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6 ドワーフの頼み事(2)

 ぽろぽろと伝う涙を懸命に拭いながら、男の子が――エイデンが語って曰く。


 彼は些細なことでご両親と喧嘩になり、勢いで家を飛び出してきてしまったそうです。

 宛もなくがむしゃらに走って、走って、走り続けて……息が切れてようやく立ち止まった、その時。肌身離さず身につけていたはずのブレスレット――「お守り」をなくしてしまったことに気づいたといいます。


「去年のたんじょう日に父さんと母さんがくれた、だいじなものなんだ。かってに家を出てきちゃったのに、あのブレスレットまでなくしたってバレたら、ぼく……ぼく、もう帰れないかも……!」

「そう……どうしたらいいのか、分からなくなってしまったのね。心細かったでしょうに、話してくれてありがとう。よく頑張ったわ」


 しゃがみ込んでしまったエイデンの頭をそっと撫で、私はしばし考えました。


「これは……『サーチ』の出番、なのかしら」

「まさに、だね。解説の内容、ちゃんと覚えてる?」

「対象の特徴を知れば知るほど、発見の確率が上がる」

「ぴんぽんぴんぽん。ではでは〜、いざ実践!」


 エイデン、と呼びかけると、ほんの少しだけ顔を上げ、目だけこちらに向けてくれます。


「そのお守りがどういうものなのか、もう少し詳しく教えてくれる? 色とか、形とか……どんな素材でできているか、とか。どんなことでもいいんだけれど」

「え、えっと……細くて、長くて、銀でできてる」

「ふむふむ」

「石は、丸くて真っ青なサファイアが一つだけ……」

「おお……!?」


 真っ青な――つまり、混じり気のないサファイア。そんな貴重な石が使われたアクセサリーを紛失したとなれば、人間なら確実に顔面蒼白の大騒ぎです。

 しかし、エイデンの様子を見る限り、彼にとって重要なのは「両親からもらったブレスレットをなくした」という一点のみ。


 ……ひょっとして、


「この島、想像以上にすごい場所……?」

「えっ?」

「う、ううん、何でもない。細くて、長くて、銀でできていて、石は丸くて真っ青なサファイアが一つ……」


 細長い銀のチェーンに連なる、丸くカットされた高純度のサファイア。 

 

 邪念を打ち消し頭の中にイメージを描きながら、私はもう一つ大事な質問をします。


「エイデンが住んでる鉱山は、この森から見てどの方角にあるか分かる?」

「北西、だと思う」

「北西ね。ありがとう、やってみる」


 私は静かに目を閉じ、軽く両手の指を組みました。


「彷徨う者を進むべき道へ、失われた物を在るべき場所へ。導け、我が祈りを灯火に変えて――『サーチ』」


 ふわり、と柔く巻き起こった風に、髪が靡く感覚。

 そのまま意識を集中させ続けていると、ふと脳裏に景色が浮かび上がりました。


「森の、中」

「え……?」

「木は、そんなに多くなくて……日の光が、たくさん降り注いでいて……黄色い花が、タンポポかしら、たくさん」

「……もしかして、近くに小さな川がある?」

「……ええ。小さな川にかかる橋を渡った向こう側に、シロツメクサみたいな背の低い……あっ」


 きらり、と。映し出されるものの隅で何かが光った気がしたので、その正体を探ります。

 じり、じりり、望遠鏡の向きを変えるように、少しずつ視界をずらして――


「――あ! あった!」

「本当!?」

「うん! 橋のすぐ近く、シロツメクサが咲いている方の岸……! ぎりぎり水に浸かってないから、流される心配はなさそう」

「ああ、よかった……!」


 目を開けると、エイデンは脱力しきってぺたんと座り込んでいました。今度は不安ではなく安堵で、黒目がちな瞳がぶわりと滲みます。

 微笑ましさに頬が緩むのを感じつつ、私は彼に手を差し伸べました。


「さあ、エイデン。お守りを見つけて……」

「……お姉さん?」

「どした、ライラ」

「いや……お守りを見つけてお家へ帰ろう、って、言おうと思ったの。でも……」


 喧嘩の理由は分かりません。ですが、たとえ相手が子供とはいえ――子供だからこそ、家を飛び出すほど揺れ動いた心を無碍にすることはできません。

 ですが、今この瞬間もご両親が探し回っているかもしれないと思うと、一刻も早く送り届けてあげたい気持ちもあり……


 どう伝えるべきか悩んでいると、宙ぶらりんになっていた手にごつごつした感触が伝わりました。

 視線を上げれば、泣き腫らして目を真っ赤にしながらも、にこりと微笑むエイデンの姿。


「ありがとう、お姉さん。ぼく、ちゃんと帰るよ。帰って、父さんと母さんにごめんなさいって言う」

「……えらいわ、エイデン」

「……お姉さんと妖精さんも、一緒に来てくれる?」


 ぎゅ、と握った手に力を込めつつ不安げに問いかけられれば、元からなかった他の選択肢も砂のように消え去るというものです。

 リーと頷きを交わし、私はもう一度エイデンに向き直りました。


「案内よろしくね、エイデン」

「うんっ!」

 

