゃない…そりゃそうだよ。
私は現代の文明の利器の素晴らしさを改めて感じた…。
両天秤で釣り合いをとって計る計量に四苦八苦しながら材料の準備が終わった。
「ではミィルフィーヌ様、作り始めましょう。
まずは、このように少し火の魔法でバターを柔らかくしてから、砂糖を加えます。」
ごめんなさい、前言撤回、私の前世で知ってるクッキーの作り方じゃなかったです。
1人でやれるようになるには、火の魔法をなんとかしなきゃいけないのね!?
そうだよ、電子オーブンないもんね!!生意気言いました、私一人でお菓子作れません!!
にこにこと「そうなんだ!」とマリアの話を聞きながら、頭の中で『もう、ほんと、すみません!!』と繰り返した。
「火の魔法は私が使えます。ミィルフィーヌ様がお菓子をお作りになられる場合は、私とご一緒の時だけにしてくださいね。」
「マリアは火の魔法が使えるの?」
砂糖を加えたバターにさらに小麦粉を加え、さっくり混ぜていた私は話を聞きながら驚いた。
ゲームの設定では魔法は貴族だけが使えるとなっていたから、マリアは違うのだと思い込んでいた。
「お伝えしたことはございませんでしたでしょうか?
はい、私の生家のエレジール家は代々火の魔法を使うことができます」
そう話しながらマリアが厨房の消えたろうそくに向けて指を振ると、ゆらりと炎がともされた。
すごい!魔法使いの人みたい!かっこいい!
私は粉まみれになった手で小さく拍手をして、エプロンに白い粉をとばしてしまった。
マリアは苦笑しながら、クッキーの粉を混ぜ終わった私の手を、濡れたタオルで拭いてくれた。
マリアも貴族の女性だったのか。と思うと同時に、彼女の気品や優雅さを思うと納得するところもある。
そういえば貴族の身の回りをお世話する人も階級が高く、行儀見習いで働いていることがあったとか、前世で本で読んだことがあったかもしれないと思い出した。
少しクッキーを寝かせて(厨房の中に氷の箱があった。大きい氷の箱で、ドアがついてて、『氷の魔法です』とマリアが言ってた。便利ね!)、寝かせた後には型抜きしてあとは焼くだけ。
ここまでくると異世界のオーブンが気になってくる。
多分火の魔法なんだと思うけど、どんな形状なのか…。
「ミィルフィーヌ様。上手に型抜きが出来ましたね。では最後にこちらを焼いて完成でございます。」
クッキーを並べたトレイをマリアが持ち上げて、どこへ運ぶのかワクワクしていると、
なにやらブラックボックスみたいな、のぞき窓も煙突も何もない、オーパーツみたいな黒光りする何かがあり、それがブゥーンと音を立てて口を開き、マリアのトレイを呑み込んだ。
なにあれ怖い。
「では焼けるまで待ちましょう。」
マリアがとても素敵な笑顔で言ってくれたが、私は黒光りするオーパーツから目が離せなかった。
調理室の隣の部屋で、お茶を飲みながらクッキーが焼けるのを待っていると、甘いクッキーの焼ける香りがして私の心をくすぐった。
「とてもよい香りがしますね。」
「そうね、楽しみ。」
前世もお菓子が焼きあがる瞬間がとても好きだったな、と思い出す。
(つい味見と称して食べ過ぎちゃうんだよね)
焼きたてのクッキーも、時間をおいて味がなじんだクッキーもどっちもおいしいので、ついつい一人でもりもり食べてしまっていたが、今回はあげたい人がいるから我慢しなきゃ。
(味見と称して食べ過ぎないように、焼けるまでの間にもっと紅茶飲んでお腹を膨らませておこう…)
私はおいしい紅茶をお代わりすることにした。
「出来上がったようでございます」
マリアに声をかけて調理室へ向かうと、さっきのオーパーツはマットなオレンジ色に変わっていた。
本当になんなの、このオーパーツ。
マリアがオーパーツに近づくと、またブゥーンと音を立ててトレイを吐き出した。
マリアの手にはミトンの手袋がはめられており、トレイを受け取る。
あれ、生きているの…?
異世界のオーパーツばっかり気になってしまうが、出来上がったクッキーに意識を向けないと!
マリアが作業台に置いてくれたクッキーは綺麗に焼けていて、おいしそうな香りがした。
「上手にお作りになられましたね、ミィルフィーヌ様」
素敵な笑顔でマリアが褒めてくれたが、彼女の教えがなかったらクッキーは一人では作れなかったので、私はマリアに思いを込めて伝える。
「マリアが手伝ってくれたから出来たのよ、本当にありがとう」
この作業をいつもマリアがしてくれて、ミィルフィーヌのためにクッキーを焼いてくれているのかと思うと、それも本当にありがたい。
それもあって私は一枚クッキーをとり、ペーパーナプキンの上にのせて彼女に差し出した。
「いつものお礼に。よかったら食べて欲しいな」
マリアは息をのんで私を見ると、「よろしいのですか?」と聞いた。
「もちろん。食べて欲しい。」
彼女は恐る恐るというように、私の手の上のクッキーをとると、口に含んだ。
「とてもおいしゅうございます。」
マリアの上品な笑顔に私も嬉しくなって笑ってしまう。
私の中の女の子が「ミィルフィが作ったんだから当然だもん」と鼻高々に言っている様子が、目に浮かび、その様子はとても可愛いいなと思った。
「では、ミィルフィーヌ様、お休みなさいませ。」
全ての支度を手伝ってくれたマリアは、そう言ってミィルフィーヌの部屋から退出していった。
「おやすみなさい、マリア。」
ドアが閉まる音がそっと聞こえて、あたりが静かになる。
私はベッドにぼふっと転がり、ティーテーブルを見た。
テーブルの上には可愛らしくラッピングした、今日作ったクッキーが置いてある。
(明日もミッドライトのところに行って、このクッキーをあげよう)
マリアは多分このクッキーを誰にあげようとしているのか、気づいていると思う。
けれど、何も言わないで手伝ってくれた。
(ああ、マリアのことも好きだなあ)
ミィルフィーヌの気持ちに沿うように、私も彼女のことが大好きになった。
(ゲームに出てたら間違いなく推している…)
私は目を瞑った。
私の中のミィルフィーヌの記憶は、ところどころ穴があって、人物に対する感情や認識は分かるのだけれど、エピソードだったり、思い出などがおぼろげなところもある。
彼女が幼いからなのか、私になったことによる何かのせいなのかは分からない。
だからか、マリアのことをとても好きだったミィルフィーヌの気持ちはわかるけれど、
彼女についての情報や思い出に関しては知らないことも多かった。
(エリーさんについても、そうなのかもしれないな。やっぱり話を聞かないと)
うとうとしてきて考えながら、そのまま意識が沈みそうになるのを感じる。
(また、あなたとお話がしたいよ。ミィルフィーヌ)
また、夢の中で話せたらいいのにな。
そう思いながら、私は眠りについた。