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4 世の理を紡ぐ者

「――ようこそ。ミラリ島の『聖域』へ」


 巨大な岩石をくり抜いてできたような、冷涼かつ静謐な場。

 数多飛び交う色とりどりの精霊。

 その光を浴びて絶え間なく色を変える、透き通る水を湛えた大きな泉。


 これだけでも十分その呼び名に相応しいのですが、私が絶叫しかけた理由は他にありました。


「本が、いっぱい」


 本、本、それから本、そして本、またもや本、さらに本。

 泉を正面と見立ててその奥、そして左右の壁を、真上を向いても果てが見えない高さの書棚にびっしりと並んだ本が埋め尽くしていたのです。


「どう? 機嫌は直った?」

「けっかんちぎれる」

「あっははは、だよねー! 声に出てないだけで目の輝きヤバいもん」


 魔法陣があれだけ大きかった理由が、ようやく分かりました。


 大聖堂何個分かなんて見当もつかない広大な空間と、そこに眠る無数の本。

 まとめて隠しておこうとなったら、並大抵の魔法では収まらないであろうことは素人にも分かります。 


「リー、つかぬことを聞くけれど」

「うん」

「ここの蔵書数はいかほど……?」

「さあ? 数えたことないし、数える気にもならないからなあ。でも、他ではお目にかかれないものばっかりだってことは保証するよ。えーっと、人間の言葉で言うなら……き、き、きん……」

「……禁書?」


 荒れ狂う興奮の海に、緊張という名の波紋が広がりました。


「そうそれ! 禁書! あースッキリした、ありがとねライラ」

「どう、いたしまして……」


 書物が発刊及び読むことを禁じられる理由は、多岐に渡ります。


 宗教的なタブーを侵した場合。

「道徳的な倫理観」から著しく外れているとみなされた場合。

 国の政治を批判していると判断された場合。

 わいせつな描写を多分に含む場合、等々。

 

 ですが、私の勘は告げていました。

 ここにある全ての本は、そのどれにも当てはまらないだろう――と。

 

 にも関わらず「禁書」のラベルを貼られたとなればもう、思い当たる節は他にありません。

 活字本と比べれば遥かに数は少ないものの、「魔力を持たない者が開くと気が狂う」という理由で世界各地の書店から姿を消したとされている――


「まさか、ここにある本は全部……()()()()魔術書……?」

「ぴんぽんぴんぽーん! それも、もう今の人間には読めないようなやつばっかり! でも、ライラなら読める!」

「えっ⁉︎」


 そんな急カーブで矛先がこちらに向くとは思わず、私は思わず声を上げてしまいました。

 許容範囲内だったのか何なのか、精霊が逃げていく様子はないのでひとまず胸を撫で下ろします。


「えっ⁉︎ じゃないよ、この世界にある文字はだいたいシルヴィアから教わったんでしょ?」

「そ、それはそうだけど……でも、ただの人間が魔術書を読んだところで何も起こらないでしょう?」

()()()()()が、魔術の源である精霊に、昇降機をぶっ壊すくらい歓迎されると思う?」


 はっ、と、自分が息を呑む音が聞こえました。

 

 まさか。


「ちょっと目を離せば死んじゃいそうなくらい体が弱かったのも、それでも死ななかったのも。この書庫の封印が、十七年ぶりに解けたのも……大元の理由は同じだよ、ライラ」

「……そんな。そんな、ことって」

「あとは、あなたがそれに気づくだけ。さあ、早くあの上に立って」


 泉の中心へ向かって円錐形に突き出た地面に、いつの間にか魔法陣が――地上で見たのとは少し違う、純白にきらめく魔法陣が現れていました。


「……もしかして、もしかする、の?」

 

