11 黒く染まる入江(4)
後から聞いた話によると、この時の「デストラ」は練習とは比にならない威力だったそうです。
比にならないってどれくらい? という質問には、「衝撃でミラリ島全域が揺れたと思う」なる奇想天外な、しかし嘘とも思えない至って真剣な声音での返答がありました。
そういうわけで――
「だーーーっ急げ急げ来る来る来る来る、この感じだとマジで年寄り連中全員来ちまう急げ急げ急げ」
「てっ、天より降り注ぐ清き光よ、我が祈りに応え揺らぐことのない安息と祝福をもたらしたまえ――」
「――セレナァァァァァァァ!」
「このバカ娘が、今日という今日は許しませんよ! よりにもよって、この神聖な場所に人間風情を呼び寄せるなど――」
「――『聖域』!!」
――人間風情が神聖な場所で魔術を使う決定的な瞬間を、お年を召した人魚の方全員が目撃することとなってしまいました。
○
あたり一帯を覆い尽くさんばかりに蠢いていた漆黒が消え去り、木端微塵となった岩山の下から現れた『母なる真珠』が見る者全てを惹きつける遊色の輝きを放ち、結界特有の白みがかった光が少しずつ透明になり。
「いつも通り」を取り戻したはずの海底には、水を打ったような沈黙が横たわりました。……いや冗句ではなく。
洞窟の出口に目をやります。駆けつけたご尊老いちにいさんしい五人が、揃いも揃ってものの見事に固まっています。
セレナさんを見ます。おろおろしながらご尊老方と私の間で視線を彷徨わせています。
『これは妖精の勘だから、信じるか信じるかはあなた次第なんだけどね』
「……うん」
『この状況、ライラが何か言わないと永遠に変わらないと思う』
「ですよね」
ごもっともです。
悟りを開いたようなトーンのアドバイスを真摯に受け止め、私はこぽりと息を吐き出しました。
「……王女死すとも淑女は死せず」
じゃぶり、と。確かな水音を立て、それはもう深々と首を垂れた私に、六対の視線が突き刺さります。
「お初にお目にかかります、魔術師のライラです。まず、皆様に何の断りもなく禁足地へ立ち入ったことを深くお詫び致します」
「な……! 何言ってんだよ、あんたらはあたしに頼まれて」
『しーっ』
第一声が謝罪だったことに少なからず動揺したのか、ご尊老方の間に密やかなざわめきが生じます。
この好機を逃すまいと、隣国の国王陛下と謁見するような心持ちで私は必死に(しかしそうは見えないように)言葉を続けていきます。
「僭越ながらこちらの祠、そして『母なる真珠』の上に積もっていた岩を粉砕し、今後同じことが起きないよう結界を張らせていただきました」
「なんと……」
「あの岩山を、この小娘がたった一人で……?」
「にわかには信じ難いが……この、中にいるだけで心鎮まる見事な結界。そして、我らとて本物と見紛う見事な変化……認めるより他あるまい」
「うむ」
よしよし、流れが無事こちらに向いてきました。
しかしまだ気は抜けないので、あくまで頭を低く保ったまま仕上げにかかります。
「内陸の地に生まれ育った私は、今日を迎えるまで海というものを知らずに生きてきました。しかし、今まで皆様が尽力してくださったおかげで、こうして世にも美しい青を見ることが叶いました。感謝と畏敬の念を表したく存じます」
「ふん。人間にしてはそれなりに礼儀を知っておる」
「……ご覧の通りの若輩ゆえ、あなた方と人間の間に何があったのか――人間が人魚にどのような仕打ちをしたのか、私は存じ上げません。ですが、どうかこれだけはご理解いただきたい」
ひそひそと交わされていた囁き声が、止みました。
再び訪れた沈黙、その温度は確実に一度目のそれとは違います――私の言葉に、この場の全員が耳を傾けてくれているのです。
きっと悪いようにはならない。そんな予感を胸に、私は再び口を開きます。
「少なくとも、私は皆様方と同じ思いで――この海を、そして海に生きる命を守る一助になればと願って、セレナさんからの依頼を引き受けました」
言葉を切り、ほんの少し頭を上げ、一人一人と目を合わせて。
できうる限りの「上品な笑顔」を浮かべて、
「とはいえ、出過ぎた真似はこれきりに致します。『なんでも屋』を名乗る身ではありますが、報酬もいただきません。……その代わり、」
「……その代わり?」
「セレナさんへのお咎めはなし、ということでここは一つ」
にっこり。緊張で引き攣る表情筋を懸命に動かしながら告げれば、人魚の皆さんは一様にぽかんと……いや、どちらかと言うと呆然と立ち尽くしました。
「……間違えた、かしら」
『いや? そんなことないと思うよ』
「で、でも……」
思った以上に無言の時間が長引き、焦る私をよそにリーがあっけらかんと答えます。
しかし胸に立ち込める不安の雲を晴らすこと叶わず、お辞儀をしたまま目を泳がせていると――ふっと、目線の先に影が落ちました。
