9.魔法を使うには、祈りと思いと素直さが大事です
「では、ミィルフィーヌ様。本日の講義を始めさせていただきます。」
ミィルフィーヌの両親にアクセスしなきゃと考えていても、時間はあっという間に進んでしまって、ゆっくりと振り返る暇がない。
とりあえず今は講義に集中して、また今日の夜、自室に帰ったらマリアに相談しながら考えよう。
私は羽ペンをぐっと握りしめた。
そんな私の決意が勉学に向けられると先生は思ったのだろう、「やる気がみなぎっていらっしゃいますね!」
と褒められてしまった。
今日の講義は魔法の授業だけど、異世界の語学よりも、なお分からない。
だって魔法って、私の生きてた社会には魔法ってなかったし!!
「つまり魔法は、人の祈りや思いをエネルギーに変えるもので…」
先生の講義が一切入ってこない。
祈りや思いは、祈りと思いであって、エネルギーにはならないと思ってしまう…!!
いやダメよ私、異世界でこの先も生きていくんだから。
普通に魔法も使えるようにならないといけない。
そう、祈りや思いをエネルギーに…エネルギーとは!?
先生の講義を聞き、ノートに書きながら何度も心の中で叫んでしまった。
「この辺で座学は終わりです。少し休憩をはさみ、次は実践の授業をいたしましょう。」
「ありがとうございました」
先生にお辞儀をすると、タイミングを読んで入ってきたくれたのだろう、マリアが紅茶とお菓子を
ワゴンに乗せて、教育室に入室してきてくれた。
学生の時に苦手だった数学の授業よりももっと難しくて、頭のような心のような変なところを使ったので、この何とも言えない疲労感に甘いものがありがたい。
今日も焼いてくれただろうマリアの焼き菓子と紅茶が体に染みた。
「ミィルフィーヌ様は魔法の授業がお好きでしたものね」
マリアに言われて、私は表面上は微笑んでいたが、内心目をむいてしまった。
そうだったの、ミィルフィーヌ!?
ミィルフィーヌはあの難解な魔法の授業を理解していたのか!
私の中に一緒にいるはずの彼女に尊敬の念を覚える。
確かに変に大人になってしまった私よりも、みずみずしい女の子のミィルフィーヌなら魔法という概念に対しても素直に触れられるのかもしれない。
この後の実践の授業では、素直さを大切にしよう…。
祈りや思いをエネルギーに変えて……うん、変えて…。
休憩が終わると実践のために、先生と一緒に屋敷の外の庭園に向かった。
「ミィルフィーヌ様の魔法は『花の魔法』でございます。花の魔法はすなわち、植物に対して働きかけができるものでございます。」
…植物の魔法じゃダメなのかしら。
そっちの方が分かりやすいんじゃないかと思っても、口に出してはいけない、それが貴族の令嬢である。
私は微笑みを絶やさずに先生の話に対して頷いた。
広い庭園に整えられた緑が青々と光を浴びて輝き、行儀よく並び、
季節の花が美しく揺れて、私の目を引く。
庭園はアルベルトさんが整えてくれているので、いつ見ても綺麗だな。
やわらかい風が、私の頬とピンク色の髪を撫でて流れていった。
「ではミィルフィーヌ様!今の注意点を踏まえていただき、この小さな木に対して花の魔法をかけてください」
先生の話から少しだけ意識が反れてしまった瞬間に、実践タイムが来てしまった。
最後の注意点を聞いていなかったので、踏まえられませんとは言えない…!先生すみません…!
先生はとてもいい笑顔でこっちを見守ってくれていて、何かしらをしなければこの時間は終わりそうにないが、どうしたらいいのか。
こんなことなら、もっとちゃんと、賢者のやつとか、秘密のやつとか、ゴブレットとか見ておけばよかった、あのテーマパークも行ったことないし!
私の脳内に前世の記憶がよみがえるも、魔法の杖が手に吸い付いてくシーンしか思い出せない…。
何か、唱えた方がいいの?『緑よ!』みたいな!?
私の今のハードがミィルフィーヌであるから、唱えてもいいし、かわいいと思うけど、
ソフトである私に照れがある…。
『緑よ!』って言っている前世の自分を思い浮かべてしまうんです、社会人の中二病感…!
私は両手を胸の前で握りしめて、体を縮めてどうしたらいいのか必死で考えた。
それがたまたま先生のいう『祈りや思いをエネルギーに変えるポーズ』になっていたらしく、強くうなずいていらっしゃる。
これは正解ですか?正解のやつですか?
とりあえず目をつぶって、目の前の木がにょきにょき伸びるようなイメージをしてみる。
前世の記憶がよみがえり、あの、森にすむ妖怪がくれたお土産の木の実を庭に埋めて、周りで踊るときの妖怪と子供たちのイメージが浮かぶ。
うん、あれはいい、参考にできそう。ふんっ、はっ、はーっっ!みたいな。
頭の中でリズムよく繰り返すといい感じである、リズム大事です。
しかしこのイメージは、どう考えても『花の魔法』の使い手の令嬢のイメージじゃない。
もっとなんとかならないのかと、心の中から抗議が聞こえる気がする。
ごめんミィルフィーヌ、精一杯やってるんだよ。
イメージがうまくいくと、目の前の低木に何かが流れこんだような感覚がして、私はそっと目を開いた。
「お見事でございます、ミィルフィーヌ様!」
私の目の前のまだ小さかったはずの木は成長し、10歳のミィルフィーヌの背を追い抜いていた。
私も魔法が使えるんだ…。
他の木と同じように緑が青々と揺れる様子に、見とれてしまう。
確かに魔法を使うには、前半の授業で学んだ通り、社会人だった私がなくしてしまっていった素直さが大事なのかもしれないと思った。