悪役令嬢の様子がおかしい
今回は初めての異世界恋愛の短編です。
「キャリーナ!お前またベルイラのことをいじめたようだな!自分のしたことを理解しているのか?」
「フ、フハハハ!もちろんですことよ!薄汚いネズミがわたくしの殿下をマーキングしているみたいでしたので少し牽制しただけですわ!せいぜい殿下が貴女のことを愛しているなんて勘違いをしないことだわね!フハハッ!」
「あっ、おい待て!キャリーナ!」
そういうと彼女はさっさとどこかに行ってしまった。なぜか最後に満足げな顔をして。
・・・・・・なんだよ、フハハハって!?ここは普通、オーホホホ!じゃないのか!?
しかも口調がところどころおかしいっ!
この学院の廊下で毎日行われているこの茶番。もはや名物である。
悪役ぶるキャリーナ嬢、いじめを注意するカイル殿下、そしてその隣に目をうるうるとさせて寄り添うベルイラ嬢。
見物客はみんな微笑ましそうに見守っている。・・・・・主にカイル殿下の婚約者ーーーキャリーナ・サイラスク公爵令嬢を。
何故かって?
周りから見ればキャリーナ嬢は、彼女の言うところの薄汚いネズミ、もといベルイラ・ナーシグル男爵令嬢をいじめようとして空回っているからだ。そしてそれを注意しに殿下が来ると嬉しそうな表情を顔に浮かべてから怖い顔をつくる。
・・・・・・状況説明が長くなりましたが、僕は隣国カイマール王国の王太子キルスです。今この国に留学してます。
ちなみに先程の口調は思わず前世の言葉が出てきてしまっただけです、気にしないでください。
は?前世?と思った方がいると思いますが、そう!
みんなの予想通り、僕は転生者だ。
しかも前世の妹のお気に入りの恋愛小説の世界に転生したらしいが、僕が転生したのはセリフが一言のみのいわゆるモブだった。
話変わって、僕は自分で言うのもアレだが淡い金髪にヘーゼルの瞳をしたいわゆる儚い系美青年だ。
(ちなみに前世は黒髪黒目、普通の身長に普通の体型というザ・平凡を絵に描いたような姿だった)
運動神経抜群、頭脳明晰、イケメン。
嬉しい、そりゃあ嬉しいが!
なぜヒーローよりもハイスペックに設定されてんだよ!?
そして話は戻り。(早ッ!)
せっかく恋愛小説の世界に転生したんだから、舞台をこの目で鑑賞しようではないか!と思いつき、留学の許可を父王からもぎ取ったのだ。しかし、隣国の王太子という身分を隠し変装もして、という条件付きで。
そのおかげで僕は今見事に、黒髪ヘーゼルの瞳の前髪が重たい影の薄い猫背の男という印象で通っている。(そもそも印象に残るのか?)
だが予想以上にストーリーがこんがらがっていた。そもそもヒーローであるカイル殿下はこんなにバカっぽくなかった筈だ。悪役令嬢であるキャリーナ嬢も絶対に!アホの子ドジっ子属性ではなかった筈だ!
・・・・・なぜだーー!メインの登場人物の性格が原作と全く違う!
♢ ♢
(キャリーナ視点)
はあー。またベルイラさんをいじめよう計画が失敗したわ。これまでどんなふうにいじめようとしたんだったかしら。そろそろネタも切れてしまいそうだわ。
まず1回目。
ベルイラさんの足を引っ掛けようと計画。
「よっ・・・・きゃ、きゃあっ!!」
「キャリーナ嬢!?・・・・何やってんだ?」
そして引っ掛けようとして自分ですっ転んだわ。転んだ瞬間、誰か男性の声が聞こえた気がしたのですが誰だったのでしょうか?
あの時はとても恥ずかしかったわ。
2回目。
ベルイラさんにバケツの水をかけよう計画。
カイル殿下とベルイラさんは学院の庭の木のしたで昼食を摂ると耳にしたのでその時を狙ったの。
実行する前日に地面にフックを埋めて、当日の朝に長い紐でそのフックとバケツの取っ手を結び、わたくしが木に登って紐を枝に引っ掛けたのよ。もちろんバケツに水も入れてね。
そして2人だけの昼食を邪魔するフリをして一緒に食べ、2人が気が付かないうちにバケツをひっくり返して2人にかけるつもりだったわ。風魔法でひっくり返せば誰も気が付かないわ。
「わたくしも一緒にいいかしら?」
「まっ・・・・」
返事を聞く前に座ってやったの。
案の定、無視されたわ。それをいいことに風魔法でこっそり水が満タンに入ったバケツを揺らして2人にかけようとしたら、わたくしに水がかかってしまったのよ!水は風を送り風向きを変えて2人に命中させるつもりだったのにうっかりしていたわ!