 震える体を叱咤して、されど高鳴る鼓動を抑えることなく。

 ゆっくりと、一歩一歩、前へ前へ足を踏み出します。


「ふふふ、いよいよ本日のハイライトってやつだね」

「……リー」

「うん?」


 あと一歩、というところで、私は立ち止まりました。


「そばに、いてくれる?」


 心の底から湧き出た、あまりに幼い問いかけ。

 会って数時間も経っていない相手に、一体何を聞いているのか――そう我に帰るより早く、


「もちろん!」


 リーは、にっこり笑って頷いてくれました。


『ぐす……っ、ひっぐ、うう〜……』

『ライラ! どうしたの、どこか痛いの?』

『おかあさま……わたし、これからもずっと、ずっとよわいままなのですか? ずっとよわくて、いろんなひとに、めいわく、かけて……っ、』

『そんなことはないわ』

『……ほんとうに?』

『本当よ。人はね、どんなに時間がかかっても、諦めなければ必ず変わることができるの』

『あきらめなければ、かならず……』

『そう、必ず。それに、あなたは私の娘だもの。もしかしたら、世界一強い女性にだってなれるかもしれないわ』

『……せかいいちは、おかあさまでしょう?』

『あら! 嬉しいことを言ってくれるのね、ふふっ』


『いい? ライラ。泣いてもいい、落ち込んでもいい、もう無理だって思ってもいい。でも、諦めるのだけは絶対ダメよ』


『かわいいライラ。どんなことがあっても、私はあなたの味方よ』


 なぜかは分かりません。でも、封じ込めていた記憶の蓋が次々と開くのをとても、とても幸せに思いながら……


 私は、すっかり踵のすり減ったぼろぼろの革靴を、魔法陣の上に乗せました。


 ――リィン、もしくはキィン。

 地上で聞こえたのと同じ、澄んだ金属を打ち鳴らしたような硬く美しい音が鳴った、その、直後――


「きゃあっ⁉︎」


 ゴオッ、と景気の良い轟音を立てて、泉の水が上へ上へと竜巻のように巻き上がり始めたのです。


「な、なな、ななな何事ですか⁉︎」

「はい、ここですかさずかっこよく名乗りを上げる! あとは精霊が勝手にやってくれる!」

「かっこよく名乗る⁉︎ え、あっ、ええ……わ、我が名はライラ・アルテミシオン、星の導きに()りて世の(ことわり)を紡ぐ者! 我が身を縛りし封印を解き、今こそ真の力を示さん――って何ですかそれ⁉︎ こわい、なに、口が勝手に……!」

「いやっほーう! ライラ、そのまま両手を胸の前で組んでストップ!」

「りょ、両手を胸の前で組んで……っうわ、ちょっと待ってくださいなんだかよろしくない予感が」

「そんでもっていちにのさんで目を閉じる! いくよ! せーの、いち、にの」


 ザパァァァン!

 

 目を閉じるその直前、最後に見た光景。

 天高く聳える渦となった泉の水が、ひときわ強い七色の輝きを放ち――


 ――私めがけて、一直線に落ちてきました。


「もうっ、だから嫌な予感がするって言ったのにーっ! ……って、あ、あれれ……?」


 確かに、滝さながらの勢いで降ってきた水をまるごと被ったはずでした。

 ですが、頭の天辺からつま先まで見てみても私の体は髪の毛一本濡れておらず、それどころか、


「……小綺麗に、なっているような?」


 ここに入った時と同じ静けさを取り戻した水面を、おっかなびっくり覗き込みます。するとーー


「こ……これ、私……⁉︎」


 見た目が劇的に変わったとか人間やめたとか、そういうことではなく。

 

 精霊の控えめな光でも分かるくらいに髪が艶を帯び。

 肌が年相応(以上かもしれません)に瑞々しくなり。

 化粧なしでは隠せなかった頑固なクマが嘘のように消え。

 頬に程よく血の気が通い。

 何も塗っていない唇がぷるぷるになり。

 あちこちほつれていた普段着がきっちり修復され。

 