○ 


「わあ……!」

「ふふっ。お姉さん、鉱山見るのはじめて?」

「うん! すごい、実際に見るとかなり迫力があるのね……」


 ごつごつと広がる赤褐色の岩肌は、緑生い茂る山とはまた違い、荒削りながらも目を惹く魅力があります。


 目的地、またの名をエイデンの住処――元々私たちが訪れる予定だった北西の鉱山は思いのほか近く、ブレスレットを見つけた場所から歩いて十数分ほどで到着することができました。


「あ……! 父さん! 母さん!」


 おそらく入口にあたる洞の前に立っていた、浮かない顔の男性と女性。

 駆け寄ってくる息子の姿に、彼らはぱあっと表情を輝かせました。


「ああ、エイデン……! よかった、どこもケガはしていない?」

「全く、母さんに心配をかけるんじゃない! ……今朝は悪かった、強く言いすぎた」

「ううん、ぼくこそごめんなさい……」


 エイデンをほんの少し大きくしてふさふさの髭を生やした見た目のご両親にきつく抱きしめられ、彼はぽろぽろと幾粒かの涙を零しました。

 その左手首には、銀のチェーンに連なる丸い青色がきらりと輝いています。


「よかった」

「……そうだね」


 昨日あらかた打ち明けたため、リーは私の境遇を知っています。

 ぽつりと零れた呟きにそれだけ返し、彼女はひらりと私の肩に腰掛けました。


「ぼく……走ってる時に、お守りをなくしちゃって」

「まあ」

「ずっと探していたのか?」

「うん。でも、なかなか見つからなくて……そうしたら、お姉さんたちが助けてくれたんだ」


 ここでようやく、ご両親の視線が私を捉えます。

 なんとなく気まずさを覚えながらも、私は笑顔でお辞儀(カーテシー)をしました。


「……初めまして。昨日からこの島で暮らすことになった、魔術師のライラです」

「スーパーサポート妖精のリーでーす!」

「魔術師……じゃあ、あなたがブレスレットを見つけてくれたのね?」

「ええ、まあ……息子さんが、きちんとお守りについて教えてくれたおかげです」

「なんだ? 育ちがいい割にずいぶん謙虚じゃないか。若いのにいろいろあったんだなあ」


 えっ、どうしてバレたの?

 あんな綺麗なお辞儀を披露しといてよく言うよ、王女様。


「ま、せがれの恩人相手にあれこれ聞くような真似はしねえけどよ」

「お、恩人だなんてそんな大げさなものでは」


 ひそひそと囁きを交わしつつ、私はわたわたと顔の前で手を振って否定の意を示します。

 ですが、私の手を取ったエイデンのお母様が、しっかりと首を横に振りました。


「大げさなんかじゃないわ、このお守りは私たちにとっても大切なものだもの。ありがとうね、ライラちゃん、リーちゃん」

「俺からも礼を言わせてくれ。エイデンを助けてくれて、どうもありがとう」

「ありがとう、お姉さん、リーさん」

「どういたしましてっ! ほら、ライラも」

「……うん。どういたしまして」


 ぐぎゅるるる。


 ハートフルな空気を、すっかり空っぽの私のお腹が見事に粉砕していきました。


 しばしの沈黙のあと、エイデンのお母様がくすくすと笑みを零します。

 その後はもうドミノ倒しで、エイデンのお父様、エイデン、そしてリーへと波が広がるばかり。

 

 はしたないことこの上ない穴があったら入りたい……としょぼくれていた私も、だんだん可笑しくなってきたので一緒に笑ってしまいました。


「ふふっ、あはは……っ、ああ、笑った笑った。そうね、もうお昼時だものね。お礼にご馳走するから、どうぞ食べて行って」

「えっ? いやそんな、家族の団欒にお邪魔するなんて……」

「なーに言ってんのよ、朝からフルーツしか食べてないくせに」

「何? 魔術師っつったって体が資本だろうが、もっとしっかり食わないと倒れちまうぞ」

「そうだよ! それに、父さんのシチューも母さんのパンもすっごくおいしいんだ。お姉さんたちにも食べてほしい!」


 一分の隙もなく畳み掛けられ、私はもう、白旗を上げるしかありません。


「で、では……お言葉に甘えて……」


 ――こうして私は、魔術師としての初仕事? を無事に終えたのでした。

 

 え? シチューとパンはどうだったのかって?

 それはもう……筆舌に尽くし難い美味しさだった、とだけ言っておきましょうかね、ふふっ。


 ……「家族みんなでご飯を食べる」ことの温かさに触れて思わず泣きそうになってしまったのは、私だけの秘密にしておきたいと思います。

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