9.魔女。
前回の出来事: 若い女だと思ったらババアだった。
くそ、ババアにバレた――どうする。
殺すか?
――しかし力が入らず体を起こせない。
「ん? お前さん、まだ動くのは早いさ。もう少し寝ておくことさね」
な、なんだ?
頭も手もピクリとも動かせない。
怪人の力でも動けないように強力に固定されていた。
動かせるのは左手の指くらいか。
そして右手は……右腕の感覚が、右肩から完全に無い――
「俺の右腕は、やはりダメになったんだな」
「腕の感覚がまったく無いのかい?」
「ああ」
右腕一本を失くすというのは、人間と違って感情に乏しい怪人の俺でも流石に堪えるものがあるな。
「まあ待ちな。もう少しで新しい右腕に神経が通るハズさよ」
「なんだって?」
「ひっひっひ。ワシは人間と魔物の融合術については専門家なのさ。……昔の話だけどね」
◆
「お前さんの右腕は根元から腐っておった。アレは流石のワシにも手が負えなかった。だから破棄じゃ破棄。その代わり新しい右腕をワシが用意したのだ」
「……」コクコク
「お前さんがスライムとの合成人間だったのが幸運だったね。お前さんの全身からスライム成分を分離して、新しい右腕を作ったのさ」
「……」コクコク
「他の魔物の怪人だったらこうはうまくいかなかったろうね。全身のスライムの割合が20%だったのを10%に落として、残りのスライムを右手に持ってきたのさ」
「……」コクコク
「問題が無いかと言えばある。例えば――――」
「……」……
このババアが何を言ってるのか全く分からないな。
特に数字はお手上げだ。
まあ良く分からんが、一度あきらめた右腕が戻ってくるなら助かる。
このババア、いや老魔女を殺すのは止めておいてやるか。
「――あんまし分かってないような顔だの?」
「あ、いや。すまん」
「ふむ。ポイントを絞ると、重要な事が3つある。コレだけ頭に入れておけ」
「……」
老魔女が俺の目の前で指を折って見せながらゆっくり説明する。
あんまりシワシワの顔を近づけんじゃねー!
「1つ。全身のパワーは今までの約半分になるぞ。じゃが右腕を失くすよりはいいだろう」
「2つ。右腕はスライム成分90%、殆どスライムで出来ている。今までよりパワーも出るし、今までと違った使い方ができるぞ」
「3つ。ただし、右腕のスライムはその内、魔物としての自我を持つかもしらん」
「……じが?」
「自我。つまりは別個の意識、考え、感情、知能ということだよ。まあ、お前さんと合成されていたのが比較的温厚なグリーンスライムだったのは幸運だったな」
「グリーンスライム……に知能? 俺の右腕がしゃべったりするようになるのか……?」
「うまく育てたら会話もできるようになるかも知れないがの。しゃべれなくとも意思の疎通はできる。お前さん、魔物使いという戦闘職は知っているか」
「いや……」
グリーンスライムも魔物使いも知らない知識だ。
人間の頃の俺なら知っていたのだろうか。
この知識は生死に関わる予感がした俺は、知ったかぶりをやめて素直に分からないと答えることにする。
「グリーンスライムはスライム族で最弱とされる種族さ。ワシはそう思わんがね。性格はかなり温厚で、かなり怒らせないと人間も襲わない。キレイ好きな性質もあって、人間の町では清掃に従事したり貴族の子女のペットになっていたりすることもある」
「魔物使いは、自分の代わりに飼い慣らした魔物に戦わせる戦闘職さ。いいご身分さね」
最弱のスライムの中でもさらに最弱……。
これは打たれ強い方の俺でもかなり落ち込むな。
魔物使いか……。
そんな職業があるのか。
「そうだね。お前さん、何かあった時の為に【魔物使いギルド】に登録しておいたらどうだい」
「俺は怪人なんだが……?」
「ひっひっひ。忘れとったわい。お前さんが怪人だったのを」
「……」
話の途中だったが、強い眠気が俺を襲う。
難しい話をした所為、か……。
「次目覚める時には右腕も起きとるだろうさ。たっぷり寝るがいい」
俺の意識はまた深いところに落ちていく――
◆
「お前さん、もう行くのかい」
「ああ。早く戻らないと、仲間と上司に心配されるからな」
「そうかい。じゃあ行くといいさ」
あれから何日たってしまったのだろう。
元通りはいかないまでも、かなり動けるようになっていた。
そろそろ、この老魔女ともおさらばだ。
「それよりも、あんたは良いのか? 俺はコレからもこの国の人間を殺すぞ」
「ふん。良くはないが、お前さんがいなければワシとアサナ村の皆は悲惨な目にあった上で皆殺しだったさ。恩は返さないとね。それに……」
「……それに?」
「それに、ワシはこの国から棄てられた存在、国から忘れ去られた身さ。この国の人間がどうなろうとワシには関係ない」
「……」
老魔女にも色々事情があるらしい。
「但し、あのアサナ村の皆には世話になっているからね。お前さんはアサナ村はこれからも襲わないつもりなんだろ?」
「ああ。ライザがいる限りは襲わないつもりだ」
「ふむ。あの子には感謝だね」
「誰にも言うなよ。ライザにもな」
「ああ、誰にも言わんよ。約束するさ」
老魔女の話の聞き出し方が上手く、俺が村を守った理由を誰にも話さない条件付きで老魔女に話す羽目になっていた。
――もしバラされたら?
その時は老魔女を殺すだけだ。
「またここに寄りな。前にも言ったが、ワシならもっとお前さんを強くできるからの」
この老魔女、本当にアサナ村以外はどうでも良いらしいな……。
「そんなことをして婆さん、あんたになんの得がある?」
「純粋に昔の研究結果を試してみたいのさ」
「いやこれ以上、体を勝手にいじられたら上司に叱られる」
「そうかも知れないね。まあ気が向いた時でいいよ」
「……」
さあ、もう行くか。
「さらば。怪人スライム男」
出ていく俺に老魔女の声が掛けられる。
俺はもう返事はしなかった。
素早く老魔女の住み家から離れていく。
「さらばだ。レンジ――」
だから老魔女が俺の人間の時の名を呟いているとは、知る由もなかった――
説明回長くなりガチー。
あると思います♪
すみません、先週は引越しと重なって更新できませんでしたー(´;ω;`)