びしょ濡れになったわたくしは苦しい言い訳をしてなんとか部屋に戻って着替えたわ。
3回目。
夜会でベルイラさんのドレスにワインをかけよう計画。
夜会当日、ベルイラさんのドレスにワインをかけようとした瞬間、運悪く人が通り、その人に思い切りかけてしまったわ。
後日謝ったら、気にしなくて良いと言ってくれたの。カッコ良かったわ。見た目は陰鬱そうな感じだったけど、全然そんなことなかったわ。声も、心地よい低音ボイスで、好みだったわ。
・・・・などなど、他にもあるけど失敗続きなのよ。
だけどあれ以来、ワインをかけてしまった男の人が忘れられないのよね。
あの人のことを考えると動悸が激しくなるの。
よくよく思い返せば、あの人の瞳はとても綺麗なヘーゼルだったわ。
どうやら一目惚れしたみたいね。
でもわたくしにはカイル殿下という婚約者がいるから悲しいけどこの思いは封印しましょう・・・・。
もうすぐわたくしたちは卒業でその時は卒業パーティーが開催されるわ。それが終わったらカイル殿下と婚姻する予定。ベルイラさんは側妃にする予定かしら・・・
♢ ♢
いよいよ今日は卒業パーティー。
この後は僕は国に帰る予定だ。
賑やかに友人や婚約者と談笑している生徒たち。僕も学院でできた少ない友人と会話を楽しんでいた。
そんな中、一際大きい声が響いた。
「キャリーナ・サイラスク公爵令嬢! 私は貴様との婚約を破棄し、新たにこのベルイラ・ナーシグル男爵令嬢と婚約し婚姻することを発表する!」
・・・・・えー!?ちょ、カイル殿下!?何やってくれてんの!?この公の場でっ!
まさかこんな暴挙に出るとは。キャリーナ嬢はどするのだろうか。
「分かりましたわ。謹んでお受けいたします」
なんと、晴れやかな笑顔でキャリーナ嬢はそう言った。
カイル殿下とベルイラ嬢も唖然としている。
そしてキャリーナ嬢はそのままスタスタと歩いて行く。
・・・・って、え? なんでこっちに向かってくるの!?
僕の前まで来たキャリーナ嬢はみんなが仰天するようなことを口にした。
「キルス様。貴方のことが好きです。わたくしと結婚してくださいませ!」
その言葉に僕はそのまま意識を失ってしまった。
♢ ♢
目が覚めると、知らない部屋だった。
しばらくぼんやりしていると、何故かキャリーナ嬢が入って来た。
「体調はどうですか?ここは我が公爵邸ですわ。いきなり倒れたのでわたくしが一緒に連れてきたんですの」
驚愕だよ!ここが公爵家邸?
大変だ、下手したら国際問題になってしまう!
いくら身分を隠しているとはいえ、他国の王太子を勝手に連れ帰ったら誘拐を疑われて国際問題になっちゃうよ!
「あ、あの・・・僕は大丈夫だから帰るね」
「ダメですわよ!倒れたばかりなんですからまだ休んでくださいな!」
やばい、ホントにやばい。このままここで休んでいったら父上が帰ってこない僕を不審に思ってしまう。
僕は卒業パーティー後に父上が派遣する馬車で帰るつもりだったのだ。おそらくもう既にに待機しているだろう。だからそろそろ行かないとまずい。
「ごめん、その前に公爵と公爵夫人に会わせてくれるかな。迷惑かけたことを謝りたいから。お願いします」
「まあ。良いわよ、ちょっと待ってて」
待ってるとすぐに来てくれた。
「お父様とお母様を連れてきたわよ。わたくしはこの後用事があるから失礼するわね」
そう言うと、キャリーナ嬢は出て行ってしまった。
さて、公爵とその夫人には本当のことを話さないと。
「キャリーナ嬢がいきなり連れてきた見知らぬ私を介抱してくださり、ありがとうございます。改めまして私は隣国カイマールの王太子キルスでございます。少々事情があり身分を隠してこの国に留学生として学院に通っておりました。騙すような形になり申し訳ありません」
性急にそう言うと、2人は驚いた顔をしたがすぐに公爵と公爵夫人としての顔になった。
「そうでしたか。こちらこそ娘がそうとは知らず、連れてきてしまって申し訳ありません。この後はもしかして帰る予定でしたか?」
さすが公爵。2人を呼び出した理由も悟っていたらしい。夫人は黙って見守っている。
「そうです。カイマールの国王、つまり父上が派遣した馬車が王宮の前で待機しているはずなんです。
この国の国王陛下には私のことは伝えてありましたから。本来なら歩いて行く予定だったのですが、間に合わなくなってしまったので申し訳ありませんが馬車を借りてもいいでしょうか」
「ああ、そういうことですか。全然構いませんよ。今準備させます。娘には帰ったと伝えておきます」
「お願いします。それから、僕のことも伝えてくれて構いません。なにせ彼女には愛の告白をもらいましたから。それぐらいいいですよ」
そう言うと2人とも、は?というような顔になった。
そして公爵が快く貸してくれた馬車で僕は王宮まで行くと、僕の国の紋章が刻まれた馬車が待機していた。
良かった、まだあった。
公爵家の馬車を降りると、立って待っていてくれた僕の従者であるジャンがこちらに向かって来た。
「どうしてサイラスク公爵家の馬車で来たんですか?」
「ああ、公爵の娘であるキャリーナ嬢に愛の告白をされて思わず気絶してしまったんだ。そのあと彼女の邸に運ばれたらしく、公爵に馬車を借りたんだ」
「そうでしたか」
それだけ言うとジャンは下がった。
愛の告白という言葉には一瞬目を見開いたが、すぐに無表情に戻った。詳しく聞きたがらないできちんと従者として弁えている。
♢ ♢
あの後、カイマール王国戻った僕は特に問題もなく、やるべき公務などはやりつつ、穏やかに過ごしている。
そんな生活が1ヶ月ほど続いたある日、僕は国王、つまり父上に呼び出された。
「お前に縁談がきている。相手は隣国のサイラスク公爵令嬢だ」
え?あの時の言葉、本気だったの?