「魔術師殿。どうか頭を上げておくれ」
思いのほか優しい声に従えば、五人のうちの一人――おそらく長老なのであろう男性の、穏やかな笑みと眼差しが私に注がれていました。
「セレナの頼みを聞き、『母なる真珠』の暴走を鎮めてくれたこと。そして、その未来を案じ結界を張ってくれたこと……この海に暮らす人魚を代表して、心より御礼申し上げる」
「……恐縮、です」
「ほっほっほ、そう驚いた顔をせんでも」
「も、申し訳ございません」
「良い、良い。我らは一度そなたを拒んだ、それは紛れもない事実じゃからな」
眉を下げて苦く笑い、長老は祠へ――そこに納まる眩いきらめきへ視線を移します。
「我がそなたくらいの歳の頃だったか。あの輝きが、人間たちの手によって幾度も奪われかけたのは」
「……そんな、ことが」
「うむ。今でこそ十分な魔力を蓄えた『母なる真珠』も、あの頃は我らの手で守る必要があってな。略奪者を退ける為、同胞の命がいくつも散っていった」
お伽噺になどできるはずもない、血塗られた歴史。
想像を絶する真相に思わず絶句していると、長老の凪いだ瞳が再び私を捉えます。
「だが、そなたはあやつらとは違う。心から『母なる真珠』を……この海を思うていなければ、いかに魔力が強かろうと、ここまで清らかな結界は張れまい」
「そう、でしょうか」
「ああ。……岩山の砕き方は少々手荒だったが、あれは『母なる真珠』の自業自得じゃ」
お見通しだ、と言わんばかりに片目を瞑ってみせられ、私は涙ぐみながらも笑ってしまいました。
「あの時同胞たちを手にかけた連中は、とっくの昔に死んでおる」
「……ええ」
「それを重々承知してなお、人間への恨みは消えなかった。だが……」
ひし、と私のそれを握る長老の手は、水の中でも不思議と温かく感じられました。
静かに俯き、ほんのわずかに肩を震わせ、彼はゆっくりと続きを紡ぎ出します。
「今すぐに、とは行くまい。だが、そなたのおかげで、ようやくこの怨念を手放すことができる。ありがとう。……ありがとう、ライラ殿」
「どう、いたしまして」
喉の奥から搾り出されたようなその五文字に、きつく閉じられた瞼の向こうに、どれほどの想いが去来しているのか。二十年も生きていない小娘には、推し量ることすらできません。
やたら拙くなってしまった返事に、それでも長老はしっかりと頷いてくれました。
「……情けない姿を見せたな。すまなんだ」
「いえ、そんなことは」
するりと手を離し、改めて私へ向き直る長老の笑顔に、一瞬前までの翳りはもうありません。
「ライラ殿」
「はい」
「そなたの望む通り、此度の件に関してセレナを咎めることはしない」
「……此度も何も、あんたらにギャーギャー言われる筋合いは今までもこれからもねえっつの」
「聞こえておるぞ。だが、その他の提案……特に、『報酬を受け取らない』という部分に関しては承諾しかねる」
「えっ」
「そう思うているのは、何も我だけではあるまい。のう?」
長老が振り返った、その先。今までじっと話を聞いていた残りの四人が、各々仏頂面を浮かべながらも頷きを返します。
思わぬ展開に目を瞬かせるばかりの私を見て、長老は朗らかな笑い声を上げました。
「我の見立てでは、そなたはさして欲を持たぬたちだ。望むものを聞いたとて、この場で答えは出まい」
「……仰る通りでございます」
「ほっほっほ、気にするでない。受けた恩を返さずにおれぬというのは、あくまで我らの都合よ。そなたは巻き込まれるだけでよい」
そう言ってしばし考え込んだあと、徐に長老はセレナさんのもとへ向かいました。そのまま何事か耳打ちすると、セレナさんがなぜかニヤリと笑って首肯します。
『これは、またもやいいものゲットの気配』
「あ、あの……?」
「ちょっと待っててな、先生。戻ったら入り江まで送ってやるから」
陸に戻ったあと手渡されたのは、服を選ばないシンプルで小ぶりなイヤリングでした。が、青白くきらめく石の正体が海淵草――澄んだ海の底でしか育たない上、百年に一度しか咲かないため「伝説の花」とされているとてつもなく貴重な植物のことです――を加工したものだと知った、その瞬間。
「さ、さすがに報酬と働きが釣り合っていないのではーー⁉︎」
私の盛大な悲鳴が東の入り江中に響き渡ったことは、言うまでもありません。
21時頃にもう1話投稿予定です。
そちらはごくごく短いものになりますが、合わせてお楽しみいただければ幸いです。
-----------------------------
ここまでお読みいただきありがとうございました。
「面白そう」「続きが気になる」と少しでも感じてくださいましたら、ブックマーク及び↓の☆☆☆☆☆から評価をいただけると泣いて喜びます。
読者様の応援が更新の励みになりますので、ポチッとしていただけたら幸いです。宜しくお願い致します。




