10.自分のことはいいけれど、大切な人を馬鹿にされるのは嫌です
「では本日の講義は以上でございます。ミィルフィーヌ様本当に素晴らしかったですよ。」
日が傾き始めた頃に今日の授業は終わりを迎えた。
「ありがとうございました」
優雅に挨拶をおこない、先生が帰るのを見送った。
あの木を成長させた後は、少ししおれた花を元気にしたり、芳香のある花からその香りを抽出したりする練習をしたが、初めてにしては出来ていた方だと思う。
魔法を使う間は頭の中で、ふんっはっはーっ!とリズムよく唱えていたので、今もずっと続けて聞こえる気がする…。
「ミィルフィーヌ様、お疲れ様でございました。」
授業中もずっと傍にいてくれたマリアが、私に肩掛けをかけてくれたので、そっと抑えた。
「先生の言われた通り沢山のことができて、とても素晴らしかったですね。」
そう、確かにできなかったことができて嬉しくて、私は笑った。
「そうかなあ」
「それでは、ミィルフィーヌ様のお部屋に帰りましょう。」
マリアにそっと背中を支えられ私は歩き出した。
「ねえ、マリア」
部屋までは少しあるので、その道中にミィルフィーヌの父母について聞きたいと思った。
「お父様とお母様は今はどちらにいるの?いつお戻りになられるか知ってる?」
マリアの方を向きながら聞いたところ、マリアは少し目線をそらした。
ああ、答えを悩むときのマリアだわ。
私は、マリアのその様子を見つめた。
「…旦那様と奥様は今はカラッテの街を視察されています。いつお戻りになられるかは存じ上げませんが…」
マリアが言いづらそうに続けているのを遮り、女性の声がミィルフィーヌを呼んだ。
「ミィルフィーヌ様!!先日は大変でしたね」
綺麗だけど化粧の濃い、豪奢な金髪のメイドの女性が声をかけてきた。
ミィルフィーヌになってから初めて会う人だし、記憶の中にもいない人だった。
(知っているふりして挨拶した方がいいかな)
ちょっと困ってマリアを見上げると、珍しく怖い顔をしてその女性を見ていた。
「エリーさん、ミィルフィーヌ様は今日も学ばれて、大変お疲れになられていらっしゃいます。
声をかけるのを控えていただきますか?」
いつも穏やかなマリアにしては冷たい言い方をしていることに驚く。
しかし女性は気にもしないかのように、…少し馬鹿にするように笑った。
「ええ!?ミィルフィーヌ様はそんなこと気にされませんよ??私と仲良くしてくださってますもんね?」
少し腰をかがめ、のぞくように私を見た彼女は、口元は笑っていたが、目の奥は光がなく笑っていないように見えた。
綺麗な人だけど、あまり感じの良い人ではないのかもしれない。
何よりも、マリアへの態度が。
(感じ悪い!)
自分のことなら耐えられるけど、自分の大事な人にそういった態度されるのは納得いかない。
「ごめんなさい、エリーさん。今日は魔法の授業でとても疲れたから、部屋に帰らせてもらいますね。
またお話してください。」
にこりと笑顔で断ると、彼女の顔がつまらなそうな表情になった。
「…ああ、そうですかあ。」
私は内心、腸が煮えくり返ったが、マリアがとても悔しそうに何かを言いたそうに唇を震わした横顔を見て冷静になった。
ここで時間をかけて、マリアが嫌な思いをする方が嫌だな。
彼女の手をぎゅっと握ると私の方を見てくれる。
私が首を横に振り微笑んで、何も問題がないことを伝えると、マリアは少し眉を寄せた。
そのまま、ぐっと飲みこむように目をつぶると、彼女はエリーさんを見て告げた。
「ミィルフィーヌ様付きの筆頭メイドはこの私です。何かお伝えしたいことがございましたら、今後は私を通してください」
マリアはそのまま私に「行きましょう、ミィルフィーヌ様」と声をかけ、エリーさんを置いて歩き出したので、私も一緒に彼女と歩き出す。
「はあい。気を付けますねえ」
一応、会釈をするため振り向くと、エリーさんはどこか嫌な笑顔で私たちを見ていた。
「あの方は、奥様の紹介で入ってきたメイドです。」
エリーさんの前で見せたのと同じような硬い表情でマリアは教えてくれた。
エリーさんはとても屋敷のメイドとして働いけるような性格ではない気がするが、ミィルフィーヌの母親の紹介だったのかと驚く。
それだからあの態度でも辞めさせられたりしないんだろうな。
マリアは私の肩にそっと手を置いて、私を見つめながら言った。
「ミィルフィーヌ様、どうかあの方とは、私やほかの使用人がいない場では話さないようにしてください」
マリアの強いまなざしを受けて、私は頷いた。
「わかったわ、マリア」
ミィルフィーヌの母親の紹介で入ってきたメイドをマリアが警戒する意味はなんなのか、この先のためにも知りたい。だから。
(ごめんなさい、マリア)
だから、このマリアとの約束は破ってしまうことがあるかもしれないと思った。