「なんでも、この縁談は娘の方が強く望んでいるらしい」
いっときの気の迷いで僕に告白したのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「今度顔合わせするからな。初対面ではないだろう?とりあえず、何度か会ってみて、嫌であれば断ればいい」
そんなわけで2日後に来ると伝えられた。
え、早くない?
♢ ♢
顔合わせのお茶会当日。
「久しぶりですわね、キルス様。まさか隣国の王太子様だとは思いませんでしたわ」
「そうだね。キャリーナ嬢が強く望んだと聞いたが」
「そうですわ。前に夜会でワインをかけてしまったことがあるでしょう?後日謝りに行ったときに一目惚れしてしまったんですの」
ということは、僕の肩書きに惹かれたわけじゃない、のか?
「そうなんだ。あのときの僕に一目惚れされる要素なんてあったかな」
つい気になって聞いてしまう。
「もちろん、ありましたわ。長めの前髪から覗く綺麗なヘーゼルの瞳、心地よい低音ボイス。他にも快く許してくれた心の広さ、優しさなどですわ」
いや、身分を隠していたとはいえあのときの僕が公爵令嬢に逆らえるわけないでしょう。
「・・・そうなんですか。美しい貴女に一目惚れされるとは、僕は幸運者ですね」
「そんなことはないですわ。・・・・・・わたくし、キルス様に好きになってもらえるよう、頑張りますから。覚悟しておいてくださいね?」
笑顔から一転し、真剣な顔つきになったキャリーナ嬢。
決意の炎が揺らめくその真摯な瞳に飲まれそうになる。
「わ、わかった。ただお手柔らかにお願いします・・・」
その後は、彼女が滞在している間は毎日僕に会いに来てアプローチされた。
僕も、少しアホでドジっ子だけど、優しい彼女に少しずつ絆されてしまった。
だが相変わらず、ベルイラ嬢をいじめていた理由はわからない。
カイル殿下とベルイラ嬢は婚約破棄によって多額の慰謝料支払わされたらしい。
そしてカイル殿下は王族から勘当され平民となり、ベルイラ嬢も男爵家から追放され平民となったそうだ。
まあ、ベルイラ嬢は元は平民なので十分生活していけるだろう。
カイル殿下はどうか知らないが。
そんな感じで僕はすっかりキャリーナに絆されてしまったので婚約はもちろん了承した。(呼び捨てで呼ぶように言われたので、キャリーナ、キルスとお互いに呼ぶようになった)
そして1年後には結婚式を挙げる。
「キャリーナ・サンラスク公爵令嬢。僕は貴女の一生懸命アプローチする姿に絆されてしまいました。少しドジでアホなところも優しいところにも。貴女のことが好きです。結婚してください」
「・・・・もちろん!好きになってくれて嬉しいです。これからもよろしくお願いします」
「ありがとう、僕もよろしくね」
そう言って僕はキャリーナを抱きしめた。
あのプロポーズから1ヶ月。
今は結婚式の段取りとキャリーナのドレスを決めている。
結婚式の後はどんな生活が待っているのかな。今から楽しみだ。
(補足)
ベルイラちゃんは原作ではヒロインで、平民から男爵家に引き取られました。
あと、キルスが身分を隠して変装するように言われた理由はお父さんが彼のことを隠れ溺愛していたからです。
キルスに縁談が来たときに、さらっと断るように勧めてました(笑)
魔法はほとんど出番がなかったので、タグから外しています。
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