 そして、


「……リー」

「ん」

「私……」

「うん」

「今なら、島を一周してから山を登ってまた降りてもへっちゃらかもしれない……!」


 未だかつてない、体力気力の充実。

 生きながら生まれ変わったような感覚。

 五感の全てが丁寧に、そして鋭く研ぎ澄まされて、世界との繋がりが一気に強まったような――


 地味な、かつ、私の半生を思えば天地がひっくり返るも同然の変化です。


 幼い私の体が弱かったのは、その内に宿る魔力を受け止めきれていなかったから――リーが立てた仮説が、猛スピードで現実味を帯びていきます。


「きゃっほーい! おめでとう、無事にあなたの中の魔力が解放されたね! となれば次は……よし、ライラ! あの本を声に出して読んでみて」

「あの本……? あ、わあ、えっと、ご親切にどうも」


 五、六匹――と数えるのが正確かは分からないので、調べてみようと思いますが――の精霊にぐるりと囲まれた一冊の本が、ふよふよと私の手元へ向かってきます。 

 臙脂色のカバーに金箔の装飾がよく映えた、開く前から美しい装丁が魅力的です。


 すとん、と落ちてきたそれを受け止め――思いのほか分厚かったものの、今のスーパー元気なライラにかかれば何のそのです――私は表紙に視線を走らせました。


「これは……五百年以上前の、今アルテミシオンがある地域で使われていた言語ね。ええと、『呪文集基礎 魔術を志す者への手引き』――わっ」

 

 やはり金箔で綴られたタイトルの下、嵌め込まれていた透明な丸い石――水晶でしょうか? がきらりと(自主的に)光りました。

 私を読める人間がようやく現れたわ! 的なことなのでしょうか、なんだかこちらまで嬉しくなってきますね。


 表紙を開き、ページを捲ると目次が現れました。


「どれどれ……ふむ、三部構成なのね。主に傷を癒すための魔法と、それから自分の身を守る攻撃魔法、その次は日々の暮らしに役立つ魔法……ええと、じゃあ、まずは癒しの魔法から……」


 どれもこれも気になることに変わりはないので、ここは順序通り読み進めていきます。

 

「……これ、全部音読しなくてはいけないの?」

「あ、ごめん。目は通してほしいけど、声に出すのはインクの色が違うところだけでいいよ」 

「よかった、明日になっても終わらないかと思った……」


 ――回復魔術、別名白魔術。

 傷を癒し、毒を打ち消し、時には死の淵からも救い上げることができる術の総称。

 また、基本的な原理を理解すれば、対象の身体能力を向上させる・低下させるといった応用に転ずることも可能。

 本書においては書名のとおり、基礎にあたる三つの白魔術にについて掲載・解説する……


 しばらく黙々と読んでいるため、中略です。


「……あ、インクの色が変わりましたね。ええと、なになに……『慈しみの心よ、光となりて傷ついた者へ降り注げ』……? ……お、おお、おおお……!?」


 簡単かつ要点をきちんと押さえた解説のあと、詠唱らしき一文が緑にきらめくインクで記されたページ……の、隣のページ。

 その呪文を表す記号ということなのか、一面を大きく使って魔法陣が描かれているのですが――何気なくそこに触れていた指先に、温かな何かが流れてくるような感触がありました。


 魔法陣から出てきた(としか思えない)淡い白のきらめきが、くるくると指に巻き付いて消えていきます。


 何が起きたのか分からずリーを見やると、なぜか腰に両手を当ててご満悦の表情。

 

「はっはーん。仕組みを知って、一回詠唱しただけでその術を会得する……なるほど、精霊を大暴走させる魔力はだてじゃないってことだね」

「えっ? 今のでこの……回復(ヒール)、っていう術を覚えたってこと?」

「そういうこと! もう使えるようになってるはずだよ、さあどんどん行こう。次はなんだっけ、毒消し(アンチドーテ)だったっけ」

「な……え、ええ⁉︎」


 ほ、本を読んで呪文を声に出すだけで魔術を覚えちゃうなんてそんなの、


「そんなの……そんなの、強すぎて物語の主人公としてはボツなんじゃないですか――⁉︎」

▶︎タイトル を 回収した!

ようやくライラの島暮らしが始まります。温かく見守っていただければ幸いです。

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ここまでお読みいただきありがとうございました。


「面白そう」「続きが気になる」と少しでも感じてくださいましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価をいただけると泣いて喜びます。


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