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3 おもてなしはほどほどに

 あれだけいろいろあったあとの、これ。


 リーの羽がきらきらして地面が震えて大聖堂三つ分の魔法陣が現れて暴風が吹いて目の前が真っ白になったあとの……これ。


「はいそこ、『思ってたんと違う……』みたいな顔でこっち見ない」

「いや……でも……」

「もーっ、『でも』も『だって』もなし! ほら乗る! 乗るったら乗る!」

「う、うん」


 だだっぴろい草原の真ん中に、ぽつねんと在る昇降機。

 前振り云々を抜きにしても、とても不思議な光景です。


 促されるまま近寄っていくと、徐々にその詳細が明らかになっていきます。


「すごい、なんだか凝った作りね」

「ねー。建てた誰かの趣味てんこ盛り! みたいな」

「『誰か』? リーも知らないの?」

「うん。これから行くとこ、あたしが生まれるよりずっと前からあったみたいだし」

「え、ええ……⁉︎」


 ちなみに、あなたおいくつでしたかしら。

 またもそう聞きたい衝動に駆られますが、私は王国一の賢妃の娘。ここでもぐっと堪え、しげしげと昇降機を観察します。


 扉は二重になっているよう。外側は木枠にガラス張り、内側は蛇腹の格子という不思議な構造が、奇妙に互いを引き立てあっています。

 さらに、小ぶりなシャンデリアの灯を受けて格子が鈍い金色に輝くさまもなかなかロマンチック。なるほど、この格子は真鍮でできているのですね。

 床には見た目通りにふかふかな赤い絨毯が敷かれており、乗客を歓迎する姿勢が伺えます。


「ところで、リー」

「はいはい」

「この昇降機、動力源は……?」

「乗れば分かる乗れば分かる。ほれ、そこの青いボタン押して」

「これ? ……おお」


 言われて気づきましたが、私から見て右側の壁に何やら板が……これは何と呼べばいいのでしょう、操作盤? がありました。

 そう複雑な仕掛けではないのか、青と赤のボタンが二つ、それらの下にハンドルが一つあるのみです。


 向かって左側のボタンをおそるおそる押すと、カラカラカラ……と軽やかな音を立てて内扉が反対端まで伸び、次いで外扉も閉まりました。

 

「あと、そこのハンドルを反時計回りに二回、時計回りに三回回して」

「反時計まわりに二回……時計回りに、三回っうわ!?」


 くる、くる。くる、くる、くる。

 古めかしい見た目の割によく回るものだな、と思わず感心しながら手を離した次の瞬間。


 ガコン、と大きな音を立てて、ついに昇降機が動き始めました。


「……降りてる?」

「うん。上に用はないからね」

「そ、うなんだ……?」

 

 扉の向こうは真っ暗で、何も見えません。

 が、出発点が山頂だった以上、今私たちが通過しているのは山の内部だと言えそうです。


「さて……ねえ、ライラ」

「ん?」

「昇降機を降りた先で、あなたは多分……そうだな……私の計算によれば、血管が千切れそうなくらい興奮すると思う」

「血管が、千切れ……⁉︎」

「だから、今のうちに一つ約束して。大声だけは出さないって」


 内容に反して真摯な声音です。きっと、とても大切なことなのでしょう。

 じ、とこちらを見据えるリーに、私は頷きを一つ返しました。 


「……うん、分かった。でも、できれば理由を知りたい」

「うむ、よかろう。それはね――」


 ――この子たちが、びっくりしちゃうから。


 に、と弧を描いた唇から悪戯っぽく放たれた言葉が合図だったかのように、扉の向こうの暗闇に変化が訪れました。


 ちらり、と、小さな光の玉が舞ったのです。


「今のは……?」

「精霊だよ。島中にいっぱいいるけど、ここは特に好かれてるみたい」

「精霊……」


 精霊――魔術師がその力を振るうための源とされている、大気を漂う不可視の存在。

 主に自然の一部としてこの世界に溶け込んでいるが、穢れなき空間においてのみ、光の玉のような姿で現れることがある……と、魔術の仕組みを子供にも分かりやすく解説する本で読みました。ですが、


「まさか、この目で見る日が来るなんて……」


 ひらり、ちらり、ふわふわり。 

 昇降機が地下へ進むのに比例して、精霊の数、そして色の種類も増えていきます。

 

 白、黒、青、赤、黄、緑、橙、紫、水色――幾億粒の水晶目がけて、この世のあらゆる絵の具を絞ったパレットを勢いよくひっくり返したような。

 例えるなら、そんな光景。

 

 祝祭、という言葉が、自然と心に浮かびました。

 

 彩り豊かな精霊たちが列を成し、大きくうねり、波打ってはばらけ、また集まっては波打って。

 大自然とは違う趣の奇跡に、私の両目からは自然と涙が溢れます。


「あはは、想像以上の大歓迎だなあ……ま、そりゃそっか」


 いつの間にか肩に座っていたリーが、夢中で扉の外を見つめる私を見てくすりと笑う気配。

 

「さっきの質問に答えると、昇降機の動力源もこの子たち」

「な、るほど……」

「すごく喜んでると思うよ、乗客が来るのは久しぶりだから」

「……私を身籠る前の母も、ここに?」

「そういうこと。察しが良くなったね、いいことだ」


 にこ、と笑ったあと、私の肩を離れたリーは上機嫌にくるっと宙返りしました。


「さて、ライラ・アルテミシオン」

「は、はい」

「この感じだと、もうじき目的地に到着します。あたしとの約束、覚えてる?」

「……血管が千切れるほど興奮しても、大声だけは出さない」

「満点。手すりに掴まる権利を授ける」

「え?」

「いいから掴まっ――あーもう、ちょっと、久々のお客さんだからってはしゃぎすぎ! こんな勢いのまま止まったらどうなるか分かってんでしょ、ライラより先にあんたたちが興奮してどうすんのよ!」

「……ひ、ひえ、嘘でしょ待って待って待っ、ッ――!」


 ふわ、と胃が浮くような感覚があって、私はようやく気づきました――昇降機が、とんでもない速度で降下し始めていたことに。


 リーの言う通り、このままの勢いで停止すれば間違いなく大惨事です。

 手すりを両手で思い切り握り締め、ぶわりと迫り上がる不快感を少しでも逃がそうと試行錯誤しますがうまく行きません。

 いつの間にか再びドアの向こうに広がった暗闇、ぐらぐら揺れてちかちか明滅するシャンデリア、両方がさらに不穏さを煽ります。


「し、しし、ししし死ぬ……!」


 耐えきれず膝をついた私の元にすっ飛んできたリーが、怒り心頭といった表情で声を上げました。

 

「おいこら落ち着け! 落ち着きなさいよ! ライラはまだただの人間なの、こんなことされたら普通に吐くの! こら精霊ども! あたしの話を聞けー!」

「うぶ……まだ、ただの、にんげん……?」

「あ゛ーダメだ全然聞いてない、完ッ全にお祭りモードに入ってるわ。仕方ないな……ライラ、ライラ大丈夫? ちゃんと生きてる?」

「う゛ん゛」

「よし、返事ができるならオッケーだね」


 こちとら予想外の恐怖と全身を這い回る嘔吐感で気が狂いそうなのですが、随分とオッケー判定が緩い妖精もいたものです。

 とはいえ話している内容はきちんと分かるので、私は首だけリーの方向に向けました。


「ライラ、私が合図したら、青と赤のボタンをいっぺんに押して」

「ふたつ、いっぺんに」

「そう、いっぺんに。できそう?」

「…………しにたくない、から、がんばります」

「よーしその意気! 任せた!」


 ずる、ずるり。

 立ち上がる気力がないのでみっともなく絨毯の上を這い、なんとか二つのボタンに親指と小指をかけます。


 ぐらぐらガタガタちかちかガコガコ。

 さっきまでの感動はどこへやら、とにもかくにも恐怖を煽る擬音だらけの空間で、私は頑なに目を瞑ってリーの合図を待ちました。


「ライラ生きてる⁉︎ 行くよ⁉︎」

「いき、てる……いつでも、どうぞ」

「いちにのさんで押してね! 行くよ、いち、にの――」


――さん!


 おそらくそう言ったであろうタイミングで、私は二本の指に全力を込めてボタンを押しました。

 どうして最後の最後でリーの声が聞こえなくなったかって? それは――


「……ッ、ケホ、ゴホッ。お、おえ……」

「ライラ! ライラ大丈夫⁉︎ 死んでない⁉︎」

「しん、で、ません……」


――少しも速度を緩めることなく通路の果てへ辿り着いた昇降機が、えも言われぬ破壊音を伴い華麗な墜落を果たしたからです。


「よ……かったぁ、ちゃんと結界が作動したか……! よくやったよ、えらい! めちゃくちゃ褒めちゃう!」

「それは、どうも……」

 

 倒れ込んでいたところから上体を起こし、辺りを見回します。

 すると、立ち込める粉塵の隙間から、シャンデリアを起点とした光のドームが昇降機の中に広がっているのが分かりました。

 仕組みは不明ですが、墜落の衝撃から守ってくれたのでしょう。ところどころにひびが入ったそれは、やがて薄れて消えていきました。


「確か、あの結界には回復の効果もあったと思うけど……どう、効いてる? そろそろ立てそう?」 

「……うん。すごい、あんなに気持ち悪かったのに、もう楽になった」


 一度手すりに体重を預け、両の足で絨毯を踏みしめて、一息。

 大丈夫、と頷いた私にほっと頬を緩め、リーはひらりと操作盤の方へ飛びました。


「そしたら、精霊どもはあとできつーく叱っておくとして……怖い目に遭わせちゃったお詫びも兼ねて、とっておきのものをお見せしましょう」


 助走……助飛行の方が適切でしょうか? 助飛行をつけて赤いボタンを蹴り付けたリーが、こちらを振り返ってウィンクを一つ。


「あちらをご覧ください」


 開いた扉の向こうを言われた通り見遣った、瞬間。


 私は、両手で勢いよく口を塞いでいました。


 どうにか絶叫を堪えた私に向かって親指を立てたリーが、今度は恭しくお辞儀をします。


「ライラ・アルテミシオン」

「は、はい……」

「――ようこそ。メディス山の奥深く、ミラリ島の『聖域』へ」

昇降機というかエレベーターに対する謎のロマンがね、あるんですよね……

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隔日更新を予定していましたが、筆をより進めるため今後は「平日は毎日更新/土日はお休み」という形を取っていきたいと思います。お付き合いいただければ幸いです。

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